59.恨む姉、無関心の弟
昔、まだ世界が壊れていなかったころ、俺は虐待を受けていた。
身内からの虐待だ。
無関心の父親。
俺に興味がない、要らないと言い続けて、面倒も見ずにひたすら自身の研究に打ち込み続けた。
そんな親を俺は親と見ない。
生んでくれた恩は感じていないだろう。
俺は親に何も思っていないし。向こうも同じだ。
だからこそ、父親だと言われてもあまり感じるものはない。
むしろ、綺麗に関係を断った方が幸せだろう。
もう一人。
俺にとって最も忌むべき存在といわれる家族がいる。
それは姉だ。
年の離れた姉は父親の血を強く受け継いだのか成績優秀、加えて容姿端麗というまさに完ぺきという言葉にぴったりといわれるほどの美少女だった。
周りからの評価は素敵な美少女。
そう周りだけは。
姉は自分より下の者に暴力を振るう事に優越感を覚えていた。
俺は召使いのようにこき使われてきた。
最も、あの日以降から父親と共に姿を消したからどうなったのか知らない。
こんな形で再会するとは思っていなかったが。
見下ろされていることに腹立たしいのか姉である陽炎は鋭い目で見ていた。
優越感に浸っていた自分が見下していた相手に見下ろされている。これほど屈辱的なものはないだろう。
しかし、俺の中にあるのは空虚な感情だ。
暴力をふるっていた姉が地面に崩れている。
その姿を見せられたが何も感じない。
哀れみや同情もなかった。
全くの無だった。
「許さない、お前を許さない、お前さえ、いなければ!」
「悪いがお前の無駄話に付き合うつもりはない。確保させてもらう」
倒れている奴の意識を奪うために刀身へ雷を覆わせた。
意識を刈り取って回収しようとした時、頭上から声が響く。
「させませんよ」
遅れて降りそそぐ殺気。
少しのけ反る。
天井を砕いて純白の衣装をまとった女が現れた。
――使徒だ。
現れた使徒は俺と陽炎の前に降り立つようにしてこちらをみている。
「彼女はこちらに引き渡させてもらいます。色々と問題がありますし」
「はい、どーぞ……なんていうわけがないだろ?」
雷切の切っ先を向ける。
逃さないという意思表示だ。
「お前だけじゃないだろ?あの短気な泥酔とかいう奴もいるはずだ」
「デースィモです。人の名前、覚えるの苦手みたいですね」
「大事でない奴は覚えない。敵対している奴において雑魚は意識しない」
「では、私の名前も?」
「クワルト」
使徒の問いに短く答える。
「おや、雑魚とみてはいないのですか?」
「恍けるなよ」
首を傾げるクワルトへ俺は肩をすくめる。
「お前みたいに強い奴が雑魚?メッキが世界を救ったという事と同じくらい信じられない」
雷切を強く握りしめる。
相手は動きを見せない。
このまま時が過ぎるという事はありえなかった。
俺は拳を横に繰り出す。
飛び出そうとした金城の顔に突き刺さり地面へ倒れる。
「秋人君!?」
「邪魔をするな、余計な死体処理をしたくない」
「酷い言い草ですね」
「雑魚が暴れて無駄に命を散らすことが酷いだろ?」
「無駄な命を散らす事は私も望みません。不要な命を散らすことは本意ではないので」
「必要とあらば大量に散らす?」
「当然です」
何をおかしなことをというようにクワルトが俺を見る。
あぁ、間違いない。
コイツは――。
「お前」
「貴方」
「「相当、壊れていますね」」
互いにいいながら地面を蹴る。
雷切と細剣がぶつかりあう。
クワルトの剣技は恐ろしいほどの速度を持っていた。
今まで戦ってきた連中の中で上位の実力者。
繰り出される一撃を一つでも受けたら体に大きな穴が出来上がることは間違いなかった。
「その仮面、外した方がいいのでは?」
「余計なお世話だ」
ぶつかり合いながら懐からナイフを投擲する。
「ぎぃゃああああああああああああ!」
クワルトの後ろからつんざくような悲鳴が響く。
投げたナイフは逃げようとしていた蛇女……陽炎の足に突き刺さった。
「酷いですね」
「対象に逃げられるわけにはいかない、それだけだ」
後ろで悲鳴を上げてのたうち回っている陽炎を他所に俺達はぶつかり合う。
水崎姫香はおろおろしている。
目の前の事態についていけていないようだ。
「余所見はいけませんよ」
「ちっ」
膝に熱が走る。
服が裂けて血が流れていく。
「このまま死んでください。そうしてあれは回収させてもらいます」
繰り出される剣を受け止めた。
衝撃で両腕に激痛が走る。
「貴方は何故、戦うのですか?」
「殺す相手に問いかけるのか?」
「そうです。そうして、相手の感情を知る」
見上げてくるクワルトの顔に変化はない。
むしろ、その瞳に息を飲んだ。
灰色の瞳に感情というモノがない。
中にあるのは――。
「死ねぇええええええええええええええええええええ!」
「ダメ!」
動揺してしまった俺の前と後ろから二つの声が響く。
そして、水崎姫香がイージスを構えて前に出る。
蛇女が巨大な尾を俺達に繰り出す。
イージスで攻撃は防がれたが衝撃は途轍もないものだった。
派手に三人が吹き飛び壁に叩きつけられる。
「死ね、貴様を殺す、死ね、死ね、死ね!」
呪詛を放ちながら陽炎が体を起こす。
その体は異変が起こっていた。
「お前さえいなければ、こんなことにならなかった……お前さえ、いなかったら私はまだ、お前が可能性を潰した!」
叫びながら蛇女がこちらをみていた。
さっきよりも一回り大きくなり、銀色だった肌はどす黒く染まり始めている。
奴を支配しているのは“殺意”と“憎悪”。
ドロドロと深いものに突き動かされていた。
「アぁ……」
俺はかぶっていた仮面を脱ぎ取る。
ポタポタと仮面を脱ぐと地面に血が落ちた。
どうやら破片で頭を切っていたようだ。流れてくる血を気にせず立ち上がる。
傍を見ると先ほどの攻撃で倒れているクワルトと水崎姫香が目に入った。
「(巻き込んだ……か)」
陽炎の話については完全に内輪もめのようなものだ。
そんなことに彼女を巻き込んでしまったことは申し訳ない気持ちになる。
「死ね、貴様は死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!」
「いいや」
雷切を地面に突き立てる。
体を鳴らして前を見た。
どうやら、俺は――。
「死ぬのはお前だ」
かなり、頭にきているようだ。
伊弉冉を左手に構えて前を見る。
頭に襲い来る言葉の嵐。
それよりも怒りが俺を支配していた。
「いい加減、うんざりだ…………ここで、消えろ」
唸りながら繰り出される尾を踏み台にして宙を舞う。
空中で蛇女と目が合い、にたぁと笑みを浮かべる。
相手も同じように笑う。
伸びてくる手を伊弉冉で斬りおとす。
斬られた箇所が灰となって消滅する。
そのまま壁を蹴って、反対側へ。
追撃するように迫る尾に伊弉冉をぶつける。
しかし、刃は鱗に弾かれた。
当たった鱗が腐敗するが、そこで止まる。
「完全に殺しきれないか……だったら、急所を突くまでだ」
迫ろうとした時、空から槍が降りそそいだ。
「見つけたぞ、屑めぇ!」
天井を砕いて乱入するのは少し前に戦った使徒だ。
奴は槍を構えてこちらへ攻め込んでくる。
こんなタイミングできやがって。
悪態をつきながら伊弉冉を振るう。
「貴様の心臓をえぐりとってやる!」
伊弉冉の能力を知っているのか、使徒は刃を躱し、槍を突き出してくる。
普段の俺なら避けることは造作もない。しかし、先ほどからちりちりと足の痛みが気になりつつあった。出血も多くなってきていた。
時間がない。
その事実に焦りが生まれた。
「死ねぇ!」
使徒の槍が心臓に迫る。
――間に合わない。
「ぐほぁ!?」
上空から瓦礫の山が飛来して使徒の体が壁とサンドイッチになる。
「おぉし!間に合ったな!」
「いや、間に合ってないでしょ……おい、大丈夫か!?」
駆け寄ってきたのは来栖ともう一人、確か。
「シャルブイだったか?」
「ン?おぉ、夜明だったかぁ?中々に楽しい事してんじゃん……あれが、噂のトシだったか?」
「使徒だよ!?」
苦労しているように溜息を吐く来栖。上下関係が出来上がっている。
手助けを借りて起き上がった。
「おい、夜明ぇ、あいつはこっちがもらう」
「任せる」
「逃がすか!」
使徒が槍を構えようとする。
ライダージャケットの上から拳を鳴らす。
「さぁて、暴れるぜぇええええええええええええええええ!」
叫びと共に地面が揺れた。
「うぉ!?」
「わっ」
俺と来栖は倒れないように堪える。
「くらぇええ!」
音速を超えるような拳が使徒へ繰り出された。
槍使いの使徒はそれを辛うじて回避する。
標的を失った拳は半壊していたスーパーを壊す。
壊れていく建物の中、俺は水崎姫香へ手を伸ばす。
そこから先の記憶はない。
▼
「うわぁ、スーパーが壊れちゃったよ」
「あれがシャルブイの能力、マグナムキャノンだよ」
「名前からして相当な威力だ!?」
倒壊していくスーパーを見下ろしてノノアとノーヴィンの二人は話をしていた。
二人の周囲には使徒の配下といえる団員達の死体が転がっている。
ノノアがレイピアに流れている血を拭う。
彼等は来栖とシャルブイが使徒と戦えるように、他の横槍が入らないように周囲の封鎖をしていた。
勿論、邪魔をしてきた団員はノノアによって倒されている。
「シャルブイさんの能力って、かなりの威力を持つようだね。当たったら人間はバラバラかなぁ?」
「まぁ、そうなるかな?」
「ノーヴィンさんの能力は?」
「サポートだよ。僕は電子を操る力があってね。周囲の監視カメラとか、レーダーを攪乱させる力があるんだ……余計な連中が来ないように手を回しているの」
「へぇ、便利だ」
「そうでもないさ。キミ達みたいに武器を持てばスペックがあがるわけじゃない。拳銃を見切れないし、弱点もある。能力だけしか持てない者の定めだねぇ」
「そんなに卑下することないよ。だって君たちは使徒と戦えるじゃないか」
ノノアの視線は笑いながら拳を繰り出しているシャルブイと槍使いの使徒をみている。
一撃で多くの物を壊すという威力を持つ能力者シャルブイに翻弄されている使徒の姿があった。
「けれど、限界がある……そう、制限時間とかね」
ノーヴィスは腕時計を見て呟く。
ホルダーと特殊能力者には大きな違いがある。
それは武器を所持していないことに加えて制限時間。
特殊能力者の力はすさまじいがその使用には制限があった。
個人差はあれど最長で十分。
その時間が過ぎると体のリミッターが作動して能力が使えなくなる。
「時間だ、シャルブイ、離れて」
『あぁ!?くそっ』
耳元のインカムから舌打ちするような声を出したシャルブイは地面へ思いっきり拳を叩きつける。
衝撃と砂塵が周囲へ広まっていく。
目くらましだ。
使徒の槍使いは視界を覆われて槍を滅茶苦茶に振り回す。
その隙をついてシャルブイ達は離脱する。
槍使いが気付いた時、そこに敵のメンバーは誰一人存在しなかった。
「逃げられた……ちっ!!」
「回収対象も姿を消したようです。離脱しましよう」
「クワルト!お前、何をしていた!」
「デースィモ、貴方は周囲の監視だけだったはずです。どうして、ここへ?まさかと思いますが先日の仕返しなどというくだらない考えで動いたわけではありませんよね」
「……」
「沈黙は肯定とみなします……愚かな行為ですね」
「愚か、だと?」
「その通りです。我々は崇高な目的のために行動している。貴方のその小さなプライドのためだけに計画がとん挫するわけにはいきませんもの」
「……小さな、プライド、だと!」
「否定しますか?貴方のプライドは我々の計画よりも高いと?」
「……ちっ」
舌打ちをして顔をそらすデースィモを一瞥してからクワルトは姿を消す。
「ふざけやがって……みていろ」
仲間の使徒がいなくなってからデースィモは怒りに顔を染めて呟いた。




