24.拒絶
次は水曜日までに更新予定です。
剣山第一高等学校。
あるクラス。
俺がいる教室は朝から重苦しい空気に包まれている。
クラスメイトも、普段から暑苦しい教師も沈黙を保っていた。
全員が空席を見ている。
「みんなも、知っていると思うがうちのクラスの谷本が殺人鬼の被害にあった」
沈黙の中、放たれた言葉で何人かのクラスメイトが静かに泣き出す。
――殺人鬼。
日常の生活において聴くことのない存在によってクラスメイトの一人は命を断たれたらしい。
早朝。
発見したのは巡回していた警察官。
公園の入口近くで頸動脈をばっさりと切り裂かれていた。
死後数時間は経過していたという。
遺体解剖の結果、斬り口から連続殺人鬼と同じ凶器によるものと判断。
警察から両親と学校へ連絡がいって事態が発覚した。
「黙とう」
教師の言葉で全員が黙とうをする。
俺も黙とうをする。
名前も覚えていないクラスメイトに黙とうをしない理由はない。
しばらくして黙とうを終えると教師が出て行ってHRが終わる。
その途端、クラス内が騒ぎ出す。
誰もがクラスメイトの死を悲しんでいたがいくつか俺へ敵意ある視線が向けられる。
――あぁ、またか。
窓へ視線を向ける。
耳へ届く会話の殆どが俺に対する悪口。
クラスメイトが死んだのに対して涙一つ流さないのはおかしいというものだ。
どうして、俺がそこまでしないといけない?
口に出すことはしなかった。
死者を追悼した直後に騒ぎを起こすようなバカな選択はしない。
ここにいたらマズイことになりそうだ。
俺は席を立つ。
全員の視線を集めてしまったが無視して外へ出る。
授業はボイコットしてしまうが仕方ないだろう。
去り際に鞄をとって教室を出る。
今の教室に俺という不純物はいるだけ騒ぎの元になってしまう。
廊下を歩いて下駄箱へ到着したところで後ろから靴音が近づいてくる。
音から誰かわかりきっていた。
「夜明君!」
振り返ると相手は水崎姫香だ。
急いでやってきたのだろう少し息が荒い。
「なんだ?」
「…き、気を悪くしないでね。みんな…神経質になって、いるだけだから」
「別にいいさ。嫌われているのは慣れている」
「でも!おかしいよ」
納得できないという表情だ。
前々からみせていた顔だからこそわかる。
水崎姫香は俺の環境に納得していない。
あわよくば何とかしたいと考えている。
それは哀れみからか、自己満足から…はたまた正義感か?
「別におかしくはないだろ?親しくしていた奴が急にいなくなった。そんなことになれば誰だって混乱して、何かに八つ当たりをしたくもなる」
「だからって…夜明君がその被害を受けなくてもいいじゃない!」
「別にどうでもいいさ。俺は気にしていない」
そう、気にしていない。
眼中にない奴らの言葉へ“感じる”ものはない。
「気分が悪いから早退するわ。後は任す」
去ろうとした俺の背中へ水崎姫香が叫ぶ。
「私…なんとかしたい!」
立ち止まる。
振り返ると覚悟を秘めた目で彼女はこっちをみていた。
「……別に俺は何とも思っていないんだが?」
「でも、やっぱり私は納得できない…おかしいよ!どうして夜明君だけがひどい目にあうの!?おかしい…そんなことあっちゃ」
あぁ、ダメだ。
「こういおうか」
水崎姫香へ冷たい目をむける。
「迷惑だ。俺の事は放っておいてくれ」
こんな顔をみせられるとイライラする。
「………どうして」
拒絶の言葉を言われると思わなかったのだろう、水崎姫香は目を見開いている。
「いい加減、迷惑なんだよ」
突き放すような物言いだがこれでいい。
「お前みたいな奴に付きまとわれていると鬱陶しくて仕方ない。いつもいつも人気者が話しかけてくるとどうなるかわかるか?余計に悪化するんだ。教えておいてやる。お前が俺へ話しかけてくる度に絡んでくる奴らがいる。そいつらの相手もしんどい…わかるか?お前と話すことが俺に不利益、迷惑なんだよ」
拒絶の言葉。
言葉は刃。
まさにその通りだと思う。
拒絶する言葉を放つ度に彼女の目に悲しみで染まっていく。
このままいけば、彼女は傷ついて離れるだろう。
それでいい。
そうすることで彼女は余計なことに気を回す必要がなくなる。
「夜明君、その、わ、わたし、私は」
「わかったらもう話しかけるな。近づくな…俺に」
躊躇うな。
ここで彼女を拒絶する事は正しい選択だ。
そうすることで余計な心配事が減る。
なのに、
先の言葉を言うことを躊躇われた。
俺は!!
「姫香!」
思考を遮るような声が響く。
教室側から金城秋人がやってくる。
どうやら彼女を心配してきたのだろう。
彼は悲し気な彼女と対峙している形の俺を見た途端、顔を顰めた。
「宮本、姫香に何をした?」
やはりか。
金城秋人も俺が何かをしでかしたと思っているようだ。
当たらずとも遠からず。
低い声による質問。
普通の人間なら震えてなにもできないだろう。
俺にとっては軽いものだ。
しかし、これは使えるな。
「おーおー、正義の味方の登場だ。俺は失礼するぜ。じゃあな、水崎。もう、学校で話しかけるなよ?」
ひらひらと手を振って学校を出る。
後ろで心配そうに彼女へ話しかける声が届く。
水崎姫香という少女は俺にとって何だったのか?
町の広場のベンチへ腰かけている中でそんな考えが浮かぶ。
学校を抜け出してしばらく、宛もないまま歩いて疲れた時。
そんな考えが頭に浮かぶ。
切欠をくれた少女。
彼女が何だったかと問われればこれが答えだ。
吹雪が一歩を踏み出させてくれた少女とするなら水崎姫香は変わる切欠をくれた少女。
その少女を遠ざけようとした時、俺の心はどうしょうもないくらい激痛を訴えた。
「クソッ…なんだっていうんだ」
最後の一線を越えることが出来なかった。
最善の策だったはず。
それができなかったことが悔しい。
彼女が離れてくれればこれ以上――。
「アホらしい」
思考を放棄する。
同じことをぐるぐる繰り返してばかりで正常な判断ができない。
「帰ろう…」
帰って寝よう。
そうすれば少しはまともな思考ができるようになる。
立ち上がった時、前方で騒ぎがあった。
「みつけたぞぉ、ガキィ!」
「よくも手間かけさせやがったなぁ!!ぶっころしてやる!」
ガラの悪い大人達が足元の何かへ叫んでいる。
かなり物騒な言葉を叫んでいるが幸いなのか不幸なのか周りに人の姿がない。
ここにいるのは俺だけ。
一瞬、大人たちの足の隙間から相手の姿が見えた。
小学生くらいだろう。
ボロボロの衣服、髪は油でギタギタに汚れている。頬はやせこけている。
子供だった。
何も映さない瞳と目が合った。
無意識のうちに立ち上がって声を発していた。
「おい」
「「あぁ!?」」
かなり苛立っていたのだろう。
ガンを飛ばしながら男達がこちらをみる。
小さな笑みを作って近づく。
「その子も空腹で仕方がなかったと思うんだ。これで勘弁してもらえないでしょうか?」
男達の手にそれぞれお金を握らせる。
握らせたはした金だが、目の色を変える。
「ま、まぁ、これに懲りたらこれ以上やるんじゃねぇぞ!おい、行くぞ」
「へ、へい!」
二人は気分を良くしたのかそのまま去っていく。
暴力的解決よりもこうした方が良い。
最終的手段は暴力だけれど。
二人の姿が完全に見えなくなってから倒れている子供へ近づく。
「大丈夫か?やるなら相手を選んでやれ。あのままだと殺されていたぞ」
別に悪いことをするなとはいわない。
復興都市であるが貧困がなくなったわけじゃない。多くの人が目をそらしているが家を失った人や路頭に迷っている人は存在している。
差し伸べてくれる人はいない。そんな彼らは様々な方法で生きている。
盗みを働く、表に出せない商売を手伝う。鉄砲玉になる。そうすることで生をつないでいる。
そんな人たちが生きる為の術を奪う道理はない。
「ぁ」
「足を怪我したのか」
立ち上がろうとした子供は顔を歪める。
裸足で逃げ回っていたのか足の周りが傷だらけだった。
「手当てをしてやる。行くぞ」
有無を言わせずに子供を抱えて歩き出す。
アパートへ戻ると吹雪の姿はなかった。
出かけているのだろうか?
「まずは体を綺麗にするか。風呂の使い方はわかるか?」
「…(ふるふる)」
子供は首を横に振る。
風呂すら入ったことがないときたか。
「俺が洗ってもいいならそれでいいが、構わないか?」
コクン、と頷かれる。
「服は洗濯するから脱いでくれ」
この時、俺は目の前の子供を男だと思っていた。
言葉を発しないし、体の発育は男か女か断定できない。浮浪の生活を送っていれば髪を切ることもないだろう。そんな先入観から勝手に男だと思っていたのだ。
服を脱いだ子供の裸体にあるべきものがなかった。
つまるところ、少女だったのだ。
裸体を見ることに少し戸惑いながらもシャンプーやボディソープで体を洗っていく。
綺麗にすることがはじめてだったのか少女は灰色の瞳を限界まで見開いて驚き、くんくんと臭いをかいでいる。
「慣れるまで時間がかかるかもしれないが、かゆい所はないか?」
「うん、これ、なに?」
「入浴…気持ちいいだろ」
「うん」
油でギタギタの髪を洗うのにかなりの時間をかかった。
髪の毛を切ってやろうかとも考えたが女性の命ともいわれるものに手を出すのはまずいだろうと考えてやめる。
念入りに髪を洗ってやり、入浴させる。
水に入ることへ激しく怯えだしたが俺が傍で手を握ってやると落ち着いた。
今までどういう生活をしてきたのか想像もできない。
「どうして?」
入浴を終えてドライヤーで髪を乾かしてあげていると少女が不思議そうな顔で俺を見ていた。
「深い理由はない。ただの気まぐれだ」
嘘だ。
俺と似ている所があったからつい手を差し伸べただけに過ぎない。
少女は俺が残していた昔の服を着ている。
流石にパンツばかりは買いに走った。
短パンとオレンジ色のシャツ。
男物だが、女物にすれば余計な連中から狙われるかもしれないという余計なお節介。
「中途半端な優しさは迷惑になるかもしれないが…何かあればいってこい。風呂や古着くらいはだしてやる」
「……」
不思議そうな顔で俺を見上げている。
きゅるるぅと小さな音が耳に届く。
「……ご飯、食べるか?」
「………………ぅん」
か細い声で少女は頷いた。