11.弟がうまれました
お父様が魔獣討伐の遠征から帰ってこられてから、私はいつも以上に忙しい日々を過ごしていました。
まず、お父様からも課題が渡されるようになりました。
とりあえず座学からね、なんて、笑顔で分厚い本を渡された。
お父様、ものすっごい笑顔で「とりあえず」っていうのやめてください・・・・・・。
お父様から分厚い本を渡されたからといって、お母様からの課題攻撃が収まるわけもなく、こちらも通常通り本をどかどかと渡され、毎度のことながら「期限は一週間ね」と、こちらもいい笑顔で言ってくださいました。
そうそう、お父様が遠征から帰ってこられてからすぐに、お母様が産気づいちゃって、その日のうちに弟が生まれました。
生まれた瞬間、よし、ローズ家はこの子の押し付けられますね!なんてガッツポーズをしたのですが、思いっきりお父様とリズにみられていて、「メアリー、よかったね、イアンのところへお嫁にいけるよ」なんて、笑顔で言われました。
え、まって、私は、一人でたくましく生きていくのですよ?????
何を言ってるんですかっ!!ていうかガーディナルだからって、魔使いの私を押し付けるのはどうかと思うのです。イアン様にだって、選ぶ権利ぐらいあってもいいと思うのですよ!!
必死にお父様たちを説得しようと試みたのですが、惨敗です。
何を言っても、照れてるんだからぁ、と言われてしまいます。
そりゃぁ、確かに、イアン様のあのお姿で、あのお声で、あのしぐさでプロポーズなんてされてしまったら、思わず「よろこんで」なんてお返事をしてしまいそうになります。
ですが、そんなことは夢のまた夢のお話でありまして、大体、あんなに素敵なお方が私を選ぶわけないのです!!
弟が生まれ、名前が付けられると、お父様が一人、王城へと登城し、第二子出産の報告をしに行かれました。
一般的な貴族の娘を持つ父親はここぞとばかりに娘をシリル殿下やアルマ殿下に売り込みをするところなのですが、お父様はもちろんそんなことはなさらず、代わりに、殿下の護衛として控えていらしたらしいイアン様に逢う約束を取り付けて帰ってきました。
お父様、おもいっきりシリル殿下を蹴落としてずたぼろにする気満々ですね・・・・・・。
弟が生まれてから3週間たったころに、イアン様はレベッカ様とともにローズ家を訪れました。
「やぁ、かわいらしいお嬢様。今日は私までお邪魔をさせていただいて申し訳ないね」
玄関で出迎えた私に対し、イアン様よりも先にひざを折り、私の手を取ると、その手の甲へと口づけを落としてきた。
「前回はお会いすることができなかったので、レベッカ様にお会いできてとてもうれしいですわ」
顔を赤く染めつつ、すっと、レベッカ様の手から手を引っ込めると、レベッカ様はクツクツと笑った。
「相変わらず、かわいらしいね」
「こんなことをなさるのはレベッカ様だけですもの・・・・・・女性だとわかっていても、ドキドキしてしまいます・・・・・・」
「かわいらしい反応を見ることができてうれしいよ。それでは、私は先にキャロライン様のもとへと行かせてもらってもいいかい?父上と母上から代理であいさつを頼まれているんだ」
「そういうことでしたら、リズ、レベッカ様をお母様とルイのいるお部屋へとお通しして」
「畏まりました。レベッカ様、どうぞこちらへ」
「ん、それじゃぁ、かわいらしいメアリーアン、後でね」
隙あり、と言わんばかりに、人の頬に口づけを落とすと、レベッカ様はものすっごく楽しそうな顔をし、リズとともに玄関ホールを後にしていった。
「―――――絶対にからかわれている気がします・・・・・・」
「むしろ、私のことをからかっている気がしてなりませんね」
と、それまで静かに口をつぐんでいたイアン様がそうおっしゃいました。
「イアン様をからかっておられるのですか?」
「反応を見て楽しんでいるのは間違いないと思いますね」
「――――――そうなのですね・・・・・・」
「それよりもメアリー。一つ聞いてもかまわないか?」
「なんでしょう?」
「その、肩に乗っているのは・・・・・・」
「あぁ、ハクロの雪ちゃんって言います」
「ハクロ、の幼獣ですか?」
「そのようですね。お父様から育てるようにと言われ、今では四六時中私の肩の上にいるので」
そうなのです。あの日、枕元に箱を置いて一緒に寝ていたはずなのに、朝になったら雪ちゃんは私の腕の中ですやすや眠ってました。それからというもの、本当にべったり引っ付いているのです。
ご飯の時はさすがに肩の上から降りるようにお願いをしているのですが、それ以外はほぼ一緒です。
そういえば、雪ちゃんがきた翌日の朝はコーネリアが雪ちゃんのために、と生肉を用意してくれていたのですが、どうやらお気に召さなかったようでした。それから、いくつかの野生動物の生肉を用意したのですが、一向に雪ちゃんは食べる気配すらなく、全くご飯を食べていないので、やつれてしまうのではと思ったのですが、日に日に元気になっていくので、お父様に一度ご相談をしましたら、どうやら雪ちゃんは私の魔力を食べているようで、それがいたく気に入ったらしく、それ以外を口にしたいとは思わないようになったようです。おかげで、排せつ物の心配がないのが幸いなのですが。
「ひと月ほど前にあった討伐部隊には、私の父上も参加していたので魔獣のことは聞いていましたが、大丈夫ですか?ハクロは知能が高く、とても凶暴だと聞いていますが」
「まぁ、イアン様のお父様も遠征に向かわれていらしたのですね」
「魔獣討伐には、必ず、ガーディナルの一族が―――――」
そこまで言って、しまったというような顔をしたイアン様に、私は「大丈夫です」と言い、
「父からすべて聞かされました」
「そうでしたか、失礼いたしました」
「いえ、お気遣い感謝いたします」
「では、オルコット家がガーディナルということは」
「聞いております。まだ、ほかの三家については聞いてはおりませんが、いずれ紹介をするとだけ聞いておりますので、お父様がよいようになさるのでしょうと思っております」
「そうでしたか」
いつまでも話し込みそうな私とイアン様に、アンが見かねてサンルームへとお通しするように、と一言添えてきた。
確かに、いつまでもこんなところで立ち話をするのは失礼よね。
ひとまず、イアン様に場所を移すことを告げ、アンに先導されサンルームへと向かった。
「あの、イアン様にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
アンが淹れてくれ、ハーブティーを一口口に含み、目の前に座っていらっしゃるイアン様のほうをちらりと見てからいえば、イアン様はにっこりと微笑まれた。
「私で答えられることでしたら」
優しく答えてくださるイアン様に、私は小さく息を吐きだすと、すぅっと大きく息を吸い込み、
「ガーディナルについて教えていただきたいのです」
意を決してそういえば、イアン様は少し驚いた顔をした。
「ガーディナル、について、ですか・・・・・・?」
「はい」
「メアリーのお父上は説明は」
「お父様に聞くとはぐらかされてしまいますし、リズやアンたちに聞いても、適当に逃げられてしまうのです。まったく言いたくない、というよりは、イアン様へと聞け、と言われているようで・・・・・・」
「そういうことでしたら」
そういうと、イアン様は姿勢を正し、私のほうをまっすぐとみてきた。
「まず、ガーディナルですが、オルコット家を含め、4家あります。残り3家についてはいずれ男爵のほうから紹介されるとは思いますので説明は省かせていただきます。ガーディナルの役目は、主に、“あちらの人間”、魔使いのことを守るということにあります」
「魔使いを守るのですか?」
「そうです。とはいっても、魔使いの方々は自分の身は自分で守れるので、ガーディナルの力が必要になるようなことは、めったにないと聞いています。ただ、まれに、権力者と魔使いの間に諍いが生じることがあるらしいのです。国の方針で、魔使いの方々は、皆一様にして、伯爵位以下の身分についているので、そういった場合の権力者との諍いには不利になります。そういった場合にガーディナルが間に入り沈静させると聞いております」
「そうなのですね・・・・・・」
「大半は、魔使いの方々が己の力で解決をしてしまうのですが、まれに、そうですね・・・・・・メアリーならば、あり得る話ですね」
腕を組み、考えながらそう言ったイアン様に、私は首をかしげた。
「私ならあり得るお話なのですか?」
「そうですね―――――メアリーはとても愛らしいので」
すっごく真剣に会話をしていたところに、ポツンと爆弾を投下してきたイアン様に、思わず顔を真っ赤に染めたが、イアン様はそんな私の反応よりも、本気で悩んでいらっしゃるようでした。
「メアリーはとても愛らしいから、たとえば、シリル殿下から無理やり婚約の話が来るなんてことも、考えられなくはありませんからね・・・・・・」
真剣に、本気で悩みながら言うイアン様に、私は「あぁ」と声をもらし納得をした。
要は、魔使いだと知らずに、もしくは知っていて無理やり婚約の話を推し進めるということなのですね。
たしかに、シリル殿下あたりならばやりかねないです・・・・・・。なので、クリフォード侯爵令嬢様には申し訳ないのですが、さっさと婚約発表をしてください。私の平和のために!!
「まぁ、そういった婚約に強要を強いられた場合にガーディナルが婚約者として魔使いを守る、というのが大半ですね」
「では、イアン様に婚約者の方がいらっしゃらないのは、そういうお考えもあってのことですか?」
「そういう一面もあるということですね。ローズ男爵家にあなたが生まれたと聞き、同じ年ごろのガーディナルの子息はいまだ婚約をしていないはずですよ」
「もったいないです」
「そうですか?」
「はい・・・・・・イアン様はとても聡明で、素敵なお方なのに・・・・・・私のせいで婚約者がいらっしゃらないなんて・・・・・・やはり、独りで立派に生きていくために、今以上に精進し、お父様とお母様に教えを請いて、ひとり立ちせねばっ。本当に、このままでは、イアン様がなし崩しで婚約者にされてしまいますもの。私の両親もですが、家令のリズまで乗り気でいるのだもの・・・・・・」
ぐっとこぶしを握り締めいえば、イアン様は意外そうな顔をされた。
「私が相手では嫌ですか?」
それから、少し悲しげな顔をされてそう聞いてきた。
「えっ?」
「私があなたの婚約者では、不足でしょうか・・・・・・?」
「え、あ・・・・・・えっと?」
「確かに、私はいまだ、父上にも母上にもかないません。三の姉上にすらいまだ勝てないような軟弱者です」
「えっと、イアン様・・・・・・?」
「やはり、メアリーは、こんな弱い男は嫌ですよね」
「イアン様???」
「今以上に鍛錬を重ね、精進すれば、あなたに認めていただけますか?」
「えーと・・・・・・アーンー、助けてー」
困った時のアンへと助けを求めれば、アンはしれーっと視線をそらし、それから、お取り込みのようですので、と言って、あっさり逃げて行ったんですが!!!!
まって、助けてほしいの!!
リズ、リズはどこにいるのかしら!!!私の頼れる家令のリズはどーこー!!!!!
「私は先日、姉上にいわれ、あなたに会うまで、己の運命の不幸を呪っていました。いえ、ガーディナルとしての誇りはあります。ですが、急に婚約者をと言われ、あなたのご機嫌をとるようにと命令をされ、はっきり言ってめんどくさい訓練をまた言われたのだと辟易としていました。しかし、あなたにお会いして、私は己の未熟さと、そして、浅はかさを思い知りました」
かたりと椅子から立ち上がり、イアン様は私の横までやってくると、片膝をつき、私の手をそっと掬いあげた。
「一目あなたを見たときから、私はあなたをお守りしたいと思いました。シリル殿下や、その他あなたへと群がるであろうすべての羽虫を蹴落とし」
言ってることがかなりすごいんですが。ていうか、シリル殿下羽虫と同じですか!?
「あなたの横であなたのことをいつまでも守って差し上げたいと・・・・・・メアリー、まだ幼く、弱い私では、あなたは満足をされないことでしょう。ですが、どうか、その心に刻んでいてほしい・・・・・・私は、あなたを守ることに、どんな犠牲も払えると」
そう言って、イアン様は掬いあげていた私の手の甲へと口づけを落とした。
「あなたに私のすべてをささげると、ここに誓わせてください」
まっすぐと私の目を見上げてきたイアン様に、私は何も返せなかった。
いや、むしろ、今、口を開いてしまえば、きっと、すべてをお任せしてしまって、そして、そのままなし崩しに婚約ということになってしまう気がしてならないのです。
だから、真っ赤に染まった顔をイアン様からそらすしかできなかったのです。
「あなたがもし、将来何かを選択しなければならなくなった時に、私もその選択肢の中へと入れてくださいませんか?」




