65.ノワール、動く
今回の話でこの章は終わりです。
「宮本陽炎は死亡、使徒の一体も撃破、これはこれは素晴らしい戦果だねぇ」
車内で黒土は楽しそうに報告書を読み上げる。
金剛の女王を撃退して一週間。
その間、世間は女王撃退についての話で盛り上がっていた。
「何より、使徒対策で作り出していた黒の騎士団が女王を撃破、これはより注目が集まるはずだ」
「……興味、ないな」
「つれないねぇ、まぁ、キミの顔は世間公表をなんとか抑えたけれど」
「顔を見た連中は覚えている」
「上がMEの使用を嫌がったからね。これ以上の矛盾は綻びを生みかねないって。唯一の誤算はあの姫君がこちら側に立ったことだ」
「嬉しそうだな」
「まぁね、救われたお姫様は騎士の傍にい続ける。英雄譚としては面白くないかい?」
「興味ないな」
「つれないねぇ、まぁ、その方がありがたいかなぁ。そうそう、コズミック氏から伝言があるよ」
陽炎を始末した翌日、彼らは他の任務があるからと空港から輸送機で去っていった。
話をする暇もなく去っていたことに少し残念だと思っている。
スカイウォーカーやコズミックは話していて良い人間だという事が分かった。
何よりも彼らは強い。
その事実だけは消しようがなかった。
「伝言の内容は?」
「『今度は休暇で会おう』だってさ、キミの事をとても評価している」
「そうか」
「それだけかい?」
「まぁな」
嫌な気分ではなかったことは伝えなかった。
黒土に余計な事を掴まれたくはない。
「C.D.M.Eは本格的に使徒撃滅へ力を入れるようだよ」
「そうか」
「我々も水面下で同盟を結ぶ……これからは反撃へ移っていくだろう」
「……」
使徒との戦いの激化。
それはつまり、本来の日常から遠ざかっていくことを指す。
「いつか、あの生活ともおさらばか」
「感傷かい?」
「さぁな、自分でもわからない」
「わからないなら、大切にしておく方がいい……失ってから気づくときの苦痛は想像を接するものだ」
「体験しているような言い方だな」
ハンドルを握る黒土にいつもの笑みはなかった。
「これから戦いは激しくなるだろう。日常の生活をしばらく満喫しておくことだ。後悔のない日常を」
「……そうしておこう」
今回の黒土の忠告は素直に聞いておくことにする。
その方がいいと思った理由はわからないけれど。
俺は流れていく景色を見ながらこれからしばらく続くかもしれない日常について考えていた。
しかし、俺達は、俺は気づいていなかった。
大切な日常が崩れ去るのはあっという間であるということ。
それが壊れた時、立ちはだかるものについて、俺は何にもわかっていなかったということを。
この時は想像もしてなかった。
監獄の中でノワールは顔を上げる。
「あぁ、ダメだったか」
彼女は目隠しをされ、体の自由を奪われていた。
しかし、ホルダーとして持つ能力だけは組織でも奪うことが出来ない。
そのため、体の動きだけを奪い去ることにしたのだ
一時凌ぎの策でしかないことをわかっていない。
「金剛の女王で彼の意識を修正できるかと期待していたんだけど、うまくいかなかった。まぁ、ほとんど運頼みみたいなものだけどさ」
彼女の会話に応える者はいない。
そもそも応えることを望んでいなかった。
アイマスクで顔を隠されながらも彼女はしゃべり続ける。
「でもさ」
ぽつりと呟く。
「そろそろ我慢の限界だよね」
ブチリと音がしてアイマスクが外れて地面に落ちる。
体を拘束している器具も派手に吹き飛んでいく。
事態に気付いた警備ロボがやってくる。
「彼はボクの最高傑作だ」
高電圧ボルトを放とうとするロボットに黒一閃。
警備ロボたちは一撃で両断される。
「それを汚す奴らは誰であろうと許さない。彼はボクのものなんだ。ボクの手元に置いておく!そうして、一生愛でよう……その方が彼のためだ」
オッドアイを狂気に染めながら彼女はゆっくりと監獄の中を歩いていく。
史上最悪、最強の黒が脱獄したという報告は数時間後、本島に伝わる。
その時、既にノワールの足取りは途絶えていた。




