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【1】ゲーム開始

『只今脳波を観測、身体データをスキャンしています。暫くお待ちください』

 

 真っ白なドーム型の空間。その中央にぽつりと置かれたデスク。


 意識を覚ました立花茉莉たちばな まつりは両手を握っては緩めと数度繰り返して己の感覚を確かめ、にへらと頬を緩めた。


 世間では何かと注目されていた世界初のフルダイブ型VRRPG、『Phylogenetic Skill tree Online』通称PSTは1週間前にIF社から発売された。

 以前から軍事や医療分野で実績を残してきたVR技術だったが今では随分と裾野を広げ、こうした娯楽用にまで開発の手が伸びているのは庶民にとってありがたいことだった。

 思えば学生時代はゲーム三昧の生活だったものの、入社してからは流石に自重しないといけないなと禁欲生活を送っていたのだ。


 一度始め出すと中々終わることが出来ない茉莉の性格難もある。学生時代のように不規則な生活リズムを満喫することは出来ないのだからそれも仕方ないと思っていたが、どうやらPSTはゲーム内時間が現実時間の三倍で進行するらしいという事実を知った。

 時間に余裕が出来る。それはもうストレス発散万歳! と言わんばかりに購入を決意した。夏のボーナスの使い道が決まったようなもの。


 RPGというと仲間と共に剣や魔法で世界の謎を解き明かすという要素がどうしても強くなるが、何しろVR技術だ。五感を刺激するということは自宅に居ながら未知を体験することが出来る。

 異世界旅行、食道楽、マンション住まいでは断念していた小動物との暮らし。

 仮にゲームの内容が残念な出来だったとしてもそれらが副次的な要素として十分楽しめるかな、と茉莉は期待に胸を膨らませていた。本体価格二十万とソフト価格二万の合わせて二十二万円。出費としては中々のものだが海外旅行に行ったりペットを購入したと考えればそう高い買い物ではない。


 本当はβ版を体験できる特別枠に応募したかったのだが、あまりの倍率の壁と仕事があるため諦めた。正式版販売以降の評判も悪くない。初回生産版ではないものの、話題の最新ゲームを1週間遅れで購入出来たことを考えれば上々の結果といえた。


「ん?」


 視界の片隅にふと違和感を覚え、右下方に意識を向けた。するとこちらの意図を読み取ったかのようにそれは視界中央部へと移行し、棒線がチカチカと点滅する。


『プレイヤー名を入力してください』


 半透明のウィンドウメッセージだ。同時にキーボードウィンドウも浮かび上がる。ここだけ見るともの凄く近未来っぽくもあり、正に今ゲームの中にいるのだと思うと心がワクワクした。

 これまでのゲームはどれだけ感情移入しようと傍観者、第三者でしかない。ゲーム機やパソコンという媒介を通さなければならないのだから当たり前ではあるのだが、意識しただけでプレイヤーの思考を読み取ってくれる。技術の進歩って素晴らしいと感銘を受けるとともに当事者になれるという感覚は真新しく、全てが新鮮だった。


「ここはまあいつも通りで」


 茉莉は少し悩んでマリーと打ち込んだ。名前を少しもじっただけで、以前から他のゲームでも使っていたものだ。自分の分身として違和感なく受け入れられるだろうという気持ちも大きかった。

 入力を告げるピッと鳴く短い電子音が聞こえ、


「ようこそいらっしゃいました。マリー、私たちはあなたを歓迎します」


 一転、世界に音と色が加わった。

 ドームの内面に投射された七つの街並みが映り、ゆったりとした等速でスライドしていく。

 辺り一面を覆う雪国。中世ヨーロッパを思わせる西洋の街並み、中には幾つもの船団を纏め上げ、その上に生活基盤を築いている様子などなど。

 眼前に広がる巨大スクリーンに瞳を輝かせ、茉莉は感嘆と息を漏らした。


「マリー?」

「……ぁ、はい?」


 改めて声を掛けられ、思考の海から脱出する。どこから? と思ったら目の前のデスクに受付嬢のような女性がいつの間にか座っていた。


「えっと、どちら様ですか?」

「これは失礼しました。このたび、来訪者マリーの担当となりましたJPサーバー担当管理AI、キサラギです。どうぞよろしくお願いいたします」

「キサラギさん……。こちらこそよろしくお願いします」

「そんなに畏まらなくてもいいですよ。早速ですがキャラクターメイキングに入りましょうか」


 平常心こそ装っているが、本音を言うと微笑みかけてくるキサラギに思わずドキリとした。

 人としての違和感がない。変な表現の仕方だが、対面してお喋りしても違和感なく受け入れられるというのは凄いことだと思う。

 まるで本物の人間が喋りかけてくるみたいで、そこには確かに“心”がある感じがした。

 これはゲームの出来にも期待できるというもの。仕事終わりの憩い、第二の生活として異世界生活に没頭するというのも悪くはない。もちろん、ほどほどにしないと翌日の業務に支障が出るのだが……まあ今日くらいは忘れてしまおう。何せ明日から週末なのだから。


 フォン、と音が鳴ると宙に人型のアバターが浮かび上がる。

 それはスキャンされた身体データをベースにしているはずなのだが、不思議とどこか美形に見えた。


「これ、私?」

「ええ、そうですよ」


 聞けば個人情報保護の観点から全員に多少色が付けられているようだった。

 目尻を少し上げ、髪を腰の辺りまで伸ばして深い紫味の青へと変色させた。下手に弄りすぎてバランス崩壊するよりもちょこっと変えた程度の方が纏まりがあっていいと思う。


「これでいいかな」

「マリーならもう少し身長を伸ばすと全身のバランスがいいかもしれませんね」

「キサラギさんって中に運営の人入ってたりするの?」

「いえいえ、とんでもございません。私は創造主に作られた一管理AIですよ。この世界に住まうNPC達もちゃんと生きてますし、それぞれの感性があり思考があります。先ほどのものは……私の美的感覚によるものです。これでも四万人以上の来訪者の方を見てきましたからね」


 自信があります。とほほ笑むキサラギに流されるように押され、下肢を3cm程伸ばしてもらった。程よく引き締まった身体にすらりとした脚はまるでモデルのようであり、これが現実だったらいいのにとついつい、つまらないことを考えてしまう。


「では次はスキルを7つ選択してください」

「10個選べるって聞いたんですけど、7個なんですね」

「情報の伝達に少々差異が見られますね。Lvにより解放され、現段階でのスキル保有最大数は10となります。また主武装によって適正装備を渡すことにしておりまして、これは運営からのプレザントだと思ってください」

「なるほど」


 ちなみに武装スキルを取らなかった場合は自動的に片手剣と小楯、そして革鎧が贈られるそうだ。


「ではこちらをお受け取りください」


 キサラギが指を鳴らすと、目の前に厚みのあるカタログ冊子が出現した。眼前で宙に浮かぶそれを可笑しく思いながらも受け取り、ページをスライドさせていく。

 リアルだなんだと思いながらもこういうところはゲームらしい。そこがちょっとツボにはまってしまったのだ。


「とりあえず召喚術は確定っと」


 なんだか不信に思われている気がして、茉莉は咳払い一つで気を引き締めなおした。カタログの中にある無数のスキルから目当ての物をピックする。

 召喚術は特定のアイテムを媒介にして犬猫などの獣系から妖精やモンスターのようなものまで幅広く仲間に加えるものだ。


 パーティ枠が埋まるというデメリットはあるものの、元より後発組であり、最前線プレイなど考えていない。キサラギと接しているとAIには期待以上のものを感じるし、昔から飼いたかった子犬と一緒に旅なんかできたら最高に楽しいに決まっている。


「あとは特に考えてなかったんだよね。武装はどうしよっかな」


 『PST』はスキル制と呼ばれるもので、職業という縛りがない。

 また種族ステータスに対してポイントを振り分けて差別化することは出来ず、個々のスキルの組み合わせによってアバターを作り上げていく。

 それはHPやMP、SPという項目こそあるがSTRやDEXといったものはなく、条件反射など現実で既に身に付けているPSプレイヤースキルがものをいう。


 一応救済措置的な役割として手裏剣や苦無を投げる投擲スキルでは目標に向かって飛びやすくなる、といったシステムアシストはあるが、スキル習得時にダメージ倍率が掛かる以外は習得未習得に差異はない。効率を優先するならば取らないこともまた選択といえた。


「んー」


 とはいえ、茉莉は運動面に関しては平均的だ。武道を習った覚えもなければ秀でた部分があるわけではないと自覚している。裏を返せば新しい何かを始めるにはいろいろと選択肢が広がっているのだ。

 召喚術に合わせるなら杖を使った魔法使いプレイ? 狩りをイメージするなら弓や銃? 様々な職業を思い浮かべては消していく。

 現実ではありえず、相性の差異はあるものの極論として殴れる魔法使いになる、なんてのもいい。


「せっかくだしそういう方向性でもいいかも。でもなあ」


 数分悩みつつも主武装は戦棍と小楯、魔法は聖属性を選択した。補助スキルは状態異常耐性、生産スキルからは採取と調薬を選択する。


「決定っと? おおっ!」


 決定ボタンを押すと同時に自身の身体にアバターが反映された。瑠璃色の青い髪が視界に映る。革鎧を身に付けた女冒険者といった感じだ。軽く腰を左右に振って身姿を確認する。

 戦棍と小楯を手にしたイメージとしては戦える神官。僧兵ならぬ神官戦士といったところだろうか。若干支援職に寄りすぎている気がしないでもないが、足りない部分は召喚で補えることを期待しよう。

 将来的には衣装もそれっぽくしてロールプレイしてみるのも面白いかもしれない。


「マリー、よくお似合いですよ」

「ありがとうございます」

「ではこれにてキャクターメイキングを終了します」


 突如訪れる浮遊感にびくりと身体が反応する。暖かい光が辺りを覆う中、キラサギは言葉を続けた。


「来訪者マリー、『グリムニール』の世界へようこそ。あなたに幸あらんことを。そしてあなたの来訪が世界にとって良き刺激とならんことを」

「うん、キサラギさんありがとねっ!」


 深々とお辞儀するキサラギに見送られ、茉莉の視界は真っ白に染まった。


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