54.夜の襲撃者
新章突入です。
書きあがり次第、次の話も載せていきます。
『お前は要らない子だ』
懐かしい夢を見た。
それは幼き頃の日々。
白衣に身を包み神経質そうな男が俺を見下ろしている。
機械を操作しながら額をこつこつと叩くことを繰り返して男は俺にもう一度言う。
『お前は要らない子だ』
何故、そういわれたのか切欠は覚えていない。
ただあの男と話をしていた時に何かを俺がいってしまい、そしたら言われたのだ。
お前は不要だと。
その言葉は幼い俺の心を傷つけるに十分な一撃を持っていた。
要らない。つまりは愛されていないという事。
その言葉の意味を幼いながらも理解してしまい、俺は誰かと触れ合うことに恐怖を覚えはじめた。
誰かと触れ合って不要だと言われたら。
お前は必要ないと言われたら。
もし、本当の親のように誰かから拒絶されてしまえば?
心に楔として突き刺さり抜けることがなかった。
親友が出来た後も。
アイツと触れ合って俺は親友を得た。
しかし、何度も心の中で浮かぶ疑問を消しきれなかった。
裏切られるのではないか?
もしかしたら嘘をつかれているんじゃないか?
そんな気持ちが消え去ることがない。
あの日が過ぎ去ってからも俺の中でくすぶり続けている。
そして。
――懐かしいことを考えたものだ
顔を隠しているゴーグルの中で俺は小さな溜息を吐く。
目の前に広がるのは研究道具。
奥には不気味な生き物がカプセルに入れられて蠢いている。
そんな部屋の中心にいる俺へ向けられている大量の銃器。
相手は雇われた傭兵たち。
国籍はバラバラ、共通しているのは侵入者である俺を殺そうという殺意のみ。
金で雇われた連中に命乞いなど無駄。
雇い主の言葉一つで殺す。
わかりきっていることだ。
周りを見る。
男達は絶対的優位を疑わず武器を構えていた。
研究員達は外へ避難しようと様々な機材を回収しようと試みている。
「まーったく、侵入者が誰かと思えば、まさかの救世主様とはねぇ?」
白衣を着た男がニタニタと笑みを浮かべている。
沈黙を貫いている間、男はしゃべり続けた。
「天下のホルダー様が泥棒行為とはねぇ、マスコミへ流せば大和機関の信用がた落ちだねぇ」
「国家を裏切って非合法な研究へ手を染めている人間の発言らしさだな。下劣極まれりここにありだ」
「なんとでもいえばいいさ。キミの首を組織へ売れば私達の研究は認められる。使徒のようなあんなものの存在に頼る必要などなくなるのさ」
「どうやら使徒について色々と知っているようだな」
「だったらなんだい?動けばハチの巣になるキミに関係のない事だ」
黒土の情報はあたりだったようだ。
ここの研究施設は合成獣の研究をしており、その研究員の一人は使徒について重大な情報を持っている可能性がある。
その研究員の確保が今回の任務だった。
やれ、という指示を男が出そうとしたタイミングで俺は指を一本だす。
その動きに周りの男達が警戒する。
「なんだ?」
「一人だけ」
「は?」
「何言ってんだ」
「頭おかしくなったんじゃねーの」
「まぁいい、殺して」
「一人だけ、生かしておけ」
俺の言葉の意味に男達が困惑した直後、天井から二つの影が降り立つ。
一人は手斧を。もう一人は細長いレイピアで取り囲んでいる傭兵達を無力化していく。
あっという間に手駒を失ったことに白衣の男は理解が追いつかなかった。
俺の靴音でハッと思考が追い付いたらしく慌てて下がろうとする。
「逃がすと思うか?」
問いかけと共に投擲用のナイフを足に突き刺す。
悲鳴を上げてのたうつ白衣の男の胸倉を掴む。
鼻に薬品のにおいが漂う。
白衣を着た人間というのは嫌いだ。
必ず何かしらの薬品の臭いがこびりついている。
その臭いが俺の古い記憶を刺激してきて苛立ちが募っていく。
男の胸倉から手を離して手錠をはめる。
「貴様には色々と聞きたいことがある。一緒に来てもらう」
「いやぁ、さっすがだねぇ、手際が良すぎてびっくりだよぉ」
「心臓止まりかけたよ。何だよ、あのマシンガンの数……当たったらハチの巣だぞ!?」
「無駄話はそこまでだ、目標を確保。爆撃機が近づいている。離脱準備に」
背中を襲う寒気。
それが何かを確認する暇もなく雷切を後ろへ繰り出す。
衝撃と痛みで刀が宙を舞う。
迫る何かに気付いてホルダーからナイフを取り出して投げる。
軌道を変えることに成功してそれは近くの床に突き刺さった。
「な、なんだよ!?」
「うわっ!」
異変に気付いた来栖とノノアが驚きの声を上げる。
俺も目の前の存在に少なからず驚いている。
――蛇。
全長二メートルは優に超えている銀色の蛇だ。
口先から威嚇するように舌を出す、戻すという行為を繰り返しながら縦長に切れた瞳はこちらを捉えて離さない。
雷切は少し離れた壁に突き刺さっている。
これを取りに行こうとすれば巨大な蛇が先に動く。
「01!!」
叫びと共に来栖が蛇の横っ腹へ手斧を繰り出す。
鱗に斧刃が当たる。
しかし、刃が弾かれて、後ろへ下がっていく。
「くそっ、硬い!」
来栖へ銀色の蛇が尻尾を振るう。
慌てて攻撃を躱すために近くの机の下へ飛び込む。
多くの機材を蹴散らして暴れる蛇の視界から俺が消える。
その隙をつき、壁に刺さっている雷切を抜き取った。
抜き取った際、蛇と目が合う。
黄色い瞳は激しい憎しみや怒りを抱えている。
その矛先が俺だった。
疑問を考える暇もなく雷切を振り下ろす。
唸る蛇の口元に刃が刺さる。
どうやら外皮と比べて口内は柔らかい。突き立てた刃をさらに深く刺す。
壁や天井に大量の血が飛び散っていく。
刃を纏う電流が体内へ流れて蛇が苦しそうにのたうち回る。
狭い空間で暴れることで刃にしがみついている俺は体を壁や天井にうちつけた。
しばらくして壁を壊して俺と蛇は外へ放り出される。
派手に転がりながら体を起こすとそこに蛇はいなかった。
その代わりボロイ布を纏った女性がいる。
年齢は俺より少し上だろう。
纏っている衣服から覗く手足は火傷や傷跡が多い。
何よりも視線が動いたのは白髪。
腰にまで届きそうな白い髪。
真っ白といえる肌、血走ったような黄色い目が射貫くようにこちらをみている。
紫色に近い唇が動く。
「ゆ・る・さ・な・い」
幽霊のように言葉を漏らし、囁いてずるずると足を引きずりながら闇の中へ消えていく。
あの女の姿が完全に見えなくなるまで俺は一歩も動けなかった。
――動こうとしなかった。
俺の頭は最後に呟かれた言葉で完全に思考放棄していたのだ。
あの謎の女は最後に名乗ったのだ。
自らが何者であるか。
「ありえない」
信じられないというようにその言葉を吐き出すことしかできなかった。




