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壊れている救世主は少女達を救う  作者: 剣流星
第七章:変革の色―ChangeTheWorld―
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77.風を纏う剣


「ルイ!!」


 壇上で十字架へ磔にされている高峰類は意識を失っているのか、ぐったりと俯いたまま勇吾の言葉に反応しない。しかし、纏っている衣服はボロボロで、破れた個所から覗く肌はミミズばれのようなものができている。


「てめぇ!ルイに何をしやがった!!」


 怒りで顔を染めながら勇吾は額から流れる血を気にせずにテルセイロへ叫ぶ。


 勇吾の表情を見て満足しているのか笑顔を浮かべる。


「どうやら、コイツはお前の大事な存在のようだね」


「ルイを解放しろ!」


「嫌だね。そもそも、これは見せしめでもあったんだよ」


「見せしめだと!?」


「そう、あの小娘は私に歯向かった。身の程をわきまえずに、そのため、罰として、辱めてやることにしたんだ」


「辱めだと!」


「そう、女として……人としての尊厳を徹底的に踏みつぶして、最初に従っていればよかったと嫌でも思い知るほどの辱め、例えば」


 ちらりと壇上へテルセイロが視線を向ける。


 兵士の一人が懐からサバイバルナイフを取り出して、類のスカートをズタズタにしていく。


「やめろぉおおおお!」


 壇上へ駆け出そうと暴れる。


 しかし、テルセイロに押さえつけられている体は動かない。


 怒りで顔を染めながら手足を動かす姿は酷く、滑稽だった。


「いい気味だ。お前も私の顔を傷つけたから、こうなったんだ」


「ふざけんな!てめぇが悪いことをしているからだろ!」


「悪い?それはそちらの認識でしょ?こちらが正しいことをしているかもしれないわよ?」


「そんなことあるわけねぇだろ!人を傷つけておいて、何が正しいだ!お前らは悪だ!!」


「力がないのに、吠えるわねぇ」


 楽しそうにほほ笑みながら勇吾の脇腹を蹴り飛ばす。


 常人よりも倍の力を持つ使徒の攻撃を受けた勇吾は数メートル吹き飛び、体育館の壁に体を打ち付ける。


「この世は力が全て!力がないものは大人しく、強い奴の言うことをしたがう奴隷でありおもちゃでいなければならないの。力なきものがいくら歯向かったところでできることなんてたかが知れているのよ」


 テルセイロの指示で壇上の兵士たちが乱暴に類の服を破く。


「え、や、やだ!何これ!!」


 意識を取り戻した類は悲鳴を上げて暴れる。


 だが、手足の自由を奪われている彼女にできる事はない。


 悲鳴を上げている類の姿に兵士たちは興奮しているのか楽しそうに彼女体をべたべたと障りながら残りの衣類、下着へ手を伸ばそうとしていた。


 既に制服は地面へ落ちていて、残されているのは成長している彼女の体を包み込んでいる下着のみ。


 涙を零しながら首を振って拒絶を示す類。


 だが、その姿は兵士たちをより興奮させる材料に過ぎないということを彼女はわかっていなかった。


「やめろ!やめろぉおおお!」


「無駄無駄、お前にできる事はここで泣き崩れる事だけなのよ」


 暴れる勇吾の瞳からぽろりと涙がこぼれる。


 自分が何もできない。


 どうしようもない無力感に勇吾は包まれていた。


 自分の目の前で類が犯される。


 そんな未来が現実になろうとしている。


――俺は何もできないのか?


 嫌だ、と勇吾は漏らす。


 何もできないなんて。


 許せない。


 俺は。


 無力感はやがて、怒りへ変わっていく。


 俺は、こいつらを倒せる力が欲しい。


 こいつらを……殺せる力が!!
















 その時、体育館の照明が音を立てて、消えていく。


 窓も黒い暗幕によって隠されていった。


「あら?」


 テルセイロが頭上を見上げている中、銀色の光が壇上で煌めく。


 兵士たちの悲鳴と銃声、類の悲鳴が暗闇の中で響いた。


「チッ」


 テルセイロは鞭を使って窓の暗幕を次々と叩き落していく。


 外からの光によって体育館の中の様子が明らかになる。


 壇上にはこと切れた兵士の死体と縛り付けていた十字架のみが残されていた。


「おい!生きている奴らは娘を探せ、邪魔するなら残りを始末――」


 死角となっている場所から斧が振り下ろされる。


「鼠……め!」


 振り下ろされた斧を鞭で受け止めながらいら立ちの声を上げるテルセイロ。


 斧を持っている鼠へ自らの鞭を振るう。


 兵士の亡骸を盾にしながら襲撃者はそのまま離れていく。


「……ぁ?」


 テルセイロは足元へ視線を向ける。


 そこにいたはずの勇吾もいなくなっていた。


 苛立ちのあまりテルセイロは傍にいた兵士の首を鞭でへし折る。


 力加減を間違えたことで首がそのまま千切れ落ち、鮮血をその身に浴びるテルセイロ。


「逃がすかよぉ」


 血まみれに染まった顔を歪めてテルセイロは歩き出す。















「くそっ、使徒っていうのはあんな化け物ばかりかよ」


 セイヴァー03こと来栖来駕は空き教室のドアを閉めたところで壁に座り込む。


 顔を覆っている仮面をずらして呼吸を整える。


 扉の傍で周囲の様子を伺っているセイヴァー04こと寺小屋ノノアも同感というように首を縦に振った。


「いやぁ、何体か使徒と出会っているけれど、今回ばかりは命の危険があるかもねぇ」


「今まではアイツがいたからな」


 来栖の脳裏に浮かぶのは自分達のリーダーであり、多くの使徒を屠ってきた仲間のこと。


「見事にナンバーワン、ナンバーツーが不在の状況で使徒と戦うことになるんだもんねぇ、あの化け物も使徒の配下だと考えると、校舎に逃げ込んだのは失敗だったかも」


「だが、こうしないとあの子達が犠牲になっていたんだぜ?」


「言いたいことはわかるよ」


 来栖の言い分をノノアは理解している。


「でも、この状況下だ。はっきりいって、荷物を抱える余裕は私達にはないよ」


「わかっている……でもさ」


「……ホント、キミは甘いよねぇ」


 ノノアはため息を零して前を見る。


 教室の中央。


 傷だらけで死んだように眠っている少女。


 先ほどまで下着姿だったがその上に来栖が上着をのせている。


 来栖たちは知らないが使徒によって暴力を振るわれて見せしめにされていた少女。


 少女、類の傍には怒りで顔を歪ませ、拳を強く握りしめている風祭勇吾の姿がある。


 掌に爪が食い込んで血が床へ流れ落ちていく。


「お前、アホなこと考えているんじゃないだろうな?」


 勇吾の背中に声をかける来栖。


 彼は床に置いていた拳銃を握り締めていた。


 既に一発、使用してしまっているがまだ拳銃は撃てる。使徒に太刀打ちできるわけはないが、今の勇吾ははっきりいって冷静とはいえない。拳銃片手に飛び出す姿は来栖でなくとも容易に想像できる。


「アホなことってなんだよ!アイツのせいでルイはこんな姿にされたんだ!」


「だから、キミが奴に仕返しするの?」


「思い知らせてやる!ルイに手を出したらどうなるのか!この俺が!!奴に教え込んでやる!生きていることが地獄だって思えるくらい。できるなら、この俺がアイツをこ――」


 勇吾は最後まで叫ぶことはなかった。


 来栖は腕を振り切った状態で勇吾を見下ろしている。


「……ちょっとちょっと~、ホルダーが全力で殴るなんてよくないんじゃないかなぁ?」


「こうでもしないと落ち着かないだろ?てか、かったいな」


 手をひらひらと動かして来栖は悪態をつく。


 来栖は勇吾へ視線を下す。


「落ち着いたか?いや、落ち着いているかどうかは別だ。はっきりいっておいてやる。人殺しなんかしてもいい気分じゃねぇぞ。それがたとえ復讐だとしても」


「うるせぇ!知った風な口をきくな!」


「そういうだろうな。今のお前は冷静さを欠いている。大事な幼馴染を理不尽な理由で傷つけられて納得できていない理由はわかる。だが」


 来栖は真っ直ぐに勇吾を見る。


「だが、それで人を殺して、血まみれに染まった手でお前は幼馴染の下へ帰れるのか?」


「そんなこと」


「言っておいてやる。お前は使徒を殺したら後戻りできない。幼馴染にいる居場所に戻れない!」


「何を根拠に」


「わかるさ、俺は、いや、俺達よりも血まみれなのに、普通の生活へ溶け込んでいる奴がいる。ソイツは俺達の倍……いや、何倍も人を手にかけて血まみれの手に染まっている。お前みたいな中途半端な覚悟で人を殺したら絶対に後悔する」


「……だとしても」


「あ?」


「だとしても、俺は、奴を許せない!!」


 勇吾は来栖を突き飛ばして教室の外へと出ていく。


「……行っちゃったね」


「止めろよ」


「ああいう子って、多分、頭で理解しても止まらないタイプだからね。それに、来栖が本気で殴ったのに、止まらなかったんでしょ?なら、どうこういっても仕方ないでしょ?痛い目みれば、多少は理解するでしょ?現実ってもんをさ」


「鬼だな、お前」


「多分、お兄さんよりマシだと思うよ?」


「……何だろうな、否定できねぇわ」


 もし、宮本夜明がいたならば、刀で傷だらけにしてでも止めたかもしれない。


 そんな未来を想像して二人は小さく息を吐く。


「さて、俺達は使徒を何とかしないとな」


「ついでにあの子も助けてあげるとしますか」


「………………ついで、か」


「そうでしょ?向こうの実力が上なんだ。なら、ぜいたくは言えない。それが現実さ」


「なんか、悲しいな。現実ってさ」


「仕方ないよ。この世界の現実はそんなものだもん」


 ノノアの言葉に来栖はなんともいえない気持ちになった。


 魔物が現れてからこの世界はより残酷な面が出ている。


 貧富の格差、殺人。


 この日本ですら首都圏をでれば、混沌が待っている。


 多くの存在していた選択肢も減る一方だ。


「現実って、つまんねぇな」


「仕方ないよ」


 来栖の呟きにノノアもまた遠くを見るように呟いた。


「この世界は既に壊れているんだからさ」




















 怒りに身を任せて飛び出した風祭勇吾。


 廊下に出たところでバチンと空を切る音が響く。


 音の方へ視線を向けるとテルセイロが勇吾をみていた。


 獲物をいたぶることに喜びを見出したような表情を浮かべている彼女は手の中で鞭を遊びながらヒールで床を叩きながら近づいてくる。


「見つけたぞ。くそ蟲」


「ああ、俺もてめぇを探していたんだよ」


「くそ蟲風情が私と対等にいるような口をきいているんじゃない!」


「ベー!」


 バカにするように勇吾が舌を出した途端、鞭が飛来する。


 咄嗟に階段のある通路へ逃げ込む。


「ハンティングだ!逃げるなら逃げればいい!くそ蟲!」


 テルセイロは嗤いながら廊下を歩く。


 自分のペースで歩む彼女の態度は強者としての絶対的な余裕が出ていた。


 ひょこと勇吾が顔を出す。


 同時に拳銃を撃つ。


 弾丸をテルセイロは鞭で弾き飛ばす。


 使徒はホルダーと同じで武器を使っている間の身体能力は常人を超えている。


 相手が銃しか攻撃手段がないことをわかっていれば、回避することなど造作もない。


 そう、彼が銃しか持っていなければ――。


「!?」


 隠れていた勇吾が前に飛び出したことでテルセイロは反応が遅れる。


 ブン―と風を切る音と共に手の中にあった鞭の一部が音を立てて切れた。


「何だと」


 鞭が切れたことに意識を持って行った隙をつくように勇吾のもう片方の手にある拳銃が向けられる。


 反応できず放たれた弾丸がテルセイロの額へ向かう。


「ちょせいんだよ!!」


 体を捻りながら弾丸を躱すと同時に鞭を勇吾へ放つ。


 だが、勇吾の左手が前へ伸びると風が巻き起こり、鞭がぶれる。



――間違いない!



 怒りで頭を支配されながらも冷静な部分でテルセイロは理解する。


 目の前の餓鬼はただの人間ではない。


 異能、もしくはホルダーとしての能力に目覚めている。


「いいぜ、訂正してやるよ。てめぇはただのクズじゃねぇ、使徒がぶっ潰す、汚れた血の人間だってことだぁああああ!」


 近づいてきた勇吾の顔をテルセイロは殴り飛ばす。


 殴られながらも勇吾は前へ踏み込む。


「うぉおおおおおおおおおお!」


 テルセイロは気づいていないが、勇吾の左手、そこには不可視の剣が握られていた。


 剣先はテルセイロの肩に突き刺さる。


 返り血まみれの服にさらなる赤い染みが広がっていく。


「ぐっぞがぁあああ!」


 女性がしてはいけない表情を浮かべながら手を伸ばして勇吾の頭を掴む。


 そのまま、頭突きをする。


 額から血を流して後ろへ仰け反った勇吾。


 鞭を受けてそのまま壁に叩きつけられる。


「いっ、てぇえええ」


 大きな音を立てて勇吾の左手にあった不可視の剣が消えた。


 テルセイロは頭を押さえながら勇吾が落とした拳銃を拾い上げる。


 拳銃の中身を確認すると弾は空になっている。


 苛立ちを崩さずに手の中で拳銃を紙屑のように放り投げた。


「クソガキが……手間取らせやがって。ホルダーの力に目覚めていることは驚いたが、そんなことはどうでもいい。虫を踏みつぶすように殺してやる」


 壁に頭を打ったことで勇吾は意識を失っている。


「まあいい、このまま殺して――」


 背後からの気配に気づいたテルセイロはその場を離れる。


 少し遅れて手斧を構えた来栖の一撃が空振りに終わった。


「くそ鼠が!」


 距離をとろうとするがその後ろからノノアのレイピアがテルセイロの脇腹を掠めとる。


「うざい!」


 ヒールを履いた足で蹴る。


 ノノアは利き腕でない方で足を飛び越えるようにして躱す。


 くるりと回転して再びテルセイロへレイピアで突き刺した。


 レイピアの刃が肩、腕、足などへ刺さる。だが、テルセイロは怒りでアドレナリン全開なのか、痛覚がマヒしているのか、動きに衰えを見せない。


「(これは少しマズイかもなぁ)」


 仮面の中でノノアは撤退を考えていた。


 後ろでは気絶した勇吾を来栖が介抱している。


 これ以上、テルセイロへ攻め込ませないようにしているが相手の猛攻と彼女の手駒がやってくれが、こちらの命が危ない。


「くそ鼠、ドブ鼠がぁあああああああ!」


 蛇のように迫る鞭をレイピアで受け流す。


「(そもそも、この鞭なんなのさ!?凄い重いんだけど)」


 防御に向いていないレイピアは所々、刃こぼれがはじまっている。


 一度、鞘に納めてもう一度、展開すれば元通りになるかもしれないがその暇もない。


 戻せば最後、自分の胴体が真っ二つにへし折られる。


 振るわれる鞭から逃れるために前へ踏み込む。


 しかし、この使徒は鞭の扱いと同じくらい肉弾戦が得意だ。


 まともに受けてしまえば、体の機能が損なわれる。相手は的確に急所を突いてきている。


「(ドSなのかなぁ?人の急所ばかり狙うって)」


 辟易としながらもノノアは時間を待つ。


「くそが、鬱陶しいんだよぉぉおお!」


 迫る拳をギリギリのところでノノアは躱す。


 同時にパキンと何かの折れる音が聞こえた。


「今だ!」


 ハイヒールがへし折れる。


 ガクンと彼女がバランスを崩した。


 同じ女としてノノアは気づく。


 テルセイロの履いているヒールは高価なもの。そして、戦闘に向いていない。


 激しい運動に向いていないヒールだ、いずれ壊れてしまう。


 それを待っていたノノアは急所へレイピアを向ける。


「ちゃんと戦闘に適したものを選びなよ」


 放った一撃はテルセイロの心臓を貫いた。

 



















「終わったのか?」


「急所を突いた。手ごたえはあったよ」


 来栖の下へやってきたノノアはそう答える。


「彼は?」


「頭を打っているからな。病院で検査をしないといけないだろうけれど、それ以外で命にかかわるものはないだろう」


「驚いたね。まさか、彼がホルダーだったなんて」


「素質はあれど、切欠がなくて目覚めなかっただけか」


「彼はどうなるんだろうね?」


「……それの判断は俺達じゃできねぇよ。上が判断するさ」


「ボク達みたいな人になってほしくはないけどねぇ」


「え?」


 心配するように勇吾をみるノノアへ来栖は驚いたような表情をしていた。


「だって、彼にはボク達と違って、帰りを待っている人がいるんだ。そんな人へ血まみれになった自分を見せられると思う?」


 言われて来栖は俯く。


「ボク達は色々な理由から裏として……表の連中と違って日陰の当たらない道を選んだ。でも、彼は幼馴染を守るという理由からホルダーとしての力を得てしまった。この力は平穏な生活から遠ざけてしまうんだよ?そんな力、無い方がいいのさ」


 自分達の手は血まみれ、何より表の世界へ戻ることはできない。


 おそらく自分達は碌な死に方をしないだろう。


 願うなら、目の前で呑気に寝ている少年は幸せな人生を送ってほしい。そう願うのはおこがましいだろうか?


――もう家族と暮らせない自分の分までというのは。


 遠くを見るような瞳を仮面の中で浮かべながらノノアはレイピアを鞘へ納める。


「っ!ノノア!!」


 前を見ていた来栖は咄嗟にノノアを突き飛ばす。


 直後、鋭い触手のようなものが来栖、ノノアの体を貫いた。


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