31.異なる結末
吹雪は掃除屋雪として黒の補佐をしていた。
「うざいです」
黒月を目の前の兵士級へ振り下ろす。
斬撃を受けた兵士級の体は真っ二つに引き裂かれる。
「邪魔だ」
どこかイライラした様子で雪は拳で兵士級を突き飛ばす。
武器を持つことで能力を発揮するホルダー。
ホルダーたる雪は黒月を持っている間、身体能力が何倍も強化される。
超重量の黒月をやすやすと操れるのもそれが理由だ。
「た、助けてくれ!」
後ろで兵士級に襲われている人の悲鳴。
雪はちらりと一瞥すると置かれている車を足で蹴り飛ばす。
ボンネットを凹ませながら車が兵士級の背中へ激突する。
体をぐらつかせた兵士級へ接近、黒月で心臓部分を貫く。
ぶくぶくと泡を吹き出しながら消滅する兵士級を一瞥して黒月を地面へ突き立てる。
「面倒だ」
「お、おい!」
別の兵士級を倒しに向かおうとした雪へ声をかける者がいる。
面倒そうに振り返ると男が怒りの目でこちらをみていた。
兵士級に襲われそうになっていた男だ。
「もっと早く助けろよ!!」
男は沈黙を保っている雪へ暴言を吐く。
溜息を零す。
――人間というのはどうしてこうも面倒なのだろう?
雪、吹雪にとって大切な人は夜明のみ。それ以外の人間は有象無象に過ぎない。
夜明へ必要とされるだけが自分の生きる理由。
この命は彼の物。
自分は彼の為に全てを捧げるだけ。
兵士級を倒しているのも彼の目的を阻む者を排除しているに過ぎない。
だから男が何を言っていようがどうでもよかった。
その態度に男は苛立ちを覚えたのだろう、雪の前へ立ち、胸倉を掴む。
「ホルダーならもっと早く俺を助けろよ!普通の人間なんだぞ」
「普通の人間だから、助けられて当たり前…か」
「あ?」
雪の呟きを聞き取ったのだろう男が苛立ち拳を振り上げる。
吹雪より背の高い男の体から刃が突き出た。
咄嗟に刃を両手で左右から挟むようにすることで攻撃を防ぐのに成功する。
男を殺害した兵士級はさらに刃へ力を入れた。
「その程度なら弱い」
ミシリと手の中の刃へ亀裂が入る。
「吹き飛べ!!」
叫びと共に刃ごと空中へ兵士級を投げ飛ばす。
突き立てている黒月を引き抜いて落下していく兵士級を殺した。
兵士級の残骸と人間の血が周囲へ跳び散る。
「…普通の人間なら早く逃げるべきだったね」
冷めた目でこと切れた男を見ながら雪は言う。
自らの力のない人間というなら逃げるべきだった。
自覚あるなら自分がどういう存在か知っているはずだ。
「プライドで命を落とすなんて哀れです」
人間だったものを眺めていた雪はある方向を見て目を細める。
「あの女」
激しい怒りの炎を灯した雪がみているのは水崎姫香。
彼女はあろうことか愛しい人である黒と話をしている。
「ふざけるな」
何も知らない奴が彼へ近づくな。
ギリギリと歯ぎしりをしながら雪はどう料理してやろうか考える。
その間に女王級が彼へ近づく。
雪は彼の下へ向かおうとするが兵士級がそれを阻む。
武器を構える相手をみて苛立ちを覚え始めた。
どうして、道を阻む。
どうして彼の下へいかせようとしない。
どうして、彼の傍にあの女がいる?
あの女が彼と話をしている。
そんなもの。
「邪魔、なんだよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
黒月が不気味な輝きを放つ。
兵士級が輝く刃に触れた途端、灰になって消滅していく。
次々と消え去る兵士級。
それらを始末しながら彼の元を目指していた雪は目を見開く。
少しダメージを受けてふらふらしていた黒を守ろうとしていた水崎姫香の盾に異変が起こっていた。
「あれは……進化した?」
ホルダーの武器。最初はどこにでもある武器だったが戦闘経験などを積むことでその武器は形、能力が変わることがある。
力の成長に限界はなく、神話に語られる伝説級の武器へ匹敵するほどの威力を持つこともある。それを進化と呼んでいた。
水崎姫香の盾は進化した。
あろうことかその力は女神級の攻撃を防げるほどの威力がある。
さらに信じられない光景が待っていた。
彼が、あの彼と水崎姫香が共に戦っているのだ。
女王級の攻撃を盾で防ぎ、彼が雷切で圧していく。
そんな姿をみせられて雪の中でどす黒い感情が増した。
「ムカツク」
跳んできた兵士級の頭へ黒月を振り下ろす。
怒りで少し手元が狂ったことで兵士級の頭が途中で千切れて落ちる。
「あの人の傍へいていいのは吹雪だけ、お前は不要なんだよ」
残りの兵士級の体を掴む。
そのまま手で残りを無惨な姿へ変えていく。
「いつか、お前も、こうしてやる!」
嫉妬と憎悪の炎を燃やして雪は黒の傍へ降り立つ。
その時、彼女から二つの感情は消え去り、彼へ従順な存在に変わる。
水崎姫香の盾が進化した。
その姿をみせられて俺は少し困惑する。
ホルダーの武器は進化する。
それは俺も知っていた。
雷切もかつては普通の刀だった。しかし、あの出来事から進化したのだ。
人間の感情へ呼応する武器。
ホルダーの持つ力。
わかってはいた。
しかし、水崎姫香がそこへ至るとは思ってもみなかった。
雷切を咄嗟に持ち上げて近づいてくる空の女王へ超電磁砲を放つ。
顔にダメージを受けたことで女王級は大きく後ろへ倒れる。
痺れてしばらくは起き上がれないだろう。
「ぁ」
俺の前で女王級の攻撃を防ぎ切った水崎姫香はバランスを崩しそうになる。
慌てて俺は彼女を支えた。
「夜明、くん」
「まだ、戦えるか?」
気づけば俺は彼女へ言葉を投げていた。
普段の俺なら決して頼ることはない。
あの力を見た時、使えると感じてしまった。
「私、は」
「無理ならここで寝ていろ」
「戦える」
拒絶されたように感じたのか、別の理由か。水崎姫香はすぐに答える。
自分は戦えると。
「少しの間でいい。奴の攻撃を防いでくれ」
「うん」
「その間に、俺が奴を殺す」
彼女を抱き寄せるようにして耳元で囁く。
小さく頷いたことを確認して、腕の中で眠っている少女を地面へそっとおろす。
まるで何かを求めるように小さな手が裾を掴む。
「待っていろ…すぐに終わらせてやる」
手を引きはがす。
「来たのか、雪」
「はい、黒さん」
「お前はこの子を守っていてくれるか?」
「貴方が望むのなら」
黒月を片手に迫ろうとした兵士級を屠る。
「頼む」
雪へ後を任せて雷切をしまう。
左手に意識を集中させる。
しばらくして左手にもう一本の剣が出現した。
伊弉冉を握りしめる。
二体目。
女王級の魔物。
そいつを殺せるという事実に自然と笑みが深まる。
起き上がった空の女王を守るように兵士級が次々と生み出されていく。
「生殺しろ。伊弉冉」
阻む害虫を一掃する。
道は開けた。
一気に駆け抜けていく俺へ空の女王が嘴を繰り出す。
真っすぐに迫る嘴を水崎姫香の盾が受け止める。
如何なるものも貫いてきた嘴すら通さない盾。
無貫の盾ともいえる力。
それをみながらも女王へ距離を詰める。
「これで」
身を護ろうとした翼を斬る。
近くのビルの壁を蹴り空へ舞う。
きょろきょろ動いている瞳と目が合った。
「終わりだ」
見開いたような鳥目に向かって刃を振り下ろす。
伊弉冉が空の女王の命を刈り取る。
断末魔すらあげることなく空を支配してきた女王の命は尽きた。
▼
永遠の監獄、そこの一室へ足を踏み入れると苛立った様子のノワールがいた。
「機嫌が悪そうだな」
『まぁね』
そっけなく答えるノワール。
普段は人を小ばかにした態度や飄々としているがそれらの様子を見せることがない。
相当、苛立っていることがわかる。
俺が椅子へ腰かけているとしばらくして彼女が口を開ける。
『どうして、あの餓鬼を殺さなかった』
「必要のない殺しはしない」
『殺す事は救いになる』
「それを判断するのは当人だ」
ノワールは人を殺す事こそが救いになると考えている。
そこに本人の意思は関与しない。
あるのは一方的な押し付け。
『あの子の家族は既にいない。生まれてからずっと殺しの技術を仕込まれている。そんな奴が今更この世界に馴染めるかな?』
「…難しいだろうな。だが、お前みたいに俺は命を根こそぎ奪うみたいなことをしない」
『本当に悲しいよ。キミは全ての命を奪えるのに』
「興味がない。俺は復讐を果たすだけ。それを邪魔する。奪う奴だけを排除し続ける。それだけのことだ」
『ハッハッハッ、そうかそうか、それは』
『ふざけるな!!!』
いきなりの怒声に驚く。
なんだ?
困惑する姿を見せてしまった。
ノワールは立ち上がる。
拘束具が音を立てて壊れていく。
事態に気付いて扉から警備ロボットが入ってくる。
『お前はボクのものだ。そんな勝手なことは絶対に認めない!いずれ多くの人を殺す死神がお前なんだ!いいか、忘れるな。お前は絶対に救世主じゃない。なってはいけないのだ!』
警備ロボットがスタンガンで意識を奪おうとする。
『邪魔だ!』
ノワールは叫びと共に黒い剣を展開する。
警備ロボットを一刀のもとに切り伏せる。
火花を散らして動かなくなるロボットを見てつまらなそうな表情を浮かべていた。
『あぁ、つまらない!こんな命ないモノを切っても得られるものはない…あぁ、あぁ、あぁ、忘れるなよ』
ぎょろりと瞳がこちらをむく。
どろりと底なしの闇。
深淵を思わせる底なしさを抱えた赤と青の瞳。
『お前をボクは絶対に逃がさない。永遠の監獄であろうとなかろうとボクはずっとお前を視ている。あはははは………アッハッハッハッハッハッハッハッハッハァァァァ!』
狂った笑いを残してノワールは今度こそ拘束される。
元から壊れていたのか。
途中で人を殺し続けて自分を見失ったのかわからない。
ノワールは人を殺し続ける。
糸の切れた操り人形は終わりなく踊り続けていく。
そんな姿をみせられると少し、心が痛い。
彼女の姿を視て俺は小さく呟く。
「全ては否定しない。少し…アンタに感謝しているから」
こんな俺を拾ってくれたことだけは。
俺に生きる術を教えてくれた人だからこそ、全てを否定できない上に感謝もしている。
「甘いな、俺」
部屋を出ると黒土が待っていた。
「今度もやってくれたねぇ、流石の僕も苦労したよ」
「……そうか」
「空の女王討伐に関しては水崎姫香の手柄になった。彼女も英雄の本格的な仲間いりだね」
空の女王の討伐はメディアで今も騒がれている。いずれ他の国の交易も復活していくかもしれない。
討伐者は水崎姫香。
新たな英雄と称された彼女は今もマスコミに追いかけられていることだろう。
「キミが討伐したというのに全て表へもっていかれる嫌になるね」
「俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
「キミは変わらずだね…まぁいいさ。それよりもあの子、どうするつもりだい?影の候補者としてリストに登録はしてあるけれど、すがっていたものを失ったから死ぬかもよ?」
「死なせないさ」
強い言葉で否定する。
「彼女の意思…いや、生きてほしいという俺のエゴで絶対に死なせない」
そういいながら出口へ向かう。
残り五体。
――奴らを根こそぎ排除してやる。
秘めた憎悪をもう一度、認識して外に向かう。
しかし、事態は俺の知らない所で加速していた。