42.未だ、敵の底はみえず
今回でこの章は終わりです。
はやければ明日くらいに次話がかけるかもしれません。
「……俺は……」
急に視界がクリアになる。
左手に重みを感じて視線を下すと伊弉冉を握りしめていた。
それで疑問が浮かぶ。
いつ、伊弉冉を抜いた?
雷切を砕かれた直後に抜いたのか。取り出した記憶がない。さらにいえば、体の節々がさっきよりも痛い。
「夜明さん!!」
「吹雪、みんなは無事か?」
「怪我の大小はあります……でも、死んでいません」
「そうか」
小さく安堵する。
嬉しくてつい、コードネームではなく本名で呼んでしまう。
それだけ彼女達が無事という事実に俺は安心していた。
「この施設から離脱するぞ。長居は無用だ」
「そうだな……てか、お前さっきの力なんだよ!?」
「おじさん、話はあとだよ。爆弾はここに設置しておくからすぐに出ていこう」
『いやぁ、驚いたよ。失敗作とはいえ、完成に近い天使を圧倒するなんて』
隠しているスピーカーがあるのだろう。
先ほどよりも雑音のない声が聞こえてきた。
「悪いけど、ボクらは失礼させてもらうよ。余計な実験につきあうのはこりごりだ」
『ま、今回は良いデータも手に入ったし……あとは、そこの黒いキミ、黒い剣を使ったキミだよ』
「……俺の事か」
おそらく伊弉冉に興味があるのだろう。
生殺する剣。
触れるだけで他者に死を与える。こんな狂った化け物を生み出す人物なら興味を見せるだろう。
しかし。
『キミの名前を教えてよ。少し興味がでて、って、あれ』
最後まで待たずに施設の外へ飛び出す。
後ろで何か騒いでいたが時間が惜しい。
「吹雪、時間は!」
「後、五分!」
「間に合うか!?」
「そうしないとボクらお陀仏だよ!」
「ノノアのいう通り」
吹雪を先頭に俺達は大きな穴から外へ抜け出す。
「こんな穴あったか?」
「本気で言ってんの!?おい」
疑問を漏らした俺へ来栖が呆れた声をだす。
「といいつつ、おじさんは役に立っている回数少ないんだからさ。文句言うのやめようね」
「今更だけどさ、おじさんおじさんいうのやめてくれよ!?まだ二十歳超えたばかりで」
「十代と二十代じゃ、明確に違いあるのを知らないのかな?お・じ・さ・ん」
「オーケー、俺への宣戦布告だな。喜んで相手を―」
「来栖、ノノア、無駄話はそこまでだ」
「「……!?」」
ぎょっとした表情で二人が俺を見る。
「なんだ?」
「いや、お前」
「だから、なんだ?」
言葉を詰まらせる来栖へ訊ねる。
「お兄さん、今、ボクらの事を識別名じゃなくて名前で呼んだんだよ?」
「ん?」
思い返す。
そういえば、少し前まで俺は嵐と蒼と呼んでいた。けれど、前から名前で呼んでいたような。
吹雪へ確認の為に訊く。
「俺はさっき、名前で呼んでいたのか?」
「はい」
「ま、無意識の事だったんだろーな」
「お兄さんの意外な一面発見だね!」
楽しそうに笑う二人。
だが、纏っている衣服などはボロボロ。
小さく笑っている吹雪も傷だらけだ。
――守れてよかった。
自然とそう思う自分がいる。
そのことに驚きながらも、今はその気持ちを大事にしたかった。
「てか、外に出たはいいけれど、どーするよ?」
「そういえば、施設を潜り抜けた扉がないけれど、どうやって元の世界?にもどろっか」
「パパ!」
その時、俺の耳に届いたのはキリノの声。
顔を上げるとぽっかりと開いた空間から顔を見せるキリノの姿がある。
「キリノちゃん!?」
「よくわかんねぇけど、急げ!」
「感謝したくないですが、感謝しておきます」
口々に勝手なことを言いながら俺達は空間を潜り抜ける。
去り際に俺はキリノを抱きかかえて走る。
ある程度、走った所で研究施設は派手な音を立てて爆発した。
「た、助かったぁ」
「どうやら無事に作戦終了…みたいな?」
「これ、報酬おりるんでしょうか」
「さぁな」
肩をすくめた俺の頭は別の事を考えていた。
雷切がおられた事。
一度も折れたことのない雷切。
進化してから俺をずっと助けてくれた刀が折れたという事に少なからずショックを受けているようだ。
刀の性能による問題じゃない。相手が強すぎたという事もある。
もしくは…まだ、俺が。
「パパ?」
「何でもない。助かったぞ。キリノ」
「うん!」
不安そうにしているキリノの頭を撫でて俺は微笑む。
――強くならないといけない。
今度こそ、大切なものを守る。
「ねぇ、お兄さん」
「油断するな」
各々が武器を構えて背中を預け合う。
対応できるように。円陣を組む形。
これも彼らを仲間とみているからだ。
とにかく相手が動く前に武器を―
「なっ!?」
雷切を抜こうとした所でいきなり左手が動いて伊弉冉が現れる。
まるで意思を持っているみたいに刃がある方向を向く。
それと同時に空から複数の影が降り立った。
「おいおい、どういうことだ?俺達が戻ってきたら施設、壊れているじゃねぇか」
「あれ、壊した、黒いの」
「どうやら我々が能力実験中の隙を突かれたようですね」
現れたのは三人の男女。
薄暗い場所でも目立つ純白のローブ。
素顔はフードで隠れていて見えない。
だが、声からして男1、女2といったところ。
「これからどうましょうか」
「別の、場所、移る」
「そうですね。長居は無用です」
「おいおい、何寝言いってんだよ!」
女二人の提案に対して男が叫び、俺達を指さす。
「あんなところに敵がいるんだぞ?施設壊したのもこいつらだ。とっととぶっ殺してやろうぜ!」
叫ぶと同時に男が接近する。
伊弉冉が反応して前へ跳びでた。
「ぐっ!?」
恐ろしいほどの衝撃でバランスを崩しそうになりながら男の腕を切り落とす。
「ぐぁぁぁっ!この雑魚がぁああああああ」
叫びと同時に地面が爆発する。
飛来する破片は風で揺れているコートに突き刺さっていく。
相手は顔を歪めたまま手を繰り出す。
敵対するように剣を振るう。
もう片方を切り落とそうとした所で白い影が乱入。
俺と男は同時に吹き飛ばされる。
「夜明さん!」
倒れた俺へ吹雪が駆け寄り、続いてノノアと来栖が前に立つ。
「飛び出しすぎだぞ!」
「無茶しないで!」
「……すまない」
伊弉冉を地面に突き立てて体を起こす。
「デースィモ、これ以上はいけません」
「邪魔すんな!」
「落ち着いてください。ここで自らの能力を明かすのは悪手です。彼らは満身創痍。力の使徒たる貴方が本気を出せば彼ら等、雑魚以下です。いつでも潰せるはずだ。なにより、我らは教祖様の指示を得なければならない。無駄な争いを起こすというのなら容赦しませんよ」
「ちっ!」
饒舌な女の言葉で男は舌打ちしながら後ろへ下がる。
一撃で俺を吹き飛ばした女がこちらをみた。
「命拾いしましたね。短い時間を貴方達は長く生きられます。その時間を大事にしてください。特に漆黒の剣を持つ貴方」
女性は冷めた目で俺を見る。
「その剣から同胞の臭いを感じます。貴方は使徒の一人にしてクワルトたる私が滅っします。では」
三人は音も立てずにその場から消えた。
俺達はしばらくその場から動けないままだった。
作戦は終わった。
後でわかったことだが、生き残っていた連中は俺達を含めて10人程しかいなかった。
30人くらいの精鋭の三分の二が失われた。
そして、まだまだ厄介な敵が残っているという事を知ってしまった。
――まだ、争いは続く。
新たな戦火の予感は消えることがない。