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壊れている救世主は少女達を救う  作者: 剣流星
第一章:狙われた銀姫―FirstStrike-
2/81

1.銀色の転校生

 冷たい風が頬を撫でる。


 春が近づいているはずなのに風は雪のように冷たい。


 体温を奪われていくことで自分という個がそこにあるんだということが嫌でも実感させられる。


 空には楕円形にみえる月、見下ろせば数々の街の光が灯っておりその中の一つ一つで温かい家庭が築かれているのだろう。


 この時間が好きだった。


 あの光の中は暖かいものが存在している。それを見ているだけでいい。


 別に羨ましいとかそういうものはない。しいて言えば、自分のやっていることに正当性が欲しいんだろう。


 俺が武器を振るうのは街の光を守る為だと言い聞かせることで正しいのだ、間違いじゃないと思い込む。


 愚の骨頂だな。


 バカなことを考えてしまった。


 俺がやるのは命令だからと機械のようにただただこなす。


「まるで人形だな」


『黒、聞こえるか?』


 耳に装着しているインカムからノイズ交じりの“声”が聞こえてくる。


『確認が取れた。対象の確保へ向かえ。反逆の意思を見せた場合、即座に処理すること』


 “声”は命令した。


 溜息をもらすと白い息が広がる。


――今日は本当に寒いな。


 建設途中のビルから飛び降りる。


 風が全身に襲い掛かるような感覚を受けながら地上へと降り立つ。


 受け身も何も取らずの着地、生身の人間なら骨折、最悪命を落としただろう。


 しかし、全くの痛みもない。


「なんだぁ、てめぇはぁ!」


 顔を上げるとそこにはカラフルな改造バイクに乗った連中がいる。


 白い学ランのような服に背中に「夜露死苦」と赤い文字がペイントされている。


 漫画から抜け出したような不良集団。


 この地域で悪さの限りを尽くしている暴走族。今の時代に存在するのかと誰もが思うだろうが実在しているのだ。


 そんな彼らの中心に降りた俺は全身を黒衣で身を包み、素顔をマフラーと赤いカラーレンズのゴーグルバイザーで隠している。


「コイツ、変な恰好しているぞ」


「全身真っ黒とかどーかしてんじゃねぇの」


「そのゴーグルなに?おもちゃでちゅかぁ?」


「コスプレ会場はここじゃねぇぞ、有り金おいて、とっととうせろ」


「うわぁ~絹塚君、わるぅ~」


 ゴーグル型のバイザー越しに彼らを見た俺は小さな息を吐く。


 生まれた時代を間違えたんじゃないか?


 何も言わない事で業を煮やしたのか不良の一人がバイクで近づいてくる。


「おい、てめぇ」


 話しかけながら肩にのせていた木刀を片手で振り上げた。


 当たれば只ではすまないがそれで何人もの人間を傷つけている不良は些細なことと気にしていない。


「シカトしてんじゃねぇぞぉ!」


 叫びながら木刀を振り下ろす。


 頭に当たる寸前で手を伸ばし木刀を掴む。


 不良が驚きながらも自分の所へ引き寄せようと手を動かす。


 しかし、掴まれた木刀はぴくりとも動かない。


「最初に警告しておく」


 掴んでいる木刀を奪って空に投げる。


「こうなりたくなかったらすぐに失せろ」


 手を振りおろす。


 銀色の光が煌く。


 乾いた音を立てて不良の乗っているバイクへ真っ二つに切断された木刀が突き刺さる。


「は、はぁぁ!?」


 驚いた不良はバイクから転がり落ちる。


 同時にバイクもバラバラに壊れていく。


「な、なんだこれ!?」


「て、手品だろ!」


「おい…黒衣に赤いレンズのゴーグル…あれ、ゴーストじゃないか?」


 夜な夜な黒一色のコートにゴーグルをした赤い目をした奴が悪さを尽くす連中の前に現れて命を刈り取る。“夜の死神”とされる都市伝説を一人が思い出したように語る。


 そんな噂が流れているのか。


 都市伝説ならそこまで心配する必要もないだろう。仮に表ざたになったとしてももみ消されるか消されるかのどちらか。


「は、はぁ!?あれって都市伝説だろ!?」


「じゃあ、どうやって説明するんだよ!?バイクをバラバラバラってこんなこと普通の人間にできるわけねぇだろ!?ましてや英雄のような力を持っていない限り」


「いつまで、世間話をするつもりだ?」


 低い声に場が静まり返る。


 様々な相手と本来なら怖気づく警官とすら乱闘してきた彼らに怖いものはない。だが、そんな彼らでも俺の放つ殺意に怯える。


 研ぎ澄まされた刀剣を目前に突きつけられているような感覚に全員が動けなかった。


「すぐに失せろ、そうしたら見逃してやる…命がどうでもいい奴は相手をしてやろう。ただし病院行きは覚悟してもらう」


 告げると不良達は逃げ出した。


 バイクを壊されて腰を抜かしている不良も仲間達が担いで逃げていく。本能的に叶わないと彼らは察したようだ。


 残されたのは俺とそして。


「隠れていないで出てこい」


 暗闇の中から一人の少年が姿を見せる。


 学校の中にいたら見つけ出すのが困難なくらい平凡な少年。


 どこにも怪しむ必要がない容姿の彼へ警戒する。


 二人だけにするために余計な外野を派手な動きで排除する。そうしないと危なかったのだ。


 この場所にいるのは俺と少年。


 白いスニーカーが砂利を踏む音だけが響く。


「おっかしいなぁ、姿は隠していたんだけど」


 沈黙を貫いていると少年が口を開く。


 異質な空間だった。


「ところでお兄さんは何で僕の獲物を奪っちゃったわけ?困るんだよねぇ人の楽しみを奪わないでよ」


 ひ弱な少年のものとは思えないほど強気な言葉。


 先ほどの短気な連中なら我慢できず殴りかかっていくだろう。


 何度もこういう種類の相手を見てきたから何の感情も浮かばない。


「つまらない人だなぁ、変な格好しているから連中のお仲間だと思っていたんだけど…まぁいいや、邪魔したんだからお兄さんを獲物にするよ」


 けらけらと笑う少年の手に一振りの刀が現れる。


 同時に少年の瞳がらんらんと不気味な輝きを放つ。


「武器実体化≪ウェポンリアライズ≫現象・・・・武器所持者≪ホルダー≫か」


「あ、そうなの?驚いたなぁ。この力のことずぅっと考えていたんだけど、そうかそうかやっぱり僕の力は世界を救うためにあるんだね?」


 狂ったように笑う少年と同じように手の中にある刀も不気味に輝く。


 世間一般における武器所持者は世界を守るために存在する者達の呼び名であり英雄だ。


 英雄が人を傷つけて回っている。

 

 そんな情報が世間へ広がったら問題になる。罪を犯している能力者を確保するために俺は、ここにいる。


「いつ、その力に目覚めた?」


「うん?この刀のこと?いつだったかなぁ…あ、そうだ。母さんをいじめるあの男を殺してやりたいと思ったんだよ…いつも、いつもいつもいつもいつも!母さんを殴る蹴るしかできない最低な奴を殺してやりたいって…それからだねぇ、この力で暴れることは意味があるって思ってさ、屑を片っ端から消してまわったよ」


「そして、母親も消したか」


 既に家宅から死後三週間が経過している女性の死体が発見されている。

 

 状況的に悪化していく息子を止めようとしたら逆に命を奪われてしまったのだろう。


 息子だから話せば通じるなんて言うのは昔の話だ。


 血の繋がりなど今の世界に意味をなさない。特に強大な力におぼれてしまった人間なら尚の事だ。


「力に溺れたお前を助けようとしただけだろう」


「うん?あぁ、そういえば邪魔したような気がするね。理解できないかなぁ、僕のやっていることは善なのにさぁ」


 ゴーグルの中で目を細める。


 家族を殺したことに悪びれた様子がない。


「後悔、していないのか?」


 血の繋がりが、罪悪感が少し残っていることをすがるように尋ねた。


「そんな必要ないじゃん。邪魔するあっちが悪いのさ」


「対象を捕縛する」


 やっぱり、コイツの性根は腐っている。


「あ、何をいっているのさ?とにかくお兄さんは邪魔だしさ。そろそろ消えてもらうよ」


 少年が刀を振り上げるよりも速く前へ踏み込む。


 赤いゴーグルを通して少年と目が合う。驚きと底の見えない狂気。


 多くの人間が力を手にしてきた際に宿す狂気。それが目の前の相手もあった。


 手遅れだな。


 相手へ感情をみせることなく拳を作る。


 躱す暇もなく少年は殴られた。


「うっ…ごぼぉ!」


 臓器を狙った一撃。


 嘔吐して崩れ落ちる少年を見下ろす。


「人を殺すことに躊躇いを見せていない時点でお前は善じゃない。只の怪物だ」


「う、うるざぁい!僕は、ほくがぁせいぎぃにゃんだぁああああ」


 胃液をまき散らしながら刀を繰り出す。


 これ以上、喋る気はないと顎へ蹴りを放つ。


 重たい一撃は脳を揺らし意識を刈り取る。


 土埃が舞い上がる中、大の字で倒れる少年を視線から外す。


「対象を確保…回収を頼む」


 耳元のインカムに囁く。


 数分もしない内に建設地内部へ数台の黒いバンがやってくる。


 音も立てずに開いたバンから物々しい装備の男達が倒れている少年を車内へ連れ込む。


 別の者は足跡などを綺麗に消していく。


 証拠など、全てを消し去る。


 作業の横を通り抜けていく。


 誰も言葉をかけない。


 仕事仲間ともいえる連中だが語らいは無い。


 互いに無干渉を貫くのみ。


 “いつも”のことだ。


「やぁ、いつもご苦労だね」


 かけられた言葉に歩みを止める。


 横へ視線を向ける。


 いつの間にか傍に一台の車が止まっていた。


 運転席から男が顔を覗かせた。


 三十代前半、黒い髪をオールバックにしてメガネをかけた男は小さな笑みを浮かべている。


「少し話があるんだ。乗ってくれるかな?」


 開いた助手席の扉を見て無言で中へ入った。


 しばらくして車は走り出す。


 人のいない夜道を車は進む。


 俺は窓から見える景色を眺める。


「“仕事”は終わったからそのゴーグル外してもいいんじゃないかい?」


 無言を貫く。


 それをみて男は小さく笑う。


「“表”で取り締まれない犯罪武器所持者≪イレギュラーホルダー≫の捕縛ご苦労様。彼は誰にも言えないところでモルモットになるか牢屋で最後まで生きていくか。まぁ、それだけの数の人を傷つけたんだ。末路としては最高だろう。あんな奴を表へ…は不味いからね」


「それを話す為に乗せたのか?だったら興味はない」


 ゲスの過去に興味はない。


 あるのは…奴らへ復讐すること。


「クールだね。いや、ドライといえばいいのかな?」


 小さく笑う男と俺は目を合わせない。


「武器所持者≪ホルダー≫が罪を犯していることは表沙汰にできない。不便な世界だよね…だからこその“影”がいるわけだけど…さて、今回の仕事に続いて、キミへ上から依頼がきている」


 罪を犯している武器所持者の情報を与える仲介者≪メッセンジャー≫である黒土の言葉にゴーグルの奥で目を細める。


 俺に直接指示を下している黒土がやってきた時点で何かあることは予測できていたが一日経たずにやってくることは予想外だ。


「今度はどんなイレギュラーを回収すればいい?」


「それがね」


 黒土は言葉を詰まらせる。


「なんだ?」


 この男が歯にものが挟まった物言いをすることは珍しい。


 反応を待つ。


「今回の件は討伐じゃない。護衛と監視が目的とされているんだよ」


「なんだと?」


 警察では捕縛できない力を宿した武器所持者達。能力は個々によってばらつきはあれど軍隊一個大隊に匹敵する。


 これまでの任務はそんな奴らの捕縛、もしくは処理。勿論、魔物を討伐することもある。けれど、俺の仕事の大半は犯罪者の秘密処理。


 いわゆる汚れ役。


 影や掃除屋など呼ばれた方は様々だ。


 しかし、誰かを護衛しろなんていう任務は初めてだった。


 今までにないケースに疑問が浮かぶ。


「俺に護衛が務まると思うか?」


「僕もそう進言したけどねぇ…どうやらキミの表生活に関わる可能性があるから適任としたみたいなんだよ」


 無言で話を続けろと促す。


「まずは対象の名前から教えるよ。水崎姫香、年齢は十五歳、今年十六歳になるからキミと同い年になるね…付け加えると通う高校はキミと同じ剣山第一高校だ」


「…なるほど」


 どうして自分が護衛任務をしなければならないのか。


「そういえば、あそこには超有名な英雄君がいるね~」


「護衛役ならあれがむいているだろ?」


「表だってやれない事だからねぇ、キミに白羽の矢があたったんだろうねぇ。あ、これが護衛対象の写真だよ」


 黒土がファイルを送る。


 受け取った写真にはお世辞抜きで美少女が映っている。


 家族写真の一部を切り取ったのだろう。制服を着た少女の笑顔が向けられていた。


「…?」


 気のせいだろうか、どこかで見た覚えがある。


「どうしたんだい?可愛いから見惚れたかな?」


「…話がこれだけなら俺はそろそろ戻る」


「そうだね、キミは学生だ。準備をしないといけないね」


 沈黙を貫く。


「しばらくは表で活動してもらうよ。黒、いや」


――裏の掃除屋君。
































 桜が舞う通学路を一人で歩いている。


 周りには同じ学校の制服である青いブレザーにそでを通した学生の姿。


 その中で俺はかなり異質だった。


 中肉中背、服を厚着にすることで鍛えられた筋肉を偽装している。ついでに顔立ちも普通。


 しかし、問題は髪色。


 風に吹かれて白髪がゆらゆらと揺れた。


 黒や薄茶色、染めている金髪などを除いた中でかなりの異質。


 姿を見て後ろから指さす人の姿や慌てて距離をとる姿もある。


 十年前から慣れている光景だ。


 あの日から俺の世界は灰色だ。何もかも色がない。


 周りの言葉など雑音でしかない。


 剣山第一高校の校舎と正門がみえてくる。


「またか」


 校門の前に人だかりができていた。


 集まっている原因をみて目を鋭くする。


 多くの女子生徒が一人の男子生徒を囲んでいた。


 その男子生徒を知っている。


 長身、整った顔立ち、流れるような茶髪。


 制服からでも彼の肉体は鍛えられていることがうかがい知れる。


――金城秋人≪かねしろあきひと≫。


日本が誇る最強の武器所持者の一人であり記録上最年少の能力覚醒者でありこの学校の人気者。


「金城君~」


「私とお話ししているのよ!」


「いいえ、私よ!」


「みんな邪魔よ!どきなさい!」


 そして、リアルハーレム野郎として有名。


 正門をくぐるころにその輪は十人を超えている。


 金城は常日頃、武器所持者としての任務に駆り出されておりその活躍はメディアで報道されている。


 同い年でどういう因果か同じクラス。


 但し互いに話をしたことがない。話をする気もない。


 黄色い歓声が飛び交う中を幽霊のように通り過ぎていく。


 こんな騒がしい毎日がいつものように起こっている。


 他の男子達も最初は嫉妬の視線を込めて睨んでいたが金城が武器所持者であること、メディアで人気があることと政府から擁護されているため、迂闊に喧嘩すらできない。


 一度、不良たちの中へ突撃したら警察の機動隊が英雄救助の名目でやってきたことは記憶に新しい。


 HR開始まで金城ハーレムは騒ぎ続ける。


 朝といえど高校生は元気だ。


 騒がしい教室は当たり前。


 そんな中へ俺が入り込むと静寂が場を支配する。


 全員が彼を一度見るがすぐに視線を戻す。


 一瞬に込められている感情は“嫌悪”“邪魔”といった負のものばかり。


 このクラスで疎まれていた。


 無言で席に腰かけると鞄の中にいれていた小説を取り出す。


「ちっ、何で学校にくんだよ」


「問題起こして退学になってくれよなぁ」


「そうしたら俺らの学校もマシになるし」


「てか、アイツ、噂だと暴走族潰したんだろ?」


「あぁ、このあたり仕切っている連中襲ったのも宮本だって」


「怖いなぁ」



 俺はクラスで嫌われていた。


 切欠や原因があるとすれば、中学時代に広まった噂が原因だろう。


 誰とも話していないというのに周りから俺は拒絶されている。


 存在を否定されている気分になるが別にいい。


 こんな生活に意味などないのだから。


「おーい、騒がしいのも結構だけれどもHRはじめるから静かにしろぉ」


 担任教師の声に教室の中が静かになる。


 金城ハーレムのメンバーも教室や席へ戻っていく。


 静かになった教室で響くのは黒板に描かれるチョークの音。


――水崎姫香。


 書かれた名前と共に教師が呼ぶ。


 陶器のように白い肌、流れるような銀髪は一纏めにされているがより美しさを際立てている。青い制服越しからでもわかるスタイルの良さ。


 扉の向こうから姿を見せた美少女に誰もが息をのむ。


 羨望と好奇心の視線が彼女へ向けられている。


 窓を見ているふりをして目だけを動かす。


「水崎姫香です。家の都合でこんな時期の転校となりましたがよろしくお願いします」


「そういうわけだから仲良くしてやってくれなぁ…さ、て、と水崎の席だが」


 周りを見渡していた教師は一瞬だけ動きを止める。


 その目は俺の隣を見ていた。


「宮本の隣が空いているな…水崎、何か困ったことがあったらすぐに先生へ相談しなさい。いいね」


「はい、わかりました」


 ぺこりと会釈して水崎姫香は空いている席へ腰かける。


 座る際に隣の俺と目を合わせた。


「あ」


 向こうが何やら驚いた声を漏らしていたがどうでもよいような態度をとりながら無視をする。


 しかし、これは計算外だ。


 彼女がまさか自分のクラス、しかも隣の席。


 護衛する分としてはやりやすいが話しかけられるかもしれないというのは面倒だった。

































 “美少女転校生”がやってきたという噂は瞬く間に広がり一目でもみようと大勢の学生が教室の中へ足を踏み入れていた。


 水崎姫香は誰にでも優しく接する少女らしく休み時間に押しかけてくる生徒達一人一人と話をしている。


 誰にでも優しい、さらに美人。


 彼女は瞬く間に人気者となった。


 休み時間になる度に輪ができる――そうなるとより人の注目を集める。


 止まることの知らない人の列、嫌な顔一つ見せずに接する水崎姫香は人気者になるだろう。


 輪を眺めていると彼女と目があった。


 うるさいし、少し手助けしてやるか?


 少し疲労の色が見える。


 乱暴に椅子を机へ押し込む。


 大きな音に全員が沈黙する。


「少し、うるさい」


 彼女を取り囲んでいた生徒達に怯えの色が浮かぶ。


 怯えからすぐに嫌悪に変わる事を理解しているから俺はすぐに教室から出ていく。


 昼休みは長い。


 中庭あたりで昼食でもとろう。


 通学途中に購入済の弁当を手に廊下を歩いているとぱたぱたと音が聞こえてくる。


「ま、待って」


 振り返ると輪の中心にいた水崎姫香が立っていた。


「何か用?」


「えっと、宮本君だよね」


「そうだけど」


「一緒にお昼食べない?」


「どうして」


 護衛対象と深く接したくない。


「私が一緒に食べたいからじゃダメかな」


「キミを誘っている人は沢山いるだろ」


「そうかもしれないけれど、今日は宮本君と食べたいんだ」


 花のような笑顔を浮かべる彼女はまぶしい。


 護衛対象へ深く近づけばいざという時に厄介だ。


 断る言葉を探そうとするが彼女の動きが早かった。


「さ、いこう?」


 白い手が触れる。


 染みが一つもない綺麗な手が俺の手に触れた。


――暖かった。


 何も言えないまま、俺は彼女と歩き出した。








 水崎姫香と共に訪れたのは高校の中庭。


 木々が生い茂っていて校舎から姿を見つけることはできない。


 陽の光も届かない事から不人気な場所として利用者は0に等しかった。


 ベンチに腰掛けてコンビニ弁当を取り出す。


 隣を見ると水崎姫香も弁当箱を出していた。


「ここは人が来ないの?」


「不人気だからな。夏になったら涼むから人はいるかもしれないけど」


「そうなんだ」


「休めるか?」


「え?」


「たくさんの人に囲まれて疲れているように見えたけど」


「みてたんだ」


「ち、違う。隣で騒がれていたらわかるだろ」


「そうだね」


 それからしばらく二人は無言になる。


 もくもくと食事をした。


「ありがとう、宮本君」


「いきなりなに?」


「教室でのこと、私を助けてくれたでしょ」


「自意識すぎるよ。僕はうるさくて嫌だっただけ」


「でも、私から見ると助けてもらったんだよ」


「じゃあ、そう思えばいい。僕はそんなつもりなかったから」


「そうするね」


 にこりと水崎が微笑む。


 一瞥するだけで俺は弁当を食べる。


「ねぇ、宮本君」


 呼ばれて顔を上げる。


「これからもよろしくね?」


 微笑む水崎姫香に俺は何も答えない。


 答える気はなかった。


 けれど、不思議と悪くないと思う自分がいた。

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