37.先制攻撃
基本的な更新は水曜日と週末を予定します。ただ、友達からの依頼で作品を一つッ書き始めているので更新がずれていく可能性があります。
仲間として行動をするためにマンションで生活を始めることとなった翌日。
朝から騒ぎが起こった。
「お前、嫌い、死ね!」
「そっちこそ、吹雪の夜明さんを独り占めするなど万死に値します」
ガシャンと派手な音を立てて繰り広げられる吹雪とキリノの喧嘩。
念のため用意しておいたヘルメットにカタンとナイフが突き刺さる。
「な、なぁ、これ、お前なら止められるんじゃねぇの!?」
「そうだよ!喧嘩の原因はお兄さんなんでしょ!何とかできると思うんだけど」
豪華なテーブルの下、隠れている来栖とノノアが訴えてくる。
飛来するボールを躱してパンを頬ぼる。
俺と吹雪の生活の中にキリノが混ざってからこの喧嘩は“よく”起こっていた。
はっきりいって最初は止めていた。
けれど、俺の知らない所で始めたり、終いに公園一つを粉砕しかねない事態になったこともある。
目の前で繰り広げられている喧嘩は実にしょうもない理由だ。
「吹雪だって夜明さんと寝たかったのに!なんでお前みたいなチミッコがぁ!」
「うるさい、お前、邪魔、パパ、私の」
「黙れ黙れ、黙れぇえええええええええええええええ」
「吹雪ちゃんが怨霊になっているような気がするよ」
「お前、彼氏なんだからホント、早く止めろよ!うわっ!?」
外野の訴えを無視して牛乳を飲もうと手を伸ばす。
放たれたボールがグラスを壊した。
手が空を切ったことに流石の俺も苛立つ。
「お前ら」
――いい加減にしろ。
二人の頭へ拳を叩きつける。
「俺、彼女を作る時は普通の子にするよ。絶対ヤンデレとか独占欲強そうな子にしない」
「勝手にしろ」
昼食の買い出しのために俺と来栖は外へ出ていた。
マンションは、二人の喧嘩で酷いことになっていることからノノア達が片づけをしてくれている。
俺達は料理をしてくれる二人のために食材の買い出しをすることを決めた。
書かれていたリストのものを決められたスーパーで購入した俺達、あとはマンションへ戻るのみ。
なのだが、少し問題がある。
「何だよ、この行列というか、輪は」
来栖が悪態をつく。
目の前、まるで“アイドル”や“芸能人”が現れたかのように多くの人が道を塞いでいた。
「成程」
人ごみの隙間からみえた人物を見て俺は状況を理解した。
「誰だった?芸能人?」
「今を騒がす人物ではあった」
「ん」
首を傾げている来栖。
相手が誰か予想できなかったのだろう。
俺は別の道を行こうと提案しようとした時だった。
「夜明君!」
去ろうとした時、人の列を切り裂くような声がかけられる。
その時の俺は嫌なものを見た表情だろう。
人ごみをかき分けるようにして現れたのは銀髪の少女。
白いワンピースに青い上着という格好だが、それでも目の前の美しさが損なわれることはなかった。
水崎姫香。
学校においてアイドルのような扱いを受けている少女。
少し前に空の女王の攻撃を防ぎ、多くの人命を救った、新たな英雄として騒がれている。
今やその名前を知らぬものはいないといわれるほどの有名人。
その少女が俺の所へやってくることは余計な騒ぎになる。
「おい、何だあの男?」
「友達かしら?」
「それにしては目つきとか髪の色…不良じゃないのか?」
ひそひそと囁かれる言葉は全ての俺の耳へ届いていた。
はっきり言ってよくない印象を持たれているようだ。
そくささと離れたい気持ちになるが相手はそれを許さない。
「奇遇だね。こんなところで会うなんて」
「そうだな、仕事の帰りか?」
笑顔で話しかけてくる水崎姫香。
流れる銀髪は太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
俺がどう思っているかなんて露とも知らないそんな表情だ。
「仕事なんてそんな大層なことをしてないよ。いつもの訓練を終えた帰り道だったんだけど、うっかり変装用のメガネを外しちゃって」
「それでこんな騒ぎか」
「先輩達からも注意しろって言われていたんだけどね」
「そうか、それは大変だな。俺は忙しいからそろそろ」
「え、何かしているの?」
「買い物帰り」
「じゃあ、マンションへ戻るんだよね?私も」
「わるいけれど、大学生の知り合いを待たせているから…」
離れて様子をうかがっている来栖を指す。
このままでは水崎姫香に絡まれたままになってしまう。さっきから外野もうるさい。警察を呼んだ方がいいんじゃないかと囁きまで届いている。
速く離れるべきだろう。
色々とうるさくなってきた。
「あ、あの人は知り合いか、何か?へぇ、夜明君にも」
「急いでいるから、じゃ」
拒絶するようにして伸びてきた彼女の手から逃れる。
窺っている来栖に行くぞと言って歩き出す。
俺の態度に外野がまた騒いでいるがそれは別問題でいいだろう。
「少し、乱暴な態度だったんじゃないか?」
「彼女は表の英雄だ。俺が関われば色々と問題が起こるんだよ」
水崎姫香、銀色の閃光とも呼ばれる英雄となってしまった彼女は様々なメディアへ引っ張りだこになっている。
空の女王を倒して国を繋げた英雄。
制空権を取り戻したことで国交貿易は前よりも増してきている。その立役者である彼女と裏の汚れ役たる自分が接することは大きな問題につながる可能性がある。
だからこそ、最低限の接触で済ましたい。
しかし、彼女はそれをよしとしない。
何故なら、失われた記憶の内容を知ろうとしているから。
あの時、キリノを狙って現れた空の女王との戦いの途中、彼女は黒たる自分を夜明と呼んだ。
記憶が戻ったのか?そんな不安もとで行動を起こした結果、彼女は記憶を取り戻していなかった。だが、それを誘発させるトリガーが彼女の部屋に残っていたのだ。
日記が理由だった。
一日の終わりに彼女は日記を書く。
頭から記憶を消し去っても書いたモノまで書き換えることはできない。
日記の内容を見た彼女は自分の記憶が失われていることを知り、それを確認するべく黒、俺に話をきこうとしていたのだ。
携帯端末にも遺書として残そうとしていたボイスデータがあり、彼女はそれで俺がホルダーだという事を知った。
しかし、機関に俺は登録されていない。何か秘密があると踏んで俺と二人になって情報を得ようとしている。
自分の失われた記憶を得るために。
何か大事なものを取り戻そうと足掻いているかのように。水崎姫香は動いていた。
「まぁ、掃除屋たる俺達が表に関わるのはマズイけどさ、いくら何でもあんな態度だと敵を作り続けるぞ?」
「敵…ね」
自嘲気味に笑う。
「敵を作ることは仕方のない事だ。俺は敵を作ってしまう性分らしいからな」
普通にしていても敵は生まれてしまう。
アイツのどこが気に入らない。ここが好きになれない。馬が合わない。
一言で済ますなら波長が合わない人間と長くはいたくないものだ。
俺の場合、ほとんどの人間から嫌われてしまう。
特に普通の人間ほど嫌悪されやすい。
偽る努力はした。しかし、それ以上を望まれたらどうしようもなかった。
そのために俺は敵を作ることを良しとした。
表にいくら作ろうとも関係ない。
裏へ支障をきたさないのならそれでいい。
そう考えて今の俺がいる。
故に。
「こんな敵が現れることも仕方ないんだろうな」
呟きと同時、前と後ろに白いバンが停車する。
バンと扉が開いて大量の銃器が現れた。
気配を微塵も感じなかったのだろう、隣の来栖が息を飲む音が感じる。
動かなければハチの巣にされてしまっただろう。
だが、それを彼女は許さない。
銃弾が放たれようとした時、前と後ろのバンが派手な音を立てて破壊される。
目の前に現れるのは小さな影。
手にあるのは黒いナイフ。
ただのナイフが一撃で車を破壊するという事実に普通なら驚くだろう。
それは間違いだ。
ナイフを持つ子はホルダー。
武器を持つことで真価を発揮する者。
特にキリノを怒らせるとよりその力を発揮しやすい。
車を破壊して襲撃者たちを見る目は激しい怒りを抱えている。
「パパに、パパに何をしようとしたぁあああああああああああああああああああ!」
壊れた車から這い出た人間達を斬り殺していく。
一人が銃器を構えるが遅い。
既にキリノの範囲内。
銃口が火を噴く前に黒い刃が輝いた。
それが目の前の相手の最後だった。
キリノの手によって抹殺された男は鮮血を吹き出して地面へ崩れ落ちる。
ちらりと後ろを見れば黒月によって始末された男達の姿があった。
「助かったよ。ありがとう、キリノ」
「パパ!」
キリノが目を輝かせた。
褒められたことで喜んでいるのだろう。
ぎゅっと抱き付いてくる。
「貴様ァ!吹雪の夜明さんに手を出したらどうなるか、その身で」
「堂々、甘えたい年頃なんだから堪えてよ~」
後ろで吹雪が叫ぶがノノアに止められていた。
「うわぉう、将来優秀な子供だな」
「……まぁな」
買い物袋を抱えている来栖がこと切れている人間を調べる。
襲撃者達は全員が白い衣服で統一していた。
どこかの組織と考えた所で黒土の話していた敵対組織だろうと狙いをつける。
「身分証明の類はないな…失敗した時のためだろう」
「ま、宛にはしていなかったけどさ~、まさかの先制攻撃は驚いたなぁ」
「夜明さんを狙うなど、命を捨てるに等しい行為です。愚かです」
こと切れている死体をみて溜息を零す。
――人間っていうのは、どうして。
「どうやら、敵対者は命について徹底的に無視しているようだ」
俺の言葉に全員がある方を見る。
ゆらりとこと切れている死体が起き上がる。
瞳孔が開いている瞳がぎょろぎょろと忙しなく動いていた。
ぶちりと背中から無数の白い触手がうねうねしている。
「B級ゾンビ映画に出てきそうだね」
ノノアがどうでもいい感想を漏らす。
だらんとしていた口から言葉が漏れる。
歯ががちがちと音を鳴らしている中で言葉は辛うじて聞き取れた。
「断罪……神に抗う者を、意向に逆らうものは排除、排除、排除排除排除排除排除排除排除ハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョォオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「まさにB級映画だな」
来栖の言葉に少なくとも俺達は同意した。
「夜明さん、どうします?」
「俺がやる、キリノ、少し離れていてくれるか?」
「ん!」
ナイフを構えているキリノが離れていることを確認して雷切を取り出す。
背中から抜き出ている触手が迫る。
動きを見るためにあえて躱す。
標的を失った触手は車の残骸を貫いた。
雷切で触手の側面へ振り下ろす。
刃は音を立てて触手を切断した。
「……触手は硬くないようだな」
くるんと片手で雷切を振り回すようにして白服へ詰め寄る。
背中の触手は対応できていない。
雷切で人間の方の両手と足を切断する。
音を立てて崩れ落ちる肉体。
しかし、背中の触手の動きは止まらない。
念のため、人間の方の首を斬りおとしてみるが触手の攻撃は続く。
どうやら…。
「引きちぎるしか手段はないか」
迫る触手の嵐を潜り抜けて本体へ再度、接近。
邪魔するものは雷切で弾く。
残りは躱す。
体と触手をつなぐ部分を手で掴む。
「っ!」
握った途端、何かを感じた左手が激痛を訴える。
長く掴んでいると不味いな。
刃を触手と体の部分へ突き立てる。
ぶちぶちと肉体から触手を引きちぎっていく。後ろで「気持ち悪!」という声が聞こえるが無視だ。
触手も只、引きちぎられるわけにいかないのだろう。
全力で邪魔をしようとする。
「悪いけど、お兄さんの邪魔はさせないよ~」
「夜明さんは吹雪が守ります」
「パパの邪魔、ダメ!」
ノノア、吹雪、キリノが俺を殺そうと迫る触手の対応をする。
各々の武器で防戦してくれている間に全力で引きちぎった。
その途端、触手は力を失ったようにしなだれる。
くっついていた肉体もミイラとなった。
「うわぁ、B級過ぎて驚きの声も少ないよ~」
「……どうやら警察が騒ぎに気づいちまったみたいだな。ここから離れよう」
遠くから聞こえてくるサイレンに俺達はその場から離れる。
それにしてもタイミングが良すぎだ。
偶然なのか?それとも?
サイレンから遠ざかるように動き出す俺の中に燻っている疑問が晴れることはなかった。
「108の襲撃のうち、成功したのは45か、予想していた数より少ないですね」
「それだけ相手が優秀な人材を集めているという事です。まぁ、関係ありませんよ」
薄暗い空間で複数の声が響く。
「ネズミからの情報によれば、襲撃は明日だそうです」
「愚かな」
「我らに勝てると思っているのか?」
「今すぐにでも本拠地を潰すべき」
「いいえ」
高い声に周りの声が静まり返る。
「いずれ時がやってきます。我々はそれまで待ち続けていればいいのです。神の啓示を理解しようとしない愚か者は断罪の光で祝福を受ける。その時まで我々は力を蓄えること、それがいま優先することです。大丈夫。こちらには最強の守護神である使徒がいるのですから」
ニコリ、と微笑む女性の傍に白い衣服をまとった中性的な子供が静かにたたずんでいた。




