64.一つの結末
次でこの章は終わります。
「……な?」
――槍で心臓を貫かれた。
その事実を理解しようとした時、口から鮮血が流れる。
声を出そうにも肺に血が入ってしまって激しくせき込む。
立っていることも困難になり膝をつく。
「無様だな」
後ろからの声に振り返る暇もなく地面へ体を叩きつけられる。
衝撃と砂塵で視界が奪われた。
今のダメージで体もマヒしたようだ。指一つ動かせない。
「この時を待っていたぞ」
後ろから興奮したように喋る男の声。
夜明はそれだけで相手が誰か察した。
以前、殺し損ねた使徒だ。
この槍はその男のものだろう。
「夜明君!」
近くにいた水崎姫香が駆け寄ってこようとする。
止めようと口を動かすよりも早く何かが振るう音が届く。
続いて小さな悲鳴と鉄同士が擦れる音。
「邪魔をするな……まぁいい」
ずぶりと体から槍を引き抜かれる。
激痛で意識が飛びそうになった夜明だが辛うじて繋ぎ止めた。
体を動かそうにもスカイウォーカー、女王との連戦で疲労が蓄積されて動けない。
「(くそっ、アイツらが、吹雪や水崎姫香たちが狙われているのに、体が動かない。こんなところで)」
「女であろうとなんだろうと見逃しはしない。お前達も俺が救済してやる。そうだ、クワルトではない、この俺の救済で全てが浄化されるんだ。さぁ、大人しく俺の」
「下がっていなさい、クソ女」
「さ、西條さん!」
動けない夜明を視線から外してデースィモは槍を向ける。
それをみた吹雪が姫香を守るように黒月を構えた。
黒月をみてデースィモは笑う。
「そんなおもちゃを振り回すよりも早く俺の槍が貴様の心臓を貫くぞ?足掻くな、痛みは一瞬だ。すぐに終わらせてやる……抵抗するなら激痛が襲い掛かるがな」
脅しの言葉の中には快楽の感情が含まれている。
二人はすぐに察したが動けない。
近づいてくるデースィモは人格を除いても実力者であることに間違いなかった。
吹雪よりも実力は高く、水崎姫香よりも人を殺すことに躊躇いをみせない。
強敵。
そんな相手に二人が生き残れるかと聞かれると望みは薄い。
そう、二人だけならば。
「ふざけたことを抜かすな」
砂塵をまき散らしながらスカイウォーカーが両者の間に立つ。
コキコキと手首の関節を鳴らしている彼を見てデースィモは笑う。
「お前みたいな雑魚に何ができる?この中で一番強い奴は抑えた」
デースィモはずっと戦いを見てきた。
冷静に戦力を分析して危険で誰が最弱なのかということを観察する。
結果、一番の脅威は宮本夜明と判断。
そして、最弱は。
「お前は雑魚だ」
デースィモはスカイウォーカーを指さす。
分析した結果、一番弱い人間はスカイウォーカー。
「お前、ホルダーじゃなく、特殊能力をもっているんだろ?」
事前に手にしている情報からも弱い奴とみていた。
「特殊能力を持っている奴なんて人間に毛が生えただけの存在。そんな奴に俺ら使徒が負けるわけないだろう?」
「くっ」
デースィモの言葉にスカイウォーカーは僅かに顔を歪めながらも下がる意思を見せない。
立ちはだかろうとする姿にデースィモは苛立つ。
――弱者のくせに。
――何もできない羽虫の分際で。
――この俺に歯向かおうとするな。
悔しさを覚えたデースィモは槍を握る手に力を籠める。
「殺してやる。見るも無残な姿にして、ずたずたにして公衆の面前にさらしてやる!」
頭に血が上り始めていたことで彼は後ろの気配に気づいていなかった。
故に反応が遅れるのも当然の事だった。
「邪魔だ」
「何――」
背後から聞こえたハスキーボイスに振り返ろうとしたデースィモの体がぶれる。
彼は瓦礫の向こうへ消え去った。
「夜明……さん?」
吹雪がぽつりと声を漏らす。
彼等の前に姿を見せた人物は宮本夜明のはずなのに、どこか違う。
「違う。夜明君ゃない」
直感めいたもので確信する。
「ふむ、妾の正体に感づくか……中々に逸材だな」
夜明らしき人物は妖艶に笑う。
その姿に姫香とスカイウォーカーは一歩下がった。
「いきなり意識のみで顕現させられたから何事かと思えば……成程、著しい身体の損傷があったのか」
心臓の部分からどくどくと血を流しているのを見て夜明は溜息を零す。
「手間のかかる小僧だ。さて、そこの男」
「俺、か?」
「妾は治癒に意識を向けるので動けん、あの雑魚は貴様がおさえておけ」
「いや、俺じゃ」
「何を申す。貴様、自分の力に気付いておらぬのか?」
「力?」
「まぁいい、無理やり起こすか」
前触れもなく伊弉冉がスカイウォーカーの体を貫く。
「ハッ」
「貴方、何を!」
「騒ぐな。こいつを目覚めさせるだけだ」
ぐいっと柄を捻りながら夜明は言う。
伊弉冉が紫色の輝きを放ち始める。
しばらくして、刃が抜かれた。
「手当を」
姫香が貫かれた箇所へ手を伸ばそうとして止まった。
「傷がない?」
「だからいったであろう、殺すつもりはないと。貴様は見どころがありそうだ。その力を存分に振るえ、そして、奴らを根絶やしにしろ」
そういって夜明は倒れる。
「よ、夜明君!?」
「回復の為に動けなくなる。銀髪娘、コイツの体を守れ」
「あ、は、はい、うん」
戸惑いながら姫香はイージスを構える。
瓦礫が吹き飛び、悪態をつきながらデースィモが現れた。
「何をしているんです?早く起きてください」
膝をついているスカイウォーカーへ吹雪が言う。
「無茶、いうなよ。体をかき混ぜられたような感覚で気持ち悪い」
「そうしている間に、吹雪達が殺されてしまいます。早く起きろ」
「Shit!」
鞭うつようにスカイウォーカーは体を起こす。
既にデースィモが前に立っていた。
蹴りが放たれる。
「(やけに遅い?)」
迫りくる足はスローモーションのように緩やかだ。
体を横に回るようにして避ける。
「え?」
少し避けようとしただけなのに数十メートル離れていた。
「な、なんだ?」
「ちっ、逃げ足だけは達者な、羽虫め」
悪態をつきながらデースィモが槍を構える。
神速の如き動き、本来のスカイウォーカーなら捉えきれなかった。
しかし、今は。
「(みえる、こいつの速さが!)」
繰り出される槍を躱して足元の石を拾う。
狙いは相手の顔。
デースィモは顔をそらす。
視界から自分が消えたと同時に拳を繰り出す。
轟音がした。
デースィモの顔が歪み宙を舞う。
「な、なんだこれ?」
驚きながらスカイウォーカーは自身の手を見る。
きらきらと彼の手は輝いていた。
困惑しているとスカイウォーカーへデースィモが槍を投擲しようとしているのが見えた。
「吹雪!」
咄嗟にスカイウォーカーが叫ぶ。
黒月を構えた吹雪が背後からデースィモの肩に振り下ろす。
斬撃は肩から肺までで止まる。
「ふざ、けるなぁあああああああああ!」
白衣を鮮血で染めたデースィモは叫びながら手の中の槍を振るおうとするも。接近したスカイウォーカーに捕まれた。
「その槍を使わせるわけにはいかない」
投擲する隙を突かれた事で動きを封じられる。
「貴様」
「使徒は危険だ。この場で排除させてもらう!!」
スカイウォーカーが手の中にあったのは欠けたナイフ。
夜明が投擲したものをさっき拾っていたのだ。
ナイフを額に突き刺す。
「ぐ、がぁあああああああ!」
額から鼻、口へ流れていく血を感じてまさに死にもの狂いでスカイウォーカー、吹雪を薙ぎ払う。
霞んでいく視界の中でデースィモが槍を向ける。
その先は宮本夜明、水崎姫香。
放たれた槍は不気味に輝きを持って二人に迫る。
イージスを構えて攻撃を防ごうとする姫香。
それを黒い手が遮る。
「もう十分だ」
迫るはずだった槍が地面に落ちる。
伊弉冉を振るった夜明によって槍は消滅。灰となった。
「くそがぁあああああああああああああああ!雑魚の、雑魚が、この俺に!」
額から血をまき散らしながらデースィモが体を振り回す。
その姿はあまりに滑稽で、愚かで、とても哀れにみえて。
夜明はその命を消すことにした。
「終わりだ」
伊弉冉で相手の命を刈り取る。
断末魔を上げることなく、デースィモはこの世から消え去る。
ブンと伊弉冉を振るって収納した。
「終わった、の?」
誰もが沈黙を保っている中で姫香が訊ねる。
「いいや、まだだ」
夜明はつかつかと歩いていく。
やがて、廃墟の中で転がっている宮本陽炎に到着する。
斬られた事と女王がやってきた際に起こる刻印の激痛で虫の息だ。傷口からどくどくと今も血が流れていて顔は真っ青。
ひゅーひゅーという小さな呼吸音を聴きながら夜明はナイフを取り出す。
「俺は嘘をついた」
ナイフを喉元に向けて夜明は伝える。
「アンタ達を恨んでいた。いつか復讐してやろうと思っていた。しかし、こんな世界になって人を殺し続けていて気づいたんだ。その程度など、些細なことに過ぎないと」
魔物が現れて。
命に価値などないに等しい世界になって。
汚い部分ばかりを見続けていた彼にとって姉や親の恨みなどどうでもいいものだと考えてしまった。
恨んだところで何の変化もない。
また邪魔をするならば殺せばいい。そういう結果に至った。
「なんだか、記憶が廃れてきているのか、アンタを前にしても憎しみとか愛情とか一切感じない……だから――躊躇いなく殺せるよ」
そういって喉元へナイフで振るう。
ピューと、鮮血が夜明の顔にかかる。
目を大きく見開いたまま宮本陽炎はこの世を去った。
実の弟たる宮本夜明に命を断たれて。
その目は最後まで激しい憎悪の炎を宿していたのに対して宮本夜明は全くの感情をみせないままだった。
「(死ぬ?)」
宮本陽炎は薄れ行く意識の中で自らの命が果てようとしていることを理解する。
命を断とうとしている相手が実の弟であるということで今までなら激しい苛立ちと憎悪を湧き上がらせていただろう。
しかし、今は不思議と気持ちが静かだった。
今までの炎が何かによって吹き消されたかのように彼女を支配していた二つの感情は綺麗になくなっている。
――思えば、最初は喜んでいたなぁ。
陽炎とて人の子。
最初は自分に弟が出来るという話を聞いた時はとても喜んだ。
「(自分はお姉ちゃんだ。って)」
とても喜んでいた自分がいる。
それがどうして、あんなことになっていたのか。その理由を考えようとしてすぐに気づいた。
大好きな父からの重圧。
あの人の娘だから優秀だ。
あの人の娘だから何でもできる。
あの人の血を引いているからとても美しい。
そんな言葉が毎日、付きまとった。
投げられた当人にしか理解できない重み。
期待に応えないといけないという焦り。
周りが求める理想像を実現すべく陽炎は努力をした。
血の滲む、否、吐いた努力によって周りの評価通りの自分を形成できた。
しかし、当の父親からは。
――キミに愛情なんて抱く必要はない。ほら、この実験の準備をしなさい。
無関心。
いや、自身の研究を手伝うその他でしかなかった。
彼は自分を一人の娘とみていない。
ただの駒としかみていなかった。
その事実にショックを受けた時に彼女は見つけた。見つけてしまう。
あの女に大事そうに抱えられている弟の夜明を。
幸せそうに笑うその顔を。
太陽のような笑顔を見た時、陽炎の中でゆらりと何かが燃え上がった。
その炎はどす黒く、底知れない怒りを宿す。
それからずっと、陽炎は夜明を虐めた。
最初は罪悪感もあったかもしれない。
けれど、途中から快楽としてみるようになった。
弟を虐めるのが楽しい。
ストレス発散の道具だ。
奇しくもあの男と同じように実の家族を道具としたのだ。
それから世界が壊れるまでずっと夜明を甚振ってきた。
自身の人生が大きく狂うことになったのはその直後だ。
夜明が異常な力を手にして、あの女を殺して――。
その力に魅入られた父親が自分を同じ存在に仕立て上げようと実験台にした。
過激な薬物の投与。
瀕死を何度も味わう肉体訓練。
臓器を強いものに変えていく手術。
全身をぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、自身の存在を書き換えられるという苦痛を味わいながら陽炎は今の姿になった。
この姿になった時、彼女の激しい憎悪の対象は父ではなく、夜明に向かう。
どうして、自分がこんな目に合うのか?――アイツが力を手にしたからだ。
なぜ、自分が苦しまないといけない?――アイツが悪い。
自分が生きるためにはどうすればいい?――アイツを殺す。
陽炎は自分を生かすために弟の命を奪うことにした。
結果はどうだろう?弟が生きて、自分が殺されている。
淡々と語っている弟の目には何の感情もない。映っていつ自分の顔があるだけだ。
夜明を見て陽炎は悟る。
――あぁ、自分は間違ったのか。
命の火が消える直前に彼女はその答えに至り、この世を去った。
――できるなら、もう一度、お姉ちゃんっていわれたかったなぁ。




