43.英雄の死
新章突入です。
日本のある山岳地帯。
そこに出現した兵士級の魔物達を討伐するために一人のホルダーが派遣される。
「ったく、なんで俺がこんなところまで」
悪態をつきながらも兵士級が振るう武器を受け流して槍で一突き。
急所を確実に突いていく。
男は数人しかいない日本の英雄と称されているホルダーである。
加えて他の英雄達よりも年長者であることから様々な場所へ派遣されていた。
今回の彼が派遣された先は他の英雄達が急行する事にかなりの時間を有することから彼が出動している。
手の中にある槍を振るい、近づこうとした兵士級から距離を取った。
耳元についているインカムから大きなノイズと共に声が聞こえる。
「え、何だって!?」
『ですから、他の……が』
「くそっ、インカムの調子が悪すぎる………帰ったら修理に出さないとなぁ…てか、帰れるだろうか」
槍で兵士級を突く。
彼は半年くらい家へ戻れていない。
輸送ヘリで各地域を転々としているため、中々、都会にある自分の街へ帰れていなかった。
我が家、埃まみれになっていないだろうか?
どうでもいいことの心配をしながら、彼は槍を操る。
瞬く間に出現した兵士級は全滅した。
英雄と呼ばれるだけあって男の力は本物だという証だ。
「さてと、そろそろヘリが迎えに、きたきた」
彼が手を額へ当てて遠くを視るようにしているとローター音と共にやってくる輸送ヘリの姿があった。
「はぁ、早く――」
男は次の言葉をいうことがなかった。
彼の目前でヘリが音を立てて爆発する。
「…!」
同時に、男へ大量の矢が降り注ぐ。
いくつかを槍で弾き飛ばして前をみる。
一瞬、視界が眩む。
あまりに白い輝きだった。
しばらくして、目が回復した男が見たものは純白の衣装に白く輝く翼を持つ少女。
最初、男は天使だと思った。
それほど、少女が美しすぎたのだ。
故に反応が遅れる。
「へ?」
男は間抜けな声を漏らす。
衝撃を受けて体が後ろへ下がる。
目の前で腕が宙を舞っていた。
その腕が自分のものだと理解することが遅れる。
派手に地面を転がりながらも槍は手放さない。
手放さなかったのは英雄としてか、ホルダーとしての意識だったのか、それは吹き飛ばされた本人しかわからない。
男は派手に転がり、荒い息をだしながら立ち上がる。
「流石、英雄と呼ばれることだけありますね」
天使の少女は感心するように呟く。
「いきなり、何を」
「既に警告は出されています」
男の言葉に少女は答えない。
淡々と言葉を紡ぐ。
ドバドバと血を流しながら男は槍を構える。
少女を敵と捉えたのだろう。
攻撃を仕掛ける。
しかし、掌で槍を受け止めた。
「なっ!?」
「警告をしているのに変化をしない…本当に、愚かです。あまりに愚かだ。このまま消え去ることが貴方の救いとなることを理解しなさい」
「何を」
少女が掌を向けた途端、一条の光が男の胸を貫いた。
心臓が体を飛び出して後ろの岩にぶつかる。
べちゃと音を立てた臓器がしばらくして消え去った。
男の体が崩れ落ちる。
地面へ落ちる槍。
少女が指を鳴らすと槍は音を立てて砕け散った。
「哀れな者達へ神の救済を与えます。安らかに眠りなさい」
男の死を慈しみながら少女は空へ舞い上がる。
この日、日本の英雄の一人が命を落とした。
敵からの宣戦布告であることを把握しておきながら大和機関は余計な不安を市民へ与えることはまずいという事から情報を整理してからということで、彼の死は一時的に秘匿扱いとなる。
▼
開発都市から少し離れた所にある廃墟。
そこに宮本夜明と西條吹雪の姿があった。
タキシードとパーティードレスを纏い、薄暗い道を進んでいた。
廃墟しかない場所というのに彼らが礼装を纏っているのには理由がある。
”入口”へ向かっていた彼らの前にサングラスと軽武装のガードマンが待っていた。
夜明は懐から白い手紙を見せる。
ガードマンはそれを受け取ると中身をチェックする。
「ようこそ、白峰様」
「どーも」
偉そうな態度をとって夜明は中へ入る。
白峰という名前は勿論、偽名。
任務中に本名をさらけ出すという真似は避けないといけない。
返されたカードと差し出されるフェイスマスクを受け取り懐の中へしまう。
目の前の扉が開いて中へ入る。
「これをつけるんですか?」
「そうだ」
腕に抱き付いている吹雪へ短く答える。
二人はフェイスマスクをつけた。
しばらくして薄暗い空間から広い会場へ到着する。
数多くの椅子が均等に並べられ、奥の方に中規模のステージが設置されていた。
二人同様に顔を隠した多くの人達が談話を楽しんでいる。
彼らはウェイターから渡されるグラスを飲んでいる。
夜明と吹雪はあまり目立たない席を選んで座った。
ぎゅっと吹雪が抱きしめる力を強める。
「どうした」
「いえ、その……少し」
最後の方は小さく尻込みするような感じだったが、それだけで察する。
「昔の事を思い出したのか?」
西條吹雪は幼い頃にホルダーとしての能力に目覚めてずっと犯罪組織の中で宝石を生み出してきた。
宝石といっても能力に不慣れだった武器の欠片だったのだが捕えた連中は宝石と考えてそれを売買していた。
今いる場所をみて吹雪はその時の記憶がよみがえったのだろう。
「不安です。昔は何も気にしていなかったのに……今の生活がもしも壊れたらって考えるとても怖くて」
「大丈夫だ」
不安そうにしている吹雪の体をやさしく抱きしめる。
人間というのは幸せになるとそれを奪われることを極端に恐れる。
もし、これがなくなったら。
もし、彼がいなくなったら。
もし、今の生活が壊れてしまったら。
それらを考えるだけで人は恐れる。
吹雪も今の生活が幸せなのだ。
だから、恐れる。
もしかしたらと考えてしまう。
そんな吹雪を優しく抱きしめたまま俺は囁く。
「何があっても俺がお前を守る…お前を脅かす奴は何があろうと…な」
「……吹雪は幸せです」
目を潤ませながら吹雪は答える。
顔の半分が隠れてわからないが彼女は笑顔だろう。
『おいおい、話すのはいいけれど、通信機ついているの忘れるなよ』
耳元で聞こえる呆れた声。
「うるさい、そっちの首尾は?」
『順調だよ。おじさんが砂糖を吐き出している間にボクがやっておいたから』
「驚いたな。砂糖を吐き出せるのか」
『そうなんだよ。人間って不思議だよねぇ』
『おい!?俺はそんなびっくり人間じゃねぇよ!言葉の綾だろうが!?なんで真に受けるんだ』
「そろそろ時間だ。通信を一時的に切る」
『あ、こら!』
耳元のインカムの電源をOFFにする。
同時に明るかった室内が暗くなった。
「はじまり、ましたね」
吹雪の言葉に小さく頷いた。
室内が暗くなると同時にステージのスポットライトが一斉に灯る。
タキシードに仮面を隠した男がマイク片手に壇上へ現れた。
「皆さま、本日はよくぞ、お集まりいただきました。これより本日のオークションを開始します」
拍手と共に仮面の男が指示を出すと複数の人によって檻が引っ張られてくる。
ライトが檻の中へ照らされた。
その中にいたのは人間だった。
囚人服のようなものを纏い、死んだような目で観客席を見ている。
「本日最初の奴隷です!」
――奴隷オークション。
夜明達がいる場所は人間を売買する会場だった。
人間を売買することなどありえない。しかし、魔物の出現から治安の悪化、浮浪者の続出、戸籍管理の不備等の問題から人間を販売する商売がいつからか始まってしまう。
存在しない人間をどうしようと文句を言う人間は出てこない。
そういう理由からかより活発さを増して、幅広い年齢層、種類の人間が集められている。
警察はそのことを知らない。
そもそも、一部の上の人間がこの売買に関与している節があり感づいた警察の殆どが買収、もしくは処理されている。
取り締まるべき存在が関わっている時点で底知れない場所。
アンタッチャブルの一つがこの奴隷オークション。
司会者の開始の合図と共に競りあがっていく値段。
どうでもよさそうに夜明はその流れを見ていた。
「どうしたん、ですか?」
「いや、何でもない」
夜明はそういいながらも周りを見る。
どのような物を購入しようか考えている買う側。
誰が購入するのか、これからどうなるのか不安そうにしている買われる側。
その二つしかこの場に存在しない。
奴隷は逃げ出すとか、抗う事をしない目をしている。
さらにいえば、買う側も何も考えていない。
今の流れが当たり前のようにみている。
その状況がひどく気持ち悪い。
夜明が苛立ちを覚えつつある中、目の前の奴隷が落札されて、次の奴隷がやってくる。
「いよいよ本日の大目玉です!」
司会者の言葉に歓声が沸き起こる。
運ばれてきた奴隷は絶世の美女と呼ばれても過言ではない美しさを持っていた。
膝に掛る程の長さを持つ灰と黒の髪。
囚人服の裾から伸びる素肌は傷や染みがまったくみられない。
閉じられている瞼の下から現れる瞳の色は銀。
――絶世の美女。
そういっても過言ではない美女の姿に誰もが息を飲んでいる。
吹雪が不安そうに隣を見た。
周りが美女へみていることから、もしかしたら彼も見惚れるのではないかと危惧している。
しかし、夜明は見惚れていない。
それどころか機械的に美女を見ていた。
「時間だな」
照明が音を立てて消える。
ざわめく観客席。
その隙をつくようにして夜明と吹雪は駆け出す。
会場に踏み込むと同時に吹雪は黒月で檻を砕く。
混乱している美女を夜明は抱きかかえる。
悲鳴をあげない。どうやら戸惑っている様子だ。
美女の顔に催眠スプレーを使って意識を奪う。
意識が朦朧とし始めた所で担ぎ上げる。
事前に頭へ叩きこんでいた逃走経路を吹雪と共に駆け抜けていく。
しばらくして、事態を察したのだろう。後ろが騒がしくなってきた。
「気づかれたみたいですね」
「今のところは計画通り…っと」
出口たる扉を開けたところで夜明は後ろへ下がる。
頭上から影が降りてきたとともに銀色の光が煌めく。
後退していなかったら彼の頭部から煌めく血飛沫が舞っていた所だろう。
「敵は、排除する」
ツギハギ。
それが襲撃者に対する印象に残った所だった。
顔や体の至る所に縫合痕があることを除けばどこにでもいるような人間。
手の中に人殺す凶器がなければという前置きが必要になるが。
虚ろな瞳の男がナイフの先を夜明へ向ける。
「ここは」
「俺がやる」
前へ出ようとした吹雪を止めて夜明が雷切を取り出す。
肩に女性を抱えたまま駆ける。
ナイフが喉元へ迫る。
「遅い」
それよりも早く、雷切の刃が男の体を薙ぎ払う。
紙切れのように男の体が舞った。
しばらくして派手な音と共に壁へ体を打ち付ける。
臓器にダメージがいったのだろう。口や目から血が飛び出す。
それだけで終わればよかったのだが男は起き上がる。
夜明に攻撃を受けて折れている個所もあるというのに男は立ち上がる。
「またか…」
溜息を零しつつ、雷切を構えた所で。
「何やってんだよ」
頭上からもう一人、降りてくる。
彼は手斧で起き上がろうとする寸前だった男の首を刎ねる。
ドチャリと嫌な音を立てて首が地面へ落ちた。
「遅いから迎えに来たぞ」
「……」
「なんだよ?」
「いや、急ごう」
やってきた来栖を交えて夜明達は道端に停車しているワゴン車に向かう。
扉が開いて夜明達は乗り込む。
しばらくして、ワゴン車は走り出す。
「流石、お兄さん。時間通りだね~」
運転席にいるノノアが振り返る。
「どこが時間通りだよ!少ししたら敵がわんさか……」
「遅かったようです」
吹雪が車の外を見て呟く。
「追手です」
後ろから追跡してくる車が何台か見える。
ご丁寧にミラーは特殊性で車内の様子がわからない。
「吹雪、来栖、車の中は任せたぞ。ノノア、外に出る」
「オッケ~!運転は任せてね」
夜明はうざったそうに服を脱いで上着を纏う。
黒のジャケット。
「はい、夜明さん」
吹雪から渡されるゴーグル型のバイザー。
それを受け取って顔を隠す。
宮本夜明から“黒”と呼ばれる掃除屋となる。
車の上へあがりこむと背後の車の窓が開き、銃が現れた。
雷切を抜いて構える。
「邪魔をするなら、覚悟しろ」
――俺は敵対するものに容赦しない。
数時間後。
警察が通報を受けて駆け付けるとそこには壊れた数台の車とこと切れている人間の死体だった。
表に存在する日本の英雄の死が報道される前日の事だった。




