11.来訪者達
「またか」
自分の机を見て小さな溜息を洩らす。
使用する机に誰がやったのか黒いインクで「図に乗るな」「学校やめろ」といった文字が書かれている。
ご丁寧に牛乳瓶と花が添えられていた。
伸びてきた白髪をかきむしる。
ここのところ毎日のようにされている嫌がらせ。
前からひっそりと行われていたが連続していた。
主犯はそれほどまで俺へ憂さ晴らしをしたいのだろうか?
まぁ、どうでもいいか。
表情を変えることなく少し離れた机と自分の机を取り換える。
花瓶と花はそのまま窓へシュート。
外で「不幸だぁああああああああああああ」「ぎゃあああああああああああ」なんていう叫びが聞こえてきたが運がなかったと思え。
クラスで浮いていることはわかりきっていることだがこういう嫌がらせはうんざりだ。
何か人の嫌がることをしたわけでも、誰かから財布を巻き上げる。大きな暴力沙汰を起こしたなんていうこともない。
強いて言うなら、気に入らない、不良だからという理由だけで彼はクラスから嫌われていた。
建前の理由はそれだろう。
心底どうでもいいと思いながら机の中に鞄を押し込んでそのまま眠る体勢へ入る。
授業を聴かないから教師の印象も最悪なのだろう。だが、それでも睡眠をとる必要があった。
「寝れるうちに眠る…」
目を瞑ることで彼の意識は闇の中へ落ちていく。
けれど、すぐに意識が覚醒した。
「あ、夜明君。おはようございます」
「…」
眉間へ皺をよせながら起こした相手を見る。
人形のように白い肌、日本人にはありえない銀髪。
誰もが振り返るほどの美少女もとい水崎姫香が微笑んでいる。
「…まだ、授業開始まで時間があると思うけど」
「まもなくHRがはじまりますよ?」
「そんなの…聴く必要ないだろ」
「ダメですよ~、先生の話はきかないと」
にこにこと笑みを絶やさない少女に呆れながら「わかった」と返して姿勢を戻す。
少し遅れて担任の教師がやってくる。
年が近いことから生徒の受けがいい。尤も変に思い込みが激しい部分もあることから俺としては嫌いな教師に入るだろう。
人の話を聞かない、噂などを真に受ける。
何度も職員室へ呼び出され無駄な時間を費やされてきた。
そんな奴の話は聴きたくない。
隣へ視線を向ける。
――水崎姫香。
少し前に転校生としてここへやってきた少女。
今は隣の席で話をするクラスメイトという程度の間柄。
友人ではない。
「おい、宮本!聞いているのか」
「…はい」
担任の大きな声に小さく答える。
途端に舌打ちや陰口がはじまった。
「コイツ、何でいるんだろうな」
「いなくなってくれよ」
「そうしたら静かになるのに」
聴こえてくる声、それらに対して何も反論はしない。
群れて行動しないと発言できない奴の相手をするだけ無駄。
陰口を聞き流しながらはやく教師の話が終わることを願う。
「ということで他校と早い交流をしておくことでこれから先の行事へ取り組めるよう。みんなで達成することの楽しさを覚えてほしい…おっと、話が長すぎたな。HRはこれまで」
教師は手を叩くと教室から出ていく。
担当科目の教師がくるまで少しの時間ができる。
ざわざわとクラスの生徒達が話をする中で仮眠をとろうと机に突っ伏す。
「夜明君、先生が来ますよ」
「来るまで少し時間がある、その間くらい休ませてくれ」
「もう、一体なにをしていたんですか?」
「ゲームだ。楽しくて徹夜した」
「自業自得じゃないですか!起きてください!」
睡眠失敗。
姿勢を戻された。
文句を言おうとしたところで近づく人に気づく。
「姫香、任務だ」
「は、はい!」
長身で整った顔立ちの少年、金城秋人の言葉に水崎姫香は席から立ち上がる。
ごめんなさいと目で謝罪しながら彼女は金城秋人と共に教室を出ていく。
一瞬、金城が俺をみるがすぐに視線を外す。
何も言わず机へ顔をうずめる。
誰も彼へ話しかけない。
静寂が場を支配する。
どことなくその時間に喜びを覚える俺だった。
此処の所の不眠、それは連続して発生している任務が原因だった。
この街、周囲で違法薬物が広がっている。
普通の麻薬と異なり見た目は只の飴。
しかし、その効果は麻薬の何倍もの依存性があるという。
警察も全力で捜査しているが進展はしていない。それからどういうわけか俺達へ依頼がまわってきた。
実態がつかめない麻薬キャンディーの為に夜の時間を費やし続けてあまり眠れていないのだ。
流石に六日完徹はくるものがある。
体のだるさを覚えつつも授業は参加しないといけない。
面倒だと思いつつも変なところで影とばれるのは避けないといけない。
例え、どれだけ不要なものだとしても。
それともう一つ。
水崎姫香はホルダーになった。
切欠はわからない。
魔物の騒動が終わった後、体に危険なものが付着していないか調べた時、彼女にホルダーの力が宿っていた。
大和機関に登録された彼女は魔物が出現した場合、金城秋人と共に任務で出動する。
その彼女の護衛する任務を怯えているが麻薬キャンディー調査という名目で解除されていた。
こればかりは助かったと思える。スパイ活動もある今回の任務中に水崎姫香の護衛をしている余裕はない。
授業が始まる中、やってくる睡魔へあらがえず俺の意識は真っ黒に染まる。
「全く、厄介な仕事をおしつけられたものだよ」
国際第一空港に黒土はいた。
魔物出現により人が自由に空を行き来することはない。
空の女王と称される魔物の配下が常に空を飛び回っており自由に移動はできないのだ。
あの日から魔物によって空を支配されている。
人類は目で見えない所で滅びに向かっていた。
「その事実を知らないのは民衆のみ、こういう映画をどこかでみたような気がするなぁ」
どうでもいいことをいいながら飛行機を見る。
空港に配備されているのは戦闘機や輸送機の類。
旅客機の姿は一つもない。
そんな場所へ用事がある時は大抵、二つある。
一つは魔物が出現したことによる避難。
もう一つが――
「…きたみたいだなぁ」
黒土は飲んでいたコーヒーを捨てて姿勢を正す。
「あ、キミが迎えの人ですかぁ」
大きく手を振って近づいてくる者が一人。
金髪に青い瞳、ふわふわしたドレスを纏った少女。
年齢は彼の知る宮本夜明と同じか少し下だろう。
営業スマイルを浮かべる。
「私は黒土と申します。お二方がイギリス支部よりやってこられた方ですか?」
「ワタシは従者のアストリアと申します。黒土様。そしてこちらが主のシャルル=アロンダイト様です。短い期間ですがよろしくお願いします」
頭を下げるアストリア。
彼女と会話をしてから隣へ視線を向ける。
屈強な肉体、頬に鋭い傷がある男。
腰にぶら下がっている剣は観察する限り年季が入っている。
様々な人間と接してきたからこそわかる
この男は恐ろしいほどに強い。日本で彼へ対抗できる人間がどの程度いるだろうか?
そんなことを思いながら言葉を並べる。
「いえいえ、こちらこそご迷惑をおかけすると思いますが…長旅で疲れたでしょう?ホテルを手配しておりますので話は車の中で行いましょう」
「はい、アロンダイト様」
「Yes」
後ろのやり取りを訊きながらも黒土は内心、焦っていた。
「(英国の武器所持者がくるとは聴いていたけど、まさか騎士様くるとかどういうことだよ)」
日本をはじめとして主要都市は武器所持者を保護し管理する組織が存在する。
総統括する場所は国連にあるがそれ以外は下部組織に任されていた。各組織によって様々な特徴がある。
例としてイギリス支部は円卓の騎士と呼ばれる武器所持者がおり、彼らの力は世界最強と言われてもおかしくはない。なぜなら魔物の中で上位に君臨する騎士級と僧侶級、それぞれ一体を討伐している。
日本は武器所持者の生活面などのサポートを重点的においており戦闘は一部へ任せているという違いだ。
戦闘特化されているイギリスのホルダーが日本へ何をしに来るのか。
揺られる車の中で黒土は考えていた。
「(ある意味化け物クラスの奴がこんな偏狭の地で何をするつもりだ?)」
向かい合うように座っていた黒土へ沈黙を貫いていた男が話しかける。
「黒土殿といったか…先日、この地に女王級が姿を見せたと聞いた」
「はい」
「街の復興はどうか?」
「……ぼちぼちといったところですね。魔物の爪痕というのはどこも酷いものです。電線などは引きちぎられ水路は汚染される。まぁ、今回は毒物などが見つからなかったことが幸いという所ですかね」
日本に現れた一体、鮫の女王は大暴れすることなく一か所にとどまり続けてくれたおかげで被害は少ない。
元通りに街がなるまでかなりの年月を費やすことを除けば少ないといえるだろう。
「そうか」
シャルルは沈黙する。
途端に会話が切れたことで黒土は困った。
口数の少ない男との会話ほど息苦しいものはない。
情報を探るうえで一番厄介だろう。
どうしたものかと思案する。
その時、車が急停車する。
慌ててブレーキを踏んだわけではないので大きな衝撃は来なかった。
目的地へ到着していなかったので黒土が運転手へ尋ねる。
「どうしました?」
少し戸惑ったような声を出しながら返答がくる。
十分前に魔物が現れたらしい。
その魔物の進行方向が変わったことで安全のため交通規制に入ってしまったそうだ。
小さく舌打ちをする。
魔物の出現で交通規制がされることは少なからずあるが少しタイミングが悪すぎる。
こういう時のための表はなにをやっているのか。
全く――これなら、まだ彼の方が。
「魔物が現れたようですよ」
控えていた少女の言葉が車内に響いた。
「Yes」
シャルルは小さく頷くと車の扉を開けて外へ出る。
「し、シャルル様、どちらへ!」
「魔物は敵、敵は速やかに倒すことが我々武器所持者の役目だ」
腰に下げているソードに手を置いて歩き出す。
従者のアストリアも続く。
「客人って自覚なしかよ」
少し遅れて黒土も続いた。
呆れつつも運がいいとその顔は語っている。
「(海外で英雄と呼ばれている男の実力を見れるのも悪くない)」
運転手の言葉通り少し先で魔物が暴れていた。
兵士級が六体。
自販機や停車中の車を壊している。
進行を阻止するため自衛隊による攻撃が行われているが彼らに効果はない。尤も今は支援砲撃のみにとどめている。
魔物の中心で二人の武器所持者が戦っている。
金城秋人と水崎姫香。
二人といっても水崎姫香は実質足手まとい。手にだした盾で攻撃を受け止めるばかりで輝く剣を手に兵士級を一体、また一体と金城秋人が倒していく。
「黒土殿」
「はい」
「彼らは?」
「一人は金城秋人。もう一人は最近、ホルダーとしての能力を開花させた水崎姫香という少女です」
「…金城秋人、そうか奴が」
シャルルの表情が険しくなる。
それをみて黒土は自らの失言に気づく。
金城の所持する武器、カリバーン。
酷似した名前の剣をイギリスの武器所持者がもっており問題となった。
何か言い出すのではないかと黒土が待ち構えていたが彼は戦いから背を向ける。
「よろしいんですか?」
「あぁ、実力を観られただけ十分だ」
離れるシャルルの後を黒土は追う。
本当に面倒な役割を押し付けられてしまったという気持ちが強くなる。
「所詮、鍍金は鍍金…あんなもの欲しくないや」
輝く剣で魔物を屠る彼を眺めながら呟かれた。