46.覚悟と来訪
伊達時治下の葬式はひっそりと行われることとなる。
金城秋人は水崎姫香を伴って会場へ来ていた。
葬式はひっそりと行うと聴いていた。
「マスコミがたくさんいますね」
「どこかで嗅ぎつけたのかも、こういう所はマスコミが鋭いから」
秋人はそういい、騒いでいるマスコミを横目で見る。
マスコミは二人の姿を視ると余計に騒ぎ立てた。
英雄として、人気者の英雄の金城秋人。
さらに空の女王の討伐を成した水崎姫香の二人。
時の人といわれても過言ではない存在をマスコミが逃すわけがない。
警備員が必死に押しとどめる中、彼らを呼ぶ声は続く。
建物の中へ入ると一人の男子が手をあげて出迎える。
「遅かったな、金城」
「剣立、久しぶり」
ワイルドな顔立ちにシャツから覗く鍛えられた肉体、剣立次郎だ。
「えっと、はじめまして、私、水崎姫香といいます」
「おう、噂は聴いているぜ。俺は剣立だ。よろしく」
姫香は剣立へ挨拶をする。
事前に情報を聞かされていた彼女は目の前にいる彼が同い年の男子だと思えなかった。
自分より頭二つほど大きい身長。
「伊達さんの件、何か聞いたか?」
「いいや、君塚さんに聞いたんだけど、教えてくれなかった」
「お前でもダメか?他の奴らも訊いたらしいが教えてくれなかったそうだ。まぁ、あんな放送された後だからなんだろう」
「あの放送、誰がやったかは…わかっていないんですよね」
伊達時治下の死については正式な報道でなされたわけではない。
何者かが電波ジャックを行い、日本中に彼の死を広めた。
誰が流したのか。
誰があんなことをしたのか。
あの騒動の後、大和機関によって情報封鎖がなされ、正式な報道が行われるまで開示されることを禁じられた。
姫香や秋人が情報を調べようにも大和機関に所属している者ですらトップシークレット扱いになっている。
何があったのか。
気になるという感情を殺す事は出来ない。
何より金城秋人は大切な仲間が死んだ事実を知りたい。
彼がなぜ死んだのか。
どうして、殺されなければならなかったのか。
魔物と戦って平和を勝ち取ろうとしている彼がどうしてあんな目にあったのか。
その真実を秋人は知りたい。
知らないと納得できなかった。
まるで自分達のしていることが。
「よぉ、お前ら、遅刻だぞ」
掛けられた声に秋人の意識は現実へ戻される。
待合室のような空間に彼らは集まっていた。
秋人、姫香、次郎の三人を除くホルダー。
魔物から日本を、そこに住まう人々を守る英雄達。
「あれ、工藤は?」
「工藤ちゃんならまだアメリカじゃないかなぁ」
「人気者は大変という事よ」
次郎の疑問に立花唯と盃ほむらがそれぞれ答える。
「そもそも僕達、全員がそろう事自体、珍しいからね」
ゲーム機を操作しながら野原が話す。
「おい、野原、人と話をする時くらいゲーム機から手を離せよ」
「嫌だよ。僕は僕の好きなことをする」
木下の言葉に野原はゲーム機から手を離すことはない。
不在の工藤乱歌を含めたこのメンバーが現在、日本を魔物から守護している英雄達だ。
彼らは死んだ伊達の葬式の為に足を運んでいる。
「全員、伊達さんの死因とか、知らないのか」
「残念ながら教えてくれなかったんだ~」
「英雄の死なんて、75日過ぎても消えないでしょうね」
「一体、何が彼を殺したんだろうね」
「もっといえば、どこのどいつがあんな放送をしたかだろ?おかげで大迷惑だっての」
様々な憶測が飛び交う。
彼らのやり取りを眺めながらふと、水崎姫香は思う。
誰も彼の死を悲しんでいない。
いや、口でそういっていないだけだろう。
大切な仲間が死んだら悲しむ筈だ。
今の事態が気になりすぎてその気持ちが隠れているだけ。
水崎姫香はそう思った。
「葬式がもうすぐはじまるわ」
部屋の中へ姫香もよく知る彼らを束ねる君塚がやってくる。
喪服を着ている彼女は今も仕事をしていたのだろう。
片手にタブレットを持っていた。
「って、なんで、みんな喪服じゃないの!?」
『持っていないから』
「こんなところでハモらなくてよろしい!もう!マスコミもやってきているから余計な騒動は控えないといけないんだから!喪服に着替える…はぁ」
念のために用意していたのだろう。
彼らの喪服をそれぞれに押し付けていく。
姫香は喪服を着ていたので問題なかった。
それぞれ喪服を手に出ていく。
残されたのは姫香と君塚のみ。
「姫香ちゃんだけがまともで助かったわぁ」
「いえ、あの、君塚さん」
「なに?」
「私は、伊達さんという人の事をよく知らないんですけれど、どんな人なのですか?」
水崎姫香は伊達時治下と出会ったことがない。
あくまで英雄として名前を聞いたことがあるのみ。
顔を見たことも話したことすらないのだ。
それなのに彼の葬式へ足を運ぶ資格が自分にあるのか?そんな疑問が姫香の中で渦巻いて消えない。
姫香の考えを察したのか、君塚はポンと肩を叩く。
「姫香ちゃんは人の死を悲しむことが出来る…そんな子に、彼の葬式は来てほしかったの」
少しの間をおいて君塚は話す。
「伊達君は、学生ばかりの彼らの中で一番の年長者でみんなが幸せに生活をできるならって人一倍、戦ってきたの…そんな人の生き様を知ってもらいたかったから貴方を呼んだのよ」
「……でも」
――私はそんな強い人間じゃない。
姫香はその言葉を飲み込んだ。
それを言ってしまえば、彼女へ悲しい顔をさせてしまうのではないかと思ったからだ。
君塚はホルダーになった自分に色々と手助けしてくれた。
恩をあだで返すような真似をすることは避けたい。
それ故に姫香は踏みとどまった。
姫香の顔を見て君塚は苦笑する。
「ごめんなさいね。みんな個性的な子ばっかりだから、ついつい、姫香ちゃんのことを気にしちゃうのよ」
「いえ、大丈夫です」
「みんなが着替え終わるまでまだ時間がかかるから先に向こうの会場で待っていて」
「……わかりました」
君塚に言われて姫香は海上へ足を運ぶ。
亡くなった伊達はキリシタンだったのか、会場は日本の葬式ではなく、洋風式だった。
均等に並べられている椅子、白い壁、奥の部屋にたてられている十字架。
その下に白い棺が置かれている。
今は誰にも見せないように棺の蓋は閉じていた。
姫香はゆっくり歩く。
カツン、カツンと室内に乾いた音が鳴る。
棺はやはり閉じられていた。
もし、扉が開いていたら自分は何を言っていただろう?
この棺の中にいる人は多くの命を守るために奮闘した。戦いの果てで命を落とした彼は死ぬ直前に何を思ったのか。死ぬ時はどんな気持ちだったのか。
閉じている棺を見て、そんな言葉がぐるぐると回る。
姫香は考えていた。
だから、室内に人が入ったことに気付くのが遅れる。
靴音に振り返った。
「あ、ここは」
「見つけたぞ、偽物」
聴こえた声に姫香は動きを止める。
目の前にいたのは一人の男。
全身を白い衣で身を包み、腰には一振りの剣らしきものを下げていた。
顔は同じく白いローブで隠していてみえない。
声からして男だろう。
いきなりの事に姫香は戸惑いながら訊ねた。
「あの、貴方は一体…」
「あれほど、主が放送をしているのに覚えてすらいないのか」
「え?」
男の物言いに困惑する。
何か言わないといけないと考えているとフードの男と目が合う。
――殺意。
ドロリとどす黒いものを含んだ感情が宿っていた。
負の感情をぶつけられたことで彼女の体は金縛りにあったみたいに動けない。
「偽物は要らない…この世界を救うのは我々だ」
呟きのような言葉が響くと共に男は剣を抜いて姫香の前に立っていた。
自然の動作で刃が心臓を狙っていた時。
「させるかぁ!」
横から金色の斬撃が割り込む。
衝撃で建物が大きく揺れた。
姫香は後ろへ倒れこむ。
そんな彼女を守るようにして金色の剣を手に立つ少年がいる。
金城秋人。
日本の英雄であり最強の一人。
彼は黄金の剣を手にして白衣の男を睨んでいる。
「姫香ちゃん、大丈夫!?」
座り込んでいる姫香の下へ君塚や他の英雄達が駆け寄った。
「だ、大丈夫です」
荒くなりそうになる呼吸を無理やり、飲み込むようにして彼女は答える。
もし、秋人のカリバーンが間に合わなかったら。
――自分は死んでいた。
その事実を嫌でも認識させられた姫香の体から嫌な汗が流れる。
彼女の心境を知らない秋人達は目の前の白衣の男を睨む。
剣先を向けて秋人は訊ねる。
「お前、何者だ?どうして姫香を狙う」
「黙れ、偽物」
「……偽物?」
「どういう意味?」
「さぁ?」
男の言葉に誰もが首を傾げる。
偽物といわれる覚えがないのだろう。
その中で、一人だけ、顔を驚きで歪めている者がいる。
「あれ、君ちゃん、どうしたの?」
立花唯が君塚へ尋ねる。
「顔が真っ青だよ?」
「……まさか」
君塚の態度を見て盃ほむらがある考えへ至る。
「どうやらクワルト様の放送はちゃんと届いていたようだな」
男は君塚をみて確信したような態度をとる。
話しについていけない秋人が叫ぶ。
「お前、何を言っている!?」
「……偽物の英雄は要らない。真にこの世界を救うのは我々、使徒の下に仕える我々だぁ!」
叫びと共に目の前の空間が歪む。
男の傍に二体の獣が佇む。
巨大な熊のような姿をしている獣は口からボタボタと涎を零しながら彼らを威嚇する。
「おいおい、何だよ、これ!?」
剣立次郎が驚きの声を漏らす。
「みんな!その男を普通の人だなんて思わないで!全力で挑まないと死ぬわ!」
「は!?どういうこと!」
「いいから!」
「戦うぞ!」
「やれ!」
戸惑う彼らを他所に男は獣に指示を出す。
「殺せ」
唸り声をあげて熊の怪物は英雄達へ襲い掛かる。
「バ、馬鹿な!?」
白衣の男は信じられないという声をあげる。
開始二分、
男が仕向けた獣達は七人の英雄達によって葬られた。
地面に広がる血と肉の残骸がどれだけ彼らが規格外であるのかということを物語っている。
「馬鹿な!我らが主の力をこんな…偽物の英雄が」
「なんか、三下臭がするね」
野原が自らの武器でもたれるようにしながら呟く。
実際の所、男が用意した獣は今まで戦ってきた魔物と比べると圧倒的に弱い。
これならば魔物、兵士級三十体を相手取る方が苦戦するというレベル。
「こ、こうなったら!」
男が剣を抜こうとするがそれよりも早く、眼前に金色の刃が振り下ろされた。
「そこまでだ」
「ひ、ひぃ!」
眼前に向けられた刃に男は動きを止める。
その目に浮かぶ感情は恐怖。
刃を向けている金城は静かに問う。
「答えろ、貴様は誰の命令でここへきた?」
「だ、誰が」
「教えないなら」
「イ、言う!いうから」
柄を握りしめただけで男は悲鳴を上げる。
野原の言う通り男は小物臭がしていた。
そんな姿をみて、盃ほむらの中で疑問が浮かぶ。
流れる黒髪を弄りながら調べるために武器を取り出す。
小さな水晶とそれを繋げている鎖。
鎖にぶら下がっている水晶を地面へ下す。
水晶が右へ左に揺れる。
しばらくして、ほむらは目を見開く。
「金城!上!!」
ほむらの叫びに秋人は後ろへ下がる。
天井を砕いてやってきたのは男と同じ白い衣服をまとった人物。
しかし、何と言えばいいのだろう。
目の前にいる小者臭い男と比べると、否、比べることすら烏滸がましいほどの雰囲気を放っている。
ゆっくりとスローモーションで降り立ったのは二人の男女。
その姿に誰もが見惚れた。
君塚も、
英雄たる彼らも。
金城秋人ですら。
誰もが降りてきた二人に目を奪われていた。
故に二人へ祈りを捧げるようにしていた男の体がぐちゃぐちゃになるまで彼らは反応することすらできないでいた。
悲鳴を上げることなく飛び散っていく
「な!?」
それは誰があげた声なのか。
人が死ぬ瞬間を見て、彼らの頭は正常に動き出す。
「お前、何を!」
震える声で秋人が尋ねる。
そうすることが精いっぱいだった。
降り立った二人のうち女性の方が口を開く。
「此の者は勝手に行動しました。貴重な戦力を割いたことは許されません。故に粛正を下した。それだけのことです」
「い、命をなんだと思っているんだ!」
「いずれ滅ぶ世界を生きる命です。生かす事に意味がありますか?」
女性の問いに金城は怒りで叫ぶ。
「人の命を勝手に決めるんじゃない!」
叫びと共に繰り出される斬撃。
しかし、怒りによるいつものキレがなく、女性によってあっさりを受け流されてしまう。
入れ替わるように男性の拳が金城の肩を貫く。
「つぅぅぅ、だからってぇ!」
痛みに顔を歪めながらもカリバーンを放った。
必殺の一撃、ではないが直撃すれば相手を倒すに十分なもの。
しかし、男性はその斬撃を片手で掴んでいた。
「な、片手で!?」
「我々を普通の人間と思わないことだ」
男性がカリバーンに力を籠める。
ミシミシと刃が音を立てた。
「下がれ!金城!」
入れ替わるようにして剣立次郎が巨大なバスタードソードを振り下ろす。
くるりと回転するようにして男性は斬撃を躱した。
「すまない!」
二人はいったん、距離をとる。
目の前の男女は只者ではないということを嫌という事を思い知らされる。
距離をとったことで一端、仕切り直しになった。
相手の顔色を窺う英雄達と表情の見えない男女。
沈黙が漂う中、姫香が口を開く。
「滅びる世界、ってどういうことですか?」
誰もが緊張している中、場違いともいえる質問をする彼女へ白衣の女性が前へ出る。
「この世界はまもなく滅びる。貴方達は考えたことはありませんか?魔物がなぜ、この世界に現れるのか?」
「それは…」
「俺達人類の敵だからだ!」
これ以上の問答はないといわんばかりに金城が叫ぶ。
「人類を滅ぼすために奴らは現れる。俺達はそれを阻止するために戦っている!なのに、お前達は!」
「……所詮、犬か」
「なんだと!?」
男の言葉に次郎が激怒する。
「上から与えらえた言葉を信じて何も考えようとしない。所詮、お前達は傀儡と同じだ。何も考えず、与えられたことをこなす。少し周りを見渡せば気づくような疑問も浮かばない。そんな奴らに」
――生きる価値などない。
前へ出た男の背中を突き破るように白い翼が現れる。
純白で、羽根の隙間から虹色の光のようなものが噴き出していた。
あまりに綺麗な姿に再び彼らの目は釘づけになる。
魅了の力でも含まれているのだろう彼らは翼を出した男性から目を離せない。
そんな中、一人だけ動いていた。
水崎姫香だ。
「貴方の、その翼は何?」
「ほぉ、魅了の力が通用していない…いや、反応が薄いのか?まぁいい、お前達はこれで救済される。これから滅びる世界を見ずに済む」
「私は……」
男性の言葉に姫香は顔を上げる。
その目に恐怖はない。
あるのは、強い決意。
無言で目の前に黒銀の盾“イージス”を展開した。
「抵抗するか」
「抗います…まだ、私は答えを見つけていません。何も見つけられないまま死ぬなんて…そんなの、納得できない!」
「死を等しく与える。それが我ら使徒の役目」
「私は死なない!死ぬつもりなんてない!」
――まだ、死にたくない!
姫香に向かって男性が掌から何かを放つ。
それは真っすぐに彼女に向かって迫る。
あわや彼女の命が絶たれるという刹那――。
彼は現れる。
会場の窓ガラスを砕き、今も彼女の命を狙う凶弾へ腰に下げてある刀を抜く。
派手な音と共に姫香を狙った弾丸は砕かれる。
ダン!と大きな音を立てて彼は姫香の目に降り立つ。
それは、命を刈り取る死神のように。
それは、闇の中で生活する獣のように。
それは、彼女を守る騎士のように。
白い翼を揺らしている男性の前に降り立つ彼は黒一色の姿、けれど、その目は相手を殺さんという炎を灯していた。
漆黒の救世主が現れる。




