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【18】買い物と小休憩

「今夜の宿にはぜひ当店、満月亭をご利用くださーい」


 中央市場の方角へと北上していると人当たりの良さそうな笑顔を向けて、少女がビラを配っていた。

 手渡すごとにプリムの奥から生える、結わえた栗色のポニーテイルがぴょこりと揺れる。


「お姉さんもぜひ」

「ん? なになに――」


 マリーはすれ違いながらも彼女から一枚のビラを受け取り、視線を落とした。

 初回利用に限り一泊目は半額。昼夕食付きで800G。

 右下には女の子デフォルメ化して、にっこりとした笑顔の可愛いイラストが書き込まれている。

 満月亭の位置は「ここですよ!」と簡易地図の場所に指差していて、モノクロながらも味のある絵だった。


 とはいえ昼夕食付きで800Gというのは駆け出し者には荷が重い。

 平均的な林道の討伐依頼の1/2ということを考えれば、火蜥蜴亭のように宿泊と料理の代金が分かれていないと利用しずらかった。

 しかし他のプレイヤーからすればそうではないようで、


「やっぱ祝勝会するならここだよなあ」

「今晩利用しに行くからこの前みたいにお酌してよ」

「それくらいで良ければもちろん。今後とも当店をご贔屓にしてください。サービスしちゃいますよ」

「お前ら気がはえーって。でもこう言われちゃ負けてられないな。今回も勝ちにいくぞ!」


 後方から沸きあがる男達の「うおおおっ」という雄たけび。

 普段から喧噪に満たされた王都中、一段と野太く聞こえる声がマリーの背中を打った。


 重戦士。狩人。小妖精と術士のコンビ。

 三人と一匹のパーティはお揃いの赤いバンダナを腕に巻き、天高く片腕を伸ばしていた。


「あれくらいの装備を整えられるのはいつになるんだろうね」


 振り返って一瞥し、隣を歩く琥珀に話しかける。

 何だかんだで、PSTでは初めてとなる予定のない独りの時間だった。

 王都をぶらりと探索しつつ、まずは当初の予定通りに買い物を済ませていく。

 雑貨屋、魔法道具屋、ついでに鍛冶工房と順繰りに巡って、街の中心部へと戻ってきた。


「必要なものはこれで全部っと」


 毒蜂討伐で報酬を得たこともあり、今回ログイン後に買ったものは三つ。

 調薬や調理など幅広い利用に使う携帯焜炉。

 目標としていた再召喚に必要な召喚石と魔石のセット。

 そして装飾アイテムである花模様の髪飾り。これは初日にログインした時、魔法道具屋でルチアが可愛いと褒めていた品だ。


 等級星1 品質並 重量3 風属性の威力上昇(小)

 

 所持金を確かめた時にちょうど使い切れる額だったこともあり、ついでにいいかなと軽い気持ちで購入してしまった。

 いつぞやのお詫びの品として、髪飾り自体がアロマへの相性の良さもあり背中を押されてしまった形となる。

 おかげで無一文に近い状況ではあるのだが、不思議と後悔はなかった。

 

「あと琥珀のおやつね」

 

 腰にぶら下げたアイテムポーチをぽんッと叩くと琥珀がそわそわし出す。


「まったく、もう」

 

 その仕草が可愛らしくて思わず吹き出してしまう。

 白虎という凛々しい姿を持っているのに、内面は実に子どものようなのだ。

 それでいて一度戦闘へと移行すれば身を挺して守ってくれる騎士となる。

 マリーは自然と頬が緩んでいく感覚を確かめるようにそっと手を添えて、

 

「親ばかってこんな感じなのかな」

「グルゥォ?」

「ううん。なんでもないよ」


 こちらを見上げる琥珀に対し、首を振って反応する。

 ふと思い浮かべるのは雅とキンタ、ルチアとアロマのコンビのことだ。

 もしかしたら術士と召喚獣は似た者同士が惹かれあうのかもしれない。


 そう考えると、マリーは零れる笑みを押さえることが出来なかった。

 自分自身もまた、琥珀にべったりなのだから。


 その後は行ってみたかった森林公園に足を運んで木陰を確保し、二時間ほど森林浴を堪能しながら手作業で回復薬作りに勤しんだ。

 作った回復薬は品質Cが四つと品質Dが二つの計六個。残りはスキルによる量産で品質Dが十五個。

 終わった後は心地の良い陽気に当てられて微睡んでいる琥珀の背中に身体を預け、巨体ならではのもふもふ感を堪能する。


「……はぁ、たまにはこういうのもいいなあ……」


 雑木林の中、緑の芝生の上から空を見上げる。

 観光名所の一つとは言っても、やはり公園というありふれた空間なだけあってか、プレイヤーの姿は少なかった。

 皆、外のフィールドに出向いているのだろう。

 身体を動かすことは別に嫌いではないが、初日二日目と戦闘続きだったことを考えれば、たまにはこうした息抜きも必要かもしれない。

 無邪気に遊ぶ街の子どもたちを見つめながら三十分程同じ姿勢で無為に過ごし、たっぷりと癒しの波動を浴びて充填する。

 

「よしっ」


 やる気一転、気合十分。

 マリーは重たい腰を持ち上げた。たるんだ四肢に活を入れるように、まずは背筋をぐーっと反らす。


「琥珀、そろそろ行くよ」


 うたた寝を繰り返す相棒に向けて、語気が強めになるよう心掛けて呼びかけた。

 使った金額を回収するため回復薬の半数は売りに出そうかなとか、戦力的な不安もあるので今回は採集依頼でも受けようかと思案する。

 ――採取依頼ならやっぱり林道かなあ。その前にギルドに寄って……。

 脚部に付いた芝草を払い、出掛ける準備は万全。

 しかしマリーの意思とは反して、琥珀は一向に起き上がる気配がない。

 微かに聞こえてくる、すやすやと鳴り響く寝息。


「もう、琥珀ったら……」


 頼れる巨体は小山のようで、この時ばかりは起こすのに苦労しそうだなと微笑を零さずにはいられなかった。


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