【19】図書館
「こんにちは」
「待ってたよー。回復薬を買い取って欲しいんだったよね。見せて」
フレンドチャットで伊万里と連絡を取り、無事合流する。
トレード画面を開いてHP回復薬Dを十個選択した。
「Dだと一個120Gで買い取ってるよ。試したかもしれないけど、仮にギルドへ卸すと100Gね」
ちなみに他の露店で見た回復薬Dの買値の多くは220Gだったはずなので、伊万里はこの売り買いで1000Gの儲けとなる。
数字を見るとついつい計算してしまうのは悲しきかな、染みついた習慣によるものだった。
しっかり商人プレイしてるなぁと感心して腕を払う。トレード申請を表示するメッセージが流れて消えた。
「じゃあそれでお願いします」
「まいどー。いやぁ、でも助かるよ。最近は回復薬も品切れ気味でさ」
「そうなの?」
「今は店売りだと購入制限が掛かってるみたい」
それにより不足分を確保するため、わざわざ露天に足を運んで追加分を購入するプレイヤーが多いらしい。
思えば薬品店の店主、アンデルも作業場に籠りっぱなしだった。その際受けた依頼といい、制限が課せられていたのも頷けた。
「調薬特化の生産プレイヤーって今のところいないからねー」
それは分かる気がするなあ、とマリーは苦笑する。
採取する時間もさることながら、高品質のものを作ろうとすれば手作業一択なのだ。
現に先ほど二時間掛けて六個の回復薬を作り、根負けしてスキル生産に手を出したばかりである。
「だからマリーがその位置に居座ればきっと儲かると思う。隣も空いてるしさ」
マントの奥からぐっと片腕を突き出し、サムズアップ。そして確信に満ちた強い目力が突き刺さる。
漂う雰囲気からは冗談には聞こえなかった。きっと本気で誘っているに違いない。
あわよくばそのまま、自分の所へ客が流れてこないかな、なんて考えていそうだ。
「いやいや、私はそんな予定ないですって」
所持金が1250Gになった所で伊万里と別れようとして、ふと足を止める。
先ほどの探索がてら工房や露店を見て回った時、気になったことがあったのだ。
一応聞いてみようと思い立ち、「そういえば」と話を切り出す。
「伊万里って他の生産プレイヤーと仲いいの?」
「一応情報網みたいなのはあるよ。付き合いもそれなりに」
「商人たるもの、横の繋がりは大事にしないとね」と伊万里が語尾に付け足す。
「紹介してほしいの?」
「召喚獣用の装備をどうしようかなって。出来れば武器が欲しくて」
「ふーん。その子の」
フードの奥から値踏みするような視線を向け、伊万里が琥珀を見つめる。
装備に関して、マリー自身は武具に拘るつもりはなかった。
新調することによるメリットも確かにあるが、あくまで回復支援がメインだと自覚したばかりだ。
単に火力を上げるなら、琥珀の装備を整えた方がよほどの意味がある。
「確かに見て回るだけじゃ欲しいものは手に入らないだろうね」
「やっぱり?」
伊万里の言う通り、琥珀に似合いそうなものは見当たらなかった。
どれも多くはプレイヤーなどの人型に対して調整されたものばかりで、一部の装飾品を除いて装備適正がないと判断されてしまう。
金欠もさることながら、戦力強化の目途も立っておらず、途方に暮れていたところだった。
「鳥獣型の多くは爪装備が定番だからさ。でもねー」
眼前に並べた布装備の一つを手に取りながら、伊万里は説明を続ける。
この爪装備、物凄く需要がないらしい。
プレイヤーが扱う場合は徒手空拳をメインとする体術スキル使用者の一部にこそ愛好者がいるが、絶対数が少ない。
召喚獣の中でも一番の出現率の高さを誇る鳥獣型も、結局は近接遠距離に物理魔法型に分類すると必要としている者は限られる。
そのうえ工房では扱っていないので、王都ではプレイヤーが制作するしか手に入る方法がないという品物だったようだ。
「だから完全受注生産が今の流れ。サービス開始からあまり期間も経ってないし、余りものが市場に流れることもあんまりないわけ」
「仮にお願いするとして、予算はどれくらいに考えておくといいか分かる?」
「私が作るわけじゃないからなんともだけど、王都近隣マップの素材持ち込み価格で5000G前後くらいだろうね」
「やっぱりその辺りの値段になるんだ」
「装備品は大体そのくらいじゃないかなあ。マリーが着てる胸当ても4000弱はしたでしょ?」
「実はこれ、知り合いからの貰い物で」
そっと胸に手を当て、マリーははにかむように笑った。
「大体はいつも金欠。今日だって伊万里に買い取って貰えなかったら無一文だったくらい」
こちらの懐具合を聞いて、伊万里がチェシェ猫のようにニシシと笑う。
「だったら詳しい話は軍資金に余裕が出来てからにしようよ。私も知り合いに話付けておくからさ」
「ほんと? お願いしてもいい?」
「いいよいいよ。その代わり、マリーも出来るだけ私の所で卸してね。出来ればHP回復薬以外も一緒に売ってくれると嬉しいから、その辺も含めてよろしく。winwinの関係でいこう」
伊万里に見送られながら、マリーは冒険者ギルドへ向かう予定を変更して図書館に足を運ぶことにした。
別れ際の挨拶で、よくよく考えれば調薬スキルを持っているものの、HP回復薬以外の作成方法を知らないことに気づいたためだ。
王都の内部マップを頼りにリーンベル王立図書館へと向かう。
そこは庭付きの石造りをした大きな建物で、保養地にある別荘のような印象だった。
中に入ると吹き抜けとなった高い天井と広々としたロビー空間が出迎え、奥には二階部分もあるようで、たくさんの本棚が立体的に並んでいる。
「入館料は200Gとなります」
女性司書に料金を支払い、その他の注意点に付いての説明を受ける。
閉館時間は午後七時。
本の持ち出しは厳禁で複写は可。道具は別途販売しているとのことだった。
無地の本と黒インク、付けペンのセットで300G。
「どうなさいますか?」
次回の調薬時まで生成方法を覚えている自信もない。
一応、チャット機能などを使ってメモ張として利用できないか試してみるが、諦めて購入する。
「確かに受け取りました。お探しのものがあれば案内しますが、何かありますか?」
「調薬関連の本を……あと王都近隣のモンスター情報とか載ってるものがあれば、それもお願いします」
「薬に関しては二階の左から三列目、冒険者向けの本はあちらの壁際に特集コーナーとして改めて常設しました。ぜひご利用ください」
司書の人に丁寧に教えられ、マリーは『薬学/初級編』と『モンスター図鑑/林道・渓谷編』の二冊を手に取り、近くのテーブルに腰掛けた。