36.奇妙な生活
黒土が帰るとそれぞれが思い思いの時間を過ごし始める。
「最低限っていっても豪華な家具ばかり置いてあるし」
来栖が部屋を見渡して感想を漏らす。
ソファー、マット、その他の家具、全てが高価なものらしい。
必要最低限の家具、中央のテーブルに≪黒≫≪雪≫≪蒼≫≪嵐≫とプリントされている書類がある。
「わぁ~、食材もより取り見取りだねぇ~。吹雪ちゃん、何を作ろうか?」
「吹雪は夜明さんの為に全力を出します」
「おぉ!?やる気だねぇ、どうせだから私の実力も見てもらおうじゃないか!」
「興味ないです」
「ガーン!?即答はないよぉ」
キッチンの方からノノアと吹雪の会話が聞こえる。片方だけやたらテンションが高いのはそういうものなのだろう。
「なぁ、夜明~」
トンと小さな衝撃の後に来栖が俺の背中にのしかかるように手を回す。
おれよりも背が高い彼へのしかかられると重さが伝わってくる。
「離れろ」
「つれないことを言うなよ~。これから背中合わせに戦う仲間なんだからよぉ。それよりもさ、お前、あの二人の中でどっちが好みよ」
「……は?」
「俺は両方とも可愛いと思うけどさぁ。お前はどうよ」
「そういうことに興味はない」
「ダメだぜ~。思春期は大らかに過ごさないと。過ぎ去って後悔するのは自分だぜぇ」
「経験者は語るというわけか」
「ち、ちげーし!お、俺は何人もの女とやって!」
「「「最低」」」
「ぐはっ!?」
キッチンにいた二人がいつの間にかリビングへ戻ってきて冷たい視線を来栖へ浴びせる。同時に腰へ抱き付いているキリノは暴言に参加していた。
女子からの冷たい視線で彼は地面に崩れる。
なんだったんだ?
「夜明お兄さんは好みのタイプとかないのかな?」
「興味ない……そもそも、お兄さんとはなんだ?アンタ、俺より年上だろ」
「お兄さんはお兄さんだよ。その方が呼びやすいし、年上ってあまり変わらないよぉ」
名前より長い呼び名が言いやすいなんてことはない。
むしろ。
「お兄さんは難しいこと考えすぎ~。女の子にもてなくなるよ」
「必要ありません!夜明さんには吹雪がいますから!」
「あ、そーいう関係なの」
「あ~ぁ、残念」
復活した来栖とノノアは残念そうな声を漏らす。
あながち間違ってはいないのだがいつも叫ばれると少し訂正を入れたくなるのはどうしてだろう。
キリノが抗議するようにより強く俺へ抱き付いてくる。
その目を見ると「自分も!」と訴えられているような気分になって余計、疲れた。
吹雪とノノアがキッチンを使用している間にベランダへ足を運ぶ。
キリノは俺にしがみついて離れる様子がない。
今まで一人で、少し前の俺と似たような生活をしてきた彼女にとって集団へ混ざるという事は拷問に等しかった。
抱き付いて離れないキリノの頭を撫でる。
すると嬉しそうに顔をぐりぐりと押し付けてくる。
「それにしても」
外から見える景色を眺めながら考えるのは先ほどの黒土の言葉。
――仲間。
この言葉を耳にするのは実に久しぶりだ。
まだ、俺が掃除屋として、黒を継承する前、戦いを教えたノワールが前触れもなく同い年の子供たちを連れてきた。
その子達は俺と同じホルダーであり幼いながらも強かった。
――仲間としてしばらく生活せよ。
一週間という短い生活だったがそれなりに良かった。最後を除けば。
終わった後に俺はノワールから仲間という言葉を再度、教え込まれた。「仲間とは足を引っ張る存在だ。戦うのならば、不要だと理解しろ。そして、戦う為の枷を作るな」というもの。
俺達は単独で事をなす。
他者は敵と思え。
自分以外の者は脅威と感じろ。
そう教えられてきた。だから、これから先も仲間を作ることはない、そう思っていた。
「仲間、か」
けれど、俺は決めた。
大切な奴らを奪おうとする者は潰す。
仲間というものは大切な奴らに含まれるだろう。
そうなったら奪われないようにするだけだ。
俺は――。
「くしゅん!」
思考を乱すように小さなくしゃみが足元で聞こえる。
下をみると強く抱きしめているキリノの姿がある。小さく震えているのは見間違いではないようだ。
「すまない、寒かったみたいだな」
「う、ううん」
「無理はするな。寒いなら寒いというんだ。中へ戻ろう」
「……ごめんなさい」
「そこは謝るところじゃない」
「……」
どうすればいいかわかるな?と目で問うと小さく「ありがとう」という応答がある。
「そうだ」
優しくキリノの頭を撫でて中へ入る。
――今までと違う。
――仲間が増える。
――それがどうした?
――あの時決めたじゃないか。
俺は吹雪を、大切な人達を守ると。
「ここにいたのか?夜明」
「何のようだ。あと、気安く名前を呼ぶな」
「固い事いうなって、共に戦う仲間だぞ」
来栖来駕は苦笑する。
「なぁ、正直な話、仲間といわれてお前はどう思った?」
「どう、というのは」
「必要だと思ったか、不要だと思ったかだよ」
「何故、俺にそんな事を訊く?」
「……お前が強いからだよ」
強い?
俺が?
来栖を見ると彼は何かを恐れるような目をしていた。
「吹雪ちゃんは戦いを見たからわかる。これから強くなっていく。けどさ、はっきりいって、ここにいるメンバーの中でお前とノノアの嬢ちゃんはかなり、いや常軌を逸脱したレベルだと俺はみている」
ノノアの力。
おそらく俺と戦った時、互いに本気じゃなかった。
本気を出す時が来るとしたら――。
「だから?」
「単独で行動することと仲間が増える事、どっちがデメ――」
「関係ないな」
続きを遮る。
来栖が何を言おうとしたのか、わかる。
俺がさっきまで考えていた事と同じ。
だが。
「俺は仲間を守る」
――変わらない覚悟。
――変えてはならない覚悟。
もう、何も奪われない為に。
これから、何があろうと守り続ける。
自分は一度死んでいる。
何も守れなかった。
だからこそ、“次”は必ず守り抜く。
「俺は逃げない……今度こそ」
守ると決めたことを貫き通す。
無謀だと罵られても。
幻想だといわれても。
それでも、と決めたのだ。
来栖が小さく笑い。
「なんだ」
「いや、悪気があったわけじゃない……なんつーか、意外だ。お前はそういう奴か」
「勝手に納得されても困る」
「いーんだ、いーんだ、俺の中でお前がどういう人間なのか分類した」
来栖は俺へ手を伸ばす。
「よろしく、俺とお前は仲間だ」
差し出された手を掴もうとした所でドタドタと駆けてくる二つの足音。
「ご飯だよォ~~~~」
「夜明さん、力作です!」
顔を覗かせる二人。
小さく来栖が笑って先に動く。
「ま、これからよろしく頼むわ」
「ねぇねぇ、何の話をしていたの?私らも混ぜてよ」
「ダーメ、男同士の友情ってやつだ」
「男同士の友情、はじめてみました」
騒がしい連中だ。
そんなことを思いながら彼らの下へ向かおうとした時――。
「無駄だ。お前は何も守れない。また失う」
ぞくりと冷たい何かが背中を駆け抜けた。
慌てて振り返る。
しかし、誰もいない。
全身が凍り付くような殺気を感じた。
他の三人が気にしていないところから気のせいだったか?
「夜明さーん?」
「すぐ行く」
吹雪へ返事をして中に入る。
「なんか、微妙な味だな」
「失礼な!これでも乙女だよ!」
「夜明さん……どうです?こっちは吹雪の料理です」
「おいしいな。キリノ、顔がケチャップまみれだ」
「ん」
「おいしいか?」
「うん!」
「うわっ、差別だ!カップル差別だよ!あとは…親バカかなぁ?」
「しゃねーよ。あぁ、ブラックコーヒーを用意しないとなぁ…口から砂糖でそうだぜ」
騒がしい食事。
吹雪が来てから当たり前に感じていたが、人数が増えるとここまで変わるんだということを俺は思い知らされた。
ちょっとした騒ぎがあった。
「パパ、とお風呂入る」
「いいえ、吹雪と入るんです!」
これだ。
設置されているマンションの風呂を使うという時になってキリノをノノアが入れようとしたが嫌がり、俺と入ると言い出したのだ。
これに吹雪が過剰反応。
揉めにもめた。
「お兄さん、プレイボーイだね」
「あぁ、まずい。羨ましいって叫びたい」
「放っておいてくれ」
夜中、ベッドの上で俺は壁にもたれていた。
膝の上では気持ちよさそうにキリノが寝ている。
本当なら吹雪も突撃してくるつもりだったのだが「女子会しよう!」というノノアの言葉
思い出すのは先ほどまでの食事。
――楽しかった、のだろう。
大勢で食事をする。
こんなことはあの時以来だった。
表の世界で生きている時に誘われることはあった。
けれど、断ってきたのだ。
理由があったとするなら他者とかかわることを恐れた。失うから。
――助けられないから。
――力がないから。
――関わる資格がないからと逃げてきた。
「こんな俺でも」
置いてある携帯が動く。
振動する携帯を手にとってベランダに出る。
音も立てず外へ出て携帯を耳に当てると聞きなれた声が聞こえた。
『やぁ、絆は順調に育んでいるかな?』
「何の用だ?」
『経過の確認だよ。ま、思った以上に順調のようだから安心したよ』
――どうせ、監視しているのだろう。
口に出さない。
黒土は用心深い。どこまでが自分のメリットになるか計算しながら動く。今の所アイツのデメリットへ触れたことがないからわからないが、敵となったら容赦しないだろう。
それが彼だ。
『ま、これと少し関係のあることだから、少しキミの耳へ入れておこうと思ってね』
「俺だけに?」
『そう、過大評価だと毛嫌いされても僕はキミを信頼している』
「……話を訊こう」
『どうやら組織に裏切り者がいるようなんだ』
「いきなりだな」
感想が欲しいと思うのはなぜだろう?




