34.夕焼けの試験
学校、そこは少年、少女が勉学や部活の為にやってくる場所。
様々な人間が集まる所でもある。
そんな施設に馴染めない者、好き勝手に過ごす人間というのは当然のことながら存在する。
学校は大人による監視の目もある。
だが、子供というのは好奇心旺盛で、悪戯ごとにおいてばれない工夫をすることも多い。
特に不良という風紀というものが大嫌いな生徒は“やってはいけない”ことのために教師が来ない場所、死角を把握している。
つまるところ俺は不良に“また”も絡まれていた。
昼、吹雪とキリノと楽しい食事を終えた時からこちらをみている視線にあることはわかっていた。それが何に対してなのか見極めようとしたら生徒へ呼び出された現在に至る。
どうやら俺が感じた視線はこういうものなのかもしれない。
「なぁ、宮本よぉ、てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞ?」
顔中にピアスやタトゥを彫っている男が顔を近づける。
どうすれば相手が怯えるか、どのタイミングで声を出せばいいのか狙ってやっていた。
今までに何度もやってきたのだろう。しかし、魔物は狂った人間ばかり相手にしている俺としては物足りない。
この男は剣山第一高校においてそこそこ名を連ねている不良らしい。
前に見なかったことからたまたまいなかったのか、相手取る必要がないとみられていたのか?
どうでもいいが、弱すぎる。
こんな奴が名を連ねている不良なのかと思ってしまう。
――つまらない。
「白髪に染めやがって、ンなに目立ちたいのかよぉ?」
「これは地毛だ」
不良の言葉に淡々と返す。
コイツは何が目的でこんなことをしているのだろうか?
溜息を零す。
「ンァ!?喧嘩売ってんのかぁ!」
「何で俺は囲まれているんだ?」
俺の態度が気に入らなかったのだろう。
周囲に漂っている怒気が増す。
殺意でないことからなんと温いのだろう。
これなら半殺し以下にしてやってもお釣りが出そうだ。
「図に乗るなってんだよ!」
「お前があの水崎姫香と仲良くしていることが気に入らないんだ!」
「それに加えて恋人がいるだぁ?あんなかわいい子とか…ふざけてんのかぁ!」
次々と飛んでくる言葉。
推察する必要もなかった。
こいつらの行動原理は嫉妬だ。
俺が水崎姫香と仲が良かったこと。吹雪という恋人がいることがこいつらは許せない。認めたくないからこそこうして暴力に走ることで発散しようというのだろう。
ストレスというものを。
「俺が気に入らない、水崎姫香に近づくなと」
「話がわかるじゃねぇか、いいか、これに懲りたら近づくんじゃねぇよ!」
叫びと同時に繰り出される拳。
はっきりいって遅い。
これなら百回は逆襲できる。
接近する拳をいなして足を引っかけた。
派手な音を立ててその不良が倒れる。
「「!?」」
全員が困惑した表情を浮かべた。
傍から見ていたら殴ろうとした不良がいきなり倒れたという状況だ。足元に大きな石も突起物もない。
そんな何もない所で倒れたら困惑するだろう。
何が起こったのかわからない顔を全員がしていた。
「どうした?急に転んで」
倒れている不良へ尋ねる。
本来なら挑発と取られて相手は逆上するだろう。しかし、いきなり転んだことで頭が混乱している今ならどういっても理解できない。少ししたら怒るかもしれないが今のうちに離れることが得策だ。
「用事があるんで、これで失礼させてもらう」
そくささとその場を離れる。
少しして正常な判断を下せるようになった彼らが周りを見た時。俺の姿は影も形もなかった。
「……全く、面倒だ」
溜息を零して光が反射して鏡のようになっている窓をみる。
そこに映っているのは自分だ。
色素のない白髪。
目つきの悪い少年。
窓に手を触れる。
最初からこんな不愛想ではなかった…はずだ。
人ごみの中へ紛れるために笑顔を浮かべることも努力したし、輪の中へ入ろうとした。
しかし、それらはすべて失敗した。
過去に髪を染めようとしたが毛染めを使ってもシャワーや水ですぐに流れ落ちてしまい、定着しない。
笑顔も集団の中にある嘘とか建前につかれてやめてしまった。
「まぁいいか」
所詮、偽りの日々だ。
そう考えてから今の自分がいる。
周りからの評価は気にしない。悪口など好きに言わせておく。
他人と関わらなければ問題はない。
「最近、吹雪達と一緒にいるから…か?」
こんな“つまらない”ことを考えるようになったのは。
その時、『忘れるな』と向こうの俺が囁いたような気がする。
どこまでも冷めた目と目が合う。
『お前は多くの屍によって成り立っている、今更変わろうなど、無理な話だ』
――俺は変われないと。
――俺は人殺しだと。
どこまでもいっても変化は訪れない。
――ピシィ。
気づいたら窓ガラスを割っていた。
手に破片が突き刺さる。されど、痛みはない。
見ていると赤い液体がゆっくりと裂けた皮膚から流れていく。
体から何かが抜けていくような感覚。それがどこか心地よい。
自分はまだ此処にいるんだと教えられているような気がする。
顔を歪めているとポケットの携帯が振動する。
携帯に連絡してくる人物は限られている。
通話モードにする。
「俺だ」
『黒ダナ?』
「……誰だ」
電話の相手はボイスチェンジャーを使っているのだろう。機械的な声が聞こえる。
携帯の画面を見ると非通知と表示されていた。
『オ前ノ仲間、西條吹雪ハ預カッタ。返シテホシケレバスグニ学校ノ屋上ヘコイ』
一方的な通告と共に通話が途切れる。
応答をする暇もなかった。
吹雪が捕まる。
そんなことがありえるのか?
アイツの場合、大剣で襲撃者をばっさりやっていそうなイメージがある。
そんな彼女が捕まる…ありえない。
だが、絶対という事はない。
この世にありえないなんてことはないのだ。
何かしら不確定要素はあるもの。
自然と口からため息が漏れる。
「嫌なことは重なるというわけか?」
ふざけるなと叫びたい気分だ。
携帯を握りつぶさん程の怒りを放ちつつ、俺は屋上へ向かう。
道中、誰にも会わないことから人避けがなされている可能性が強い。
武器喰いのようにどこかで人がばったばった倒れているのだろう。
そんなことを思いながら屋上の扉を開ける。
「来たぞ」
俺は声を出す。
制服姿のままでいるのは俺が黒とみられているのか、俺個人が狙いなのかはっきりしていない為、学生として姿を見せるつもりでいた。
返事はない。
相手の出方をうかがっているとゆっくりと俺の前へ降り立った。
「ほぉ」
驚きの声が漏れる。
目の前に現れたのは黒衣を纏った狐の仮面を纏った者。
服越しからスタイルは女だろう。夕日を浴びて輝く黒髪はシルクのように滑らかそうだ。
観察していると手の中に輝くレイピアが握られている。
――細剣使い。
仮面の出方をうかがっていると手の中にあるレイピアが煌めいた。
心臓目がけて迫る細刃を寸でのところで躱す。
続いて繰り出される一撃。
その狙いは額。
思いっきり上体を後ろへ倒す。
すれすれのところを刃が通り過ぎる。
ベルトに仕込んでいるナイフを投擲。
相手はくるりと回転するように離れて刃を躱す。
「殺る気満々、か」
数秒経たずに雷切を実体化させる。
獣のように唸る雷切を操りながら細剣使いと競り合う。
「吹雪はどこにいる?」
返事はレイピアによる追撃。
「(速い!)」
相手の繰り出してくるレイピアは高速を超えている。
普通の人間なら何が起こっているのかわからないまま命を落としているだろう。
だが、俺は“ギリギリ”のところで躱していく。
目でなんとか捉える速度。
一撃、与えようと雷切を振る。
しかし、届くというところで受け流された。
小回りの利くレイピアと雷切の相性はかなり悪い。
刀同士なら鍔迫り合いもできるだろう。
だが、レイピアの刃は細く、鋭い。
鍔迫り合いを避けるために相手は一定の距離をとっている。
だからこそ、メリットがある。
重心、繰り出す速度。
それらが俺の使う刀や剣と異なる。
戦えばこちらが不利な点が多い。
だが、
「負ける理由が見つからないな」
状況の不利は当たり前。
敵と戦い、生き残る為にどうすればいいか。その方法を俺は熟知している。
後は倒して生き残るのみだ。
細剣使いが再度、間合いへ攻め込む。
甘いな。
ここからは――。
「俺の距離だ!」
叫びと同時に雷切を地面へ突き立てる。
衝撃と共に閃光が広がる。
狐の仮面で隠されているが少なからず目にダメージを受けたようだ。
仰け反り動きが止まる。
雷切を地面から引き抜いて構える。
超電磁砲の体勢へ入る。
雷切の力を使おうとした所で動きを止めていた細剣使いが走り出す。
その速度は先ほどよりも増していた。
「!!」
――手加減されていた。
その事実に少し苛立ちを感じた。
――ああ、舐められていた。
繰り出される連撃。
それを今の状態で躱すことはできないだろう。
――これほど、苛立つことはない!!
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
放とうとしていたレールガンをそのまま横薙ぎに振るう。
一直線へ放つ光の一撃。それが歪曲しながら狐の仮面へ突き刺さる。
派手な音と共にお面が飛び散り、細剣使いは倒れた。
怒りのあまり放った一撃だが命は奪っていない。
「威力は調整してある。意識はあるだろ?」
倒れている細剣使いへ近づく。
「お前には吹雪の居場所を吐いてもらう必要がある………といいたいところだが、黒土、これは何の真似だ?」
雷切を構えられるようにしたまま振り返る。
ニコニコと笑顔で立っている黒土へ尋ねる。
「おやおや、いつから気づいていたのかな?」
半開きの扉からして途中から中へ入ってきたのだろう。
相も変わらず怪しい笑顔だ。
「いやぁ、素晴らしい戦いだったよ。もう少し長引くかなと思っていたんだけどなぁ」
「記憶が確かなら掃除屋のプライバシーへ関与することはしないんじゃなかったのか?」
「状況によりけりだよ」
黒土はメガネをいじりながら倒れている細剣使いを見る。
「さて、彼はどうかな?」
「うん、合格だね!」
むくりと倒れていた細剣使いが立ち上がる。
俺は目を見開く。
雷切のスタンはしばらくの時間起きないように調整してあった。
それを無視して起き上る?
何かの能力だろうか。
「いやぁ、驚いたよ~。レイピアの動きを見切っていたり…あんな大技を土壇場で放つなんて、お兄さんは強いんだねぇ~」
間延びした口調で細剣使いが喋る。
ボロボロと砕けた狐のお面をとった。
「……グル、だったわけか」
「いやはや、必要なことだったんだよ」
黒土を半眼で睨む。
俺と戦っていた相手、見覚えがあった。
「こっちでは初めましてだね。蒼だよ~。“こっち”でもよろしくね~」
蒼と名乗る少女。
少し前、黒土と話をするために訪れたお店で出会った少女だ。
俺としては衝撃的で忘れたい記憶なのだが、こればっかりは中々拭えないらしい。
「吹雪は?」
「彼女も試験中だよ。多分」
『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ』
「どうやら終わったみたいだ」
遠くから聞こえた悲鳴、男のものだった。
「まさかと思うが」
「うん、雪君にも同じ内容のものだよ…多分、相手は生きていないだろうね」
黒土が遠い目をしている。
おそらく声の主はもう生きていない。
吹雪に俺が拉致されたと聴いたら相手をためらいなく殺してから情報を集めるだろう。もしくは持てる限りの苦痛を持って情報を得る。
「流石、吹雪だな」
「さて、場所を変えようか」




