17.眷属の儀
「つまんない」
そんな声と共に後ろから鎖が伸びてきて吹雪の体を拘束する。
咄嗟に手を伸ばすが間に合わず、彼女は巨大な柱に拘束された。
「つまんない、つまんない、つまんなーい!もっとかつての仲間同士が血肉を争う様な戦いがみたかったのにぃ、どこのラブコメだよ。つまらなすぎて口から砂糖でてくるよ」
ペッペッと砂糖を吐き出しながら武器喰いが顔を顰めていた。
「仲間同士の殺し合い程楽しいものはないのにぃ、なんでラブコメってんのかねぇ?ふぶっきーにはがっかりだよぉ」
「なん…で」
雁字搦めに動きを封じられて動けないようで吹雪は問いかけることしかできない。
「なんで?だって、役に立たない駒は必要ないよ。まったくぅ、居場所を与えたら忠実に仕事をこなしてくれるから気に入っていたのにぃ、ラブコメになった途端使えなくなるなんて本当に困るわぁ…だから、こうすることにしました!」
指を鳴らした途端、小さな音が響いた。
周りを見ると壁に作られていた細い管から水が漏れていた。
複数の管から流れていく水はどんどん床を満たしていく。
「この施設をすこーし弄ったんだよぉ。急がないとここら一帯は汚水まみれだぜい?」
「貴様…っ」
「おー、怖い怖い。で・も、怒っている時間もないぜ?」
瞬間、空間が歪みそこから魔物が飛び出す。
「なっ!?」
現れた魔物は兵士級だが、その数が問題だった。
「十体…いや、それよりも貴様、どうやって魔物を!」
「教えるわけないじゃん…そもそも、キミ達こそちゃんと考えたことはあるのかな?魔物がどういう存在でどこからきているかとか考えた事ある?」
「どういう意味だ!」
「さぁね。その答えを知る時が楽しみだ」
「逃がすか!」
懐から拳銃を抜くが武器喰いは姿を消す。
残されたのは兵士級と拘束された吹雪とほとんど丸腰の俺。
雷切は吹雪の大剣の下敷きになったまま。
魔物達は拘束されている吹雪へ近づこうとしていた。
「仕方ない…か」
時間もない今、俺にとれる選択は一つしかない。
左手を前に出してもう一つの武器を取り出す。
漆黒の剣、伊弉冉を抜く。
頭に響く声に顔を歪めながら身近の兵士級を葬る。
バシャバシャと水をはじきながら繰り出される兵士級の斬撃も伊弉冉で受けた途端に灰となって消え去った。
伊弉冉は触れるもの全てを消し去る。
命を吸い取るともいわれるこの力の前に抗える魔物など存在しない。
兵士級達は先に吹雪を殺そうとするがそんなことはさせない。水を蹴り、吹雪の前に立ち、襲い掛かろうとする敵の命を刈り取る。
十体の魔物達は瞬く間にこの世から姿を消した。
「グッ」
頭の“声”がより激しくなって膝をつく。
流れている水は既に腹部までたまってきている。
このままでは脱出も危なくなってしまう。
体を起こして吹雪へ駆け寄る。
「待っていろ、すぐにその鎖を」
「させなーいよ」
横から蹴りが放たれて俺は体を水面に叩きつける。
「夜明さん!」
「ふぶっきーはそこで待っていな。お前は後でいただいてやるから」
「…逃げたんじゃないのか」
「極上の餌を前にして逃げるなんて三流のすることだよ」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべながら武器喰いが纏っているローブから腕を伸ばす。
その腕は人間の腕にしてはやけに肥大していて、土色と不気味だった。
「ん?この腕の事かい?まぁ、若気の至りってやつだよ。さ、いただきまーす!」
水をはじきながら武器喰いが迫る。
伊弉冉を使わずに拳銃で応戦した。
放った弾丸を武器喰いは避けない。
何度も放つ。
しばらくして眼前に武器喰いが現れる。
構えていた銃口を加えながら彼女は言う。
「鉛弾はもういらんよぉ?」
悪寒で後ろへ下がる。
武器喰いは歯で拳銃をかみ砕く。
投擲用のナイフを放つ前に拳がわき腹を抉る。
「グッ…ちぃ」
手の中にあるナイフを奴の肩へ突き立てる。
しかし、刃は肉に刺さらず、刃が折れる。
折れたナイフを奴の眼前へ投げた。
それを奴は口の中に放り込む。
ガチン、バリバリと刃を咀嚼する音。
気味が悪い。
目の前の武器喰いをこの時、嫌悪した。
戦ってきた魔物やイレギュラーホルダーと違う。どこか異なる線の壊れた存在。
それが武器喰いなのだ。
足元に落ちていた瓦礫の一部を手に取って顔へ叩きつける。
「ぶべっ!?」
怯んだところで一気に距離をとる。
水嵩が増してきていて動きが鈍い。
雷切は水の中に隠れて見つからない。拳銃は壊れてない。投擲用ナイフのストックは残り3つ。
奴を殺すためが決定的に欠けている。
いや、違う。
手段はあるけれど、それを使う事に躊躇っているんだ。
手の中にある伊弉冉をみる。
この剣があれば相手を抹殺できる。
しかし、このままあっさりと殺してしまっていいのか?
コイツは敵対組織にいる。
情報を掴んでおかないといつか俺に刺客がくるかもしれない。
そう考えると命を奪う剣の使用を躊躇う。
「何を考えているのかしらないけどさぁ?」
フードが揺れる中、武器喰いは嗤う。
どこか馬鹿にしたような笑み。
俺が悩んでいることを愚かだと囁いているようにみえた。
「ふぶっきーが死んじゃうよ?」
吹雪が死ぬ。
その時、俺は愚かにも武器喰いから視線を外して彼女の方を見る。
敵がいるのに視線をそらしてはいけない。
教え込まれていた鉄則を破る。
今まで守ってきたことを怠る程、俺の中で吹雪は大事になったのだろう。
武器喰いが口を開けて手の中にある伊弉冉へ迫る。
気づいた時、反射的に腕が動いた。
振り上げた拍子に漆黒の刃が伊弉冉の口へ入る。
引き戻そうとするが遅かった。
刃を触れた個所が腐り始める。
「ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
悲鳴が誰のものか一瞬、わからなかった。
口元を押さえながら黒く濁った水の中を転がる。
激しく転がりまわりながら口元をおさえ、何かを叫んでいた。
しばらくして、武器喰いが体を起こす。
「…美味い」
目を見開いた。
伊弉冉に触れた者は容赦なく死ぬ。
それは魔物であろうと例外ではない。
なのに、口周りに著しい腐敗を残しながら武器喰いは生きていた。
「おどりょいたよぉ、まさか、いのちょをひとふうしなふことにんぃやるなんて」
舌もなくなっているのか言葉がわかりにくくなっていた。
しかし、武器喰いの目は笑っている。
何が面白いのか。
疑問を浮かべている中で奴は後ろへ下がっていく。
追いかけようとしたところで武器喰いがある方向を指す。
「っ!?」
吹雪の体がほとんど水に浸かっていた。
俺達は少し高い場所で戦っていたから気づかなかった。このままでは彼女が水の底に沈んでしまう。
「くそっ」
武器喰いの追跡を断念して彼女の元へ向かった。
「吹雪!」
「ゴホッ…夜明、ざん」
「待っていろ、すぐに鎖を斬る」
伊弉冉を鎖へ向ける。
刃が触れた所が腐敗して溶けた。
意識が朦朧としている吹雪を抱えて進む。
ザブザブと水をかき分けて外へ出る。
「くそっ、吹雪、しっかいしろ…おい!」
給水場の外へ出て、意識がない彼女を揺らす。
呼吸を確認する。
彼女は息をしていなかった。
「くそっ」
俺は彼女の口と自分の口を重ねる。
人工呼吸。
それを繰り返す。
しかし、吹雪の意識は覚醒しない。
くそっ!
汚水は人体に悪影響を及ぼす。
急いで胃の洗浄などをする必要があるが時間の勝負。
病院までに数時間かかる。
間に合わない。
「どうすればいい…どうすれば、今の俺にできることは」
知っている限りの知識を引き出そうとするがどれも前提として設備が必要になる。
今の俺に吹雪は救えない。
「ダメなのか…俺はまた、大切な人を救えないのか!?」
嘗ての無力感が襲い来る。
親友を救えなかった時と同じで何もできないのか!?
悔しさに顔をゆがめてしまう。
俺は何もできない。
――助けてやろうか?
無力感に苛まれていた俺の前で伊弉冉が怪しい輝きを放つ。
頭に流れてくる声に覚えがあった。
「お前、あの時の」
――ほぉ、覚えていたか。
伊弉冉を通して声の主は楽しそうに言う。
「さっきの、どういうことだ?助けてやるというのは」
――そのままの意味だ。貴様が大事にしているそこの小娘、この剣の力で助けてやることが出来るぞ。
「彼女を殺せというのか!?」
伊弉冉は命を奪う力。
苦しまずに彼女を楽にしろという意味だと考えた俺は怒りのあまり叫ぶ。
――否、お前に伊弉冉のもう一つの力を与えようというのだ。眷属の儀の力をなぁ。
「眷属の儀?」
――本来なら必要のない力なのだがなぁ…状況が変わった。貴様に力を授ける。
「何故だ?俺に力を授ける?お前の契約すらはたしていないというのに」
俺がこの力、伊弉冉を手にしたとき、声の主と交わした契約。
全ての魔を滅ぼせ。
契約を果たせていない。
それに加えて力を授けるということに俺は疑いの気持ちが浮かんだ。
――状況が変わった。貴様には滅ぼすだけの力で済むと思っていた。まぁ、妾の余興だと思えばいい。
「余興、だと」
――気分を害したのか?まぁいい、下らぬプライドの代償としてそこの小娘の命は尽きるのだからなぁ。
声の主の言う通りだ。
時間は一刻を争う。
このままでは吹雪は死んでしまう。
迷っている時間はない。
「どうすればいい」
――その小娘はお前にとってなんだ?
「…大切な存在だ」
――ならば、その気持ちを抱きながら剣を小娘へ突き立てろ。そうすることで眷属の儀は完了となり、小娘はお前の眷属となる。
「眷属とはどういう意味だ」
――いずれ時が教える…いいのか?まもなく小娘の命が尽きるぞ。
それっきり声は聞こえなくなり伊弉冉が地面へ突き刺さる。
「やるしかない」
立ち上がり突き立ててある伊弉冉を手に取る。
同時に頭の中へ流れ込んでくる死ねという言葉の渦。
顔を顰めながらも切っ先を吹雪へ向ける。
頭が割れそうになりながらも彼女をみた。
「吹雪…」
伊弉冉を構えながら彼女を想う。
俺にとって失いたくない大切な。
大切な――。
大事な。
「大事な人だ!」
叫びと共に伊弉冉を突きたてる。
刃が彼女の心臓を貫かず、体の中へ透けるように消えていく。
「グッ!?」
伊弉冉の柄から針のようなものが飛び出して俺の掌に刺さる。
掌から流れる血が彼女の体へ滴り落ちていく。
ドクン、
刃を通して彼女の心臓が動くのがわかる。
彼女の命は無事だとわかった。
伊弉冉が消えていく。
疲労で俺の意識が落ちる。
気絶する瞬間、吹雪の目が開いたような気がした。
良かった。
そう思いながら意識を手放す。




