40.そびえたつ白い敵
「はい!?」
突然の事に来栖が驚きのあまり叫んだ。
流石の俺も言葉を失っている。
建物の中へ入ったと思ったら猛吹雪の中。
誰が想像できただろう。
「これって、夢ですか?」
「嵐の頬を抓ればいい」
「はい」
「ちょ、待て、雪ちゃんにやられたら痛い!痛いってぇえええええええ」
全力で抓られて、来栖、もとい嵐が悲鳴を上げる。
「どうしょっか?黒君。セオリーなら離脱すべきなんだけど」
「後ろの扉がないな」
突入する際に潜り抜けた扉がなくなっている。
これから考えられることとすれば。
「敵の罠…誘われたか?」
「情報が漏れていたってか」
「その可能性がある」
此処で黒土の言葉が形になるとは。
舌打ちしたくなる気持ちを堪える。
「向こうに施設があるようですね」
猛吹雪の中、先を視ている雪の言葉に俺達はひとまず、施設の方へ向かうことを決めた。
「一体、どうなってんだろうな。これ」
「集団幻覚かな?」
「目的地につけば答えはでる。先を急ごう。このままだと凍死だ。凍り付いた死体になりたくない」
「「「……」」」
「なんだ?」
話し合っていた二人が驚いた顔でこちらをみる。
「いや、お前が冗談を言うとは」
「おっどろき~」
「どんな黒さんでも雪はついていきます」
好き勝手なことを言い出す三人を冷めた目でみる。
真面目に人が話をしているのになんという言い草だ。
溜息を零す。
白い息が空へ伸びていく。
まだまだ先は長い。
「研究施設……みたいだけど、人の気配、ないな」
嵐が呟く。
――視線!
装着しているゴーグルを暗視モードへ切り替える。
「どうしました?」
雪の質問に答えず周りを注視する。
しばらく見渡すが何の反応もない。
気のせい、だったか?
「どうしたの?」
「いや、気のせいだったようだ」
そう返す。
一瞬、何かを感じた。
しかし、周りに雪達以外、誰もいない。
――神経質になりすぎか?
慣れない土地の任務で気を張り詰めすぎているかもしれない。落ち着こう。
呼吸を整える。
▼
研究施設の一室、そこに一人の女の子がいた。カラフルな色の上着で全身をすっぽりと覆い、血のように赤いマフラーで首元まで隠している。そして、誰もいない方をじぃっとみている。
傍からみれば壁を見ている変わった子という印象を持つだろう。
実際は違う。
特殊合金で全ての光線を通さない壁の向こうを彼女は“視て”いた。
「何が見えますか?」
「不法入“国”者、そうね。数は20程度かしら」
「いかがなさいますか?」
傍に控えている黒服が尋ねる。
目の前の人物がいなければ即抹殺の指令がおりただろう。
ここは普通の人間が足を踏み入れることがない。できない場所である。“運悪く”迷い込んだとしたら仕方がない事だと諦めてもらうしかない。
生き残らせるという情けはとらない。迷わずに鼠であろうと救済する。
神による救済だ。
「どうせだからここへ呼んじゃおう」
「わかりました」
黒衣の男は頷くと袖口でぼそぼそと喋る。
通信機で会話をしている。
少女は男から壁へ視線を戻す。
フフッ、と楽しそうに笑う。
口がぱくぱくと動く。
あ、い、た、か、っ、た。と言葉を作り楽しそうに笑っている。
話を終えた黒衣の男が少女の異変に気づく。
「楽しそう、ですね」
「……楽しい?」
「えぇ、そうみえます」
男からすれば他意はなかっただろう。
だが、少女にとっては新たな発見だった。
「楽しい、そう、私は楽しんでいるんだ。フフフ」
「………?」
「早く来てくれないかな。楽しみたい、この気持ちをあなたに伝えたいわ」
楽しそう、楽しそうに少女は壁の向こうへ囁いた。
「黒、君」
▼
施設の外壁らしき場所へ到着する頃、俺達の体は芯まで冷え切っていた。
雪を払い落としても落としても、次々と体にまとわりつく。
上着は水分を吸って少し重たくなっていた。
いくらホルダーとして体が頑丈になっていても寒さに耐えることへ限界がある。
建物が見えてきたことは救いだった。
「見張りがいるな……どうする?」
施設の入口を見ていた嵐が訊ねてくる。
俺達の選択肢は酷く限られていた。
「数と装備は?」
「人数は四、肩からぶら下げているライフル、腰にハンドガンとナイフだな。型式はわからないがリボルバーじゃない。後は通信機くらい……視える範囲で」
「なら」
「ボクがやってくるよ」
蒼が静かに手を上げる。
彼女のスピードなら一瞬で撃退することは造作もないだろう。
しかし、寒さで体力を消耗している筈。念を押すようにして訊ねた。
「やれるのか?」
「勿論、任せて」
「なら、やってくれ。但し、服は利用するから汚さないよう頼む」
「オーケイ~」
にこりと微笑んで音も立てずに向かう。
一人でやらせて大丈夫か?と隣の嵐が語っているが彼女も掃除屋だ。こちらへ害を出すことはしないはずだ。裏切り者でない限り。
スキップを踏むように彼女は兵士達の方へ向かう。
一人が近づく蒼に気づくがすぐ動かなくなる。
葬られた兵士に近づいて装備からナイフを抜き取り踊るように次々と兵士の背後に回り首を掻き切っていく。
最後の一人が異変に気づいて叫ぶが既に後の祭り。
「さようなら~」
いきなり正面に立った蒼の手によって命を奪われる。
兵士が感じたのはちくっとした痛みだったのか激痛だったか、それはこと切れた本人しかわからない。
やはり動きからして手慣れていた。
蒼が本気を出した時、彼女が俺と敵対したら双方、ただでは済まないだろう。
敵がいなくなったことから俺達はゆっくりと入口へ向かった。
「一撃で命を絶っているな」
「まぁね~」
「セキュリティーを解除して中へ侵入する。雪、無線を一つ確保しておいてくれ」
「死体はどうする?埋めるか?」
「時間が惜しい、必要な物だけ奪って捨てる…この猛吹雪だ、すぐに埋もれて見つからなくなる」
敵の施設へ潜入、情報を集める。
電撃作戦ともいえる内容の為、余計なことに時間を割きたくない。
本来なら死体を隠してから変装で侵入する。
だが、敵に俺達の動きはばれている、そんな気がした。勿論、確証はない。皆へ話したところで信じてもらえないだろう。
どこか、直感めいた部分が敵にばれていると訴えていた。
「武器は……軽い物だけにしておくか」
ハンドガンと無線機、そしてセキュリティーカードを奪い、残りはそこへ捨てておく。
カードを機械に読み取らせる。
音を立てて入口が開く。
中へ踏み出そうとした所で大きな爆発が起きる。
どうやら強攻策に出た連中がいるようだ。いくつもの爆発が連続している。
「おいおい、派手にやるなぁ」
「指令に施設破壊も構わないという項目がありました」
「なりふり構わずだねぇ~。お兄さん、ボクらも派手にやる?」
「いや、敵が向かってくれている」
通信機から聞こえる指示に耳を澄ます。
慌てているようだが爆破されている方向へ向かえと叫んでいる。
会話の中に急がないと、や、シトという言葉が聞こえてきたが意味不明だった。
「こちらの警備が手薄になる。その隙をつこう」
「了解~」
攻撃によって警備システムの一部がダウンしていた。
各所に設置されている監視カメラのランプが消えている。
俺達はスムーズに奥まで向かうことが出来た。
警備システムが無力化しているということで余計な策を講じる必要がない。外の騒ぎに感謝しないといけないだろう。
けれど、俺の中に不安が付きまとって離れない。
何かが気になる。
引っかかっている。
けれど、確証も根拠もないのだ。
停止している監視カメラを睨みながら通路を進む。
「なぁ、この道で合っているのか?」
「うん!頭に入っている通りだよ」
「外のお蔭か全く敵と遭遇しませんね」
「敵と、遭遇しない?」
ぴたり、と動きを止める。
「どうした?」
「何で、気づかなかったんだ」
施設へ侵入してから一度も敵と遭遇しない。
外の騒ぎが陽動と考える人間がいたとしてもおかしくはない。だというのにこちら側へ兵士が一人も姿をみせていない。
対武器所持者用の兵器も出てこない。だとすれば、これは。
「罠だ」
「夜明さ――」
俺の名前を叫んで雪が戻ろうとするが遅い。
大きな音を立ててシャッターが下りた。
雷切を実体化させておろされたシャッターを破壊しようと振るう。
ギィィインと派手な音を立てて刃が弾かれる。
シャッターに傷一つつかない。
「特殊合金でできた隔壁みたいだな……おそらくバイオハザード対策も兼ねている」
壁をつついて来栖がいう。
耳元のインカムで二人へ連絡を取る。
「雪、蒼、無事か?」
『私達は大丈夫です』
『目の前のシャッターが降りただけみたいだから、迂回すれば合流できると思う』
「危険度が増すが目的地で合流しよう……命の危険を感じたらすぐに施設から離脱しろ。十分ごとに連絡しよう」
『わかりました……黒さんも気を付けて』
「そっちもな」
通信を終わらせて別の通路へ向かう。
「なぁ、罠ってどういうことだ?」
「俺達はここにくるまで一度も兵士と遭遇しなかった」
「そりゃ、外で騒ぎがあるからだろ?それで罠って断言できるか?」
「警備の一部が手薄になる。だとしてもここは薄くなりすぎだ。侵入してくださいと言っているようなものだ」
「だとしても、これが罠の証拠なんて」
ガタンと音を立てて前の隔壁が降りる。
別の通路へ向かうがすぐにシャッターが落下して阻まれた。
「これでも罠じゃないといえるか?」
「……だな」
肩をすくめながら誘導されている道を進む。
監視カメラの機能が死んでいる筈なのに、どうやって俺達を誘導しているのか?その疑問を残しながらも通路の先を睨んだ。
夜明と分断された雪と蒼こと吹雪とノノアは狭い通路を歩いていく。
「うーん、お兄さん達と分断されたけど。狙いはどっちなんだろうね」
「狙い、ですか?」
先を歩くノノアの言葉に吹雪が疑問を含めて訊ねる。
「四人いるボクらを分断させたいが為に隔壁をおろしたのか、それとも誰かを狙うために分断させたのか、気にならない?」
「……夜明さんの危機なら」
ノノアの質問に吹雪はぽつりと返す。
雪=西條吹雪にとって黒=宮本夜明の存在は命よりも大切な存在。
彼の為なら命を捨てる。
夜明の信頼度メーターは振り切れている。
既に恋人という地位を築いていても吹雪の中で不安は消えない。
あの女が生きている限りこの不安は続くかもしれない。
最初の頃もかなり振り切れていたが武器喰い、アロンダイトの件を通して、あの風呂場の出来事から彼へどっぷりと浸かり込んでいる。
半分隠れていてもわかる程、その顔は恋慕に染まっていた。
そんな吹雪の表情を見てノノアは小さく笑う。
「そっかぁ、吹雪ちゃんは可愛いねぇ」
「いきなり……なんです」
「べっつにぃ~、掃除屋になっている連中の中で信頼できる子だね。吹雪ちゃんは、って思っただけだよ~」
「そうですか、私はどう思われても構いません……ただ」
吹雪は振り返ると同時に大剣を繰り出す。
刃はノノアのすぐ横を通過する。
ザクリと肉を切る音。
横を見れば兵士の頭を刃が貫通している。
飛び散る鮮血。
動かなくなる人を見てもノノアは表情を変えない。それどころかますます笑みを深める。
「私は夜明さんに敵対する存在は全て潰します。相手が神様であろうと容赦なく斬ります、出来るなら貴方はそっち側につかないでもらえると嬉しいです」
吹雪にとって“全て”は夜明の為。
吹雪の“守るべきもの”は夜明のみ。
掃除屋や組織の為など関係ない。
彼女は“宮本夜明の命”を脅かす存在を決して許さない。それがどのようなものであれ叩き潰す覚悟を持っていた。
「何でかな?」
わかっていながらノノアは尋ねる。
血を吸っても輝きを失わない大剣を引き抜いて吹雪はいう。
「貴方は強い。斬るのは骨が折れそうです」
嘘を伝える。
本当は違う。
――少し、気に入っていますから。
本音を言えば付け込まれる可能性があった。何より伝える必要はないと考えたのだ。
「あははっ、やっぱり吹雪ちゃんは良い子だね。大丈夫!ボクは他の連中みたいに目的があって行動しているわけじゃないから敵対する理由もない。何よりお兄さんに興味があるからね。殺そうなんて言う気持ちはないから安心して~」
嘘はいっていなかった。
掃除屋になった経緯を思い返しながらノノアはいう。
彼女は目的があって掃除屋になったわけではない。淡々と命令をこなしているがそこに感情がない…というわけではない。付け加えるとノノアは宮本夜明に興味がでていた。
それがどういった対象なのか本人もわかっていない。
――楽しそう。
この気持ちが勝っていてノノアは吹雪に敵対しないことを宣言した。
「一応、信じておきます」
笑みを絶やさずにノノアはレイピアを抜く。
ぞろぞろと複数の靴音が近づいて来る。
「こっち、ボクが全部倒すね」
「わかりました」
武器を構えてやってくる兵士達をみて二人は地面を蹴る。
弾丸よりも速く、曲がり角から現れる兵士達へ自らの武器を繰り出す。
攻撃を受けた兵士達は悲鳴を上げることなく地面へ倒れる。
床へ赤い液体が広がっていく。
しかし、すぐにむくりと体を起こす。
「普通の人間、なわけないか」
「急所を突いたのに起き上るということは、これが対武器所持者兵器でしょうか?」
吹雪達の手によって命を奪われた兵士達のはずが再び起き上がり武器を構えた。
開ききった瞳孔、致死量の血液が地面へ流れている。
だというのに彼らは起き上っている。
背中の皮膚を破くようにして触手が現れた。
「どうしょう?」
「燃やしますか」
「密室だから熱いのは嫌だなぁ」
「では、戦略的撤退です」
壁に向かって大剣を振る。
派手な音を立てて壁が裂ける。
バイオハザード対策が施されていなかったのか、吹雪の力がそれを上回ったのかは定かではないが退路ができた。
吹雪とノノアは迷わず壁の向こうに飛び出す。
彼らはふらふらと歩き出そうとしてそのまま崩れ落ちた。
「何か、怪しい研究部屋みたいな所ついちゃったけど、どーするよ」
「ここが問題の場所か確認、そうなら破壊、どちらにしても破壊だな」
吹雪達と分断された俺達は誘導された通路の先、何かの研究室へたどり着いた。
定期連絡を取ろうとするが彼女達と連絡が取れない。
何かあったのだろうか?
「どーする?」
「中へ入ろう。周囲の警戒を頼む」
「あいよ」
研究室の扉はあっさりと開いた。
中へ足を踏み入れた俺は漂う臭いに顔をしかめる。
続いて入ってきた嵐も同じ表情になる。
「なんだよ、この臭い」
戸惑う嵐と別にこの臭いがわかった。
知っていたという方が正しい。
掃除屋として、それ以前、奴に殺された時から忘れることのできないもの。
「死の臭いだ」
室内に人はいない。
けれど、壁や床に広がっている染みからかなりの命が奪われたことはわかる。
「胸糞わりぃぜ」
机上に置かれている資料へ目を向ける。
資料は気分をさらに悪くさせる内容〈もの〉だった。
『使徒作成における研究内容』
敵対組織は武器所持者と戦える兵器を作っていた。兵器の名前が“天使”もしくは“使徒”というものだとわかった。
資料に目を通したが実験内容について記されているだけで天使がどういったモノなのかについての記載は一つもなかった。
わかったことは多くの命の上に“それ”は作られているという事。
俺は資料を握りつぶす。
「夜明!」
嵐の叫びに振り返る。
彼は別の部屋へ足を踏み入れていた。
「どうした」
「この子達………まだ生きているぞ!」
隣の部屋は被験者を閉じ込めておく部屋なのだろう。
白一色の手術着、腕に番号が刻まれたブレスレットがある。
――被験体No54321。
体の肉がほとんど失われており服をめくれば骨が浮き出たガリガリの体が目に入る。左腕の一部分は注射痕が無数に残って肌色が変色している。
脈を測ってみるとまだ息がある。
「待っていろ、すぐに安全な場所へ」
「ダメだ」
子ども達を担ごうとする彼を止める。
「なんだよ!まだ助か――」
「いや、助からない」
嵐の言葉を遮る。
何度も人の死をみてきた俺はわかった。
この子達は手を施しても助からない。
意識があれば奇跡に等しい程の衰弱ぶりだ。
医者がいたとしても不可能、この命は救えない。
消え行く命をつなぎとめることはできない。
「ふざけんな」
しかし、彼は納得できないようだ。
人間として当然の反応だろう。
「まだ、助かるかもしれないんだ!やってもないのに諦めたこと言うんじゃねぇ!」
「では、これからどこへ連れていく?」
「それは……とにかく外に」
「雪が吹き荒れる外へ?只でさえ衰弱しているのに命を無駄に散らすだけだ。外へ連れ出しても日本かすらわからない場所だ。余計に体を衰弱させるだけだ」
「じゃあ…じゃあ、どうしろっていうんだ!」
イライラが募り拳を壁に叩く。
俺はそれをみても淡々と喋る。
「ここで楽にしてやるしかない。俺達にこの子を救える手段はない」
意識を失っているのなら苦痛を与えないように眠らせてあげよう。それが自分に出来ることだと暗に告げる。
すると嵐が呟いた。
「そうか………お前は、そうなのか」
背を向けたまま雷切を抜く。
――一撃で彼らを眠らせる。
ギィィィンと金属音と衝撃が手に伝わる。
「何の真似だ」
手斧で雷切を防いだ嵐、来栖来駕の姿があった。
激しい憎悪に染まった瞳でこちらを睨む。
「お前は裏切り者だったんだな」
予想外の言葉を来栖は放った。
「なに?」
来栖の告げた“裏切り者”というワードに俺は反応した。
おそらく黒土から聞いていたのだろう。しかし、裏切り者という言葉を俺に向けられる理由がわからない。
疑問の表情を浮かべている俺へ来栖が詰め寄る。
「黒、いや、宮本夜明、何でここの子ども達を消そうとする」
「助からないからだ」
「何故、断言できる!」
抱えている子どもを落とさないように腕へ力を入れて来栖が問いかける。
「もしかしたら助かるかもしれない命だ!なのに、お前はその命を見捨てようとしている。何かばれたら困る事があるんじゃないのか?」
「そんなことはない」
「この組織に裏切り者がいる。今この場で最も怪しいのはお前だ」
抱えていた子供を下すと手斧を構える。
俺は来栖来駕の目を見た。
それから手の中にある雷切を放り投げる。
「何の真似だ?」
怪訝な表情で尋ねる。
手斧を構えたまま来栖が訊く
いきなり武器を捨てたことに困惑しているのだろう。
「俺はお前とやり合うつもりはない」
「だったら、だったら!その子達を助けることを」
「無理だ。この子達は助けることはできない」
「やってみねぇとわかんねぇだろうが!!」
怒号と同時に室内が揺れる。
対峙していた俺達が入ってきた方をみた。
既にこと切れている子どもの遺体がふらりと体を起こしていた。
閉じていた目が開く。
瞳孔が開いて濁りきっている瞳。
パカッと子どもが口を開ける。
みえたのは白一色。
本来なら赤い舌がみえるはずだった。
しかし、出てきたのは刃のように鋭く尖った物。
それが来栖の心臓目がけて迫っていた。
俺は駆け出す。
「ずっぅ」
肩に激痛が走る。
落とした雷切を拾うと同時に投擲する。
派手な音と共に刀が少年だったものに突き刺さる。
バカァと皮を破り、本性を現すように少年だったものの顔から化け物が現れる。
口から上半身だけをだし、顔の部分はのっぺらぼうで、手の部分は鋭い爪が数本並んでいる以外に特徴がない。
「なんだ、コイツ!」
「来栖、今の動き、みえたか?」
「……いや」
相手が何なのかわからない上に頭部を破壊するつもりで投擲した雷切が弾かれた。
それだけでかなりの強度と威力を持っていることがわかる。
動きをとらえきれなかった来栖では瞬殺されるのは目に見えていた。
そうなると―
「お、おい……」
「俺が奴を殺す。お前は離れていろ」
――走る。
盗んだ銃を化け物に向かって発砲―弾丸は化け物の額に突き刺さるかと思いきや先端が凹んで落ちていく。
並の硬さではない。
通常兵器は効果なしのようだ。
「グァアアア!」
唸り声と共に飛びかかってくる。
伸ばされた手を掴んで投げ飛ばす。相手の勢いを利用した。
立ち位置が変わる。
天井に刺さっている雷切を抜く。
くるりとその場で回転。
勢いを利用して化け物の首を刎ねる。
――首が飛ぶ。
血は出ない。
これで終わりだと思いきや首が落ちたというのに化け物はまだ動く。
びくびくと体を痙攣させながら左右の腕を動かす。
「斬る……だけでは倒せないか」
刀身に雷を纏わせる。
獣のように唸る雷を繰り出す。
放たれた雷は少年だったものを無力化―
その命を奪う。
未だに活動を続ける化け物へ再度、雷切を振り下ろす。
派手な音を立てて今度こそ動かなくなる。
「………」
バラバラになった少年の亡骸をみる。
雷切によって体の殆どが消失していた。
「夜明……お前」
「ここは破壊する。さっきの化け物がまた現れるかもしれない」
「あぁ」
俺の言葉に来栖は反論せず頷いた。
持っている道具から爆薬を作成する。
外へ出て、爆破させる。
派手な音と共に部屋が吹き飛ぶ。
「……ぐぅぅ」
部屋がなくなったのを確認したところで肩に激痛が走る。
崩れ落ちた俺へ来栖が駆け寄った。
「お前、酷い怪我じゃないか!」
「少し休めば治る」
「ンなわけあるか!手当てするぞ」
来栖が上着を無理やり脱がして傷口へ手当てを始めようとする。
その手を押し戻す。
「自分で出来る」
彼の手当てを拒絶して自分で治療を始める。
壁にもたれて座る俺達の間に会話はない。
化け物の攻撃は幸いにも皮膚の表面を抉る程度、簡易的な処置で済む。
問題があるとすれば毒が混入していないか―
腰のホルダーから小型の注射器を取り出して肩に刺す。
簡易的な処置…何もしないよりマシだろう。
包帯を巻いて上着を羽織る。
その時になってようやく来栖が口を開いた。
「その、なんといえばわからんけど、すまん」
「謝罪されるようなことを受けた覚えはない」
「っ、けど、俺のせいでお前は」
「これは俺の不注意が招いたものだ。何より掃除屋は基本的に単独行動、この怪我も自身が未熟だったことで招いた結果だ」
裏切り者がいると黒土から聞いたせいで疑心暗鬼になっていたことは追及しない。
俺だって未だに裏切り者がいるかもしれないと警戒を続けている。
間違いがあっても仕方ない。
「……あぁーくそ、夜明は強いな」
「俺は強くない」
来栖の言葉を否定する。
俺は強くなんかない、
失ってばかりだ。
「いや、覚悟の方だ。俺なんかよりガッチガッチじゃねぇか」
「……」
「掃除屋になった理由の一番は両親が糞くらえな連中だった」
ぽつりと来栖が漏らす。
それは己の過去。
来栖来駕という人間の人生。
本来なら秘匿する情報≪ないよう≫だ。
「頭の中にあるのは金、金、金、俺や弟、妹なんかの世話は二の次だ。そんな奴らが何で金を稼いでいたと思う?慈善事業だぜ?表は人の為、やさしさを失ってはならないとかいいながらその裏で阿漕な商売に手を染めていた―」
どこまでも腐っている大人達。
そんな世界の中で来栖は下の弟、妹の為だけに生きていたそうだ。
だが、それも奪われた。
「連中は臓器売買に手を出した。理由は知らねぇ、俺が気づいた時には大切な弟妹の体にぽっかりと穴が開いていた」
その手は来栖にも伸びた。
恐怖で支配された時に彼はホルダーとして覚醒。
自衛のために周りの連中を皆、消した。
「それからずぅぅっと夢にあいつらが出て来るんだよ「どうして助けてくれない」「苦しい、痛いよ」って耳元で囁かれる。俺はそれから逃れるためにここにきた……お前みたいにヤる覚悟をもっているわけじゃない。只、逃げたいが為にここにいるんだよ」
「さっきの子達がお前の家族と重なったのか?」
「あぁ」
質問に来栖は頷いた。
異常なまでの子供を救済しようとする行動、その裏は歳の近い彼らを救うことによる自己満足、いや自己救済したいという気持ちから。
「その結果がこれだよ。あんな化け物を助けようとしていたなんて……どこまで自分に甘いんだろーな。俺は」
「あら・・・・いや、来栖、お前は勘違いをしている」
「勘違い?」
「そうだ。俺は覚悟なんて言う大層なものをもって掃除屋になったわけじゃない。ただ、復讐のため、奪われない為、敵対する奴らを全て消すため…にいる!常に悩んでいるお前より性質が悪い」
白い奴に大切な友が、全てを奪われて―、一度蘇った。
命令の為だけに動く人形。
宮本夜明という存在の意思はそこへ関与しない。
言われたことをこなすだけ。
常に苦しんでいる来栖と比較すれば人間らしいのは――彼だ。
「お前はちゃんとココにいる。俺なんかと違ってちゃんと自分の足で生きている」
呆然としている来栖の顔を見た。
「俺は先を急ぐ、休みたいならもう少し休め」
壁に手をつきながら移動を始める。
しばらくして靴音が近づいてきた。
「あーぁ、お前って嫌な性格しているよ」
「……」
「無視かよ!?」
騒ぐ来栖を無視する。
まもなく、目的の場所。
「っ!」
まただ。
周りへ視線を向ける。
監視カメラは機能停止中。
他の人の気配もない。
だが、視られている。
根拠はない。けれど、視線を感じる。
誰だ。
誰が俺を見ている?
「お、おい!」
後ろから叫ぶ来栖を無視して走る。
直感、野生の勘、言い方は色々だ。
急がないといけない。何かが俺を前へと進ませる。
道を阻むように隔壁が降りようとした。
完全に降りる直前に滑り込む。
目的の場所だ。
白い姿を視た途端、俺の頭の中は激しい憎悪に支配された。
広い空間、ドームのような場所の中心。
そこに奴がいた。
俺の全てを奪った白い存在だった。