はじまり
この世界は、嫉妬、怒り、そして憎しみで出来ている。
それでもこの世界が機能しているのはなぜだろうか――。
誰もが知っていて、誰も知らない。
目をそらしている。
この物語は、我々の陰で働く……暗躍している者の話である。
よく言われているけれど、この世界がきれいなことなんてあるものか。
僕が保証しよう。
根拠を聞かれたらこう答えようと思う。
だって、君たち僕という化け物を生んだじゃないか、とね。
僕は一体何者なのか。
知っているような、知らないような。
そんな不安定な存在だ。
もしかしたら存在すらしていないのかもそれない――いや、本来ならばそうあるべきだったんだろうさ。
ここは――。
またか。
僕は、よくこんなところに出現してしまう。
今日は、受験前の教室かな……。
誰が、そんなに大きな闇を抱えているんだろう。
「憎い。憎い。あいつが憎い」
「なんで俺ばっかり」
「なんで私が」
「きっと、隣の……奴のせいだ。絶対そうだ」
「あの先公がこんなもの出すから」
「親の責任だこうなったのは」
「いやだ。もう生きていけない」
「神が恨めしい。誰もが努力すればできるなんて、きれいごとだ」
「うわわわわわわー。もう言葉にならない」
きっと、僕は「」でこんなことを表記していると思うけれど、無論心の声だ。
成る程、大体の見当はついた。
ストレスによる空気のよどみ。
イラつきや、憎しみの塊――。
「あいつさえいなければ」
「奴が生きていなければ」
「殺したい……ぶっ殺したい」
「死ねばいいのに」
あらら、このストレスを成績の折れ線グラフで表したのなら、平均ぐらいの点数にあたるぐらい高いものだろう。つまり、山場だ。
いつもなら、だれか単独の曇った心――闇が僕を呼ぶ。
しかし、今日は違うらしい。
規模が大きい。
流れてくる闇の量が半端なく多い。
まあ、僕にとっては快適極まりない環境ではある。
そう、僕――死神にとっては。
死神。
自分で、○○神なんていうのは烏滸がましいと思うかもしれないが事実なので仕方がない。
だが、ここで勘違いしてほしくないことがある。
ところで、みなさんは死神といったらどんなことを想像するだろうか。
大きな鎌、黒い服、それとも髑髏だろうか。
ご期待に添えず申し訳ない限りだが、至って普通の恰好をしているをしている。
具体的に、紹介すると次のようである。
上は、何語かわからないような文字が書かれた長袖Tシャツに下は靴まですっぽりと覆ってしまうようなジーパン。
以上。
本当に申し訳ない。
さらに、また言いにくいことを言おう。
僕は、見た目だ。ずばり、小学高学年から中学生ぐらいの少年。
ここまで来ると言い訳のしようがない。
あ、忘れていた。
いま、このステレス状況をどうにかしなければならないのだった。
どうするのか気になるでしょう。
死神だから、人を殺すの?
なんて思ったあなた。
残念。
はーい。
では今から、この最悪(僕にとっては最高)の状態を解消しまーす。
「いただきます」
パクッ。
実際こんなかわいい効果音はしていないと思うけれど……。
そう、この状況を解消する方法――それは僕が闇を食らうこと。
僕が食事をしてしまうことである。
景色が、晴れていく。
教室の隅々まで晴れていく。
机の下、黒板のそば、ロッカーの中、ごみ箱の中、天井の隅……残さずいただいた。
御馳走様です。
とまあ、こんな感じで闇をいただいていくのだ。
僕はまた姿を消す。
その時が来るまで――。
僕の知ったことではないが、どうやらこの教室のメンバーは皆受験勉強がうまくいっていなかったようだ。
準備ができていない。
万端ではない。
だから焦って、闇を生み、僕を出現させた。
この教室という密室に。
密室だったために、闇の密度も増したのだろう。
煙が、部屋に充満するの如く、広がったのだろう。
そんなことは先も述べた通り、僕の知ったことではない。
果たしてこれが小説として成り立つかどうかはわからないが、僕は生きていくだけだ。
出現するだけだ。
これからも僕は、孤独であり続けるのか否か。
それさえ定かでない。
死神だけに、先が真っ暗な未来だ。
もっとも、未来という言葉も僕には似合わないけれど。