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壊れている救世主は少女達を救う  作者: 剣流星
第一章:狙われた銀姫―FirstStrike-
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6.姫の心

 金城秋人を無力化させた俺は女王級へ視線を向ける。


 最初に現れた時と異なり、全身を白い繭のようなもので体を覆いつくしていた。

魔物が何かに閉じこもるなんて言う話は聞いたことがない。何かの能力か…“あれ”が現れる前兆か。


 あの時の事を思い出しつつ、目の前の魔物、女王級を見据える。


 レジストコード“鮫の女王”という魔物は敵意を見せない限り攻撃をしない。付け加えるならば攻撃をしてはいけない。


 過去に姿を見せた女王級へ空軍が爆撃を仕掛けた。


 その結果、空軍は全滅。唯一無事だったパイロットの証言によると爆撃で使用した武器が全て戻ってきたという。


 後に民間が撮影していたデータを調べた所、文字通り攻撃がテレビの巻き戻しのように戦闘機へ向かっていった。


 学者の見解により原理は不明だが攻撃すれば相手へ返っていく能力という推察がなされる。それから鮫の女王が姿を見せなかったことからこの推察が当たっていたのかどうかはっきりしていない。


 さらに女王級は他の魔物と比べて特筆すべき部分がある。


「…きたか」


 繭の中からぞろぞろと人形が現れる。


 全員が剣やら槍を手にしていた。


「兵士級か…」


 女王級は兵士級を生み出す能力がある。


 一度に生み出す数に制限はなく、数時間もすれば大隊クラスが生み出されてしまう。


 迫りくる兵士級へ雷切を振るう。


 派手な音を立てて兵士級が消え去る。


 相手が脅威だとわかったのかじりじりと包囲網を形成するだけでそれ以上は近づこうとしない。


 時間稼ぎもあるのか、そんなことを考えながらも身近の兵士級を切り伏せる。

敵を切り倒す。


 ぶよぶよしたものを斬るような感覚を覚えながら刃を振るう。


 割れたガラスから俺の顔が映る。


 ぞっとするような笑みを俺は浮かべていた。
















 水崎姫香の人生を言葉にするのなら“充実していたけれど足りないものがある”だろう。


 世界を股にかけた大企業の社長と副社長を務める両親は忙しく世界を飛び回って中々に会えないが多くの親しい人がいた。


 執事や働いているメイド達は自分を妹や子どものように接してくれる。


 けれど、姫香に心を許せる友達はいなかった。


 彼女の通っている学校は多くの資産家の息子、娘が通ういわばお金持ちの為の学校。


 そんな学校に通う姫香に近づく人達は誰もが後ろの両親、会社に近づこうとする人達ばかり。


 社交界で腹に一つ抱えている大人をみている姫香はそういうものがわかる。


 大人が信用できないのにその子供たちもダメなら姫香は気を許すことが出来なかった。


 そんな彼女の人生に風穴ともいえる事態が起きたのは魔物が世界に猛威を振るい始めた四年後の事。


 遠足で海へ向かっていた彼女達の前に突如、魔物が姿を見せた。


 魔物はバスの先端を食らい、怯えている姫香の体に刻印を植え付ける。


 鮫の印は彼女に痛みを与えるとそのまま消えた。


 異変はそれで終わらない。


 黒色だった髪は魔物に襲われた影響なのか銀色に変わる。


 後にそれが魔物に狙われる印だと知った。


 襲われるのが明日なのか明後日、それとも数年後なのか大和機関の専門家も言葉を濁す。


――これは運命なのだ。


 囁かれた言葉がリフレインする。


 この時から水崎姫香という少女は運命というものに逆らうことをやめた。


 魔物に襲われたという事実は姫香の生活へ歪みを与える。


 話し相手だった執事やメイド達は自分へ憐みの視線を向ける。そしてクラスメイト達はこれを機に近づこうとドロドロした瞳で接してきた。


 大和機関が自分を実験動物としようとした事実を知った両親が裏で手を回して延命措置を施していたことを後から知る。


 人の視線に耐えられなくなった彼女は自室に閉じこもり、誰にも会わなくなる。メイドや執事とすら会話をしなくなる。






 今の生活が姫香を苦しめると気づいた両親は遠くの学校へ転校させた。


 しかし、どこへいっても姫香の周りに人は近づく。


 魔物に襲われたショックで変化した髪の色、皮肉にも彼女の美貌を際立たせることに繋がっている。さらに年を追うごとに女性として成長していく体つきが思春期の男子たちを魅了していた。


 どれだけ彼女が距離をとろうとしても周りが近づいた。


 何度、転校を繰り返しただろう。


 場所が、クラスが、周りの人間が変わるたびに疲労が蓄積されていく。どこへ行っても好奇の視線にさらされ、悪意を持って近づいてくるものばかり。


 いつからか、心から浮かべていた笑顔も偽りの、上辺だけのものに変わっていた。


 疲弊していく日々の中で何度目かの転校が行われた。


 十六歳という年齢になった頃には一人で生活する術を得ており、大企業の水崎家の一人娘だとばれることはなく、美少女の水崎姫香としかみられない。


 けれど、彼女の望むものは得られなかった。


 転校先で水崎姫香は変わった人に出会う。


 大人しい印象を与える白髪の少年。何よりも白髪だ。


 自分の銀髪と同じくらい珍しい髪。


 公園で会った時の会話の端々から過去に傷を抱えていることはわかった。


 転校先で隣に座る生徒達は顔を赤らめたり話しかけようとして来る。反対側の生徒が話しかけようとして来るのに彼は何もしてこなかった。


 彼に興味がわいた。


 今までと違うかもしれない。警戒しつつ水崎姫香は彼と接する。


 自分の顔や体に自信を持っている……というわけではないが異性、同性から話しかけられる事から少し自信は持っていた。だから、そっけない態度をとられたことに少なからずショックを受けてしまった。


 彼女は羞恥心を隠しながら彼へ接する。


 あろうことか全く見向きされなかった。


 話はするがその目に変化はない。


 誰にも冷たく、心を開かない。


 自分以外を人と見ない目。


 人間としてどこか壊れている。


 今までになかったタイプの子。


 時間があれば水崎姫香は彼、宮本夜明と話をする。


 嫌そうな顔をしながらも付き合ってくれた。


 けれど、自分が話をすることを良しとしない人達がいる。


 彼らはことあるごとに宮本夜明という人間について語った。


 曰く、彼は不良である。


 曰く、多くの暴走族を叩き潰した。


 曰く、カツアゲや人を傷つけることを当然とする冷たい人間。


 それらを訊いて自分が彼へ絶望することを望んでいるのだろう。


 中には噂を真に受けて酷いことをされているのではと心配をしてくる子もいた。


 困っているなら俺が助けると勇者を気取る者も現れる。


 丁重に断りを入れた。もう少し気の荒い性格をしていれば余計なお世話と叫んだだろう。


 ムキになるほど彼女は宮本夜明という男といることに安らぎを感じていた。


 短い時間を彼と楽しみたい。


 気づいたら購入したチケットで彼と遊びに行く約束をしていた。


――誰かと外へ出かけようとするなんて両親以外で初めて。


 このころになると彼の前で自然と笑顔を浮かべていることが多くなっていた。偽りの笑顔じゃない。本物の笑顔。


 不愛想な少年といられることに喜びを感じる。


 嬉しかった。


 喜びをかみしめて宮本と一緒に遊園地を回る。


 幸せというのはこのひと時をいうのかもしれない。


 両親と過ごした時よりも不愛想な少年と一緒に遊んでいた時間がとても楽しかった。


 楽しい時間は突如、潰れる。


 上空から現れた魔物をみて姫香の体に刻まれている印が疼く。


 現れた。


 姫香はこの時ほど神様を、自分に課せられた運命を呪ったことはなかっただろう。


 だが、逆らえない。


 あの時の記憶が彼女を束縛している。


 姿を見せた魔物は一目散に水崎姫香へ向かう。


 彼女が遠ざかろうとしても魔物という名前の運命はやってくる。


 運命からは逃れられない。


 たとえ、宮本夜明が魔物を狩る武器所持者だとしても不可能。


 躱すことができなかった。


――ごめんね。


 ぼろぼろになってまで戦ってくれた彼へ姫香は笑顔を浮かべる。


 出来るなら…と紡ごうとして飲み込む。


 叶うことのない気持ちだ。


 こんなもの内に閉じ込めておけばいい。


 魔物に食われる瞬間まで姫香は自らの心を殺した。











――だからこそ、生きている自分はどうすればいいのだろう?














 水崎姫香は外を見た。


 病院からみえないがあの魔物は遊園地にいる。


 体の刻印が今も疼いていた。


 早く食いたい。お前を食いたいと訴えている。


 いずれあの魔物はここにもやってくる。そうなるなら。


「水崎姫香様ですね」


 どうしょうか考えていた彼女の前にスーツを着た男が現れる。


「あの…」


「私、大和機関の者で黒土と申します。実はお伝えしたいことがありまして」


「はい」


 大和機関が何の用か。


 怪訝な表情を浮かべる水崎姫香の前で黒土は微笑む。


「これをご覧ください」


 端末を取り出して黒土はみせた。


 画面を見た彼女は息を飲む。


 ノイズ交じりだが、間違いない。宮本夜明だ。


 彼は刀を手に兵士級の魔物と戦っている。


 姫香は顔を上げる。


 待っていたように黒土という男は笑みを浮かべていた。


「これは…」


「彼はこちらが用意した貴方の護衛でした。しかし、命令を拒否して女王級を討伐するべく現地で戦っているのです」


 息が止まるかと思った。


 水崎姫香は手で口元を覆う。


 まさか、


 嘘だと思いたかった。


 けれど、黒土の中にある端末が事実を語っていた。


 彼は戦っている。


 魔物と。


「どうして…」


「同じことを繰り返したくないのでしょうね」


「それは、どうゆう?」


 この時、画面に集中していた彼女は気づかない。


 目の前にいる黒土が笑みを浮かべていた。


 待っていたとばかりに話し始める。


「彼は魔物がはじめて出現した日に家族と親友を奪われたそうです」


 絶句する。


「勿論、魔物が現れた時に多くの人間が親しい者を失いました。僕も両親を失いました。貴方を見てかつての自分と重ねたのでしょう。何もできず親友を目の前で殺されることを受け入れるしかなかった自分と、魔物に殺される運命を受け入れている貴方を」


「…私は」


「勿論、普通の人間が魔物に歯向かうというのは勇気がいることでしょう。我々はホルダーのように特殊な力を持っているわけでない。仕方のないことなのですよ」


 本当にそうなのだろうか?


 黒土の言葉に小さな疑問が生まれた。


 普通の人間だから仕方がない。


 それは今まで自分が思っていたことだ。


 あんな化け物に自分が抗えることなどない。


 けれど、今は。


 姫香はもう一度、映像を見る。


 兵士級を一振りで滅ぼす宮本夜明の姿。


「まぁ、そういうわけでして彼が時間を稼いでいる間に貴方は遠くへ」


 顔を上げると水崎姫香の姿はない。


 開いた扉とぱたぱたという足音。


 やれやれと肩をすくめながら黒土は外を見る。


「若いっていうのは素晴らしいね。昔の自分もあんな感じだったのかな?さてさて順調だね。他はどうなっているかな?」


 懐から携帯を取り出してある場所へかける。


「“蒼”ちゃんかい?そっちの状況はどうかな…うん、そう、他の連中は処理してくれたの?ありがとう。助かったよ。後は黒君が処理してくれるからそこを離れてくれてもいいよ。うん、ご苦労さん」


 携帯を仕舞って窓から見える景色へ顔を向ける。


「時は満ちた。楽しみだよ。キミが世界を救う者になる瞬間が」


 両手を空へ広げながら黒土は笑う。


 笑い続けた。


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