06.ファーストコンタクト
と、思った2週間前の自分を絞め殺してもいいと思った。
なんだ、この、かわいらしく微笑んでいる妖精は。
一の姉上が見つけてきたと言っていたし、ローズ男爵のご令嬢と聞いていたから、てっきり姉上方と同じ人種なのかと思ったら、これは全く別の生き物ではないか!!
華美ではないが、清楚な雰囲気がまたはかなげな印象を与えるワンピースは、彼女によく似合っていた。
これはたしかに、殿下が足しげく通うはずだ・・・・・・。
と、あまり、見つめても失礼か。
すっと視線を外し、それから、私は恭しく彼女の前で騎士の礼をとった。
「お初にお目にかかります、私は、イアン・オルコットと申します」
頭を下げ、そういえば、目の前にいた彼女が小さく息を吸い込んだのが分かった。
「本日は急なお誘いにもかかわらずお越しいただきありがとうございます」
顔をあげ、そう言葉をつづけると、わずかに彼女の頬が染まった気がした。
が、きっと、何かのフィルターでもかかっているんだな。
初対面の私に対し、頬を染めるなどあり得ないからな。
必死に冷静に、慌てるな、と自分に言い聞かせていると、彼女が口を開いた。
「メアリーアン・ローズと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
スカートのすそとちょこんとつまみ、わずかに腰を落とし、頭を下げ言った言葉に、私の中の何かがまた暴れだしそうになったが、必死にそれを押さえつける。
「一の姉上が無理なお願いをしたと聞いています。女性は支度などが大変なのに」
「一の姉上・・・・・・あぁ、レベッカ様のことですか?」
「失礼いたしました。私には姉が三人もいますので、それぞれ、一の姉上、二の姉上、三の姉上、と呼んでいるのです」
「レベッカ様にも先日少しお話ししたときにお聞きになりましたわ。三姉妹だと―――そういえば、レベッカ様やほかのお姉様方はいらっしゃらないのですか?」
きょとんと首を傾げ聞いてきた彼女に、「申し訳ありません」と言いながら私は胸に手を当て、頭を下げた。
「急な呼び出しがあり、姉上方は少々席を外しております。すぐに戻れるだろうと聞いていますので、それまではどうか私でご勘弁願えますか?」
「まぁ、オルコット様ったら」
「どうぞ、イアン、とお呼びください」
「それでは、私のことはメアリーとお呼びください」
ふふっと、口元に手を当て笑う姿も、なんと愛らしいことか・・・・・・。
と、このまま玄関先で話をつづけるのも失礼に値するな。せっかくうちのものが張り切って用意してくれているのだからお通ししなくてはな。
「このような場所で立ち話をしてもなんですので」
そういい、メアリーへと手を差し出すと、メアリーはまた笑った。
「そうですね。せっかく、イアン様のおうちの方々がご用意してくださっているのでしょうから」
差し出していた手に、一回り小さい手が添えられると、私はその手を取り、家の者たちが用意してくれている庭へとメアリーを案内した。
ガーデンパーティのような雰囲気になるように、と用意された薔薇園へと案内をすれば、メアリーは物珍し気に薔薇園の薔薇を眺めてみた。
「うちの薔薇はめずらしいですか?」
「あぁ、ごめんなさい・・・・・・とっても、きれいな薔薇でつい・・・・・・」
「お気に召されたのであれば」
失礼、と短くいい、つないでいた手を放すと、私は近くにあった白色の薔薇を手折り、とげを丁寧に取り除くと、メアリーへと差し出した。
「イアン様、そんな、せっかくきれいに咲いていたのにっ」
「大丈夫ですよ」
「ですが、庭師の方が丹精込めて育てた大切な薔薇ですよねっ」
「えぇ。ですが、メアリーが気に入ってくれたというのであれば、こうして―――――あなたの髪を飾ったとしても怒りはしませんよ」
すっと、彼女の左耳の後ろに薔薇をさせば、彼女は顔を赤く染めた。
「よくお似合いですよ」
「っ」
微笑みながら言えば、とうとうメアリーは顔をうつ向かせてしまった。
照れているかわいらしいお顔を見たかったのに、残念。
まぁ、耳まで赤く染まっているようだから、嫌がられてはいないはずだ、たぶん・・・・・・。
「さて、先を急ぎましょうか」
先ほどはなした手を握ると、また、薔薇園の中を進んでいく。
中央にほど近い場所にテーブルと椅子が用意されており、そこへとメアリーを導く。
普通ならばメイドが椅子を引くところだが、今日はもちろん私が椅子を引き、彼女へと座るように促した。
そうすれば、少しだけ驚いたような表情をした後、椅子へと腰を下ろしてくれた。
「メアリーの好みがわからなかったから、家のものが張り切っていろいろな物を用意しているんだ」
そういい、視界の端で控えていたメイドへと目配せをすると、ワゴンに乗せた様様なお菓子をこちらへと運んできた。
「まぁ・・・・・・」
ワゴンには乗り切らないぐらいの茶菓子や軽食に、驚かれるメアリー。
「遠慮なく好きなものを言ってくれ。次回はメアリーの好きなものを用意したいから、参考にしたいんだ」
微笑みかけ、促すと、メアリーはわずかに思案してから、苺の乗ったケーキを選んだ。
彼女が選んだものを見て、もうひとり控えていたメイドが、用意されていた茶葉の中からケーキにぴったりなものを選び、彼女の前へと置いた。
「ミルクとお砂糖はいかがされますか」
メイドが聞けば、メアリーはわずかに悩み、それから、私の方へと視線を向けてきた。
これは、どういうことだろうか。
彼女の顔を見返し、その目を見れば、何かを訴えているような・・・・・・あぁ・・・・・・なるほど・・・・・・。
「遠慮はいらないよ」
ただ、その一言だけ言う。
そうすると、メアリーはおずおずと小さな声で、
「ミルクたっぷりで・・・・・・後、お砂糖もお願いします・・・・・・」
そうか、メアリーの紅茶の好みはミルクたっぷりのミルクティーと・・・・・・。
しっかり頭の中でメモをさせてもらった。
「甘いものがお好きなのですか?」
たっぷりと注がれたミルクとお砂糖を見つつ口ずさめば、メアリーは恥ずかしそうに笑った。
「苦いものが苦手なのです・・・・・・」
「かわいらしいと思いますよ」
微笑みながら言えば、さらにメアリーは頬を赤く染めた。
「もう少しで姉になるというのに、恥ずかしいわ・・・・・・」
「よろしいのではありませんか?」
「でも、将来一緒にお茶をたしなむとき、私だけミルクたっぷりの紅茶なんて・・・・・・少しずつストレートで飲めるようにはがんばっているのだけど・・・・・・」
「そうですか――――――では、我が家に来た時だけでも、あなたが大好きなミルクたっぷりの甘い紅茶を飲まれてください」
「え?」
「私は、ご自分の好きなものをお召し上がりになられ、そして、嬉しそうに微笑まれているあなたが見たいので。それに、私の方が年上ですからね。年上の私が相手でしたらメアリーも恥ずかしくはないでしょう?」
くすっといたずらっぽくそういうと、一瞬だけきょんとし、それから、メアリーは嬉しそうに笑った。
「確かに、そうですわね」
「それにしても、苦いものが嫌いだと、食べ物にも好き嫌いがあるのでは?」
「食べ物に対してはあまり・・・・・・苦手なものというものは確かにありますが、一通り食べることはできますよ。ただ、飲み物が苦いというのがどうも苦手で・・・・・・紅茶も種類によっては苦いものもあるでしょ?」
「確かに・・・・・・」
「あとは、ミントも苦手です」
「ミントは飾りとして置かれてあるものが大半ですから、召し上がられなくてもよろしいのでは?」
「ですが、せっかくそこにあるのですし、それに、飾りだとしても食べることのできるものでしょ?食べ終わった後のお皿に、ミントだけ残っていると、料理長に悪いことをしたなぁと思ってしまいます」
「メアリーは優しいのですね」
「そんなことは・・・・・・」
「でも、一般的な貴族のものは食べ残しなんて気にしませんよ」
こくりと出された紅茶でのどを潤し言えば、メアリーはどこか複雑そうな表情をされた。
あぁ、彼女は、その一般的な貴族の食事も気に入らないのだろうな。
そう思うと、益々彼女に対しての自分の中での好感度が上がった。
オルコット家は、騎士の家系ということもあり、出されたものはすべて食べる、というのが通例だった。
好き嫌いがあろうがなかろうが、体調を悪くしないものならば食すのが普通だ。
いつ何時戦に駆り出されるかもわからない。ひとたび戦に駆り出されれば、このような贅沢なものは食べれないのだから。
というのが、父上と母上の教えだ。
いや、父上と母上の教えというよりも、姉上方も口をそろえてそう言っていた・・・・・・思い出される、あの特訓の日々・・・・・・。
っと、何を思い出にふけっているのだ。
そうではない。今は、目の前にいるメアリーのことに集中をしなければっ。後で、姉上と母上にどれだけ叱責をされることかっ!!
「私は、うまれてから今まで、一度も不自由を強いられたことがありませんでした」
ぽつりとティーカップに添えていた手を膝の上へとおろしながら、メアリーが口を開いた。
「食べるものも、着るものも・・・・・・イアン様のお屋敷に比べたら、我が家は小さなものですが、住むところにも、本当に、何不自由なく暮らしています。でも、私と同い年の子が、街の中では食うに困っていたり、その日寝るための場所もない子もいるのだと思うと、本当に私は不自由なく暮らさせていただいているのだなと、お父様とお母様に感謝をするのです。そして、毎日の支度に手を尽くしてくれるメイドたちや、おいしいご飯を作ってくださっている料理長にも・・・・・・。だから、出されたものは何一つ、残したりはしたくないの」
「とても、素晴らしいお考えを持たれていらっしゃるのですね・・・・・・」
実際、今のこの時代に、貴族たちの中でそのことに目を向けている者たちがどれほどいるのだろうか。
父上や母上も招待された茶会や夜会から帰ってくれば、いつもそのように愚痴をこぼしていた。
「私の父上と母上も、あなたと同じように、出されたものはすべて食べなさい、というお方です。とはいっても、あなたのような考えを持っているというよりは、騎士として、戦に出た時に困るのだからなんでも食べれるようになっていなさい、という考えですが」
そう、苦笑しながら言えば、メアリーは「それでも立派なお考えです」と微笑んでくれた。
尊敬をしている父母の考えが褒められるとうれしいのだな、と思いつつ、彼女のそういった考え方もうれしかった。
あぁ、これは、本当にまずいことになった・・・・・・。
喉の奥で小さく息を吐き出し、目の前で出されたケーキにフォークを入れているメアリーをこっそりと見つめる。
本気で欲しくなってしまった。
姉上や母上の意向など関係なく、そして、これから仕える予定である殿下の心すらも無視し、本気で目の前で幸せそうにケーキをほおばっている彼女が欲しくなってしまった。
さて、どうやって手に入れようか。
ふっとわずかに笑うと、メアリーがこちらの方を見て小さく首を傾げた。
またそのしぐさもかわいらしくて、思わず手を伸ばしその頬へと触れてしまいたくなるが、まだ出会ったばかりだ。
時間ならばある。
それこそ、彼女が学園に入るまでの間に頑張ればいいだけのことなのだから。
そう、タイムリミットは彼女が学園へと入学するまで・・・・・・入学をしてしまったら最後、彼女を婚約者にと、あの手この手を使って群がるだろう者共がいるだろうからな。
ひとまずは、次回の約束でも取り付けるべきかな。
できるだけ自然に、できるだけさりげなく、そう、がっついているなんて思われないように、丁寧に丁寧に言葉を選び、次回の約束を取り付けることとなった。
また茶会を開くから来てくれないか、と問うと、彼女は思案し、それから、
「では、今度は我が家へとお越しください」
と、笑顔で言った。
「今度は私におもてなしをさせてください」
にこっと笑うその顔に、もちろん、すぐにうなずいた。
「では、家に帰ってから日時などの話を詰めてきますので、近いうちに招待状を送りますね。できれば、イアン様のご都合の良い日をお伺いして帰りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、では、帰りまでにルーナにメモに書き留めておくように伝えておくよ――――頼めるかな」
横で給仕をしていたメイドへと問えば、すぐさまメイドは「かしこまりました」と頭を深々と下げて屋敷の方へと戻っていった。
あぁ本当に、なんて愛らしい方なのだろうか・・・・・・。
手土産は何にするべきか、これは、姉上や母上に頼み下調べをしてもらうべきだな。
次の茶会に思いをはせつつ、その日は最後まで戻ってくることのなかった姉上と母上に盛大に感謝をしつつ、メアリーの時間の許す限り共に過ごした。
イアン君も暴走しました。
オルコット姉弟 恐ろしいぐらいに勝手に暴走をしてくれます。
メアリー 早々におとされそうだなぁ。。。




