39.不意打ち
「ねぇ、貴方の夢は何?」
もう遠い昔、仲間だった一人に問われたことがある。
この時の俺は夢なんて子供染みたものを考えていなかった。
頭を支配していたのは魔物を殺す力。
奴らを殺せるだけの強さを欲する事だけ。
力を手にするために血反吐を吐くような訓練の毎日の中で夢なんて言うくだらないことを考えていられなかった。
体が出来上がっていない中で何度も体を潰すようなことを繰り返していく。仲間の一人と話し始めたのはその訓練がひと段落ついた夜の時だった。
他の仲間達が倒れて動かない中で、俺達は空に浮かぶ月を眺めている。
やることがなかったというのもあるだろう。
訓練は終了して後は体を洗って寝るのみの時間。
ここに娯楽など存在しない。あるのは死ぬかもしれないという恐怖や力を欲する愚鈍な者達だけ。
ひと時の時間、俺はそいつの質問に短く返す。
「興味ない」
「私ね」
返事をしたというのに相手は話を続ける。
どうやら喋りたいらしい。
ボロボロの刀を鞘に戻してそのまま肩へのせる。
「私の夢はこの空の向こうへ行く事」
「は?」
突拍子のない発言に流石の俺も無視ができなかった。
「空の、向こう?」
「うん」
相手は笑みを浮かべて満天の星空を眺めながら言う。
「私は、この空の向こうへ行きたい。誰も知らない世界を見てみたんだ」
「…そうか、まぁ、頑張れ」
――どうしてこんなところにいるのか。
空の向こうへ行きたいと言っている仲間をみて、そんな考えを浮かべてしまう。
此処は人を殺すための技術を学ぶ場所。
夢や希望という言葉は不要。存在しるのは相手をいかに殺して、自分が生き残るかという事のみ。
そうして掃除屋となる資格を得る。より強い力を手にすることが出来る。そんな場所だ。
はっきりいって場違い。
目の前の少女の言葉はこの場において酷く歪さを持っている。
本来なら距離を置かないといけない。
けれど、この時の俺は少し、ほんの少し興味を持った。
「知らない世界を見て、どうしたい?」
「自分が生きているんだという実感が欲しい、かな」
復讐しか考えてこなかった俺の中で何かが生まれた。
だから、俺は――。
「おい、夜明、訊いているのか?」
「ん…あぁ、すまない」
来栖に肩を叩かれる。
顔を上げると心配した様子でみられていた。
「大丈夫ですか、夜明さん」
「なんか、真剣な顔していたけど~」
「いや、何でもない」
車の揺れでつい眠りについていたようだ。
心配する吹雪達へ大丈夫と言いつつも俺の中は驚きで一杯だった。
廃れていた記憶。
完全に忘れ去ったと思っていた事をまだ覚えていた事。
あの時、消し去ったと思っていたのに。
俺の表情から何かを読み取ったのか来栖が口を開く。
「気ィ引き締めろよ。これから任務なんだからよ」
来栖の咎めるような言葉に俺は沈黙で返す。
俺達はこれから任務で敵地へ向かう。
他の掃除屋と合流をするためだ。
しばらくして車が目的地へ到着する。
既に様々なルートで到着している掃除屋連中の姿がちらほらとある。
その中で何よりも目を引くのが。
「うわぁ~、大きな輸送機だね」
「これに乗って侵入ですか……他の連中も入っているようです」
輸送機のタラップから乗り込んでいく掃除屋らしき姿がある。
空から攻め込むのだろうか?
大規模作戦ということあってかなりの数を投入させるらしい。チームを組ませるだけあって当然か。
「おい、本当に大丈夫か?」
「少し考え事をしていただけだ。気にしないでくれ」
大丈夫と何度も返して輸送機へ向かう。
忘れたはずの記憶と黒土の言葉が脳裏をよぎった。
――『どうやら組織に裏切り者がいるようなんだ』
あの夜の電話が片隅で疼いていた。
「裏切り者?どういうことだ」
『そのままの意味だよ。どうやらこちらの動きが敵に読まれているみたいでね。後手に、後手に回ってばかり……スパイが紛れ込んでいると考えた方が当然だろ?』
「そうかもしれない、だが、目星はついているのか」
『まぁ~ね』
「誰だ?」
『なーいしょだよ』
確証はないから言えないと黒土は濁す。そして告げた。
『今回のミッション、どこに裏切り者がいるかわからないから十分に警戒してほしい。そうしないと、キミは全てを失うことになる』
――全てを失う。
俺は一度、魔物によって全てを失った。
あの時を含めたら二度になってしまうだろう。
失う事の、奪われることの恐怖、無力感を知っている。だからこそ、俺は力を欲した。奪われないよう、歯向かうだけの力を求め続けた。
だから、奪う者達を許さない。
再び燃え上がる憎悪の感情を鎮静化するべく輸送機のシートへ腰を下ろす。
じろりと視線が一斉に集まる。
周りにいる連中は自分よりも一回りも二回りも年齢が上だ。
「あいつも掃除屋か?」
「まだ餓鬼だぞ」
「大丈夫かよ?てか、あの恰好、もしかして」
「マジか?」
呟かれる言葉に耳を貸さず目を瞑る。
「おい、坊主、お前も掃除屋か?」
身長180センチを超える男がニヤニヤと近づいて来る。
「だったらなんだ?」
「今すぐこの輸送機から降りることをお勧めするぜ。これから向かう先は死と隣り合わせ。お前みたいな餓鬼はすぐ野垂れ死ぬことになるぞ」
挑発めいた言葉、いや明らかに挑発しているのだろう。
男の取り巻きもニタニタと汚い笑みを浮かべている。
任務の前の暇つぶし、みたいなものだろう。
弱者を脅して優越感に浸る。それだけで俺に絡んできている。
「アンタに関係のない事だ」
突き放すように相手を拒絶する。
定かではないが今の俺は虫の居所が悪い。こんなつまらない話に参加するっていう気分はなかった。
「ンだとぉ」
ザクンと顔のすぐ横に剣が突き刺さる。
絡んできた相手が実体化させた武器だ。
「おい、餓鬼ィ、今すぐこの輸送機から降りろ」
「挑発の次は脅迫……最後は武力か?」
「こ、の、餓鬼ィィィィィィィィ!!!!」
真っ赤に染めた男が剣を抜こうとする。
「どうした?俺に斬りかかるんじゃないのか」
刺さっている刃を掴んだ。
必死に抜こうとしているが剣がぴくりとも動かない。
男が顔を真っ赤にしても剣は抜けなかった。
俺が手を離すとズドンと大きな音を立てて男が尻もちをつく。
「どうした?腰でもぬかしたのか」
ドッと周りで笑いが起きる。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「餓鬼相手になんてザマだぁ?」
嘲笑に中心の男の顔がこれでもかというほど赤く染まる。
吹雪達がやってくる。
「夜明さん?」
「どうしたの~」
「何か、騒がしいな」
「さぁな、どこかの誰かが転んだんじゃないか」
俺の言葉に尻もちをついていた男が離れる。
最後に憎悪の視線を飛ばしてくるが涼しい顔で応対した。
来栖達が腰かける。
「一応、作戦の確認な」
「輸送機が研究施設のある高度二万フィート上空からボク達が降下」
「指定されたポイントに降り立ち、それぞれが施設へ侵入」
「別動隊が爆弾を設置している間にデータ収集、時間が過ぎたら研究施設を破壊する。後は回収ポイントへ向かう」
それぞれが作戦の内容を確認する。
普段なら一人で頭に叩き込むこと、けれど仲間がいる為、間違いが起きないよう調整していた。
一人で行動する時と違う事だと改めて思い知らされる。
俺は他の連中と行動するのだ。
「しかし、全員殺気………というか、ヤル気に満ち溢れているな」
「黒土の話によれば、今回の任務の報酬は達成したチームへ与えられるという事だ」
「それはいつもと変わらないのでは?」
「吹雪の質問は最も。但し今回は達成した人間の求める額が用意される」
本来なら上が決めた額が与えられる。今回はその逆、俺達が求める金額を組織が支払う。
その気になれば一生遊んで暮らせる金額が手に入るという事だ。
「うわぁ~、それならお城が買いたい人はその額を要求できるわけだね!」
「ノノアちゃんさ、城を買いたいの?」
「ううん、例えばの御話~」
「「(目がマジだった)」」
俺と吹雪は同時に思った。
「パパ」
くいくいと袖を引っ張られる。
膝の上へ腰かけているキリノが純粋な瞳で見上げていた。
「どうした」
「にんむ、頑張ったら喜ぶ?」
「いいや」
キリノの頬を触りながら首を横に振る。
「キリノが無事の方が俺は嬉しいよ」
「わかった、パパの為に頑張るね」
「…あぁ」
微笑みながらじゃれてくるキリノを撫でる。
本来なら任務へ参加する必要のないキリノだが、離れたら泣きじゃくる以上、どうしようもなかった。
大人しくしていることと、掃除屋になる為の訓練と考えればいい。
コイツを殺そうとする奴がいれば俺が始末する。
それだけのことだ。
他愛のない話へ花を咲かせてそれぞれが時間を潰す。
中には張りつめていた空気が緩んできたのか賭け事を始めている連中の姿もあった。
――学校を欠席したな。
ふと、水崎姫香が心配している姿が過った。
心優しい彼女のことだ、隣が空席で気になっているだろう。
そもそも、俺はこれが本職であって学生はおまけの筈。それがどうして、こんなどうでもいいことを俺は気にして――。
「………夜明さん?」
「何でもない、あと、これから作戦だ。コードネームで呼び合おう」
「あ、黒さん」
目的地が近づいている為に各々、所持道具のチェックを始める。
ベルトの仕込みワイヤー。コートに仕込んでいる暗器のチェック。
連絡用の通信端末を耳へはめ込む。
特定の周波数のみでしか連絡を取ることが出来ない機械。
丁度、全員がチェックを終えたその時だ。
降下時間となる。
俺達はそれぞれパラシュートを背負って飛び出す。
キリノは俺の胸部にぎゅっとしがみつく。
念のため、ベルトで固定しているから離れる心配はない。
空から見える町は所々明かりが消えている。
正確に言えば人が住んでいない。
再開発が行われている地域から少し出ればそこは廃れた場所が広がるのみ。
そこに人は住もうとしない。
ゆっくりと俺達は地上へ降りる。
「キリノ、俺がいいというまでここで待っていられるな?」
「……うん」
「もし、何かあればこの通信機で連絡するんだ。いいな?」
コクンとキリノが頷いたことを確認して俺達は少し離れた所の研究施設へ向かう。
「既に多くの人が入り込んでいるみたいだね」
スコープで施設を見ている蒼が呟く。
「ま、俺達のやることは変わらない訳で…どーするよ?」
「あそこから行こう」
警備の薄い場所を指す。
「ま、その通りだな。急ぐとするか」
俺達はそういって施設の中へ突入した。
施設の中は猛吹雪だった。




