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02.シリル殿下

短編のその後のシリル殿下

回想メインの気がしないでもない・・・・・・

 気付いたら自室にいた。

 すでに外は真っ暗闇で、星の明かりがわずかに見える気がした。

 今朝までは、正確に言えば、昼を過ぎる時刻までは、それはもう、薔薇色のような一日だった。

 愛らしいメアリーアンに逢いに行ける日は、いつもそうだった。

 朝、いつもよりも早く目が覚め、いつも以上に張り切って家庭教師とともに勉強をする。

 昼前にやっとこさ厳しい家庭教師から終了の許可をもらい、身支度を整える。

 その際、いつも以上に気を遣うのは王子らしく見えないようにすることだった。

 着る服も、中流ぐらいの貴族たちが御用達にしている仕立て屋で用意した服に着替え、何度も何度も鏡の前で念入りにチェックをし、父上と母上に一言だけ出かけてくることを伝えると、裏門から王城を抜け出す。

 通いなれた裏道を護衛とともに抜けていく。途中、メアリーアンが好きだといったサンドイッチの食べれるお店でテイクアウトを頼むのも忘れない。

 彼女はものを食べている時が、一番幸せそうに笑ってくれるから。

 護衛が持つと言ってくれた包みを自ら持ち、通いなれた道を抜け、城下町の端の方に位置する男爵家の前へと到着する。

 おおきく深呼吸をし、今一度自らの姿に不備がないかを確認してから、きっかり3回扉につけられているノックを叩く。

 そうすると、すぐさま男爵家の家令のリズが扉を開け、恭しく挨拶をしてきた。

 それからは、いつもと変わらなかった。

 出迎えてくれたリズに軽く挨拶をし、メイドのアンにサンドイッチの入った箱を渡し、アフタヌーンティーと一緒に出すように伝え、もう一人そばにいたメイドのサラに案内されサンルームへと向かう。

 途中、護衛は別の部屋で待機だ。

 仰々しく護衛なんて連れていけば、愛らしいメアリーアンにこちらの身分を感づかれ、あの愛らしい笑顔を向け、シリル様、と呼んでくれなくなてしまうから。

 通されたサンルームで今か今かとメアリーアンの来るのを待っていると、アンがティーセットの支度が終わると同時にサンルームの扉がノックされ、リズに付き添われてメアリーアンが姿を現した。

 ふわりとゆれるストロベリーブロンドを、今日も、白いコサージュのついた髪飾りでハーフアップにしていた。真っ白のひざ丈のワンピースをちょこんとつまみ、恭しく礼をする姿は、愛らしすぎて、誰にも見せたくないと思いつつ、彼女の前までゆき、微笑みながら声をかけ、手を差し出せば、白絹のように滑らかな肌の小さな手が重ねられた。

 そうして、いつものようにソファーまでエスコートをする。買ってきたばかりのサンドイッチを皿に取り分けて差し出せば、嬉しそうにほおばり、「おいしい」と言ってくれる。

 それは、この上もないぐらいの至福だった。

 そう、僕は幸せの真っただ中にいたはずだったのに、その愛らしい天使が口にした言葉で、奈落の底へと突き落とされた。







――――シリル様はご婚約者などはきめられていらっしゃいますの?







 最後のその一言が何度も脳内で反芻される。

 実際、シリルには公爵家や、その周りの人間から自分の娘を、と婚約を申し出ている声がいくつもあった。

 今年で8歳になるシリルには、まだ早すぎるという声もあれば、後2年もすれば学園に入るのだから、その前に婚約者を決めておくべきだ。という声もある。

 どちらにせよ、婚約者候補、として育てられてきた令嬢は、かるく片手で数えられる以上はいるのは明らかだった。

 幼いころから王城へと娘を連れてきては「殿下の話し相手に」と娘を置いていこうとする豪胆なものも多く見てきた。

 最低でも、シリルと年の変わらない娘のいる親は、一度はシリルへと娘を連れた目通りを願い出てきているのだが・・・・・・ローズ男爵はそうではなかった。

 第一子であるメアリーアンが生まれた時、誕生の報告には来たものの、シリルへと目通りを願うということは、一度として口にしたことはなかった。

 ただ、一度だけローズ家からの連絡があったのは、メアリーアンの1歳の誕生日を祝うガーデンパーティへの誘いだった。

 普段ならば、いろいろと理由をつけて出席をしないのに、その招待状が届いたときに、母上はそれはそれは残念そうな顔をしていた。

 どうしたのかと問えば、「親友の娘の祝いにいけないのが悲しいのよ」と苦笑しながらおっしゃられた。

 だから、様子を見に行くだけという名目で、自分が代わりに母上の親友の娘に祝いの品を届けに行った。

 その席で、初めて出会ったメアリーアンはとても愛らしかった。

 ふわふわのストロベリーブロンドに、空色の大きな瞳。ぷっくりとした桃色の唇。

 こんなにも愛らしい子がいるのだろうかと思った。

 使いを終え、王城へと帰り母上へと報告をすると、祝いの品を無事に渡せたことをすごく喜んでくださった。

「母上は、男爵夫人と仲がよろしいのですか」

 そう、たどたどしくも問えば、母上はクスリと笑い、そして、優しく僕を抱き上げ、その膝の上にのせてくださった。




「キャロラインとはね、実は、幼馴染なのよ」




 ふふっと笑う母上は至極嬉しそうだった。




「キャロラインがいなかったら、私は今頃、あなたのお母様にはなれてはいなかったのよ」

「―――――母上は母上でしょう?」

「ふふ、もう少し大人になったらあなたにもわかりますよ」












 本当にうれしそうに微笑む母上の姿が忘れられず、再度ローズ夫人やメアリーアンに逢いたいと思っていたのだが、結局、その願いがかなえられぬまま1年が過ぎ去った。

 その1年の間に、自分の周りは、目まぐるしく変わっていった。

 まず、母上の懐妊が報告され、1年と経たないうちに弟が生まれた。

 弟は金色の髪をしていて、目が大きくって、一瞬女の子なのではないだろうかと思うぐらいにかわいかった。

 見舞いと祝いの言葉を述べにやってくる貴族たちの一様の反応は同じで、かわいい弟をほめちぎり、母上をねぎらい、そして連れてきていた自らの娘を僕の話し相手に、と差し出してくる。

 いい加減飽き飽きしてきたころに気付いたのは、ローズ夫妻が訪れていないことだった。

 ローズ夫人が母上の幼馴染だというのなら、こういう時は真っ先に祝いを言いに来るものではないのだろうか。

 そう思い首をかしげていれば、弟が生まれてから二か月ほど経ったころにローズ男爵が祝いの品を手に訪れた。その横にはだれもおらず、他の貴族が必ず連れてきていた娘すらいなかった。

 形式上の挨拶を済ませ、退室をしていくローズ男爵に思わず声をかけそうになったが、父上ににらまれてその言葉を飲み込むしかなくなった。

 メアリーアンに逢いたかったのに。

 そう思いながら、父上とともに謁見の間を出、自室へと戻ると、そこにはなぜか、先に退室をさせられていたローズ男爵がいて、おもいっきりくつろいでいた。




「よぉ、カルロ」

「久しいなぁ」




 片手をあげ、気さくに笑いながら軽い挨拶をするローズ男爵に、父上もまた、気さくな声音で返事を返し、表で待機していた侍女たちを下げさせ、しばらく誰も立ち寄るなと言い置いていた。




「相変わらずこっちはかたっ苦しいな」

 コキコキと肩を鳴らしいうローズ男爵に、僕はあんぐりと口を開けたまま呆けていれば、父上はいつのまにかローズ男爵が座っているソファーの向かいにどっかりと座っていた。




「今日は、キャロラインとメアリーアンは一緒じゃないのか?」




 そうローズ男爵に父上が聞くと、ローズ男爵は小さく肩をすくめた。




「メアリーが珍しく体調を崩しているんだ」

「それはまた珍しいな。大丈夫なのか?」

「まぁ、魔力の暴走のようだったから、安定させるためにいろいろと施してはきたし、キャロラインも一緒にいるから大丈夫だろう」

「あぁ、そうか・・・・・・彼女は」




 と、何かに納得をする父上に、ローズ男爵も「そういうこと」と軽く言葉を返した。

 と、ここで扉をノックする音が聞こえた。

 返事も待たずに開かれた扉から入ってきたのは母上と、母上に大事そうに抱きかかえられているアルマだった。




「ご無沙汰しております、閣下」




 そうひざを折り、アルマを抱きかかえたまま最敬礼に値する淑女の礼をとる母上。




「やめてくれ、君はもう王妃なのだろう?国母が男爵にひざを折るなど、私的な場面でも示しがつかない。第一、シリル殿下が呆けていらっしゃる」




 クククと最後の方は声を噛み殺しながらいったローズ男爵に、父上と母上が僕の方を見た。




「まぁ」

「あぁ、そういえばお前には説明をしていなかったな」




 あまりにも見事に呆けていた姿に、思わず声を上げる母上に、そういえば、と思い出したかのように言う父上。




「シリル、こっちへおいで。説明をしてあげよう」




 ちょいちょいっと手招きをしながらいう父上の横まで行き、座るように促されたソファーへと腰を下ろす。

 母上も開いていたソファーに腰を下ろし腕の中にいるアルマをあやしていた。




「さて、長話になるようだし、茶と茶菓子の用意が必要だな」




 そういうと、ローズ男爵はどこからともなくティーセットを取り出し、応接セットのテーブルの上へと並べていく。

 どこから出したのだろう思いながら不思議そうに眺めていれば、次は箱をどこからともなく取り出してきた。




「出かけにキャロラインが持たせてくれたんだ。今日のは自信作だと言っていたよ」




 と笑いながら箱を開けると、その中にはいろいろな茶菓子が詰められてあった。

 クッキーにマフィン、スコーンにチョコレート。

 どれもおいしそうで、ほんのりと湯気が立っているような気がした。




「茶葉はこちらで用意しようか」




 と、父上が言うと、父上もまたどこからか小さな筒を取り出し、テーブルの上に置いた。




「さすが、いい茶葉もってんなぁ」

「今日のためにとっておいた。ほら、早く淹れてくれ」




 そうせかす父上に、男爵は「はいはい」と笑いながらティーポットの中へと茶葉を淹れる。

 そういえば湯はどうするんだろう。

 メイドは全員下がらせたし。

 そう思って不思議そうに眺めていると、男爵は一度だけ僕の方を見、それから、ニヤリといたずらをたくらむときのような笑みを見せたかと思うと、何もないところからポットへと湯を注いで見せた。




「えっ!?」

「そう、その顔、その顔だよ、いいねぇ」




 なんて笑う男爵は、カチャリと音を立て、ティーポットにふたをし、茶葉を蒸らし始めた。




「え、え、あ、えぇっ!?」

「はっはっはっはっ!!お前でもそんな顔をするのだな」




 なんて大声をあげて笑う父上に説明を求めるように顔を見上げれば、父上はさらに笑った。




「男爵は、魔法使いなのですか・・・・・・?」




 答えてくれそうにない父上から男爵の方へと視線を向ければ、男爵は鷹揚にうなづいてくれた。




「でも、もう、この王国には魔法使いはいらっしゃらないと・・・・・・」

「あまりにも魔法使いに頼る政治や戦争をしすぎていたからね。数代前の国王陛下が魔法使いをすべて追放するというお触れが出されたんだよ」

「あの当時はひどいものだったらしいからな。私も父上から聞いただけなので詳しくは知らないが、魔力の有り無しでの差別もさることながら、どれだけ強い魔力を持っている魔法使いを所有しているか、ということが、貴族たちの間でのステータスだったからな」

「まぁ、うちのじい様が言ってたけど、魔法使いの側からすれば、どうでもよかったらしいがな。魔法使いにしてみれば、貴族としての地位など、些末なことにすぎないから。国と何度も話し合いを重ねて出した答えが魔法使いの国外追放だったんだよ。ま、もっとも、一部の魔法使いは国にとどまったらしいけどなぁ。それも、国王の所有する魔法使いとしてだが」

「力を持つと途端に戦争しろ、あそこの土地を奪って来いなどと、物騒なことばかり言う輩が増えるからな。いい加減飽き飽きしてたんだろ」




 と、めんどくさそうにいう父上に、男爵もうんうんと、うなずいているし。かと思ったら母上は、アルマをあやしつつ、ほほほ、なんて笑ってるし。




「まぁ、魔法なんて言う力に頼らなくとも、人間は十分強かに生きていける生き物だってことがよく分かっただろ。文明の発展を見てきても十分じゃないのか」

「確かに、魔法使いが追放されてから、各国の文明の発展は著しいとは思うが、それでも、動力を未だ魔石に頼っている分、何とも言い難いところではあるな。まぁ、魔石の動力還元率が異様に高いというのも問題なのだろうが・・・・・・そっちの方はどうなんだ?」




 男爵の言葉に、うんうん、とうなずきつつ言葉を返し父上が聞けば、男爵はわずかに難しい顔をした。




「全体を通して、数が減ってきているな。親がつかえていたとしても、産まれてきた子がつかえる確率がどんどん減ってきている。いつか、本当に消えるのではなかろうかと、キャロラインとも話しているのだが・・・・・・」

「問題はそれだけではない、というところか」

「まぁな」

「いえぬことか?」




 さらに難しい顔をする男爵に、父上は僕と母上に目配せをした。

 それは、二人きりにしてくれ、という父上からの合図。

 すぐさまその合図に気付いた母上が、すっと、ソファーから立ち上がった。




「シリル、厨房まで行って、おいしいケーキをもらいに行きましょうか」




 にっこりと微笑みながら言う母上に、僕もまたソファーから立ち上がり小さくうなずき「はい」と短く答えた。











 私室をでて、厨房までゆき料理長においしそうなケーキを数点包んでもらった。

 すぐに食べるために取りに来たのかと思ったら、男爵家で留守をしているキャロライン夫人とメアリーアンのためのお土産だと母上はおっしゃった。




「でも、メアリーアンは病気なのでは?」

「そうね、でも、優秀なキャロラインが一緒にいるから、きっと、閣下が帰られるころにはいつも通りお元気になられていらっしゃるわ」




 ふふっと笑うと、それでも母上は料理長にお願いしていくつかの果物も一緒に包んでもらっていた。

 用意された包みを、近くにいたメイドに持ってもらい、父上と男爵の待っている私室へと歩いている道すがらの母上は、どこまでも嬉しそうだったのをよく覚えてる。

 何でそんなに機嫌がいいのだろうと考えたが、結局そのころの僕には答えを見つけることはできなかった。

 そのあと、一度私室へと戻ると、男爵と父上はいつもと変りなく談笑をされていた。

 そろそろ帰るという男爵に別れのあいさつを交わし、先に退室をさせられた。

 もう少し父上と母上は話があるから、といって、母上はアルマを抱いたまま私室へと残っていった。












 あの後も、一度たりとも男爵は城にまでやってくることはなかった。

 定期的に騎士団の方からの報告書は上がってきているようだが、それも、中継ぎを行っている国王直轄の騎士の一人が取りに行っているみたいで、直接の報告は一度たりともなかったことを記憶している。

 それから数年たった。

 8歳の誕生日とともに、将来僕に仕える予定の人が数名紹介された。

 一人は護衛騎士の予定で、イアン・オルコットと言っていた。僕の一つ上で、すでにしっかりとした大人びた雰囲気のある人だった。

 もう一人はご学友という名目でジャスティン・エディントンも紹介された。彼は僕と同い年で、学園に入学してからも一緒に行動をすることになるだろう、と言われた。

 要はお目付け役だな。

 と、いうのが率直な感想だった。

 特にジャスティンに関しては、完璧にお目付け役だと思っている。ジャスティンの父親は侯爵の位をたまわっていて、城内での役職もそれなりのものだったと記憶している。そんな父親を持つ彼が自分のご学友になんて推薦される理由なんて、お目付け役以外の何物でもないと思われたって仕方がないだろう。

 それに比べ、護衛騎士の予定のイアンは、本当にただ、何かあったときの護衛騎士というポジションのようだ。現に、護衛騎士予定として紹介されたのはイアンだけではなかった。ほかにも数名紹介されたが、今のところ一番の有力候補が彼だ、と言われた。ということは、将来的に、彼よりも優れたものが現れたらあっさりと彼は護衛騎士の座から落とされるのだろう。まぁ、落とされたとしても、彼が騎士として生きていけれないかといえばそういうわけではない。護衛騎士候補としてその名が挙がってきたというだけで、将来、王の所有する近衛騎士団へと所属することは決まっているようなものだから。


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