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壊れている救世主は少女達を救う  作者: 剣流星
第三章:もう一人の黒―BlackBlade―
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25.次の標的

「お前、名前はあるのか?」


「…ない」


「そうか」


 短い会話のやり取り。


 少女はこちらから質問しない限り応えない。


 最初の「どうして?」以降、驚いたりすることはあったが沈黙を貫いている。


 そして、短い会話と行動で少女は親からまともな教育を受けていないことが分かった。


 スプーンの持ち方も体の洗い方、服の着方、親から教わるべきことが欠けている。


 産んだけれど、色々な理由があって捨てられたのか。育てることが嫌になったのか。


 このご時世、子供の世話が嫌になるなんて当たり前。


 何もかもがマイナスへ向かっている。


 目の前の少女も被害者だろう。


 心優しい人間ならもっと助ける、救うこともあるだろう…だが、俺はそれ以上を良しとしない。


 今まで生きてきた少女に手を差し伸べたら最後まで貫く必要がある。


 手助けはできる。だが、それ以上、しいて言えば命を預かる覚悟まではもっていない。だから、俺がしてやれるのは生きる手助けまで。


 それ以上は贅沢や甘えになる。


「基本的に夕方から夜にならないと俺はこの部屋にいない。もし、また食べたくなったらここへこい。こんなものでよければ出してやる」


「どうして?」


 牛乳が入ったグラスから手を離して少女が訊ねる。


「気に入ったからだ」


 笑顔を浮かべずに伝えると少女はきょとんとした表情を浮かべていた。


 ガチャリとドアが開く音がする。


 吹雪が帰ってきたのだろうか?


 玄関へ視線を向ける。


 立ち上がった時、玄関へ続く扉が音を立てて吹き飛んだ。


 飛来してくるドアの破片を拳で叩き落す。


 木片が手に刺さって血が流れるが大したケガじゃない。


「……ノックしたら返事を待つという事を知らないのか?」


「うるせぇ!」


 俺の言葉に襲撃者は律儀にも返事をする。


 扉を壊して入ってきたのは驚くことに黒いスーツを着てガラの悪い連中だった。


「おい、小僧」


 ぞろぞろとやってきた男達の奥から顔に傷のある男が現れる。


 雰囲気から周りにいる小者と比べ物にならない危険度を持っていた。


「お前、ボロ布の餓鬼を連れ込んでいただろ?どこにいる」


「訪問のマナーを知らない人間に応える気はないな」


「ほぉ」


 俺の問いに男の目が鋭くなる。


 同時に周りの小者が騒ぎ出す。


「てめっ!沢渡さんに逆らうとどうなるかわかってんのか!?」


「銀狼会の若頭に喧嘩売ってただですむと」


「黙っていろ!」


 ナイフをちらつかせていた小者を沢渡という男は殴り飛ばす。


 指輪がついてごつごつしていた手で殴られていた。


 小者は鼻から血を流しながら「ずいまぜん」と謝罪する。


「小僧、名前を教えろ。俺は沢渡という」


「宮本、夜明」


「いい名前だな。宮本、お前が餓鬼を連れ込んだのは知っている。どこにいる?」


「……気になるなら調べたらいい」


「おい」


「靴ぐらい脱いでいけ」


「そうだな。マナー知らずだな。お前達もだ」


「へ、へい」


 沢渡が部下へ指示を出すと部屋の中を調べ始める。


 しばらくして「誰もいない!」という返事が来る。


「どこかへ隠したか?」


「隠すメリットがその餓鬼にあるのか。ここにいないならいない。それで十分だと思うが」


「そうか…どうやら俺達の勘違いだったようだ」


 財布を取り出して分厚い紙幣を机へ置く。


「扉を壊した迷惑料だ。足りなければいいに来い」


「一庶民だ。これだけで結構」


「お前、面白いな」


「どーも」


 俺の中の何かを探るように沢渡が真っすぐにみている。


 しばらくして小物たちと共に彼も出ていった。


 残ったのは俺一人。


 そう、俺一人なのだ。


「……」


 部屋の中にいたであろう少女の姿はどこにもなかった。


 まるで最初から存在しなかったかのように。


 影も形もなくなっていた。


「……さて」


 荒らされた部屋の掃除でもしよう。


 そうしないと戻ってきた吹雪がこの現状を見たら奴らの所へ殴り込みしかねない。


「………」


 机に置かれているグラスへ視線を向ける。


 そこには少しだけ残った牛乳があった。


「白昼夢じゃない、ってことか」


 ならば、どうして少女の姿は消えているのか。


 その答えは…。


「まさか、な」


 浮かんだ考えを打ち消すようにガラスの破片を塵取りで片づける。


 ふと、手を見ると血が零れていた。


「俺の血…赤いんだな」


 今更の事のように呟きながら掃除をする。


 そういえば、吹雪の奴、どこにいったんだろうな。


 ルームメイトがいないことにようやく俺は疑問を浮かべた。






















 西條吹雪の機嫌はこれでもかというほど悪かった。


 夜明以外と接する時は無表情なのだが、今回は眉間に皺が寄り、苛立ちを現すように足をとんとん動かしている。


「面倒です。すぐに帰りたいです」


 運転席にいる黒土が申し訳なさそうに言う。


「普段は別の人に護衛してもらっているんだけどねぇ。野暮用で動けないってことだったんだ。疲れているところ申し訳ない」


「どうして吹雪なのですか?他の人を使えばいいのに!?折角、夜明さんを出迎えるべく色々と準備しようとしていたのに!!」


「まだ、していなかったんだね…していたら、確実に拒否されていただろうね」


「会議の内容はなんなのですか?」


「定例会だよ。あとは話題になっている夜の殺人鬼についてどうするかという話くらいかな」


「ナイトグールですか…あれは普通の人間の犯罪なのですか?」


「上はそうみている」


「貴方は違うと?」


「…これはキミに黙っていようかなと思っていたけれど、少し話そうかな」


 黒土は運転をしながら助手席の吹雪へ話す。


「キミはノワールというホルダーについて聞いたことあるかい?」


「噂程度なら…大量のイレギュラーホルダー、ホルダーを殺しまくった狂人と」


 ノワール。


 本名、国籍、年齢の全てが不明。


 ホルダーとしての実力については最強といわれる。敵対した相手で生き残った者はいないといわれている。


 同じ影の人間の中で戦ってはいけない人トップに君臨している。


 しかし、欠点があった。


「対峙した相手は必ず殺す。獲物は逃さない。敵対した者が最後に見るのは漆黒の姿…故に彼女は黒と呼ばれていた」


「それって!」


「偶然だと思いたいだろうけれど違うよ。彼の識別名:黒と…黒と呼ばれているノワールはいわゆる師弟関係の間柄だよ」


「…師匠と弟子…夜明さんとそのノワールが」


「そのノワールが不気味なことを彼へ伝えたんだ。今起こっている殺人事件の犯人はホルダーであるということ、始末は彼がつけなければならないとかね」


「わけがわかりません。吹雪の記憶が確かならノワールは永遠の監獄へ閉じ込められている筈です…どうやって」


「千里眼だよ」


「何です、それ?」


「ノワールの唯一わかっている能力…どこにいようと、どんな場所であろうと自分のみたいもの、全てが見通せる力…おそろしいものだね。プライバシーとかそういうものが一切なくなる能力だ」


「今もみられているかもしれない?」


「ま、向こうは眼中にないだろうけれど」


 陽気に言う黒土だが、その目は笑っていない。


 むしろ不安の色が見えた。


 彼もそういう顔をするのかと吹雪は場違いな感想を抱く。


「夜明さんはどのように?」


「無関与を貫くつもりだろうけれど…そううまくいかないだろうね」


「…どうして、ですか?」


「彼の師匠なんだ。そういう所を予測しているかもしれない」


「少し、気になったことがあります」


「なんだい?」


 吹雪は黒土へ疑問をぶつける。


「どうして、貴方は夜明さんをそこまで気にかけるんですか?他にも優秀なホルダーはいるはずです」


 少し気になっていた。


 何故、彼は夜明へ親身に接しようとするのだろう。


 管理官は様々な人間がいる。


 ホルダーを人間と見ない者。


 珠洲沼のように手駒として利用する者。


 そんな人たちが管理官として多いけれど、黒土は比較的まともな部類だ。


 腹に一つ二つ企みを抱えているだろう。けれど、夜明へ親身になろうとしている姿はどこか。


「僕は英雄が生まれる瞬間が見たいのさ。たまたま力を手にして誰かの為に力を振るう英雄じゃない。代償の果てに限られた人間を救う英雄の誕生がね」


 吹雪の疑問へ応えるように黒土は言う。


 その姿に何故か寒気を覚えた。



















 路地裏で男が二人、こと切れる。


 首を一閃。


 喉元をおさえて出血を止めようと無駄な足掻きをして死を迎える。


 男達は少女の情報を沢渡、銀狼会へ売り払った。


――金になるから。


 それだけの理由で少女を売り払った。


 どういう意図で、何のために探しているかという理由を考えないまま。


 故に少女の標的となった。


「殺せなかった」


 血まみれのナイフで男達の体をぐちゃぐちゃと刺しながら悲しそうにつぶやく。


 浮浪者が行きかう路地裏は少女の領域。


 自分の売りとばした人間を始末するべく部屋を飛び出した少女は標的を発見、迷わずに始末した。


 あそこへ戻ることはできない。


 いなくなったことで警戒されているかもしれない。


「あと少しだったのに」


 よくわからない感情でぐちゃぐちゃになりながら少女はナイフを両手で抱きしめる。


 男達から助けてくれた少年。


 他の人たちと何かが違う。


 暖かい何かを感じた。


 だから、ついていった。


 もしかしたらという考えは少女の中にない。


 少年は少女へ様々なものを与えてくれた。教えてくれた。


 彼を殺そうと考えたのはその時だ。


 これだけの良い人だ。殺せばそろそろくるだろう。


「よあけ」


 彼が怪しい男達と話をしている時に名乗った。それを覚えた。


 ぽつりと少女は名前を呟く。


 ぞくぞくと言葉にできない気持ちが生まれる。


 人を殺す時、生きている時に感じてこなかったもの。


 今までになかったものが心地いい。


「よあけ」


 ぞくぞくと体が震える。


 ぶつぶつと少女は名前を言い続けた。


 顔を上げた時、その顔は少女が浮かべるものにしてはかなり歪で妖艶さが宿っていた。



 少女と夜明。


 この二人が再度、遭遇した時…どうなるのか。


 それは誰にもわからない。


 宮本夜明は次の標的となった。


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