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壊れている救世主は少女達を救う  作者: 剣流星
第二章:灰かぶりの夢―WhiteKnight-
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16.リブート

 部屋にいても黒土の言葉がリフレインされて街をぶらつくことにした。


 分厚い雲に覆われた空、今にも雨が降りだしそうだ。


 人ごみの波に逆らわず歩く姿は俺の人生そのものを現しているような気がした。


 世界が壊れた日、大切な友を守れず死んだ。


 生き返り、武器所持者として戦うための訓練の毎日。


 忠実に命令をこなす飼い犬。


 横のつながりのない、一人だけの人生。


――影に仲間は不要。


 そう教え込まれた。


 一度は反抗しようとしたが、大きな波に俺は勝てなかった。


 ぽつぽつと頭に冷たい水滴が落ちる。


 それからだろう。


 逆らうことをしなくなった。


 ただ命令を機械のようにこなす。


 そこに感情はない。入れてはいけない。


 罪悪感、大義、そんなものなかった。


 黙々とこなすことのみ。


 唯一、組織の命令に逆らったとすれば。


「あれ、夜明君?」


 ふと、声が聞こえた。


「ずぶ濡れですよ!?どうしたんですか!」


 顔を上げる。


 傘をさして心配した顔でこっちをみている水崎姫香の姿があった。どうやら雨が本降りになっていたようだ。


 服がずぶぬれになっていて少し重い。


「あぁ…」


 気づけば彼女に手を引かれてアパートの、水崎姫香の自室にいた。


 タオルで頭など濡れたところを拭かされる。


 断ろうという気持ちも起きずされるがまま。


 しばらくして彼女がタオルを片付けて戻ってくる。


 その手に小さなカップ二つをもって。


「どうぞ、温まりますよ」


 紅茶の入ったカップを受け取る。


 ぼーっと眺めているとおずおずと彼女が尋ねた。


「何か、あったのですか?」


「……何か、とは」


「あの、夜明君、元気がないようにみえまして」


「俺は元からこんなものだ」


 この世から一度消えた。


 言い換えれば、どこにもいない。


 そんな俺に元気がないなんて、どうかしている。


 復讐を果たしたらこの世から消えるのだ。


 元気とかそんなものどうでもいい。


「水崎姫香」


「はい」


「お前は誰かに必要とされたいと思ったことはあるか?」


 わからない。


 わからない、必要とされたいという気持ちがわからない。


 どうすればよかったんだ?


 あの時、俺は。


「わからない」


 必要とされるというのはどういう。


「夜明君」


 暖かい。


 何かを言おうとした俺を水崎姫香が優しく抱きしめていた。


 頭を撫でられる。


 気持ちが落ち着く。


 誰かと触れることは避けてきた。嫌悪感しかなかったからだ。けれど、今は拒絶しようという気持ちに…ならなかった。


「わかります、誰かに必要とされたいという気持ち…少し違いますけれど、私もこの力を手にする前は理解者が欲しかった…気がするんです」


 水崎姫香はあの時のことを覚えていない。


 歪みが出ないように記憶が操作されている。


「気持ちは決まっているんだけれど、それをどう言葉に、行動すればいいのかで夜明君は戸惑っているんだと思う」


 なのに、前まで接していたような彼女だと思うのはなぜだろう。


 抱きしめている彼女と目が合う。


 聖母のような笑み。


 みんなに、分け隔てなく癒しを与えてくれるような笑顔だ。


――あぁ、そうだ。


 俺はこの笑顔をもう一度見たいと思ったから組織に逆らったのかもしれない。


 奴に復讐するという気持ちも強かった。けれど、ほんの少しあったのだろう。


 彼女の笑顔を見たい、と。


 もう以前のように接することが出来ないとしても、遠くから見ていることしかできてなくても、俺は。


「もっと、もーっと夜明君は気持ちを外へだしていったらいいよ」


「そう……だな」


 水崎姫香を抱きしめ返す。


 彼女に感謝の気持ちを示しながら俺は決めた。


 これから、俺はどうすればいいのかを。








 顔を真っ赤にした水崎姫香へ感謝の言葉を告げて俺は携帯電話をみる。


 直後、着信が入る。


 相手は黒土だ。


『やぁ』


「吹雪はどこにいる?」


『唐突だね。心境の変化でもあったのかな?残念ながら彼女は現在捜索中だよ』


「………どういう意味だ」


『情報が錯綜しているから手短に伝えるけど、武器喰いがシャルル・アロンダイトを撃退、彼女を拉致したという話だ』


「……そのようだな」


『おや?どういう』


「その武器喰いから俺宛てへメッセージが届いている」


 道具をとるために扉の前に立つ。


『彼女は預かった、返してほしければ取りに来い』


 汚い字で書かれた言葉、携帯に送られたメールに場所が記されていた。


「どうやら奴は俺に用事があるようだ」


『そうか、じゃあ、すぐに手配を』


「しなくていい」


 黒土の言葉を遮り中に入る。


 服を身にまとい、電話へ一言。


「奴は俺の手で潰す」


 電話を切り、外へ飛び出す。


 俺のモノに手を出したらどうなるか思い知らせてやる。























 目的地は魔物の襲撃によって使用されなくなった給水場。


 魔物の体液は人体に影響を及ぼす毒が含まれており、一体がダムへ姿を見せたことで半径千キロの水が使えなくなるという事態に陥った。


 大和機関は魔物が周囲に現れた際、解毒が完了するまで水場施設への立ち入りを禁止している。


 解毒処理はかなりの時間と費用が掛かる。


 そのため市街地より外の給水施設の解毒は未だ完了していない所がある。ここもその一つ。


 俺は音も立てずに施設内へ侵入。


 警報装置は解除されている。


 施設の中は魔物の毒によって所々、腐敗した様な匂いが漂う。


 スコープ越しに警戒を強めながら奥へ進んだ。


 施設の構造は頭の中に入っている。


 配管や薄暗い場所を進む。


 嫌な予感が渦巻いている。


 それは過去の経験からくるものなのだろうか?


 俺はモヤモヤを振り払うように意識を切り替えて走る。


 しばらくして、目の前に複数の人間が現れた。


「よぉ、また会ったな」


 バンダナ…桧山達だった。


 何故という疑問の答えを彼らはすぐに教えてくれる。


「珠洲沼さんからの命令でお前の補佐だとよぉ、やってらんねぇよ」


 悪態をつきながらバンダナがやってくる。


「というわけだ。この先に武器喰いがいるから案内してやるよ」


「そうか」


 バンダナに背を向けて歩き出した。


 すぐに振り返り奴の攻撃を躱す。


 ダガーを握っている腕をブーツで抑え込み、バンダナの顔へ拳を叩きこむ。


 拳はギリギリのところで躱されて、距離を取られる。


「…どういうつもりだ?」


 バンダナの攻撃。当たっていたら俺は死んでいた。


 奴らは殺すつもりでいる。


「どうもなにも命令だよ。上からの」


 ダガーをぶらぶらさせながらバンダナは言う。


「お前はやりすぎたわけ。上も流石に邪魔だと思ったんだろうよ。俺らに抹殺指令がきたのさ」


「ヒヒッ、裏切り者は処刑」


「色々と裏で汚いことやってきたんだ」


「出る杭は打たれるってわけだ」


 口々に馬鹿にするような言葉を吐く取り巻き。


 バンダナも顔を緩めたまま。


 表情はともかく全員が武器を構えて、油断していない。


「雪はどこだ?」


「だから、いってんじゃん、この先だって…でも、お前がそっちにいくことはねぇんだよ。ここで死ね」


「死ね死ね!」


「しーね」


「死んじゃえ」


 口々に吐かれる暴言。


 彼らは襲い掛かる。










 バンダナ、桧山はお世辞にも良い人間とは言えなかった。


 両親が物心ついた時から盗みの常習犯。何度も刑務所へ入っていることが自慢という。


 そんな親から盗みの技術を仕込まれ、桧山自身も色々なところで盗みを働いてきた。生きるために金が必要。金があればすべてがうまく回る。食事も、家も、遊ぶことも、両親の仲すらも。幼いながらも金の重要性というものを理解していた。盗むという事に罪悪感はなかった。


 生きることに必要なのだ。何が悪い?それが彼の持論であり全て。


 そんなことを続けていた彼は突然、武器所持者としての能力に覚醒する。


 元々、噂で囁かれる程度でしかなかったホルダーだが、自身が能力に目覚めたことで力の凄さを知った。


 能力に目覚めてからも彼は窃盗を続けていく。


 力を手に入れたことで幼いながらも理解してしまう。


――俺は強い。


――俺は誰にも縛られない。


――俺を縛るものなど存在しないのだ。


 彼は力を存分に振るった。


 逆らえばどんな相手だろうと叩き潰す。


 組織に組み込まれた時も上が強いから従っているに過ぎない。それ以外は好き勝手やってきた。


 幸いにも管理者はとやかく言う人間ではなかったので取り巻きと好き勝手にしてきた。


 金が欲しければ押し入り。


 飯が食いたくなれば豪華な食事を。


 女が欲しければ適当な所で見繕う。


 仕事も完ぺきにこなしている。文句を言われる筋合いはないのだ。


 同業者や周りは褒めたたえるべきなのだ。


 しかし、彼は許せなかった。


 同じ掃除屋にして“黒”という男の存在。


 あろうことか組織の命令に逆らって女王を倒したホルダーの話を聞いた時は耳を疑った。


 何か裏があるに決まっている。


 運よく管理者から接触の許可が下りた。


 最悪だった。


 自分を見下したような目、他人など眼中にないという態度。


 コイツは卑怯なことをしていると桧山は察した。


 女王を倒したのも表の英雄を利用したのだろう。


 第一、裏の世界で二つ名を持っている人間が若いなんておかしい。


 二つ名を持っている人間は大抵が老けているか、どこか人間性を欠いている筈

だ。しかし、黒という掃除屋は学生として人の中に紛れている。


 ありえないというのが桧山の考えだ。


 二つ名持ちが普通に学生をできるわけがない。演技だとしても無理がある。同じ組織のメンバーとして学校に在籍して一日でやめた自分が言うのだ。他も続けられるわけがない。


 そんな黒という男の事を問い詰めて地に落としてやろうとしたが失敗した。


 傍にいた女によってボコボコにされたことが原因だ。


 報復しようと仲間と共に押しかけたがそれも失敗。


 別の管理者の耳へはいったのか、それから接触を禁じられたばかりか罰金が下された。


――腹立たしい。


 桧山はいつか宮本夜明へ復讐することを決意した。


 そんな時に、管理者からある指令が下される。


――黒が組織を裏切り、抹殺せよ。


 待ちに待っていたというのはこういう時に使うのだろう。


 桧山は与えられた情報を鵜呑みにして立ち入り禁止にされている施設で待っていた。


 驚くことに黒こと、宮本夜明は現れる。


 これで、憂さ晴らしができる。殺しても組織の命令だからとやかくいわれることはない。


 意気揚々と相手を殺すために桧山は攻めた。


 それが間違いだと気づくのは全てが終わった後だと知らず。












 襲い掛かる四人。


 多種の武器を構えて突撃してくる。


 連携とかそういうことは頭にない。数で圧して殺すという算段だろう。


 美しくない。


 戦いに美学とかを持ち込む気はないが餓鬼みたいに突撃して勝てるなど、同レベルの相手のみだ。


 冷めた目でこいつらをみる。


 こいつらはわかっていない。自分達が牙を向けている相手がどんな奴なのか。

思い知らせてやろう。


――羊が狼へ喧嘩を売ればどうなるのか。


「そうか」


 体勢を落として構える。


 俺の道を阻む奴らはすべて潰す。


 邪魔するものに慈悲はない。


 雷切を抜く。


「邪魔するなら…死ね」


 突撃槍を躱して懐へ―。


 ナイフを構えている奴の頭へ刃を―。


 棘付きの籠手の両腕を斬りおとし、心臓を一突き―。


 ダガーを振り下ろそうとしている奴の武器を破壊して、首をはねる。


 それらの動作を短い時間で済ます。


 未知を阻む敵をそれぞれ一撃で葬り去った。


 バンダナは自分が斬られたという事を理解しないまま逝った。


「あ…な?」


「自分の実力の差もわかっていない奴はここで消えろ」


 カチンと雷切を鞘に納めて通路を進む。


 後ろで桧山達だったものが音を立てて地面へ崩れていく。

















 狭い通路を進むと広い空間に出る。


 足を踏み入れた途端、目の前でパチパチと乾いた音がした。


「やぁ、まっていたよぉ?」


 ローブで顔を隠した武器喰いがそこにいた。


 雷切を抜こうとしたところで手を前に伸ばす。


「待った。少し、僕とお話ししようよ」


「話をする必要性が感じない。敵は」


 斬る!と地面を踏み込む。


 刃を振るおうとしたところで横から斬撃が割り込む。


 重さで雷切が地面へ半ばめり込む。


 刃は折れていないが抜くには上に乗っている大剣を退かす必要がある。


 そして、大剣を握っているのは――。


「夜明さん」


 消えたとされている吹雪だった。


 どういうことだ?


 疑問が出てから武器喰いをみてしまう。


 待っていたとばかりに奴が口を開く。


「ほらほら、どうしてふぶっきーがここにいるか知りたいでしょ?だから動くのは少し待ってよ。あ、武器はそのままでね。彼は襲い掛かる可能性があるから」


「……はい」


 感情がこもっていない声で吹雪は頷く。


 俺が知っている彼女と違うことに少し驚いた。


「さて、何から話そうか?」


「話をするというのなら素顔くらいみせたらどうだ?武器喰いいや…珠洲沼といえばいいか」


 ピタリと武器喰いの動きが止まる。


 少しして、静かな男の声で訊ねた。


「何を言っている?」


「あのバンダナ達は捨て駒か?まぁ、雑魚だし鉄砲玉みたいに扱いやすかったんだろうなぁ。声を変えているのは声帯を弄っているのか?ボイスチェンジャーか?だったら体格も男のモノにする必要があるな。戦った時に女だとわかっている」


 俺の言葉にフードの震えが大きくなる。


 やがて、そいつは笑いだす。


「いやぁ、ごまかそうとしたけど、やめたよ」


 フードを外して現れるのは珠洲沼だった。


「一応、聴こうか?なんで私だと」


「…一つは目だ」


「目?」


「アンタ、演技をするのが下手なんだよ。仕草とかは完璧だろうけれど、目、その目にこもっている感情がバレバレ」


 他人に興味がなかったからか、第三者として人と接してきたからか。


 相手の目で感情の色がなんとなくわかるようになった。


 それだけで珠洲沼と武器喰いを結び付けたわけじゃない。


「似ていたんだよ」


「ん?」


「俺の事を白の死神と呼んだ声と今のお前の声だ」


「確証がなさすぎるねぇ、それだけで私を武器喰いだと」


「あとは、アンタの経歴を調べた…そしたら矛盾がいくつか見つかったよ…本物の珠洲沼…実際なら四十代後半だ。だが、俺が接してきた珠洲沼は二十代前半みたいな若々しさだった。これも疑いの理由にならないか?」


「あちゃー」


 額に手を当てながら珠洲沼、改め武器喰いは笑う。


「失敗したよ。次からはこういう顔にしないとねぇ」


 急に顔が歪み、老けた女性の顔に変わる。


「…それは」


「あぁ、ホルダーとしての能力じゃないから」


 武器喰いはそういって顔を戻す。


「さぁて、正解した夜明君にご褒美…私達の組織に入らない?」


「勧誘か、答えは」


「ノーっていうつもりでしょ?でも、なんで?今の組織にいることでメリットってあるの?そもそも、なんでキミみたいに強い人間が見栄えを気にするような連中達の下についているの?理解できないなぁ」


「それを教える必要があるのか?」


「私の興味っていう事で!」


「死ね」


 グググと雷切を持ち上げる。


 車一台よりも重たい大剣がわずかに動く。


「夜明さん、やめて、ください」


「そうだねぇ、やめた方がいいよ?それ以上やるならふぶっきーが相手になるから」


「だから?」


「キミの前で本気を出さないようふぶっきーに指示を出していたんだ。キミが殺るっていうなら全力の彼女が相手だよ?」


 正面の吹雪を見る。


 感情を読ませないようにしているがその瞳は揺れていた。


「吹雪は何故、お前と共にいる?」


「お、話をする気になったの?お姉さんは嬉しいよぉ。理由は簡単。ふぶっきーは誰かに必要とされないといけない依存っ娘だから、私が居場所になってあげるから命令に従うようにしたんだぁ」


 一瞬、


 本当に一瞬、俺は目の前の武器喰いに対して堪えようのない殺意が沸き起こる。


 目の前にいる吹雪は驚いて後ろへ少し下がった。


 殺意を向けられた武器喰いからも笑顔が消える。


「へぇ、ここまでとは予想外だったよ。宮本夜明君…いや、白の死神!僕らの所へおいでよ!そうすれば、キミは最強の存在として重宝される!飼い犬みたいに扱われる人生とはさよならだよ!」


「…くだらない」


 思った以上に低い声がでる。


 あぁ、久しぶりだ。


「久しぶりに本気でキレそうだよ」


 武器喰いと対峙した時も、珠洲沼としてあった時も何かが気に入らないと思い続けていたがようやくその理由がわかった。


 コイツは人を手駒…それよりも下としかみていない。


 愛しているとか、大事な子供とかいいながら最後は自分の得になるかならないか。


 バンダナ達は用済みになったから捨て駒にされた。


 吹雪も最後には。


 それを考えた時、今まで冷たかった何かが溶けていく感じがした。その代わりにマグマのように何かがふつふつと沸き起こる。


 “怒り”だと理解するまで時間はかからなかった。


「貴様は殺す…五体満足でいられると思うなよ」


「そっかぁ、残念だよ。ふぶっきー」


 パチンと武器喰いが音を鳴らす。


「そいつ、殺して」


 直後、大剣が俺の顔めがけて迫る。


 雷切を手放し、ギリギリのところで大剣をやりすごす。


 武器に拘っていたら首が宙を舞っていただろう。


 嵐の猛攻、そういえるくらいの斬撃の嵐が次々と迫る。


 雷切がない俺は防ぐことも対応することも許されない。


 巨大な大剣を操るテクニックも有しているようで雷切へ向かおうとすると道を阻まれる。


「どうして…」


 振るわれる斬撃を躱していたらぽつりと小さな声を捉えた。


「どうして、きたのが貴方だったんですか?」


 その声は俺に、宮本夜明に来てほしくなかったという風に聞こえる。


「他の人なら迷わずに殺せた…でも、貴方だったら、吹雪は…吹雪は」


「吹雪」


 短く、彼女の名前を呼ぶ。


 偽名でも関係ない。


 俺の知っている相手の名前を言う。


「吹雪、俺は一度、親友を救えなかった」


 この話をどうしてしているのかはわからない。


 だが、する必要があるとどこかで感じた。伝えないと俺は何もできないと思ったのだ。


「親友を救えなかった俺は誰かと触れ合うことが嫌になった。違うな、怖くなった。誰かと触れ合ってそいつを失ってしまうのが怖くなった」


「…ぇ」


「驚くだろ?他人に興味ないですみたいな態度をとっていた理由がこんなもので…だから、お前と関わることも正直、怖かった」


 もし、吹雪と今よりも親しくなったら。


 何かの切欠で大事な存在になった彼女を失う時が来たら。


 その時、俺は正気でいられる自信がない。


「お前を突き離そうとした時に気付いた。俺はただ、恐れているだけだ。何か理由をつけてお前を遠ざければ痛い思いをしなくて済むと…でも、それじゃあ、ダメだと教えられた」


 呆然としている彼女の前に立つ。


 敵の前に無防備な姿をさらせば待つのは死。


 しかし、吹雪はその大剣を振り下ろさなかった。


「吹雪、俺にもう一度、チャンスをくれ」


「え…」


「俺に、もう一度、お前と一緒にいるチャンスをくれ」


「でも、吹雪は」


「吹雪」


 これからいう事は嘘偽りない俺の本音。


 伝えたら後戻りできない。


 今まで身軽だったものが一気に重たくなる。


 逃げることは許されない。


 覚悟を決めろ!


 自分にカツを入れて、彼女と対峙する。


「俺はお前が大事だ。大切なんだ。だから…」


 手を彼女へ伸ばす。


「お前に居場所が必要だっていうなら、俺がお前の居場所になる」



――だから、戻ってきてくれ。


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