61.姫の想い
水崎姫香とコズミックは向かい合うようにしていた。
金城秋人もお茶会に参加しようとしていたが看護師さんに囲まれてどこかに連れていかれており不在。
病院にある休憩ブースでコズミックが彼女へドリンクの入った容器を渡す。
「ありがとうございます」
「いえいえ、キミの事は海外でも噂になっているよ。レアホルダーで貴重な女王を倒したってね」
「……私は」
実際は違う。
水崎姫香は空の女王を倒していないし覚えていない。
最強と言われる七体の柱の一つを殺したのは黒と呼ばれるホルダー。宮本夜明だ。
その彼の功績がどういうわけか自分のものになっている。そんな疑問を残しつつも「名誉なことだ」と周りから言われて有耶無耶になってしまっている。
「どうしたのかな?」
「私は、何もわかっていなかった」
ぽつりと姫香は呟く。
「彼の事だね」
「…………私は夜明君が黒だってわからなかった」
深い後悔の中に彼女はいる。
もっと早く知っていれば。
「そうすれば、あんなことに」
「キミは何もわかっていないね」
「……え?」
コーヒーを一口飲んで、彼は姫香を見る。
「キミはどうして彼の全てを知りたいと考えた?」
「……それは」
何故か。
「キミの受け取った名誉や地位を彼に返したかった?これは自分のものじゃない。正当な持ち主へ与えたいそんなところかな」
「私は」
「それとも、キミは何もかも知っていないと落ち着かない人間かな?」
「そんなことは!」
「ないんだね?なら、どうして彼の事を知りたいと?」
「……」
コズミックの問いかけに姫香は自問する。
どうして、彼の事が知りたいのか。
知らないことにどうして納得できないのだろう。
「若さというのは素晴らしいものだ。どんなことでも迷わずに進んでいけることができる。しかし、いつかは考える。なぜ、あんなことをしたんだろう。どうして、こんなことをしているのかって思う。後になって理由づけをしたがるものだ」
「え、あの」
「キミは彼の本当の顔を知らない」
「……」
「彼はそれをみられたくなかった、こうは考えられないかな?」
姫香は顔を上げる。
コズミックは観察するように真っすぐ彼女を見る。
「薄汚い自分を彼女に見られたくなかった。キミとは綺麗な自分として接していたかったのかもしれない」
「綺麗な自分?」
「私のいる世界でも黒というホルダーの存在は有名でね。敵対したらほぼ生き残れない。敵として戦ったら命は失うものと思え、それくらいの実力を彼は持っている。いわば生粋の暗殺者だ。そんな彼が学生という無縁な生活を送っていた理由は少なくとも君がいたからじゃないかな?
愛なんていう言葉で片づけるつもりはないけれど、彼にとって少なからず水崎姫香という少女は“特別な存在”だと私は思う。そうでなければ彼は危険を冒してまでキミを守ろうなんて考えないさ。あの蛇女にキミが襲われていると聴いたら飛び出したくらいだからね」
記憶を失っている水崎姫香は知らない。
彼は黒土の指示で学生をしていたことと姫香の護衛として見張っている。それが途中で変化したことを知っているのは本人のみ。
「……勿論、これは私の推察であり正解ではない。ここから先はキミがどうするかだ」
「私が?」
「キミはどうして彼の真実を知ろうとする?どうして彼を追いかけたい?」
「…………私、は」
「答えが出ないのなら無理に動かない方がいい。関わらずに一生を終えるという手もある」
コズミックの言葉は彼女に届いていなかった。
――ドクン、
何かが姫香の中で騒ぎ立てている。
関わらず、
何もしない、
その事を考えた途端、頭に激しい痛みが襲う。
その原因が何なのか考えようとすると脳みそをわしづかみされた様な痛みがやってくる。
二種類の痛みに苦しみながらも答えを求めるべく自問する。
やがて。
――「誰かに目的を与えてもらえないとお前は生きていけないのか?誰かにこうしろと言われたらお前は生きていけるのか?ふざけるな。生きる目的がない?自分が生きることに理由がいるというのなら、自分の為に生きろ。誰かに重荷を背負わせようとするな」
「自分のため」
「え?」
ぽつりと漏らした言葉にコズミックが聞き返す。
水崎姫香はもう一度、言葉を紡ぎ、顔を上げる。
「私の為に動く」
コズミックが訊ねるよりも早く、水崎姫香は外に飛び出す。
「愛のなせる技かなぁ?どう思う?」
後ろで隠れるように座っていた黒土へコズミックは尋ねる。
「いつから気づいていました?」
「最初からだよ」
はにかむように笑いながらコズミックは伝える。
「流石は最前線で戦っていたことがある人間だけありますね」
「ハッハッハッ、もう昔の事だよ。さて、黒土君」
「何ですかな?」
「キミは彼をどうするつもりだい」
二人の間に沈黙が走った。
互いに笑みを浮かべているがその目は相手の中身を探る事に集中している。
コズミックは黒土の本心を探るべく。
黒土は己の中身を悟られぬよう、加えてコズミックの真意を知る為。
しばらく両者は互いを見続けていたが得られる物はないと悟る。
「僕が望むことは一つ。真の救世主だ」
「真の?」
「そう、僕が望むのはその場で生み出されるような、張りぼての英雄なんかじゃない。洗練された、長い時間をかけてそのためだけに生み出された救世主」
「……それが君の望む救世主?」
黒土のいう救世主の存在は酷く歪だった。
世界を救う。それだけのために生きて、その為だけに技術を磨く。
目的のためだけに生きて、それ以外の道を選ぶこともなく。世界を救う事という一本道を突き進む。
それ以外を許さない。いや、許されない。
「まるで――」
――駒じゃないか。
続きの言葉をコズミックは飲み込む。
目の前の青年は本気で思っている。
「何か?」
「いや」
「実を言うと育成がうまくいっていないんですよね。“互い”に邪魔者が多くて」
面倒だと言葉を漏らしながら黒土は溜息を吐き出す。
「貴方が私の敵にならないことを切に願うことばかりだ」
「……そうだね」
本心からコズミックは頷いた。
都市から離れた廃墟を水崎姫香は駆ける。
目的は宮本夜明がいる場所。
どこにいるのかについては先ほどロードマンが送ってくれた座標に向かって走る。
普通の人間なら目的地へ到着するのにかなりの時間を有するがホルダーである彼女が全力で走れば十分程度で街の外へ向かうことが出来る。
携帯端末の場所を確認する。
教えてもらった場所に彼がいる。
そして、あの銀色の蛇もいる筈だ。
宮本夜明と酷似したあの人は何者なのか?目的地へ行けばその答えもおのずとわかるだろう。
「行かせるわけがないだろう」
そんな彼女の道を遮るように黒衣の少女が現れる。
手の中にある巨大な大剣を地面に叩きつけた。
「貴方は……」
彼女の前に現れたのはセイヴァー02。
どうして、彼女がという考えを持つ暇もなくセイヴァー02は素顔を隠している仮面をとる。
顔を見て姫香は驚く。
「西條、さん?」
「貴様をここから先へ行かせません」
黒月の先を姫香に向けて吹雪は宣言する。
「貴方がセイヴァーだったの?」
「吹雪の事は関係ありません。どこへいこうというんです?まさか夜明さんのいるところではありませんよね?もしそうなら許しません、どちらにしてもここで貴方を見逃すつもりはありません」
「どうして……お願い!私は夜明君の所へ行きたいの!」
「行かせないといいました。通りたいなら自慢の盾で押し通ったらどうです?最も、死を覚悟してもらわないといけませんけれど」
顔をバイザーで覆い、大剣を構える。
吹雪が本気である事に察してイージスを取り出す。
視界の片隅に見えた黒い閃光。
繰り出された一撃は周囲の景色を揺らす。
そう錯覚させるほどの衝撃だった。
「きゃっ!」
近くの壁に叩きつけられた姫香を追撃する吹雪。
突き立てようと迫る黒剣を躱す。
少し遅れて刃がコンクリートの壁を抉る。
「ここは人がいない。邪魔をされずに貴様を殺す!」
「……なんで、私を!」
「邪魔だ」
振るわれる剣から逃れて叫ぶ。
絶対的な防御力を誇るイージスなら吹雪の大剣を防げる。
過信しているわけではないが防ぐ自信があった。
「(絶対防御?関係ありません、吹雪は夜明さんを苦しめるコイツを殺す。それだけです)」
相手の顔を見て考えていることを察した吹雪は怒りを表すように剣を強く握る。
怒りが覇気となって体から噴き出して、それに当てられた姫香は一歩下がってしまう。
「お前は邪魔だ。夜明さんを狂わせる。お前がいると夜明さんが苦しむ。お前なんかがいるからぁあああああああああああああああ!」
繰り出される一撃。
それを姫香は躱すことなく、イージスを前に出したまま突っ込む。
黒い刃と黒銀の盾がぶつかりあう。
派手な音と共に二人が吹き飛ぶ。
衝撃とクレーターが生まれる。
それぞれが反対側の壁に叩きつけられた。
「……夜明さんは、吹雪が、守るんだ」
ふらふらと体を起こそうと黒月を掴んで起きようとする。
「私は……何もわかって、いないのかも」
盾の上に倒れている姫香がぽつりともらす。
「何が真実で、何が正しいのか、わからない……でも、一つ、一つだけ、私は」
何故、夜明が自分の記憶を消したのか。
そんなことをしたのか?
彼はどうして記憶を消した相手の傍にいたのか。
激怒していた金城秋人の言い分もわかる。
だが、それよりも、それすらどうでもいいと考える別の何かが姫香の中で強まっていた。
「彼の傍に、いたい」
「ふざ、けるなぁああああああああああ!」
その言葉が耳に届いた吹雪は叫んだ。
「お前なんかが傍にいたい?ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁああああああああああああ!お前みたいな奴がいるだけで迷惑だ。お前みたいなものが存在していることが許せない!吹雪の…………大切な夜明さんを傷つける奴を許さない!殺してやる。お前なんか消えてしまえ!!」
叫びと共に立ち上がった吹雪は黒月を姫香の頭めがけて振り下ろす。
何もできない彼女はそれを受け入れるしかなかった。
「うっ!?」
吹雪は胸元を抑える。
ずきずきと襲って来る痛みに黒月を手放す。
「夜明さんが……危ない、行かないと」
ふらふらと体を起こすと吹雪は巨大な廃墟の方へ向かっていく。
姫香は無理やり体を起こす。
「私も……」
廃墟の中、音の方へ歩みだす。
そこに宮本夜明がいると確信をもって。




