76.使徒の怒り
風祭勇吾はキリノを連れて体育館近くまで来ていた。
追いかけてきていた謎の生物は途中で白い集団に狙いを変えて姿を見せていない。連中に殺されたのか、それとも別の餌を求めてさまよっているのか。
とにかく、目的地へスムーズにたどり着けたことは幸いだった。
体育館と校舎を繋ぐ連絡通路を二人は歩く。
「あ、そうだ」
ポケットの中を探って勇吾はあるものを取り出す。
「途中でこんなもの、拾ったけれど。どうしよう?」
「使えないの?」
勇吾の手の中には白い服の集団が落とした拳銃があった。
オモチャと違いずっしりとした重みや火薬の香りからして本物だということを勇吾は嫌でも理解してしまう。
「今まで銃なんて使ったことなんてないよ……」
「セーフティーを外す、構える、撃つ」
いきなり勇吾に銃を持たせるとキリノが使い方のレクチャーを始める。
銃を握らせて、安全装置を外させて、構えさせた。
面食らう勇吾だが、キリノの目に凄みを感じて大人しく従う。
「反動が少しある。慣れろ」
「あのさ」
テロリストやさっきの不気味な怪物が現れるかもしれないので撃つことはできないが、勇吾は気になっていたこと尋ねる。
「なんで、キミは銃の撃ち方を知っているの?」
キリノの格好は普通の女の子にしてはおかしい。全身を黒一色に身を包み、ナイフや細長い針などいろいろな道具を腰のベルトからぶら下げている。
そのことも気になっていたがこんなおかしな状況下で自分より年下の子が泣かず、それどころか、冷静でいることに違和感があった。
「教えられた」
「……誰に?」
「前のパパ」
「前の?それは一体」
「あらぁ?」
聞こえた声に勇吾とキリノはその場を離れる。
バシン!と空気を切り裂くような音と共に二人が立っていた場所に直線状のクレーターができた。
「何だよ。今の!?」
驚く勇吾は目の前にできたクレーターに息をのむ。
その現状を作った人物を見た。
女性的なラインが服越しでも分かるグラマラスな使徒。
普通の男なら見惚れてしまうだろう。だが、勇吾の頭の中は大事な幼馴染でいっぱいのため、あまり彼女の容姿に注意を向けることはなかった。
彼女は妖艶な表情で鞭を持っている。
「こんなところに可愛い侵入者。恰好からするとこの国の犬みたいねぇ。もう一人は、捕まえ損ねた学生さんかしら?」
「アンタは……」
「私?私は使徒のひとり、名前をテルセイロ。よろしくね。可愛い坊や」
ウィンクしてほほ笑む使徒、テルセイロ。
その瞬間、勇吾の視界が揺れた。
――違う。
自分の体が揺れているのだとすぐに勇吾は気づく。
目の前の女性を見ているだけで自分の体がおかしくなってくる。
体が熱い。
心臓がバクバクと音を立てている。
胸焼けとは違う。
まるで、全身がマグマに包まれているかのように熱い。
困惑している勇吾の頭に声が響く。
『銃を構えるの』
困惑して、動かない勇吾にもう一度、声が囁いた。
『銃を構えて』
言われるとおりに勇吾は手の中にあった銃を構える。そして、銃口を隣にいるキリノへ向ける。
『さぁ、あとは引き金をひくのよ』
声に従い引き金に指をかけた時。
「バカ」
頭に響く声とは別に冷たい声が耳に届くと同時に激痛が勇吾に走った。
「いってええええええええ!?」
激痛に拳銃を手放し、地面を転がる。
腕を見るとナイフがずぶりと突き刺さっていた。
のたうち回りながら勇吾は一気にナイフを引き抜く。
ドクドクと切口から血がこぼれだす。
痛みで顔を歪めながら勇吾はナイフを振り下ろしたキリノへ叫ぶ。
「何するんだよ!?」
「こっちに銃口を向けたお前が悪い」
「は、はぁ?俺はそんなこと」
「あらぁ、残念」
聞こえた声に勇吾は前を見る。
鞭を振るいながら使徒、テルセイロは心の底から残念だという表情で勇吾たちを眺めていた。
「そこの坊やに魅了を使って始末しようと思ったのに、躊躇わずに激痛を当てて意識を取り戻すなんて、怖い子供ね」
「お前、コイツに、何かした?」
「まぁ、名前を名乗ってあげたというのにお前呼ばわりなんて躾のなっていない餓鬼ね。そういう子は厳しく礼儀作法を教えてあげないといけない……考えただけでぞくぞくしちゃう」
「……変態」
自らの体を抱きしめているテルセイロの姿を見てキリノが呟く。
「そうよ。何か悪いかしら?」
「興味なし」
「お前、お前達が!類を返せ!」
「類?……もしかして、あの中にいる奴隷の誰かかしら?」
「奴隷だと!?」
「そうよ、あの子達はもう私のもの……栄えある使徒の奴隷なの。人権も、自由も、何もない。ただ、私の手足として、娯楽のため、時間つぶしのために使われる素敵で、哀れな奴隷なの」
「ざけんなぁ!!」
テルセイロの言葉に激怒した勇吾は落とした拳銃を構える。
怒りで引き金を押す。
放たれた弾丸は真っすぐにテルセイロに向かい。
――彼女の右頬を通過した。
「へたくそ」
キリノが呆れた声を出す。
ツゥーと頬から赤い液体が流れ落ちた。
「あら?」
自分の顔から何かが流れていることに気付いたテルセイロはゆっくりと指先で触れる。
触れた手にべちゃりと赤い何かがついていた。
「何、これ?」
テルセイロはわからなかった。
この赤い液体は何か?
どこから流れてきているのか。
少しして、自分の体から流れているものだということに気付いた時。
「ざっけんな!!」
勇吾の方へ鞭を振るう。
「う、わ!」
テルセイロの激昂に腰を抜かしたおかげで鞭は頭上を通過して屋根を支えている柱の一つを粉々に打ち砕く。
もし、腰を抜かさなかったら自分は今の一撃で。
その光景を想像した勇吾は青ざめる。
「テルセイロ様!何が」
「うっぜぇ!」
体育館からやってきた白服の兵士たちを鞭でずたずたに切り裂く。
「仲間を……」
「違う」
驚いている勇吾にキリノは小さく否定する。
「アイツら、仲間じゃない。ただの駒」
「駒って」
「チャンス、行くぞ」
息をのむ勇吾の前でキリノは別の体育館の扉を目指す。
理性のない獣のように暴れるテルセイロをなだめようと目の前のドアから白い兵士たちが現れている。
キリノを先頭に別の体育館のドアを開けた。
「類!」
中へ飛び込んだ勇吾は目を見開いた。
体育館の中は凄惨な光景だった。
床には鞭や拳で殴られたのか地面に倒れている教師や生徒。
彼らの身を案じている生徒達も服や顔に傷がある。
何よりもひどいのは壇上だった。
壇上では磔にされた生徒達が体中から血を流している。
意識を失っているのか全員がぐったりしていて動く様子がない。
流れている血が壇上から床へ川のように流れて行っていた。
「何だ、これ」
「アイツの仕業」
倒れている生徒達を一瞥しながらキリノが呟く。
「ああいう奴は人をいたぶることを喜ぶ。楽しそうにやる。ここにいる連中、奴のおもちゃ」
「ざっけんな!!」
キリノの話の途中で勇吾は叫ぶ。
「人を、何だと思ってんだよ!!」
「当然、私の楽しいおもちゃに、決まってんだろうがぁ!!」
大きな音と共に吹き飛ぶドア。
キリノはナイフを構える。
首のない兵士の体を投げ捨ててテルセイロが現れた。
白い衣服は兵士たちの返り血でべっとりとついている。顔や髪も血で染まりながらも血走った瞳で勇吾とキリノを睨みつけている。
「ここのおもちゃでまだ遊び足りないけれど、お前らは別だ。私の顔に傷をつけたお前達は徹底的に痛めつける……痛めつけて、首をへし折ってやるよ!!」
叫んでいる途中、キリノは地面を蹴り、テルセイロへナイフを振り上げる。
「視えてんだよ!!」
叫びと共に鞭を振るう。
鞭はまるで生き物のように蠢きながらキリノの方へ追いかけていく。
内心、キリノは驚きながらも鞭から逃げる。
「逃げられると思うなよぉ!」
一度、振り切った鞭はキリノの後をしつこく追いかける。
逃げていたキリノだが先回りするように鞭が動いた。
回避も受け身もする暇もないまま、背中に鞭を受けてしまう。
「大丈夫か!?」
勇吾は床に落ちたキリノのもとへ駆け寄ろうとした。
「どこに行こうとしてんだよ!!」
テルセイロは駆け出した勇吾の腹を蹴り飛ばす。
体をくの字に曲げて地面に倒れる。
崩れ落ちた勇吾の頭をテルセイロはぐりぐりとヒールで押し付けた。
額から血を流す勇吾は睨む。
テルセイロはその姿に愉悦を見出しているのか微笑んでいる。
「私の顔に傷をつけた罰だ。お前には生きていることが死ぬほどつらい罰を用意してやるよ」
微笑みながらテルセイロは指示を出す。
壇上の気絶している学生たちを退かしながら生き残っている兵士たちが新たな十字架を持ってくる。
「なっ!?」
壇上に現れた人物を見て、勇吾は息をのむ。
十字架に磔となっていたのは女子生徒。
勇吾の幼馴染、高峰類だった。