【4】初戦闘と召喚術
パーティ分けの段階でマリーはとりあえずルチアと組むことになり、カムイと三人でパーティ申請を行った。
一方の雅とショウタ、ナツミの面々はここからは少し離れた位置で既に兎らしき小動物と戦っているのが目に見える。新たな召喚獣の姿はない。チュートリアルも兼ねてということだったので先にそちらを優先しているのだろう。
死んで覚えるという言葉もあるが、召喚獣は術士が死ぬと同じく消えてしまう。
召喚獣単体の死亡と術士の死亡、二重の命に結び付けられているのだから。
一言で言えばそう、召喚術はお金が掛かるのだ。
復活するたびに召喚石と魔石を購入していては何時まで経っても金欠であるため、まずは基本動作や立ち回りに慣れておく必要があった。レベルが一つ上がるまで戦闘を繰り返し、その後召喚獣を呼び出すという予定になっている。
「やってますねぇ」
「俺たちはもう少し離れてからな」
移動しながらマリーはメニュー画面を呼び出し、アイテム欄から初心者の戦棍と小楯を取り出し装備する。白光する球体に両手を包まれ、光が弾けるとともに武装が出現した。重心が先にある戦棍に手首が負けそうになり、思わずグリップを握る力が強くなる。
言われるがままに歩みを進めていると西から吹く一陣の風が草木の清々しい香りを運び、腰まで伸びた髪が宙をなびく。違和感を覚えつつも慣れない事象に身体が反応し、僅かに背を伸ばしてそっと後ろ髪に手を添える。
空気は澄んでいて気持ちがいい。現実ではここまで髪を伸ばしたことがなかったので不思議な感覚だった。
「にしても広いなあ」
広大な平原は幾つかの丘陵によって緩急のある変化が作られており、整備された街道を外れると既に何組かのプレイヤーに陣取られていて、時々火球の爆ぜる音や元気の良い掛け声などが聞こえてくる。
キッカ平原はまず初心者プレイヤーが足を踏み入れる練習用マップといった感じであり、敵性モンスターの類は出現しないとカムイから説明を受けていた。
「居たぞ」
そんな中現れたのは先ほど雅のパーティも戦っていた角の生えた兎――ホーンラビットだ。
「こいつに限らずだが、ここに出てくるモンスターはこちらから攻撃しない限り襲ってこない。ほら、遠慮なく打ち込んでいいぞ」
「えっと」
「ルチアちゃん。武器を取りだそっか」
困り顔のルチアに声を掛けつつ、マリーは自身の武技、魔法構成を再確認する。
【戦棍術lv1】
殴打――敵単体に1、5倍の近接物理攻撃。
ガードゲイン――味方全体へ2割のダメージ軽減。敵単体の注意を惹きつける。
【小楯術lv1】
シールドガード――近接・遠隔物理攻撃へのダメージカット。
シールドスマイト――敵単体への近接物理攻撃。スタン効果(小)
【聖魔法lv1】
ヒール――単体の対象のLPを3割回復する。
武技はSPを、魔法はMPを消費する。
現状では特殊な攻撃方法はなく戦棍で突く殴る、盾で殴るといった物理一辺倒しか使えない。悩むだけ無駄かとホーンラビットに向き合うが……いまいち殺る気が沸いてこなかった。
そもそも角こそ生えているものの見た目は普通の兎と変わらないのだから、無抵抗な相手に鈍器でいきなり殴りつけるというものは絵面的に如何なものか。せめて向かってきてくれればと考えていたところ、武技の項目の一つに再び目を落とす。
「ガードゲイン」
唱えたその直後、身体の周囲を淡い緑のエフェクトに包まれる。これがバフが掛かった状態というわけだ。
反対にびくりと反応した兎の眼は赤い光を増し、頭上に表示されているマーカーが緑から赤へと変わった。思った通り、敵意を集めることが敵性行為と見なされたのだろう。怒りに燃えるホーンラビットの突進攻撃がこちらに向かってくる。腰を落として半身を前に構えて迎え討つ。落ち着いて、後はタイミング良く戦棍を振り落とすだけ――っ!?
「シ、シールドスマイトッ!」
想像よりも速く、そして的が小さく、何より迫力があった。
日常生活でここまで明らかな敵意を向けられたことなどなく、心臓がぎゅっと引き締まる感覚に襲われた。
急遽予定を変更し跳び掛かる軌道上に小楯を構え、受け止めるように武技を発動させる。意思とは裏腹に武技によって押し出された小楯と角が衝突して鋭い衝撃が伝わり、ホーンラビットが宙を舞い跳ね返っていく。LPは1/4程削れていた。
「びっくりしたぁ」
「まあ最初はそんなもんだ。次、来るぞ」
起き上がり再び突っ込んでくる一撃を小楯で流しつつ、戦棍の一撃を入れる機会を待つがこれがまた難しい。ホーンラビットは地面に着地するやいなや向きを変えこちらに襲い掛かってくる。数度も繰り返せば視界がぐるぐると回って武器を構える暇さえない。そんな様子に見かねたのかカムイが口を挟んで来る。
「無理に当てようとしなくていい。小楯ならシールドガードからスマイトに繋げるとスタンが入りやすいし、そこにメインの武装スキルを放つのが基本の流れ」
アドバイス通りにシールドガードを発動させて再度衝突を受け止めた。ダメージカットの影響か、幾分か衝撃が和らいだ気がした。受け流しぎみに肘を引き、側面へとシールドスマイトを放つとホーンラビットから「きゅっ」と小さな悲鳴が零れ出る。スタンの効果が入ったのか受け身が取れず地面に叩きつけられ、先ほどのように飛び掛かってくる気配はない。
ここがチャンスだ!
「スマ――ッ」
「水の刃?」
マリーが唱えるよりも早く、ルチアが何時の間にか装備していた杖を突き出す。そして扇状に展開された水刃がホーンラビットに直撃する。残り一撃かと思われていたLPは見る見る内に減少し、本体と合わせて光の粒となって霧散した。
「やった。当たりました! マリーさん! カムイさん!」
「……そうだね。……うん。その調子だよ!」
「これはまた」
投げかけられた言葉は空しく、振るわれることなく上段に構えた戦棍は行き場を無くしていた。マリーは誤魔化すようにぶんぶんと先端を振り回し、気づかれないよう小さく苦笑するしかなかった。
二匹目からとなると慣れてくるもので、ルチアと協力して四匹のホーンラビットと魔法を使う二匹のファンシーラットを討伐する頃にはレベルも上がっていた。
「レベル上がりました!」
「終わったあ! ルチアちゃんもありがとね」
マリーは一時の解放感から平原の上に腰を下ろして座り込み、ひんやりとした土の感触を味わいながらほっと息をついた。
どうやら同時にLP・MP・SPも全回復するらしく、合間合間に掛けていたヒールで底が見え始めていたMPもすっかり元通りとなっている。
周囲では未だに別のプレイヤー達が奮闘している様子が見て取れた。大剣を抱えた少年が白い閃光とともに剣先を切り上げると飛行型のモンスターが吹き飛び、一撃で地に伏せる。
同じようにルチアの水初級魔法、水の刃も敵モンスターのLPを一撃で四割削りきっていた。
戦棍はどちらかと言えば防御、補助スキルが充実している武装スキルであり、片手剣や双剣のように手数押しでもなければ大剣、戦槌のように火力が出るわけはない。
殴打は威力的には問題ないが、再使用時間が長くて思ったより使いにくかった。単体相手ならば問題なさそうだが、これが複数相手となり長期戦ともなれば話は変わってくる。
「……雑魚敵なのに弱くない。私の動きが悪いだけかもしれないけど」
「マリーさんとっても頼りになりましたよ?」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいなあ。ルチアちゃんは褒め上手だ」
結果だけなら数をこなすほど簡単に勝てたが、ルチアの支援がなければもう少し苦戦していたことだろう。
ターン制のRPGではなく現実を模倣したRTSなのだから相手も当然回避する。違っているのはコントローラーを握る手先ではなく全身を操作しなければいけないところ。こういう時ばかりは自身の平均的な運動神経が恨めしかった。爽快感もあったものじゃない。
スキル構成が間違ったとは思っていない。それでも、やはり現状では火力不足は目に見える問題だと認識させられた。
暫く無言で吹き付けるそよ風に身を委ねているとマリーの脳内でピピッと機械音が鳴る。
視界の片隅に映るメッセージウインドウによると、カムイが先ほど手に入れたドロップ品をこちらに譲渡してきているらしい。
彼にしてみれば戦闘にも参加していないし、こんな最序盤のドロップ品を貰ってもといった感じか。アイコンタクトで了承を伝え、ここはありがたくYESを選択して受け取っておく。
「よしっ」
意識を切り替え、アイテム欄から召喚石と魔石三種を選択して顕現させる。手のひらの上でこつりとぶつけ合わせて弄び、強く握りしめた。
「二人ともお疲れ。マリーはさっそく召喚か?」
「もちろん。私がVRゲームを選んだ理由の一つが小動物との触れ合いがしたいって部分ですからね。昔から小型犬とか飼ってみたいなあって思ってたんですよ。シーズーとかマルチーズとか」
「知り合いの召喚士もそんなこと言ってたな。現実だといろいろ大変だからって」
まず自分の住んでいる物件がペットを購入可能かどうか。購入後は維持管理費から生活スタイルでの環境の変化や、かかりつけ医に長期不在時に任せられる人間関係の有無などなど。いくら可愛いものが好きだとしても現実では気軽に決められるものではない。
だがゲームの世界だとそんな事情も変わってくる。
ログアウト中は世話いらずなので生活リズムは大きく崩れることもない。ログインすればすぐ出迎えてくれて維持管理費も必要ない。
少なくとも今までの悩みは無縁となる。何より一緒にこの世界を楽しめる相棒の存在はこれからを彩る素敵な欠片の一部だ。
だからこそマリーはまだ見ぬ召喚獣に夢を抱き、力を込めて詠唱する。
「召喚!」
黄・青・赤の三色の魔石が召喚石を中心とし、流れるように宙へと浮かびあがる。やがて指でなぞる様に線を引き始め、幾何学模様の魔法陣を形成していき淡い光が陣を包みだす。
魔法陣が収束していくと同調するかのように光が強くなり、それは姿を成していった。そして重く深く、大地を震わせるように力強く“吠えた”。
「ほぅ」
「綺麗……。触っても大丈夫、かな? 噛まれたりしませんよね?」
「……はっ」
金火猫のキンタのような小動物との心温まる触れ合いとは程遠く、放心状態になりかける。
なんか思ってたのと違うんですけど! と叫びたい気分だった。
目の前で召喚されたのは猫科ではあるが猫でも子猫でも何でもなく、透き通るほど綺麗な碧眼を持つ、白黒模様の虎がそこにいた。
「なんか違うんですけど!」
叫ばずにはいられなかった。
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