22.小さな嫉妬
雪は拳で小さな影を殴る。
少女の繰り出した拳とは思えない轟音と共に相手は吹き飛ぶ。
一瞬、姿を見られたがなんとか誤魔化せる。
工場の壁の向こう、飛ばされた影がふらふらと起き上がった。
その拍子に布がめくれて素顔が現れる。
あらわになった素顔、それをみた者は顔を青ざめるだろう。
顔の半分はただれ、黄色い眼球がせわしなく周囲をみている。口から垂れる液体は強い酸性をもっており床に小さな穴を作っている。
せわしなく動いていた目が雪を捉えると地面を蹴る。
人間にしては細長い腕が彼女の心臓を貫こうとしていた。
「遅すぎです」
横から手を掴んで地面に叩きつける。
ベシャッと飛び出した液体が地面を溶かしていく。
「面倒…です」
打撃をしたら周囲へ被害が出る。
別に雪自身は問題ない。
いくら傷ついても死ななければホルダーの体は回復する。五体満足であれば問題ないのだ。
周囲の隠蔽も組織が行うことだ。掃除屋たる自分が心配する必要はなかった。
ただ、傷ついた姿を見て彼が心配しないか、それが問題だった。
思考の海へ沈みかけていた所で奇声を上げてホムンクルスが飛びかかる。
先ほどの一撃で臓器の一部がやられたのだろう動きが鈍い。
「余計なことはせずに圧倒した方がよさそうですね」
雪は手を躱すと大きく後退する。
離れたことで警戒を強めたホムンクルス。
手を空へ掲げる。
「おいで、黒月」
瞬間、雪の手に大剣が現れた。
以前のような水晶の輝きを放つ大剣だが、少し変化がある。
月夜に照らされている大剣の刃は闇色となっていた。
雪は知らないが夜明と契約を結んだ時から大剣の色が変わり、力も強くなっている。
契約を結んだことは覚えている。しかし、内容については不明だ。
わかっているのは主へ絶対忠誠。敵対者を排除する事。
「歯向かうなら敵です」
黒月という名前をつけた大剣を構える。
迫るホムンクルスへ黒月を振るう。
肉と骨を黒い刃が断つ。
醜い断末魔をあげてホムンクルスの命が絶たれた。
原型をとどめていない体から流れ出る血液が地面を溶かす。
「倒すのも一苦労だ」
大剣は傷一つない。
どこかの映画の生命体のような厄介さをもっている。
雪は目の前の敵の力をみて面倒だと呟く。
懐の端末を取り出す。
「はい」
『状況はどうかな?』
「ホムンクルスを一体潰しました。やはり黒さんの言う通り、唾液や血液など体内を流れる液体に強力な酸が含まれているようです」
『思った通りか……』
「黒さんの方はどうです?」
『あ、さっき報告を受けてね…四体撃破したそうだ』
「流石です」
うっとりとした表情で雪は微笑む。
黒と雪は黒土から命令を受けてホムンクルス討伐を受けている。
しかし、この任務かなり厄介だった。
「ところでホムンクルスの数は一体だと聴いていたのですが?これは」
『僕も調べているんだけど、わかんないんだよねぇ…もしかしたら分裂能力があるのかもしれない』
黒土の言葉に雪は頷く。
「どうします?朝まで探し続けますか?」
錬金術師がばらまいたというホムンクルスは一体だけのはずだった。そして、黒がホムンクルスを討伐したという報告を聞いた直後、水崎姫香を狙うホムンクルスと遭遇。戦うに至った。
『そうしたいところだけど…黒が任務から少し離れることになったんだ。キミだけになるけれど任せて大丈夫かな?』
「黒さんのためならなんだろうとします…全て滅ぼします…あれ?」
周りを見るとぞろぞろとホムンクルスが現れる。
その数は50を超えていた。
「分裂しすぎですよ」
現れた数にうんざりしながら雪は黒月を構える。
「雪の…夜明さんを脅かす相手は何があろうと排除します。えぇ、邪魔者は全て」
黒月で最初のホムンクルスを両断しながら雪は走る。
その姿は夜叉を連想させるものだった。
▼
西條吹雪は学校に通っていない。
本来なら学生として活動しないといけないのだが特に必要性を感じないことから吹雪は学校へいっていない。
一応、学生として籍を置いているが不登校が続いている。教師は問題児として手を触れることを嫌っているから干渉もなかった。
故に昼過ぎまで寝ていても咎められることはない。
「疲れた」
ホムンクルス59体を滅ぼしたら朝になっていた。
一徹しても問題はないが流石に体は疲れる。
アパートへ戻ると吹雪はそのままベッドへ倒れこむ。
倒れこんだところでそのまま眠ってしまった。
数時間して吹雪は目を覚ます。
「………夜明さんの臭いがします」
彼女が寝ているベッド。
そこは本来なら宮本夜明が就寝する場所だ。
少し前なら嫌がっていたが今は一緒に寝ている。狭いベッドで互いの体温を感じる。これほど幸せなものはないだろう。
孤独だった彼女にとって就寝ほど嫌なものはない。暗い世界で独りだと実感させられるからだ。
でも、今は違う。
愛しい彼と共に眠ることで独りではないとわかる。
しかし、肝心の彼は今いない。
昨日の夜からどこかへ向かっていて会えていないのだ。
「あぁ~、夜明さん成分が圧倒的に足りません」
存在しない成分が足りないといいながらぐでーとベッドの上で右や左に動き回る。
もし部屋の主がこの状況を見たら呆れるだろう。
だからこそこうしてのんびりしていられる。
吹雪がだらーとベッドの上で寛いでいると置いてある携帯端末が鳴り出す。
むくりと彼女が携帯を開く。
そこに表示されているのは夜明♡マーク。
「夜明さん!」
だらけていた顔から一転、輝く笑顔を放つ吹雪は携帯のスィッチを押す。
『吹雪か?』
「はい、貴方の最愛のパートナー!吹雪です!」
『任務はどうなった?』
あえて最愛の部分はスルーしたのだろう。彼女は彼の声がきけたことでそのことに気付いていない。
「徹夜で吹雪がホムンクルス59体を殲滅しました!」
『俺が潰した数を含めて63いたわけか』
「そうなります……ところで、夜明さんは今どこに?」
『……訳あって場所を言うことはできない。吹雪、そっちで変な女に遭遇しなかったか?』
「変な女ですか?」
夜明の質問に吹雪は少し考える。
ホムンクルスを討伐することに意識を向けていたことで人に見られていたかどうかわからない。
不審な人物や監視されているような気配も感じられなかった。
パワータイプである吹雪の索敵能力は高くない。しかし、自身へ向けられる敵意、殺意、観察される気配に関してはわかる。
自分の事だ。わかっていなければ命はない。
記憶を探る限り、吹雪が出会ったのはホムンクルス、あの女だ。
――あの女。
思い出した途端、吹雪の中で苛立ちが募る。
宮本夜明に近づくメス豚。
吹雪の敵だ。
「いえ、変な女と遭遇はしませんでしたし、みることもなかったです」
『………そうか』
彼へあの女の事は報告しない。
優しい夜明のことだ、水崎姫香が狙われたと聴いたら任務を放り出して駆けつける。
自分も助けてくれるだろう。そもそも助けてくれたのだ。
絶対にくるだろう。
だから気に入らない。
彼にとって守る対象になっている水崎姫香が気に入らない。
――守る対象。
独占欲の強い吹雪にとって自分以外が彼の目に入ることは許せない。
隙あらばあの女を殺したかった。
しかし、そうすれば彼と敵対関係になる。
それはダメだ。
「吹雪の覚えている限り、それらしき姿はありませんでした」
『…………そうか、こっちの用事が終わり次第、すぐに戻る』
「わかりました!……早く、戻ってきてくださいね」
『あぁ』
電話が終わる。
少し寂しく思いながらも我慢すれば会えるのだと自分へ言い聞かせた。
「でも、やっぱりあの女は嫌いです」
あの女をこれ以上、近づかせないようにしないといけない。
吹雪はあることを計画に移すべく携帯の電話帳を開ける。
「待っていてくださいね」
笑顔を浮かべながら端末を操作する。
その顔は笑顔だけど何かが壊れているようなものだった。
「吹雪が夜明さんの全てを守りますから…あんな奴に渡すなんてしません」
光を失った瞳で携帯を見つめながら呟く。
誰かに依存することでしか居場所を作れなかった少女にとって受け入れてくれた彼をとられることだけはあってはならない。
奪われるくらいならその相手を潰す。
攻撃的な思考を持つ彼女は笑みを深める。
「絶対に……渡さない」




