表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れている救世主は少女達を救う  作者: 剣流星
第一章:狙われた銀姫―FirstStrike-
3/81

2.不要な同種

昼休み、俺と水崎は別々に教室へ戻った。


一緒に戻ると余計な騒ぎを起こす可能性がある。最悪、護衛任務に影響を及ぶことは避けたかった。


そのまま伝えると話がこじれることは目に見えていたので用事があるという理由で別れた。


余計なことをして疲れた。


あれから何かあれば水崎は俺へ話しかけて来る。


――教科書がないから見せてほしい。


――ここの問題はどうすればいいの?


他の生徒へ話せばいいのに俺へ話しかけて来るから他の生徒から嫉妬の視線を集めてしまう。


休み時間に他の生徒が気を利かせて「宮本君と話をしない方がいいよ」というアドバイスをしていた。


おそらく、俺が彼女へ害をなすだろうと思ったのだろう。


噂を真に受けている連中だ。


目はコイツに近づかない方がいいと語っている。


中にはあることないことを俺の前で話している奴がいた。それだけで俺という存在に結論付けて離れる。


これで話しかけてこないだろうと踏んでいたのだが全く変わらず話してくる。


俺は理解していなかった。


水崎姫香という人間を。


彼女は他人からの悪評を真に受ける人間ではなかった。自分の目で見て、自分で判断する嫌な人種。


面倒だ。


にこにこと笑顔を浮かべている水崎姫香を横目でみながら静かに溜息を零す。


そんな時だった。


――ファンファンファンファン!


壁に設置されているスピーカーに警報が鳴りだす。


「魔害警報…か」


 魔物が出現する度に鳴りだす警報装置。


 耳慣れしている音、普通なら慌てふためくところだがクラスメイトを含め、学校の生徒達は普通だった。


 何故なら――。


「いってくる!」


 席を立って一人の生徒が飛び出す。


――金城秋人。


 ホルダーである彼は魔害警報が鳴ると出動する。


 生徒達の歓声を浴びながら彼は飛び出す。


 俺は冷めた目で見ていた。


 クラスメイト達は楽しげに語る。


「金城がいるなら安心だよな!」


「そうそう最強だもんなぁ」


「所持者≪ホルダー≫ってすっげーよ」


「ほら、魔害警報がでているんだから大人しくしていろ」


 騒ぎを鎮静化させるために周っていた担任教師が教室に入ってくる。


「先生~、テレビみたい!」


「俺も賛成~」


「金城君の活躍が見たいです!」


 騒ぎ始めた生徒達へ普通なら教師は叱るだろう。


 仮にも災害認定されている事態だ、普通なら安全な場所へ誘導することも役目の一つである。


 だが、この担任教師は違う。


 いや、全員違うか。


「そうだな。どうせだし観てみるか」


 教師も金城秋人のファンなのだ。


 設置されているテレビをONにする。


 緊急中継として画面にナレーターが魔物の発生を報道していた。


『今、海岸沿いにきています!現在、出現が確認されている魔物は兵士級のみです。自衛隊による牽制が行われていますが効果はみられません!』


 魔物がこの世界に姿を見せてから十年以上の月日が流れている。


 十年という歳月の間、世界の様々な場所に魔物の姿が確認されていた。


 魔物が出現して街や自然を壊すことを魔害、武器所持者は現場へ急行する。


 テレビに映っている魔物は全長二メートルくらい、全身が黒と白ののっぺらぼう。


 かろうじて形をとっているがそれ以外は特筆すべきことがない。


 自衛隊が遠くから砲撃を行っているが魔物に効果がなかった。


 魔物は通常兵器を一切受け付けない、体の表面が特殊な素材で構成されているので地球上の物質を受け付けないのだ。


 自衛隊による牽制は時間を稼ぐためのもの。


 ナレーターが喜びの声である場所を指す。


 上空に輸送ヘリの姿があった。


 魔物の上空を通過すると同時に一人の人間がそこから降下する。


 カメラがズームされた。


 剣山第一高等学校の制服を着た金城秋人の顔がアップになる。


 日本における数少ない実力の武器所持者であり“英雄”と称えられている男。


 彼は手を前に伸ばす。


 掌から周囲にプラズマが発生して武器を形成していく。


 無空間武器実体化≪ウェポンリアライズ≫現象によって黄金の剣が現れる。


「うぉっしゃあああああああああああああ!」


 カメラは金城の声を捉えていた。


 叫びと共に金色の軌跡が魔物を捉える。


 かなりの距離があったというのにその一撃は魔物の存在を消し去った。


 仲間が消し去られたことで他の兵士級は金城の存在に気づく。


 だが、金城は地面に着地すると距離を詰めて兵士級に剣を振り下ろす。


 手で攻撃を防ごうとするがバターのように体が切断された。


 くるんと手の中で剣を回転させて他の兵士級を見据える。


 唸り声をあげながら攻撃が続く。


 一時間も経たないうちに全ての魔物が戦場から消える。


 金城は大きく剣を振る。


 ビシッとポーズをとることでテレビを見ていた人達から歓声の声があがる。


 これをみていると昔と今は大きな違いを嫌でも思い知らされる。魔物が現れたら地下へ逃げ込んだり神様へ祈りを込めている者がいた。今は武器所持者がいるから自分達の身は保証されている。


 まるで首輪をされているペットのような気分に嫌なものを覚えた。


 やっぱり、この世界はどこか壊れてしまっている。


 テレビはキャスター達のいる場所へ映像が切り替わった。


 そこでは武器所持者を研究している専門家などが映っている。


「今回、未来大学の峯山教授に来ていただいております。教授、貴方は武器所持者の在りように疑問を抱いているという事ですが」


「皆さんは疑問に感じたことはありませんか?十年前、突如魔物が姿を現し抗うように武器所持者が生まれた。それによって私達の生活は保たれています。ですが、皆さんは考えたことがありますか?魔物はどこからやってきたのか、所持者の力についても何ら詳しいことはわかっていません。さらにいえば彼らの数です」


「数、といいますと?」


「世界にどれぐらいの、日本に何人の武器所持者がいるのか。彼らを管理している大和機関は正確な数を告げていません。海外のテロリストの中に所持者の姿があるという話があります…我々は彼らの人数を知っておく必要があると――」


 教師の手によってテレビの映像が消される。


「酷いこというおっさんだよなぁ」


「そうね!武器所持者がいなかったら私達の今の生活だって危ないんだから!」


 冷めた目で彼らを見ていた。


 あの大学教授の意見は少し過激な部分もみられたが正しい所はある。


 組織によって表沙汰にされていないが所持者の正確な数は把握されていない。いつどこでどのような理由で力に目覚めるのかという理由がわかっていない。


 気づかないうちに隣の人間が所持者に至っている可能性もある。


 それらしき者がいれば確保する。中では犯罪者が能力に目覚めて、悪事に力を使うという話もある。


 警戒は必要だ。


 大きな力は人の身に余る。そして暴走する。


 ふと、隣へ視線を向けた。


 彼女も英雄を見て目を輝かせているのだろうか、そんなことを考えながらちらりと盗み見する。


 意外なことに複雑な表情でテレビを見ている。ただならぬ雰囲気に俺は声をかけるべきか戸惑う。


 その中で聞かないことを俺は選んだ。






















 放課後、職員室へ呼び出されていた。


「宮本、呼び出された理由はわかるか?」


「いいえ」


 椅子に座っている担任は静かに口を開く。


 呼ばれた理由に心当たりのないので否定する。


「ある生徒からお前が転校生に嫌がらせをしていると聞いた。実際のところどうなんだ?」


 再度の問いに否定する。


 だが、教師の目は疑惑に満ちている。つまるところ自分の話など信じていない。


 どれだけ否定してもこの教師は認めないだろう。


 クラスで不良とみられており信頼されていなかった。


 この教師も不良と見ておりどれだけ本当のことを述べても信じない。前も万引きしたという事を真に受けて二時間以上、生徒指導室で話という名の尋問を受けたことがある。


 ただただ否定を続ける。


 それしかできることはない。


「なぁ、宮本、お前は何がそんなに気に入らないんだ?」


 否定を続けていると教師が唐突に尋ねた。


「気にいらない、とは?」


 尋ねたことを後悔する。


 目の前の教師は延々と説教を始めた。何かやりたいことはないのか?親とか友達など相談するような相手はいないのか?


 生徒一人の事をちゃんと把握していないというボロが次々と出てくる。


 俺に親はいない。表向き親戚に引き取られているという事になっている。友達などもっと不要だ。


 俺の親友は昔も今もアイツだけだ。


 次第に関係のないことまで話してくる。


 この教師は人がいいのだろうが、所詮、それ止まり。


 鬱陶しいことこの上ない。


 覚えのない事でここまでされるとうんざりする。


 どうしたものかと悩んでいた所で助け船がやってきた。


「先生、いいだろうか」


 白衣を着た女性教師が俺の前に立つ。


「あぁ、片桐先生、なんでしょう」


「宮本君に手伝ってもらいたいことがあるので協力してもらってよろしいだろうか?」


「え、ですが…」


「昨日から彼に頼んでいた事なのです」


「そうだったんですか、申し訳ありません。宮本そういうことははやめに伝えなさい」


「…申し訳ありません」


 にこにこと笑みを浮かべて担当教師から解放された俺は白衣の教師と共に職員室を出る。


「いわれのない罪で呼び出されるとは災難だったな。宮本」


「いえ、先生のお蔭で助かりました。でも、どうしてあんな嘘を」


「嘘ではない。お前には今から私の頼みを訊いてもらう。嫌か?」


「助けてもらった恩を仇で返すなんて真似はしません」


「良い子だ」


 そういって片桐先生は俺の頭をなでる。


 普段なら子ども扱いするなと反論するところだがこの人に関しては不思議と不快な気持ちにならない。


 本当に心配してくれていることがわかるから、だろう。


「そういえば、お前のクラスに転校生がやってきたそうだな」


 片桐先生から頼まれた事は保健室におかれている薬品の整理だった。


 期限の切れている薬がないか定期的にチェックする。


「地獄耳ですね」


「美人で誰からも好かれれば嫌でも噂になるだろうよ」


「そんなものですか?」


「だから気を付けろよ」


 片桐先生はメガネの奥からこちらをみる。


 射抜くような視線に少したじろぐ。


 まるで殺し屋に遭遇した時のような気分に体が硬くなる。


「企む奴は邪魔なものをなんとしてでも排除しようとする。今回のようないわれない罪などはまだ軽いほうだ」


 心配しているのだろう。


 今回の件は水崎と話をしている俺を邪魔だから遠ざけたいというもの。


 少しやりすぎている事を先生は気にしている。


 主犯ではなく、その被害が俺へくることを心配してくれている。


 こそばゆさを感じているとポケットの携帯電話が小さく振動した。


「先生、整理終わりました」


「うむ、雑用はこれで終了だ。宮本。困ったことがあれば私を頼れ。あの教師ならともかく、少しなら力になれるだろう」


「何かあれば頼ることにします」


 さりげなく担任教師は使えないと諭す先生へ頭を下げて足早に保健室を出た俺は携帯電話を取り出す。


 この学校は放課後なら携帯の使用は咎められない。


 外でも普通に操作をしている学生の姿がある。


「…何だ?」


 今までの仮面から影の方へ意識を切り替える。


『疲れているんじゃないか?いつもより声のトーンが低いよ』


 電話の相手は黒土だ。


 聴こえる声は楽しげなものだ。


「要件は?」


『護衛の状況は?』


「クラスメイト達とカラオケにいっている」


『悲しいねぇ、キミは参加していないのかい』


「それだけならきるぞ」


『少し厄介なことが起きてね。キミに処理を依頼したいんだ』


「内容を」


『護衛対象を処理するために独断で動き出した武器所持者がいる。対象に命の危険の恐れがあるから至急に』


「あ、宮本君!」


 咄嗟に電話をポケットの中へ押し込む。


「…水崎、さん」


「姫香って呼んでいいよ?」


 小さく首をかしげる彼女の言葉をスルーする。


「クラスの連中とカラオケにいったんじゃ」


「引っ越しの荷解きが終わってないから断ったの。宮本君はこれから部活?」


「いえ、自分は帰宅部です」


「じゃあ、途中まで一緒に帰りましょう」


 この提案は渡りに船だった。


 詳しい話を訊いていないが彼女の命を狙う武器所持者がいる。そいつから彼女を守る事に都合がよかった。


 だが、疑惑が頭を上げる。


 自分の悪評は耳に入っているはずだ。それなのに一緒に帰ろう?何か企みがあるのだろうか。


 疑いの目を向けてしまっている俺へ彼女は微笑みを絶やさない。


「いいですよ。帰りましょう」


 護衛をしなければならない状況だ。無碍にする必要もないだろう。


























 夕焼けに照らされた道を二人で歩く。


 一定の距離を保ちながら隣にいる彼女の横顔を盗み見る。


 真っ直ぐに前を向いていた。


 何か企みがあるような表情もない。


 何故、俺へ構うのだろう?


 そんな疑問がずっとあった。


 歩く速度を整えながら沈黙を保っているがどこか気まずさがある。


 一人で行動していたことが多かったから他人と関わる時間も少ない。


 何を話せばいいか、いや考える必要もないか。


 無の時間が流れていると唐突に彼女が口を開く。


「宮本君はどこに住んでいるの?」


「…この先にあるマンションです」


 俺が指したのは少し先にある小さなマンション。


「え!?」


「どうしたの?」


 マンションの場所を教えると驚いた表情を浮かべている。


 その顔を見た時、嫌な予感がした。


「私も住んでいます…えっと、これから住むことになるんです!」


 予感的中。


「凄いなぁ、これって運命の出会いみたいですね」


「何をいっているんですか?」


 冷めた声で突き放してみるが彼女は苦笑する。


「偶然かもしれないけど…宮本君は知っている?」


――偶然は必然、運命っていうんだよ。


「っ!?」


 何の感情も込めていなかった。


 ほとんど無意識の言葉だったのだろう。


 だが、俺からすればそれはかなり異様なものに思えた。背筋がどうしょうもないくらい震える。


 まるで奴と対峙した時のような気分になる。


「どうしたの?」


「いえ、何でもありません。それよりも距離が近くないですか?」


「いつも通りだけど」


「そう、ですか」


 俺は溜息が出そうになって周りへ意識を向ける。


 夕方とはいえ、人が住んでいる場所だというのに気配がない。


 待て。


 警鐘が頭で鳴り出す。


――しまった。


「宮本君?」


 俺をみて訝しんだ表情を浮かべた水崎が立ち止まる。


 その後頭部にナイフが迫った。


「蜂だ!」


 大きな声で叫びながら鞄を振り回す。


 ガッガッと革製の鞄にナイフが深々と刺さった。


「水崎さん、どうやら近くに蜂の巣があるみたいだ。急いでマンションに戻ろう」


「え、う、うん」


 飛来するナイフを躱しながら水崎さんの背中を押す。決して彼女へナイフをみせないよう影となる。


「それと、僕、学校に忘れ物したみたいだから先に戻っておいて、また明日」


 有無を言わせない口調で彼女と別れる。


「あ、ま、また明日!」


 水崎姫香は振り返りつつもマンションへ向かう。


 俺は彼女から背を向ける。


 小さく息を吐いて振り返った。


「姿を見せたらどうだ?」


 意識を切り替える。


 普段の気弱さが混じった宮本夜明から敵を確実に消し去る武器所持者さいていのひとごろしへ。


 中身がざわっと騒ぐ。


 理性という檻の中で閉じ込めている獣が騒ぎ始める。


 外見は只の学生、中身は恐ろしい黒の怪物。


 影へ切り替わった俺の前へ襲撃者が姿を見せた。


 顔はフードで隠れて見えない。


 手袋に包まれた両手は巨大な大剣を持っている。


 かなりの重量なのだろう剣先がコンクリートの中に沈んでいた。


「一応、確認のために訊いておこう。お前は組織側の人間か?」


 返事なし。


 スパイの役割を持つホルダーが人員確保という事で日本へ侵入してくることがザラにある。念のため尋ねたのは相手が同国の影だった場合の衝突を避けるためだ。

尤も敵意むき出しで味方もへったくれもない。


 轟音と共に水晶のような輝きを放つ刃が動く。


 重量、風の抵抗力から当たれば体は重傷だろう。


――そう、当たれば。


 横なぎに振るわれる刃を後ろに跳んで躱す。


 フルスイングで繰り出された一撃はその先にあった電柱を砕く。


 バランスを崩した電柱は配線を引きちぎりながら倒れて来る。


 火花が散って周囲は停電になる。


 大振りの一撃、次に移るまでに時間がかかる。そう普通は考えるだろう。だが、相手は曲がりなりにも武器所持者さいていのひとごろし


 片手が回転する勢いを利用してナイフを投擲する。


 狙いは胴体、両足。


 もし攻めるために踏み込んでいたらナイフの餌食になっていた。


 防戦一方では勝てないが相手のスタイルも把握できていない状況で動くのは得策ではない。


――戦闘開始だ。


 左手に一振りの刀が現れる。


 激しい音を立てて刃に雷が集う。


――雷切≪らいきり≫


 かつて雷神、雷を斬ったとされる立花道雪の所持していた刀の名前を冠した刀剣であり俺の力だ。


 青白い雷が刀身を覆う。


 体勢を整えた敵が踏み込んでくる。


 雷切の力がわかっていないというのに攻め込んできた。実力は中々のものだが未熟な部分がある。


 動きに注意しながら刀を前に繰り出す。


 大振りの一撃と雷を纏った刀の一撃。


 風と雷が周囲に広がる。


 派手な音を立てて敵が崩れ落ちた。


 服越しから小さなスパークが起こっている。


 雷切による麻痺攻撃≪スタンアタック≫。


 敵の大剣を通して相手を痺れさせた。


 武器所持者が形成した武器は様々な特性を持っており所持者を守る力がある。


 本来なら感電することはない。だが、俺の雷切はそれらの特性を上回る。


 電気の威力は調整しているから死ぬことはない。


 他の敵襲を警戒しつつ、倒れている相手を抱える。


 男にしてはやけに軽いながら担ぐ。


 むにむにと触る。


――柔らかいな。


 まるでマシュマロを触っているような気分だ。


 水崎姫香を狙った理由を調べる必要がある。


 俺は地面を蹴り、その場から消えた。

















「お前の目的は何だ?」


 襲撃者をロープで拘束して静かに尋ねる。


 スタンの効果は切れている。まだ動けないだろうが喋ることは可能なはずだ。

拘束している相手はゆっくりと顔を上げる。


 フードははだけており素顔が覗く。


 肩まで伸びている黒い髪、黄色い肌、整った顔立ち。


 年齢は俺より一つ下か同い年くらい。


 もう少し成長したら美少女になるだろう


 だが、目を合わせてわかった。


 彼女はまともじゃない。


「どうして水崎姫香を狙った?」


「夜明さんに会いたかったからです」


「…」


「吹雪は夜明さんに会うために強くなったんだ。約束しましたよ。強くなったら隣に立っていいって言いましたよね?言ったから吹雪はここまで強くなったんだ。なのに」


 どす黒い闇を抱えた瞳がさらに染まる。


 常人なら恐怖のあまり動けない。


 おそろしいまでの黒い狂気を抱え込んでいる。


「なのに、どうして夜明さんの傍に女がいるんですか?どうしてどうしてどうして?吹雪だけが夜明さんの隣に立てるんです。吹雪だけが夜明さんを支えてあげることが出来るんだ」


「…名前は?」


 わかりきっていることだが静かに尋ねる。


 少女は話しかけられたことで少し狂気が薄まっていく。


「西條吹雪≪さいじょうふぶき≫だよ。貴方の妻≪パートナー≫になる女です!」


 話がかみ合っているようでかみ合っていない。


 この少女は既に人としてどこか壊れている。


 ポケットの携帯が振動する。


 このタイミングでかかってくる相手はわかっていた。


「どういうことだ?」


『やぁ、調子はどうかな?』


「対象に俺以外の護衛もつけているな」


『おや、察しがいいね』


「護衛は慎重に選ぶ必要があるぞ」


 黒土へ手短に状況を説明する。


 話を訊いた黒土は小さく笑う。


「笑いごとじゃないだろう」


『いやいや、キミと面識があるとは訊いていたけど。あそこまで過激だとは思っていなかったからね』


「俺と面識、だと?」


『その様子だと覚えていないようだね。西條吹雪。七歳のころにホルダーとしての能力に覚醒、武器所持者となった彼女を大和機関へ引き渡したのは他でもないキミだよ?』


「覚えがないな」


 影として多くの敵や同胞を“回収”した。


 いちいち相手の顔や名前を憶えている暇などない。


 何より回収対象の殆どは人としてどこか壊れている者ばかり、そんな連中が時として影に選ばれることがあるが共に仕事をすることなど0に等しく、さらになりたての頃など嫌な記憶ばかりが大半を占めるから覚えていなかった。


 ちらりと拘束している少女を見る。


 黒い感情を宿したままだがこちらへ向けているものは好意的なものだ。


「それで、こいつは処理するのか?」


『必要ないよ。キミのサポート要員だし…状況を説明してあげてね』


 反論する暇もなく電話が途切れる。


 厄介な仕事を押し付けられた。


 小さく息を吐いて少女を見て、一瞬で思考を整理する。


「西條吹雪だったな」


「吹雪って呼んでください!私も夜明さんと呼びますから」


 既に名前で呼んでいる。


 それを追及する気はなくなっていた。


「では、吹雪。早速だがお前は勘違いをしている」


「勘違い?」


 小さく首を傾げる。


「水崎姫香との関係だ。お前が思っているような間柄じゃない。奴は俺にとって任務の護衛対象に過ぎない」


 親しく話をしていたとしても俺と彼女は護衛する側とされる側、それ以上でも以下でもない。任務が終われば接点はなくなる。


 そういう関係だ。


「そう…なの?」


「あぁ」


「本当に?嘘じゃない?」


「そうだ」


「なんだぁ…吹雪の早とちりぁ」


「お前は俺の指揮下に入った。これからは俺の指示に従ってもらう」


「うん!吹雪は夜明さんのいう事を聞く!絶対に逆らったりしないから!」


 あっさりと交渉は終わった。


 きらきらと目を輝かせている彼女がさっきのどす黒い嫉妬をだしていたとは思えないほどの早変わり。


 なんともいえない気持ちになりつつも新しい戦力、西條吹雪とメールアドレスを交換する。


 いずれ、殺し合う関係になるかもしれない影の仲間を得た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ