63.赤目の呪い
スカイウォーカーが弾丸のように拳を繰り出してくるのを雷切でいなす。
直撃すれば只では済まない一撃。
しかし、雷切の纏う電撃を受けたスカイウォーカーの拳も火傷を--。
「負っていない?」
握り拳は全くと言っていいほど傷を負っていない。
それが彼の能力なのだろうか?
どうでもいい。
目の前の思考を放棄する。
今は奴を殺す事だけを考えよう。
体勢を低くして袖口に仕込まれているナイフへ手を伸ばす。
再度、放たれた拳を雷切でいなしたところで袖口からナイフを射出する。
ナイフの発射先はスカイウォーカーの額。
「舐めるなぁぁぁぁぁ!」
叫びと共にスカイウォーカーへ直撃するはずだったナイフの先端が欠けて落ちる。狙っていた額で彼はナイフを破壊した。
驚愕している俺の前で蹴りが炸裂した。
わき腹に突き刺さったような痛みに顔が歪む。
少し遅れて衝撃がやってきて瓦礫の中に沈んだ。
「ぐっ、ガッ」
骨が内蔵に刺さりかけているのか口から血を零れる。
体の痛みに意識が向きそうになるのを堪える。
瓦礫を壊してスカイウォーカーの追撃がきた。
先ほどと違ってスカイウォーカーの瞳が金色に輝いている。
奴の能力だろう。
そんなことを思いながら近づいてくるスカイウォーカーに瓦礫を投擲する。
拳で瓦礫を砕く。
「許さない、俺の前で、俺の前で妹を傷つけることはもう、させない。させはしないぞぉ」
「何を訳の分からないことを、俺はお前の妹など傷つけていない。自分の姉を殺そうとしているだけだ」
奇妙な感覚に陥るがすぐに目の前の相手へ殺意を放つ。
「これ以上、邪魔をするなら貴様から先に殺す」
「抜かすな。俺が貴様を潰す」
拳を打ち鳴らすスカイウォーカー、雷切を構える俺。
同時に踏み込む。
そんな俺達の間に二つの影が割り込む。
目の前に吹雪の黒月が現れる。
雷切の手を止めず放った。
衝撃と共に大地が揺れる。
「夜明さん、落ち着いてください!」
目の前できらきらと銀色の髪が流れる。
それをみて、俺は不覚にも綺麗だと感じてしまった。
命のやり合う場所でそんなことを考えることは死につながる危険もあるというのに。
俺は動きを止める。
「落ち着く?俺は冷静だ」
冷静に奴を殺す。
そうだ、邪魔するなら目の前のコイツを始末してしまおう。
雷切に力を入れようとしたところで手が伸びてくる。
雪のように白い肌は驚くほど温かかった
「夜明君の生き方を否定する気はないです!でも、無暗に殺していたら使徒や他の人達と同じです」
「同じの何が悪い?人を殺したという事実は変わらない」
「事実は消えないです……でも、これ以上、夜明君の心が傷つく必要はない!」
ココロが傷つく?
おかしなことをいう。
俺にココロなんてない。
あるのは敵を殺す。
処分する。
俺は。
「俺はただの、人を殺す機械」
「違うよ!」
俺の前にいた何かが俺の頬に触れた。
払いのけようとしたのに手が俺の意思に逆らって動かない。
雷切を握ったままぴくりともしない。
何をしているのだろう?
殺せばいいのに。
ただ、ただ、殺せば。そうすれば。
「夜明君は人間だよ?悲しんだり、喜んだりすることが出来る。誰よりも優しいし、大切な人を傷けられたら怒る。そんな人間だよ!!」
「俺は」
「……自分の事は自分で決める。それが出来る人、でしょ?」
言葉が電撃となって俺の頭に刺激を与える。
脳裏を過るのは銀髪の少女。
魔物に生かされて、生きることに意味を見いだせていなかった。
俺が護衛対象として接してきた相手。
女王を殺してホルダーとなり、記憶を消し去った。
そんな少女といることに俺はいつの間にか。
俺は、水崎姫香に。
視界の片隅に金剛の女王が腕を振り下ろす姿が見えた。
「触れるな!」
咄嗟に水崎姫香を抱き寄せて雷切を放つ。
刃は強固な皮膚を貫けない。
しかし、退かせることはできた。
目をぎょろぎょろ動かせてのけ反る女王。
「……夜明君?」
「お前、何でこんな所にいるんだ?」
「えっと、夜明君が放っておけなくて西條さんの後をついてきたの」
「吹雪?」
少し離れた所をみると光り輝く剣を振り回すスカイウォーカーと黒い大剣で応戦している吹雪の姿があった。
どうでもいいことだが素顔をさらすことは問題になるのではないだろうか?
「あの、夜明君?」
「すまない」
水崎姫香を抱きしめたままだったことに気付いて離す。
彼女の呼吸が少し乱れているような気がする。
首を傾げながら俺は懐から拳銃を取り出す。
「え、何を」
「殺しはしない」
拳銃を発砲する。
鉛弾ではなくゴム弾が装填されているそれはスカイウォーカーの額に直撃した。体を痙攣させながらスカイウォーカーは地面に崩れた。
「あれ、本当に大丈夫なんですか」
「あぁ」
そんなことを話していると吹雪が全速力でこっちにやってくる。
「夜明さぁぁぁぁん」
ジャンプしてハグしようとしてくるが回避する。
流石に掃除屋だけあって地面に体を打ち付けず受け身をとって起き上がった。
「酷いです」
「女王を殺す、協力してくれ」
「わかりました」
「さっきの気にしないんだ……」
「黙っていろ、クソ女、殺されたいか?」
「…………えっと」
後ろで何か叫んでいるが聞こえない。
雷切を仕舞って、伊弉冉を抜く。
死の呪詛が頭の中で鳴っている。
疲労が大きい、速めに潰さないと俺がもたない。
「奴の目を可能な限りみないように」
「はい!」
「えっと、何で?」
「あの目をみていると精神が狂う。さっきの俺みたいにな」
「そんな力が」
「すぐに決着をつける。他のホルダーがやってくると面倒だしな」
「はい!」
意識が少し霞みかけながらも伊弉冉を構える。
「援護は頼む」
巨体の女王へ向かう。
女王は廃墟の瓦礫を投げてくるがそれらを吹雪が大剣で、俺に迫るものは水崎姫香の盾で防いでくれた。
飛来する瓦礫を踏み台に変わりして宙を舞う。
赤目をみないようにして金剛の女王へ伊弉冉を振るった。
相手に当たれば確実に命を削りきる必殺の剣。
漆黒の刃が強固な皮膚に当たる。
雷切で貫けなかった皮膚が刃に当たった途端、黒に染まっていく。
嫌がるように金剛の女王が逃げようとする。
その時、奴と目が合う。
――お前は不要だ。
――お前など、生まれるべきではなかった。
――お前はデッドコピー、所詮、姉に劣る。
――お前など、誰にも必要とされない。
――お前は。
「黙っていろ。目障りだ」
呪詛のような言葉が俺の中に入ってくる中で伊弉冉を強く突き立てる。
やがて全身が黒に染まり金剛の女王の体が灰となって消え去る。
「俺は――」
――誰のコピーでもない。俺は俺だ。価値を決めるのも俺だ。
「女王を倒しちゃった」
「当たり前です。鮫の女王、空の女王を悉く潰してきた夜明さんにとってこの程度の敵など造作もない。むしろ、張り合いがないくらいです」
自分の事のように胸を張る吹雪。
その姿に姫香は小さく笑みを浮かべた。
地面に降り立ち、伊弉冉を仕舞おうとした時、
上空から槍が飛来して俺の心臓を貫いた。