【2】始まりの地、王都リーンベル
「衛生兵、衛生兵募集してます! バフデバフ出来る方も大大募集です!」
「兄ちゃん、一本どう? 今朝狩りたてのロックボアの串焼きに香草を付けてみたんだが」
「ちょっとあれ見てよ。猫が看板持ってるマジうけるんですけど」
「ウールちゃんモフモフしてる……はあかわいい」
降り注ぐ太陽光に思わず手傘を作り、いまだ順応しない目よりの先に耳が喧噪を聞き取った。
「わぁ、わぁ……っ。凄いすごーい。ここがゲームの世界。グリムニール!」
次第に慣れていく視界に映るのは赤色煉瓦を基盤とした噴水広場。
視界の片隅に浮かぶMAP名には王都、リーンベルと表示されていた。
街並みは西洋の建築様式で大通りには露店が立ち並び、人々が行違う様子はどこか子供の頃行った夏祭りを思い出す。
広場は街の南側にある高台に位置するようで、大通りの先には中央市場があり、その先には一段と大きい王城が聳え立っている。長い石段の上から街を見下ろすのはなかなかの絶景だった。
照り付ける太陽は本物。吹き抜ける風は頬を撫で、肉を炙る薫りに咥内が潤い自然と咽頭が持ち上がる。
すれ違った何人かは既に強そうな武器防具を装備し、傍らには召喚獣らしき子犬を連れて歩いている者もいた。
「あはっ、いいなあ」
召喚獣の可愛さに惹かれて暫く目で追っていると、何やら広場の端で一人の男性を囲うようにして人が集まり、半円が出来ている。
中心となる男性の足元には二足歩行の赤毛猫が立っており、小さい体で一生懸命と木製の看板を掲げていた。心なしか支える前足がぷるぷるしている気がして、それがまた可愛らしかった。
『召喚術取ったョ! 全員集合!』
見れば周囲の人にもちらほらと召喚獣を連れた者が混ざっている。
おそらく、皆あの看板か愛くるしい猫に釣られてやってきた者たちだろうとマリーは思い、自分も混ざることにした。
「すいません。この集まりは何ですか?」
「ああ、召喚術を取った人同士で相互援助しようって話」
剣士風のお兄さんに後ろから話しかけると、気軽に答えが返ってきた。
パーティを組むにあたって得た経験値は頭割りとなるが、それは召喚獣にも適用される。パーティ枠を一つ埋めるだけなく一人に召喚枠分の経験値が渡ることを嫌うプレイヤーが出てきており、どこか排他的なんだという。
そこで声を上げたのが中心にいる雅という男のようだ。
『ならば召喚士仲間でパーティ組もうじゃないか』
言われてみれば納得できる。
異なる条件だから軋轢が出てきているのだから、同じ境遇の者同士、この場合召喚士同士でパーティを組めばそんな問題は出てこなくなる。
「でもなんだか寂しいですね」
「効率を求めていく日本人らしいプレイっていうか、仕方ない部分もあるんだけどな。あっ、俺カムイね。雅のダチ」
「マリーです」
カムイと名乗る青年はサッパリとした雰囲気を纏わせていた。
装備が見慣れつつある初心者シリーズではなく、フルプレートアーマーを着込んだりしているので彼は先行プレイヤーだろうか。
「カムイも召喚術を?」
「いや、俺は取ってない。これといって召喚術に偏見もないけどな。これまたAIの出来が凄くてなあ、状況判断なんて野良プレイヤーより召喚獣のが役に立つなんて意見もある。俺はそっち派だけど、マリーは?」
「私はさっきキャラメイクが終わってログインしたばかりですよ。あまりの景色に目移りしてると雅さんとそこの猫ちゃんの看板を見つけてしまって、召喚術も取ってたので何かなと」
「おおい、カムイちょっといいか!」
割り込むように会話の輪に声を挟んできたのは雅だった。
緑のパンダナに茶色のベストという組み合わせは海賊を意識してのことだろうか。日焼けした素肌がその印象を強めさせ、ガテン系の男といった感じだ。
「ちょっと物は相談なんだが……そちらの方は?」
「お前の同業だよ」
「おおそうかそうか。カムイのやつから聞いているかもしれんが、俺は雅ってもんだ。よろしくな。そしてこいつは俺の相棒、金火猫のキンタだ」
にゃっと声を上げるのは先ほど看板を持っていた赤毛の猫だ。遠目ではわからなかったが、よく見ると尻尾は二又に分かれている。
「こちらこそ。猫ちゃんもよろしくね」
手を振ると前足を上げて返してくれた。その姿が可愛らしく、一撫でしようとしゃがんで手を伸ばすが避けられてしまう。親密度を測り損ねたかとマリーは気を直して立ち上がり、雅との会話に戻ることにした。
「雅さん、この子って猫又ですよね? 妖怪のカテゴリーなんてのもあるんですか?」
「いや妖怪なんて区別は今のところ発見されていない。こいつも獣系に分類されているからな」
「動物もいいですよね。特に小さいのがまた」
相槌で返しつつ、まだ見ぬ己の相方へと思いを馳せる。
キンタを見ていると子猫もいいし、先ほどちらりと見えた羊型の子も捨てがたい。元々飼いたかった子犬との触れ合いもやっぱりしたい。意思表示してくれるなら人型でも爬虫類だって仲良くなれる気がする。
「見ればあなたもログインしたてのようだが、良ければ一緒にどうだろう? チュートリアルも兼ねて初心者プレイヤー数人とキッカ平原に行く予定なんだが」
「あー」
妄想を一蹴し顎に手を当て、少し悩み込む。見れば雅の後ろに男一人に女二人、それっぽい人がいた。
さりげなくメニュー画面を操作してもHELPの項目はあってもチュートリアル項目はない。
最前線プレイは元々するつもりはなかったが、ソロプレイに拘るつもりもなかった。先ほど聞いた召喚士の待遇を考えるとここでの交流は純粋なメリットともいえる。
一応悪質なハラスメント行為の線も考えてはみたが、それにしては手が込みすぎているし、何よりカムイに話し掛けたのはマリーからだ。深く考えすぎもよくないか、とお言葉に甘えることにした。
「じゃあお願いしてもいいですか?」
「おうよ、同じ召喚士仲間として仲良くやろう。ってなわけでカムイ、お前は二人引き受けてくれないか」
全員で行けばいいのにとも思ったが思い当たる節があった。パーティ枠は六人までで召喚獣を召喚すれば三枠埋まる。そのためプレイヤーで組めるのは三名までというわけだ。
「んっ? ああ、なんとなく考えてることは分かったがマリーも後ろ人もいいのか?」
いいの、と聞かれても何の事だかわからなかった。何か引っ掛かることでも、とマリーは雅の後ろにいる初心者プレイヤー同士で目を合わせたが、彼ら三人も同様に心当たりがないのか、ぽかんとしている。
「こんなこと言ってるけど、まだデータベースに載ってない召喚獣が見れるかもしれないって好奇心優先だよ」
「はは。まあ、違いないな」
「キャラメイクからチュートリアルもない時点でそんなの必要とされていないんだ。キッカ平原に出てくる大半のモンスターはスキルなんて使わなくても武器で数振りもすれば倒せる。スキルなら相性次第ではニ発。付き添い何ていらないわけ」
「それを言われると何も言い返せんが、お前なあ」
そのまま雅とカムイの言い合いは軽い口論になりつつあったが、その様子を見てマリーの頬が緩んだ。
仲がいいのは良きことかな。気兼ねなく物言う様はどこか学生時代を思い出す。思えば入社するにあたって上京してからというもの、仕事付き合いばかりで畏まった関係しか築けていなかった。人付き合いが下手というわけではないが、思えば学生時代の友人はみんなゲーム仲間だ。
「あとは将来的なクランを見越しての勧誘もあるかな」
「ったく、どっちの味方なんだ」
「どっちでもないって。さて、それでも良ければ付き合うが……どうする?」
「私は構いませんよ」
だからだろうか、懐かしさに心を打たれ、イの一番に承諾してしまう。
こうしてゲームの話が出来ることが嬉しかった。
「外でこっそり召喚してもどうせ街に帰ったらバレますよね? だったら先に小さなお披露目会しちゃいましょう」
「ねっ?」と周囲に同意を促し、マリーは各々の反応を待った。
雅は安心したのか一息つき、三人組は頷いたり「いいですね」と声を挙げ乗り気なようだ。全員の賛同が得られたのを確認して、雅が説明を始める。まずは召喚に必要な道具を手に入れに魔法道具屋へ行こうという流れになりつつあった。
「熟れているね」
「そんなことないですよ。あっ、もし同じパーティになったら守ってくれますよね?」
「さて。でもマリーにはそんな必要なさそうだ」
「何故?」
「なんとなくだが、きみの召喚獣は頼もしそうな気がする」
「含みのある言い方ですね。少し傷つきました」
少し茶目っ気を出してみたが、空振りに終わってしまった。久々のゲームに少々テンションが上がりすぎているらしいとマリーは自己診断しつつ、皆と一緒に広場を後にした。