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【6】林道での戦い

 周囲は一面に立ち並んだ広葉樹の群れが地上から数十メートルの高さで葉を広げていた。

 街道沿いの整備された砂利道の上こそ自然のアーケード天井が開かれ、青天の青空が顔を覗かしているが、一歩道を外せば薄暗い緑の中だ。


 地面や樹木の幹は苔や地衣類に覆われ、腐葉土の香りが足を踏みしめるごとに上空へと舞う。こんな場所に古旅館などがあり、露天風呂などあればさぞかし風流なのだろうが、残念ながら今もなお踏みぬいた木の枝が小さな波紋を響かせていく。駆けるごとに景色が動き、木々がざわめき、落ち葉を踏む音が忙しなさを増大させていた。


「ガードゲイン!」


 緊張で心音が速くなる。

 マリーはドクンドクン、と内側から脈動するリズムを搔き消すかのように声を張り、スキルを唱えた。


 どうやらキッカ林道に生息するモンスターはキッカ平原をベースに狼系と昆虫種が加わり、始めから敵性モンスターとして存在しているらしい。実際にこれが四度目の襲撃であり、フォレストウルフはニ頭で樹木の影からこちらを伺い、アタックを仕掛けてきた。落ち着いて迎撃できているのも琥珀の気配察知スキルによるものが大きく、事前に知らせてくれる相棒あってのこそ。


「アロマ、お願い」


 一頭を琥珀が牽制し、ガードゲインで残りの一頭に狙いを定めて敵意ヘイトを集め、おびき寄せる。首筋を狙ってくる一撃を力いっぱい横に跳ねて躱し、恰好悪く地面を転がって間合いから距離を取った。

 狙った獲物に回避されてフォレストウルフの前脚が宙を切り裂く。そして空振りに終わって着地した瞬間、アロマの持つスキルの一つである草木の足枷ソーンウィップバインドが発動した。


「ギャゥ!?」


 突如として片足を草木の蔓によって捕らわれれしまったフォレストウルフが驚きの表情を浮かべる。懸命に抜け出そうとするが足元はぴくりとも動かず、僅かに身体上下させるだけに留まっていた。三度の戦闘で分かったことだが草木の足枷の拘束時間は十秒と短い。

 ――急がないと、とはやる気持ちに活を入れ、両腕をついて立ち上がり一目散に駆けつける。


「水の刃」

「殴打!」


 加えてアロマの攻撃スキル、エアロブラストが炸裂した。拘束状態が解かれ、空気の圧力弾を撃ち込まれても尚向かってくる相手にがむしゃらに小楯を突き出し、シールドガードを発動させる。

 収縮した瞳孔がじっとこちらを見ていることが少し怖かった。


「この……っ。っぅぅ……!」


 ぶつかりあったことによるダメージはない。

 しかし、ホーンラビットとは違い体格のある運動量に押し切られてしまう。腐葉土の上という足場の悪さのせいもある。踏みしめて構えることが出来ず、視界が上方向へと傾いていく。


 見上げた景色では太陽光を遮る林冠がざわざわと風に揺られて鳴いていた。

 遅れて、衝撃。

 自然と肺から空気が抜け、小さな悲鳴が零れ出てしまう。


 チリリと自身のLPが減少する音。


 追撃を恐れて目標も定めず力に任せて戦棍を大きく横凪ぎに振る。

 ぶんッと大気を殴る音が聞こえたということは案の定、フォレストウルフに大きく距離を取られていた。残念ながらというか想定内というべきか。


「マリーさん!」

「あいたた……大丈夫だから」


 アロマのエアロブラストが前進しようとするフォレストウルフを牽制していた。その隙に起き上がる。


「距離は取れたから仕切りなおせる。あと三割、こっちは五割。勝ったかな」


 LPにはまだ余裕がある。

 敵意ヘイトを集めているとはいえ、念のため牽制しながらルチアの前に立って戦棍と小楯を構え、呼吸を整えた。

 ルチアの水刃をきっかけに盤面が静から動へと移り、再度の衝突でシールドガードからスマイトに繋いで戦棍の先端を数度突き立てた。その連撃でようやくフォレストウルフのLPが底を尽き、ぐらりと倒れる。


「勝ったあ! 琥珀は――、流石っ」


 達成感から、マリーは喜びを全身で表現するかのように小さく跳ねた。動き回っているのに不思議と身体的な疲れはなく、万全の状態で動けるのはゲーム世界であってのこそだろう。

 しかし、一頭を片付けただけでまだ戦闘自体は終わっていない。

 はっと我に返り、琥珀へと目を移せばフォレストウルフの首筋へと噛みつき、地へと押さえつけていた。既に勝負は決しており、後は継続するLPの減少を見守るだけのようだ。

 ようやく一安心といったところで張っていた肩の力がすとんと落ちる。


 物理ダメージを半減する硬鋼毛衣のスキルのおかげでこの辺りに出るモンスターでは一対一の勝負では負けることがないのは相当の強みと言える。おかげで安心して任せることが出来た。

 ルチアの召喚獣である精霊種のアロマも行動阻害系を覚えた後衛支援型であり、未だ不安の残るマリーの戦闘をアシストしてくれる。


「なかなかいいパーティなんじゃない?」

「わたし、後ろで魔法打ってるだけですけど」

「魔法職なんだからどっしり構えてたらいいよ。実際助かってるしね」

「戦闘って難しいです」


 四度の戦闘を終えて初期配布薬である回復ポーションこそ三本から残り一本となっているが、召喚獣が加わったことにより戦闘は随分とスムーズに片づけることが出来ている。攻守のバランスが良く、召喚獣のAIが優れていることもあり、適切な指示を出さなくても対処してくれるのが何より大きい。これが召喚主の指示が必要なタイプだったなら、今頃マリーの頭はパンクしているに違いなかった。


「でも……ふふっ、マリーさんが頑張ってるのにごめんなさい。顔、また土塗れです」

「ほんと、変なところでリアルだったり、ゲームだったりするんだから……そこが面白いんだけど」


 くすくすと押し殺すような笑みがルチアから零れ、マリーが手のひらで顔の輪郭をなぞるとぱらぱらと土が落ちていく。プレイヤーなら誰でも使える生活魔法スキル、洗浄を使って汚れを綺麗に払い落としていると、レベルアップを告げるシステム音が鳴った。


「琥珀もお疲れー!」


 まるで褒めて褒めてと言いたがっているかのように体毛を摺り寄せてくる琥珀に対して、マリーはしゃがんで喉元を小さく掻いてやった。どうやらこうされるのが一番好きらしく、自ら顎を上げておねだりしてくることさえある。


「っと、そろそろ戻ろっか……そうだ、ルチアちゃん時間ある? 良かったら食事にしない?」

「食事ですか?」


 林道の探索中に採取で手に入る幾つかの薬草や拾得物も手に入っており、モンスターを倒したことによる素材もある。回復薬が少ないまま探索を続けるのは少々リスキーでもあるため、ルチアには一度街へ帰ることを提案した。食事にはゲーム内でも様々が効果があるらしいのだが、それはそれ、ここで重要なのはそんなことではない。


「そう! ゲームだからいくら食べても太らないよっ!」

 


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