28.思惑と再会
「どういうことだ?」
普段よりも低い声で電話の相手へ問いかける。
『いきなり何の話だい?』
相手はいつもの飄々とした態度でやり過ごそうと考えているようだが逃すつもりはない。
「恍けるな。吹雪へナイトグールの討伐指令をだしただろ?」
『その様子だと彼女を尾行しちゃったのかな?いけないなぁ、独占欲が強すぎる男は嫌われるよ』
「話を逸らすな。俺の質問に答えろ」
『質問の返事についてはイエスでありノーである』
「どういう意味だ」
電話の向こうの黒土は楽しそうな、けれど真意を悟らせないような軽いノリで話をする。
『キルカウントと殺された体を見るとベテランでも難しいと思えるくらい綺麗な殺し方をしている。性格に大きな欠点がないのなら影として使えそうだと思ってね。彼女にはグールの正体、使えそうならば勧誘してほしいという依頼を出していたんだけど?』
嘘だな。
俺は黒土が本心を隠していることに気付いた。
殺した数や被害者の体を見る限り、殺し屋としては上級クラスだろう。しかし、それだけで勧誘に至るわけがない。
なによりここまで話題になっている相手を勧誘してもみ消すまでにかかる時間は相当なものだ。メリットも大きいが同じくらいデメリットがありすぎる。
「…どうやら本当の話をするつもりはないようだな。吹雪に出した任務、俺も引き受けて構わないだろう?」
『そうだねぇ…雪で事足りると思っているんだけど、キミの熱意に免じて特別だ。キミも任務参加を許可しよう…ただし、報酬はないよ』
「……あぁ」
本来なら報酬なしの依頼を受けるなど愚の骨頂。
しかし、今回ばかりは事情が事情だ。
報酬なしだろうと俺はこの依頼を受ける。
黒土は忙しいのか「じゃ、頑張って」と告げると電話を切る。
携帯を懐へしまうと申し訳なさそうにちょこんと正座している吹雪と目が合う。
「そ、その、夜明さん、ふ、吹雪は」
小さく体を震わせながら怯えた目でこちらをみていた。
何に対して怯えているのか俺はわからない。
水崎姫香へ攻撃しようとしたことで俺から何か言われると思っているのだろうか?俺が怒る理由として考えられるのはそれだけだった。
他は掃除屋としての任務。その過程に俺が口を挟める権利はない。
「落ち着け」
とりあえず震えている吹雪をやさしく抱きしめることにした。
ビクッと最初は体を震わせていたがやがて変な吐息が聞こえてくる。
「……おい?」
嫌な予感がして腕の中の吹雪を見ると瞳を潤ませて熱い吐息の吹雪がいた。
よくわからないが何か出来上がっている。
「落ち着いて…いないな?」
「何のことですか?吹雪は準備万端です」
誰も準備など求めていない。
彼女の額を小突いて立ち上がる。
「お前がどうしてこの依頼を受けたのか、俺はとやかく言わない…ただ、これだけは守ってくれ」
「はい!絶対に守ります」
「まだ言ってないだろうが……とにかく、標的のナイトグール、奴を殺そうとするな」
「え、それは一体」
「約束してくれ。お前は奴を殺そうとしないって」
俺の真剣な言葉で吹雪は戸惑いながらも頷いた。
「わかりました」
「…すまない」
ナイトグールを始末する。
これだけは吹雪にさせたくない。
俺のエゴだといわれるだろう。そうだとしても吹雪が奴の企みへ巻き込まれることだけは避けたい。
「(ナイトグールは奴が関わっている)」
根拠も証拠もないがタイミングと奴の言っていた言葉通りとするならありえる。
奴の思い通りに進ませることだけは阻みたい。
だから、俺は――。
「吹雪、そろそろ寝るか」
「待っていました!」
俺の言葉に吹雪は頬を真っ赤にして頷く。
「…まさかと思うが、お前、俺の部屋で寝るつもりか?」
「ダメ、ですか?」
「いや、どっちでもいいんだけどさ。なんで笑顔なんだ」
「恋人と一緒に寝られるなんて幸せなことはありません!!吹雪は幸せの絶頂の真っただ中にします!」
「…そうか」
俺にはわからない気持ちだな。
そんなことを思いながら吹雪がベッドへ入ることを了承した。
自分以外のぬくもりを感じながら寝ることに未だ戸惑いはあるが、少し良いものだった。
「夜明さん」
背中合わせで寝ていた俺へ吹雪が声をかける。
「寝れないのか?」
「少し、訊きたいことがあるんです」
「……なんだ?」
「夜明さんにとって水崎姫香って何なんですか?」
てっきりナイトグールについて尋ねられると思っていた。
不意打ちともいえる質問に俺は息を詰まらせる。
――水崎姫香。
俺にきっかけを与えてくれた少女
少なくとも彼女がいたからこそ、変われることが出来た。
それだけのことだ。
だが、吹雪はそれで信じないだろう。
彼女の目は俺も知らない心の奥深くを覗こうとしていた。
「吹雪はなんとなくわかるんです。女の勘ともいえるでしょう。夜明さんはあの女を特別に思っています」
「そんなこと……はない」
辛うじて否定の言葉を漏らす。
頭から水崎姫香の存在がちらつく。
もう終わったんだ。
俺と彼女は関わってはいけない。
表と裏。
それが俺と水崎姫香の関係だ。
魔物を討伐するために戦うホルダーとして、水崎姫香が、イレギュラーホルダーを始末するべく動く俺。
この二つは交わっていけない。関わりを断とうとした。
失敗した。
そう失敗したのだ。
後一言、それを伝えるだけで俺と彼女は完全にかかわらなくなっていた。それなのに――。
「くそっ」
吹雪に聞かれないように小さく舌打ちをする。
昔と違う悩みにしばらく葛藤した。
「(夜明さん、またあの女の事で苦しんでいるんですね)
吹雪は最愛の人が苦しんでいることをわかっていた。
彼は掃除屋として優秀だ。
感情や気配を消す事も長けている。しかし、時々、彼も制御できていない“モノ”が前面へ浮き出ることがある。
それはどす黒いモノや深い愛を感じるものまで多く存在している。
今の彼へ浮き出ているそれは後悔と懺悔に近い感情。
決まってそれは水崎姫香という女が起因だ。
あの女は本来ならこの世にいない。
魔物に食われて去っている筈。それを彼が変えた。
彼の力によって今の女がいる。
別にそれは良い。吹雪だって夜明が手を差し伸べてくれたからこそ、今があるのだ。
珠洲沼、否、武器喰いに従うだけだった自分を変えてくれた。そんな大切で大好きな彼が悩む存在がいることが許せない。
だから、任務のどさくさに奴を抹殺しようとした。
失敗はしたが吹雪は確信した。
夜明の苦悩は水崎姫香にある。
あの女がいる限り彼は苦しみ続けるだろう。
殺さないといけない。しかし、彼の知らない所でやらないといけない。
もし、彼の前で殺したとなれば心に深い傷が残ってしまう。そうならないために秘密裏に、遠くで魔物に殺されるような計画を練るべきだろう。
それかもう一つ。
黒土に話は通してある。
殺す以外の方法、それは水崎姫香の存在を忘れさせるほど自分へ愛を注がせること。
ゆっくりと夜明はこちらへ傾きつつある。
後は体を何度も重ねて自分の事だけをみるように、それ以外の事は考えられないようにすることだけ。
「(夜明さんに必要なのは吹雪です。あの女じゃないということをゆっくりと確実にしみ込ませます)」
くるりと向きを変える。
彼は夢の中へ旅立っていた。
後ろから優しく抱きしめる。
服越しに伝わってくる温もりと心臓の鼓動。
それを独り占めできる幸せと共に高揚感が増す。
「夜明さん」
名前を呼ぶ。
返事がないことはわかっている。
でも、愛しい人の名前を呼べるということが幸せだということを理解できる。
少し前の自分になかったもの。
それがあることでより吹雪は彼の事を愛おしくなった。
「愛していますよ。夜明さん」
▼
真夜中、水崎姫香は黒衣の人物を求めて街の中を歩いていた。
独り暮らしでなかったら家族が心配して絶対、外出できなかっただろう。
美少女が夜中に一人。
犯罪に巻き込まれてもおかしくはないだろう。しかし、水崎姫香はホルダー。
ただの犯罪者なら軽く対処することが出来る。
そう、ただの犯罪者なら。
現在、この街はナイトグールが徘徊している。
あれから数日が経過しているが未だ、被害は止まることを知らない。
ナイトグールが現れるかもしれないという不安はある。それでも彼女は黒衣の人物に会いたかった。
おそらく黒衣の人物はナイトグールを追いかけている。
自分もナイトグールを探していればいつか遭遇できるだろう。
そんな淡い期待を抱きながら姫香は闇夜の道を歩く。
思いもしなかっただろう。
背後に話題のナイトグールがいたということに。
そのナイトグールが黒い刃で水崎姫香の心臓を一突きしようと迫っていた。
何もせずに水崎姫香の命が終わるという瞬間。
ぴたり、とナイトグールの動きが止まる。
ぐるりと信じられない速度で振り返った。
居た場所を雷撃が襲う。
くるくると空中で回転しながら暗闇で光る眼が大きく開かれた。
目の前に迫る刃。
ギリギリのところで手にあるナイフで防ごうとするが威力が強く手元の武器が弾かれてしまう。
その間に水崎姫香の姿がなくなる。
「…まっていた」
武器を失ったというのにナイトグールは開いた目を閉じようとしない。それどころか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
対して雷切を構えたまま黒は静かに告げる。
「やはり、お前がナイトグールだったか」
黒の前にいるのは夜明だった時に出会った薄汚れた少女。
今とあの時と大きな違いがあった。
無垢さを思わせる表情はどこへいったのか獲物を狙う狩人の目をしており、体勢は低く、どんなことでも対応できる。地面に転がっているナイフは月夜に照らされて赤い液体が滴り落ちている。
それは水崎姫香のものではない別の人間のだろう。
冷静に観察している黒へ少女は小さく告げる。
「待っていた」
「………どういう、意味だ」
「よあけが一人になるのを待っていた。あなたはいつもそばに誰かがいた銀髪、大剣女、メガネをかけた男、でも、今は誰もいない…あなた一人」
ナイフを一振り。
離れた所にあったナイフがいつの間にか少女の元へ戻っていた。
こびりついた血を落として少女はさらに体勢を低くする。
「一つ、訊きたい」
狙われているというのに黒は表情を変えず問いかけた。
「お前は何のために人を殺している?」
抱えていた疑問。
何故、人を殺すのか?
殺す理由を尋ねることは本来意味をなさない。しかし、黒としては少しだけ、ほんの少し、目の前の少女の行動の根幹を知りたいという気持ちがあった。
「……ほめてくれる、から」
少女はぽつりと話す。
次の更新は週末、もしくは週明けになるかも…場合によってははやくできるかもしれません。