68.遊園地の出会い
「吹雪を無視していちゃついて夜明さんは彼女を大事にすべきです」
「……無視はしていない。視界に吹雪がいることに気付かなかっただけだ」
「それを無視というのです!吹雪は怒っています。機嫌を損ねているんです!なので提案があります」
「結局、そこにいくのか」
「ズルい奴」
「黙っていなさい、餓鬼。大事な話の途中です……さて、夜明さん」
吹雪の話を聞きながら俺は目の前のトーストを齧る。
「聞いていますか!?」
「早く続きを言ったらどうだ?」
「パパ、ぎゅうにゅう」
キリノが差し出してくれる牛乳の入ったコップを受け取る。
「お、ありがとう」
「吹雪とそこの餓鬼を連れて遊園地のデートに行きましょう」
「……遊園地?」
「実はノノアさんからこんなものをもらいまして」
吹雪が机に置いたのは少し因縁のある場所のものだった。
一瞬の俺の視線の変化に気づいているのかいないのか、吹雪の話は進む。
「例の襲撃からようやく再興したようで、そのリニューアル記念で配布されたものらしくて、今なら格安で色々なものに乗れるそうなんです」
「そうか」
「というわけで行きましょう!」
「……キリノは遊園地行きたいか?」
「遊園地ってなぁに」
トーストをもちゃもちゃと食べながらキリノは不思議そうに聞いてくる。
実の父親から暗殺業を叩きこまれてきたこの子は娯楽というモノを何一つ知らない。
俺が引き取ってから少しばかり教えてきたがまだまだ知らないことの方が多い。吹雪を見る。
目が合った吹雪はこくんと頷く。
「そうだな、楽しい場所だ……三人で出かけるか」
キリノは小さく頷く。
見た感じ、どんなものかわかっていないのだろう。
対して吹雪は喜びのあまりガッツポーズをとっている。
「デート、デート!夜明さんとデート!」
「楽しければ、それでいい……か」
はしゃいでいる吹雪とトーストを齧って傾げているキリノをみながら俺はそんなことを考えていた。
「パパ、遊園地って、どんな服を着ればいいのかな?」
「そうだなぁ」
俺の部屋、もとい俺とキリノの部屋で色々な服をみる。
並べられている服は全てキリノのもの。
服のセンスについて俺は皆無だったのでノノアが用意したものだ。
今まで着用してこなかったが外に出かける。多くの人がいる場所へ向かうという事で箪笥から引っ張り出した。
「フリフリばっかり」
改めて見渡してキリノが呟く。
ワンピースからシャツまでほとんどがレースのついたフリルタイプばかり。
「キリノはどれがいいか、ある?」
「わかんない」
服を見渡してぽつりと呟いた。
元々、服に無頓着だったからキリノはシャツとズボンというシンプルな物。たまに俺達が着用する仕事着を纏っている時もある。しかし、それらはファッションからほど遠い。
「吹雪はまだ時間が掛るからな……こっちも考えるか」
「パパ」
「なんだ?」
「パパが選んで」
「…………俺が?」
こくりとキリノが頷く。
「パパが選んだらそれにする」
「……自分で、いや、わかった」
瞳を潤ませて困った顔をするキリノを見て俺が選ぶことにする。
元々、自己主張が薄いこの子に服を選ばせるというのは酷といえるだろう。ならば、自分が選ばないといけない。
果たして。
「(俺にできるだろうか?)」
目の前に並ぶカラフルな服を見ていた俺の額から汗が流れる。
これは難問だ。
服を前にして俺は唸り声を出さないよう注意する。
ここで娘を心配させるわけにいかない。
キリノの服選びは三十分後に決まった。
吹雪達と遊園地へ俺はやってきた。
特別優待遇と書かれているチケットをみせると俺達はすんなりと園内に入れる。
外にはまだ列ができていたのだが、このチケットの効力は凄いものだという事を理解した。
「凄いチケットですね」
「特別優待遇と書いてあるからな、これぐらいの役には立ってもらわないとな」
「これからどうするの?」
俺の肩に乗っているキリノが訊ねてくる。
人混みに紛れることが得意なキリノを見失わないための措置といえば聞こえはいいが、彼女を喜ばせておきたいという気持ちもあった。
――俺は子煩悩になるかもしれない。
そんな言葉が頭を過りながらも周りを見る。
前に遊園地に来たときは周りに敵が来ないかばかりに目が行っていて意識していなかったが。
「色々な乗り物があるな」
「どれから乗ります?夜明さん、希望がありますか?」
「キリノはどれがいい?」
「……」
隣で頬を膨らませる吹雪がいる。
申し訳ないが今はキリノを楽しませることを優先させたい。
後で吹雪の相手をしよう。
そう考えていたことがばれたのか頬を膨らませていた吹雪は俺の腕に抱き付いてくる。
「離れろ!」
ペチンとキリノが頭を叩こうとするが回避していた。
吹雪とキリノは互いにメンチを切っている。
「あれでも乗るか」
「馬さん?」
「メリーゴーランドですね……お子様向けですよ」
「キリノを楽しませるためだ」
「……わかりました、行きましょう」
キリノと一緒にメリーゴーランドへ並ぶ。
二回、三回と回るメリーゴーランドを眺めること。四回目になって俺達が乗ることとなった。
「パパと一緒に乗る!」
そういって離れることを嫌がったキリノは俺の膝の上。
「後ろは吹雪のものです!」
吹雪はそういうと俺の後ろに乗り込む。
馬の上で三人が乗っている姿ははたから見ればどんなものなのだろうか?
やわらかい体が背中越しに伝わってくる。
わかっていて吹雪はぐいぐいと俺との距離を詰めていた。キリノは馬に夢中で気づいていない。
しばらくして楽しいメロディーと共に回りだす。
回りだした馬の上でキリノは楽しくはしゃいでいる。
何回もみていたから心待ちにしていたのだろう、きゃっきゃっと無邪気に喜んでいる。
「夜明さん」
ぼそりと吹雪が俺の耳元に話しかける。
あまりに小さな声だ。
「なんだ?」
「吹雪達をみている視線があります」
俺の視線が険しいものに変わる。
「……どこだ」
あまり口を動かさずに尋ねる。
「二時の方向、柱の所です……敵意はありませんね」
ちらりと目を動かす。
その際に相手の姿をとらえた。
自然と口からため息が零れる。
「面倒だな……」
「どうしますか?」
「逃げれば、明日が面倒だ……ある程度、話す。それでいくぞ」
「わかりました」
吹雪と俺はある方向を見る。
こちらを驚いた顔でみている水崎姫香と見知らぬ男女たちの視線がそこにあった。
「夜明君!こんにちは!」
メリーゴーランドから降りると待っていたように水崎姫香が挨拶をする。
彼女は有名人ゆえか周りにばれないために度が入っていないメガネとふんわりとした帽子を被り変装をしていた。
「奇遇だな」
「はい!夜明君達はどうしてここに?」
「……吹雪とデートです」
「パパとデート」
頭の上と横から嘘の言葉が飛んでくる。
「遊園地へ遊びに来ただけだ」
二人の言葉に戸惑った顔を浮かべる水崎姫香に俺は本当の事を伝えた。
遊びに来たという言葉で彼女は安心した
「ところで、お前は?」
「友達と遊びに来たの」
「そうか、じゃあな。俺達は」
「あの」
離れようとしたところで水崎姫香の隣にいるセミロングの少女が声をかける。
年齢は俺達と同じか少し上くらいだろう。日の光で輝く赤い簪が目立つ少女だ。
「もし、良ければ私達と一緒に遊ばない?」
「……俺達と?」
ちらりと隣を見る。
「夜明さんの決定に任せます」
上のキリノをみた。
「パパに任せる~」
上から顎でぐりぐりと頭をおしてくるキリノ。
俺は前の三人を見る。
水崎姫香はともかく、二人は知らない。
一人は外側にはねている髪と動きやすそうな服を着た少年、もう一人は肩までかかる髪の毛を後ろで束ねて気の強そうな瞳をしている少女。
クラスの連中と違って敵意はみられなかったが興味ありという感情の色が窺える。
「そちらが良ければ……」
「決まりだね!」
「自己紹介するね。高峰類〈たかみねるい〉です。よろしくね?こっちは私の幼馴染の風見――」
「だぁぁ!自分でできるってぇの!勇吾〈ゆうご〉だ。よろしくな!」
気の強そうな顔をした少年は高峰の手を振り払うとびしっと自分の喉元に指を突きつけて挨拶をした。彼女と同じくらい気が強そうだ。
高峰類〈たかみねるい〉と風見勇吾〈かざみゆうご〉。
俺の記憶にある限り知らない人物だ。
「……宮本夜明だ」
「西條吹雪……夜明さんの恋人です」
「キリノ、パパの娘」
「……は、娘?」
風見が目を丸くした。
「俺が面倒を見ている子だ。血の繋がりはない」
即座に訂正を入れておく、見知らぬ奴に誤認した情報を与えたくはなかった。
「あ、そうなのか。すまん」
変な勘違いをしていたようだ。勇吾はぽりぽりと頬をかいて謝罪してくる。
「気にしないでくれ」
「お、おう」
「自己紹介も済んだし、行こう!」
水崎姫香はそういうと俺の手を引き始める。
「あ、この泥棒」
「西條さん、お話ししていいかな?」
「さーて、どれにするかねぇ~」
吹雪が何かを言おうとしたところで高峰が話しかけていた。
その後ろを風見がついていく。
変な集団ができあがったなぁと思いながら俺は水崎姫香に手を引かれながら前を見る。
なんだろう。
少し楽しいと思う俺がいた。
頭の上のキリノが頭をゆすってくる。
「パパ」
「なんだ」
「この女は敵?」
キリノは水崎姫香を指す。
小声だったから彼女に届かなかったことは幸いだった。
俺達の前に現れた三人を見て、警戒を強めている。
「いいや」
そんなキリノへ俺は手を伸ばす。
指先に暖かい小さな手が触れる。
「こいつらは敵じゃないよ」
「……うん」
わかったというようにキリノから漂い始めていた殺意が消える。
「夜明君とキリノちゃん、仲良いね」
「パパだもん!」
「娘、だからな」
「くす」
姫香は楽しそうに微笑んだ。
「なんだ?」
「ううん、学校の時やあの時と違ってこんな夜明君もいるんだなぁって思うと嬉しいというか……なんといえばいいのかなぁ」
「俺に聞かないでくれ」
水崎姫香は俺の正体を知っている。いや、知ってしまったという言葉が正しいのか。
俺は自分の手を見る。
その手は水崎姫香が握っていた。
この血まみれの手を彼女が掴んでくれているという事を喜んでいる自分がいる。
俺は、水崎姫香と触れ合えることに喜んでいる。
俺は。
「夜明君?」
「パパ?」
「何でもない。これからどこに向かうんだ」
「あそこ!」
水崎姫香が指差したのはジェットコースターだった。
「ごめんなさい、身長制限により貴方は乗れないの」
そういわれた係員の言葉によって俺とキリノはベンチで腰かけている。
「ほらよ」
二人でジェットコースターを楽しんでいる彼女達を眺めていると隣に風見勇吾が腰かける。
彼は俺にジュースの入ったコップを差し出してきた。すでに持っている俺は不要のはずなんだが?
「……?」
「そこの子に飲ませてやれよ」
「ふぃ?」
キリノを指す。
どうやらキリノのためにわざわざ自分の分と一緒に買ってきてくれたようだ。
「すまない」
「気にすんな」
風見はぷぃっと顔を背けてぶらぶらとベンチで寛いでいる。
「訊かないのか?」
「何を?」
「ジェットコースターに乗らないのかって」
「……聞かないといけないのか?」
質問に真顔で返すと風見はぽかんとした表情になる。
「なんだ?」
「いや、お前、良い奴だな」
ぽかんとした表情から一転して笑顔を浮かべる風見。その笑顔は悪意とか何か含みのある感情のものじゃない。純粋な笑顔だ。
「何をどうしてそういう結論に至る?」
真顔で「良い奴」といってくる風見に俺は尋ねる。
ジェットコースターに乗らない理由などいろいろある。それを聴かないのは俺が必要ないと判断したからで。
「いや!お前は良い奴だ!」
「……パパ、コイツバカ?」
隣で失礼なことをいうキリノ。
ジュースをちゅーちゅー飲んでいる。
「宮本、いや、夜明って呼ぶぞ!お前は良い奴だ。俺の事も勇吾、いやユーゴって呼んでいいぜ!」
「馬鹿、かもしれない」
「え?」
「お前は俺の噂を何も知らないのか?」
風見勇吾へ俺は尋ねる。
道中の高峰との会話で同じ剣山第一高等学校に通っていることはわかっていた。それならば、俺の悪評は嫌でも耳にしているはずだ。
噂は消えるどころかどんどん広まっており、今では上級生からも不良というレッテルを貼られている。
「噂?というか、水崎の話からして同じクラスなんだよな?隣のクラスの噂なんて知らねーよ。ていうか、他人が流した噂なんて興味ねーし」
「……」
沈黙する。
俺は風見の目を見た。
その目に偽りや騙すといった類はみられない。
コイツは本心で言っている。
こういう奴は、
「お前はどうしょうもないお人よしのバカやろうだな」
「あ?」
「勘違いしないでくれ、褒めているんだ。お前みたいな純粋でまっすぐな奴は少ない。その気持ちを捨てないでいてほしいってな」
「お、おう、サンキューな」
はにかんだ笑みを浮かべるユーゴをみて俺は小さく微笑む。
久しぶりに“良い奴”と出会えた。
それは俺にとって良いことなのか悪いことなのかわからない。
だが、吹雪たち以外に気のおける奴ができたことに喜び俺がいた。
本当に悪くない。




