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壊れている救世主は少女達を救う  作者: 剣流星
第一章:狙われた銀姫―FirstStrike-
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9.灰色の再会

『いやはやまさか宣言通りに魔物を討伐して姫君を守るなんてねぇ。救世主サマサマだ』


薄暗い自室、電話の向こうから聞こえる嫌味へ俺は沈黙で返す。


『ちゃんと聞いているのかな?キミの処遇に関わる事もあるんだけど?』


「資格を剥奪するというのならすればいい。伊弉冉も寄越せというのなら差し出そう…使える人間がいれば、だけどな」


『キミ、性格悪いよね』


 電話の向こうで黒土は笑う。


 伊弉冉の恐ろしさをしっているからこそ冗談で済ませる。


「一応、結果を訊いておこうか?」


『突如、遊園地上空に現れた女王級。レジストコード“鮫の女王”は颯爽と現れた最強の英雄金城秋人の“手によって”この世から消し飛ばされ、世界はまた一歩、平和の道を踏み出したとさ~というシナリオになったよ。付け加えるとそこで唯一生き残った少女のことも存在だけは報道されるだろうね。より彼は美化されるわけだ』


「そうか」


「つれないね。キミの手柄が全て奴に持っていかれたというのに」


 影の活躍は決して表へ出ることはない。


 どれだけ世界を救うような働きをみせたとしても全て表の武器所持者、身近にいる者へその名誉は与えられる。


 絶対に光の当たる舞台へ姿を見せてはいけない。表へ出ることは禁忌。


 それが掃除屋となった者の運命らしい。


 下らない。


「手柄なんか要らない」


 黒土は電話の向こうで小さく鼻を鳴らす。


 目的以外は興味を持たない男だねと言われる。よく言う。


 そっちも目的のためなら手段はとらないというのに。


 あぁ、そうだ。


 俺は一つの目的を果たした。


 白い奴を殺す事。


 ずっと夢に見てきた。親友を殺して俺の全てを奪い去ったアイツをこの手で消し去る。


 過去の清算が一つできたことで少し清々しい気分になった。


 あ、そうそうと思い出したような声に現実へ戻される。


『新しく見つかったホルダーの件だけど。表として活動させるみたいだよ』


「そうか」


 公表された情報の一部は既に俺の耳に入っている。


 遊園地に出現した鮫の女王。


 単独で撃退した金城秋人は騒動の中、一人の武器所持者を確保した。


 彼女は英雄と出会ったことから表の武器所持者としてこれから活動していく。


 より国の治安は守られることになるとテレビのニュースキャスターは語っている。


 影が暗躍したことや魔物に狙われていた女の子のことなど表沙汰になることはない。


『ま、これで英雄君の活躍に一ページが刻まれたわけだ』


「そうだな。どうでもいいページだ」


 英雄が魔物を倒して女の子を救う。


 おとぎ話や夢物語の中のみでいい。


 現実は違う。


 目覚めた英雄となり得る少女が実は魔物に狙われ、生きることを諦めていたなど誰も知らない。


 知ることはないのだ。


 話は美化されて今後も語り継がれていく。


 醜いものは残されない。


 そうすることで世界は回っていく。


 敵の事を何も知らない等という事実は外に出回ることすらないのだ。


「今回はそれが気に入らなかった」


 自分の命が短いことを“運命”だと受け入れ絶望している少女。


 その少女を救うため、過去の清算をつけるべく戦うことにした。


 気に入らないと繰り返したくないという自分勝手の為だけに相手へ喧嘩を売る。


 左手へ意識が向かう。


 死をもたらす力が誰かを救う。


 そんなことは。


「嫌なものだな」


『何かいったかい?』


「いいや、それで俺の処遇はどうなる」


 職務を放棄したに等しい行動をとった俺へ組織が何の罰も下さないという事ないだろう。


『なんもないよ。強いて言えば、これからも彼女の護衛を続けろというところかな』


「なんだと?」


 告げられた内容に戸惑いの声を漏らす。


 表へ干渉を許さない組織からすればかなりの寛容さだった。


 何か裏があるのではないかと疑うほど。


『まぁ、少し裏に足をいれてしまったか弱い新入りの所持者の監視をして何かあるようなら関わりを持たせてしまった者に対処させようという考えだと思うよ。付け加えると伊弉冉を使える存在を手放したくないというのもあっただろうね。多くの掃除屋の中でかなり優秀な人材だからね。キミは』


 大人は汚い。


 小さく黒土は笑う。


「では、俺は引き続き“彼女”の護衛と監視を引き受ければいいわけか」


 うん、任せたよと告げて彼は電話を切った。


 電話を机に置いてベッドから降りる。


 足を床へつけた際に激しい痛みが体を襲う。


「流石に何もなしで歩くことはできないか」


 全治四ヶ月になるほどの重傷。


 普通なら歩くこともできないと医師は言うがそこはホルダー、人間とは異なる回復力と頑丈さを持ち合わせている。


 おいてある松葉杖を手にして外へ出た。


 長かった入院生活も今日で終了。


 俺は復学する。


 病院を出て借りているマンションへ戻ると吹雪が俺の部屋の前で立っていた。


 思えば鮫の女王へ向かう時に対峙して以来だ。


「夜明さん、退院おめでとうございます!」


 にこりと微笑み彼女はラッピングされた花束を差し出してくる。


「ありがとう」


 受け取るとますます吹雪は笑顔を浮かべた。


 最後は敵対して殺し合うという形に至らなかったが少しずれていたらどちらかはこの世に存在していなかった。まるで彼女の表情からはそんな出来事があったことを微塵も感じられない。


 道中、歩きながら話をする。


 どうやら俺が入院中の間、吹雪は任務をいくつか受けていたらしい。


 だから会いに行くことができなかったと残念そうにぼやいている。


「夜明さんは英雄になりたいと思いますか?」


「いきなりなんだ」


「答えてください」


「俺は英雄になりたいなんて思ったことはない。俺は…」


 英雄とは偉大なことを成した者。


 多くの人間を救う、貢献した者がそう呼ばれるのだ。


 全ての人を救えるなんて一度も思っていない。貢献などさらにありえない。


「英雄願望なんて俺にはないよ」


 正直に伝えると彼女の笑顔がさらに深まる。


 普通の笑顔のはずなのに俺から見たらそれはどこか歪さがあった。


「そうですか…よかったです。これからも吹雪は夜明さんのために粉骨砕身する所存ですのでよろしくお願いします」


「あ、あぁ」


「あんな馬の骨なんかに渡すつもりは毛頭ありません」


「なんだって?」


「いえ、それじゃあ私はこちらですので失礼します」


 ぺこりと頭を下げて彼女は別の道を進む。


 残された俺は花束をみた。


「バラ、になんだか知らない花まで沢山あるな」


 後でわかったことだが吹雪がくれたものはセンニチコウ、バラ、アイビーといったもので統一性がまるでなかった。


 どういう意味がこめられていたのか俺は理解しないまま花束を部屋へ置いて外へ出る。




























 通学路を歩くたび耳に入ってくるのは先日姿を見せた魔物の話。


 英雄の金城秋人の活躍。


 騒動から既に一週間が経過したというのに熱は冷めていない。


 それほどまでに“女王級”が遺した傷は大きい。


 久しぶりの学校、教室へ足を踏み入れると騒がしかった空気が一瞬冷める。


「おい」


「アイツ、魔物に襲われたんだろ?」


「あのままいなくなりゃよかったのに」


「そうしたらこのクラスも少しはましになるかもねぇ~」


 ぶつぶつと冷たい言葉を漏らす連中を一睨みすることで黙らせ自分の席へ向かう。


 表向き、俺は魔物の騒動に巻き込まれて入院していたという話になっている。


 あのまま殺されていればよかったと思っている者は少なくないだろう。


 目を瞑り眠ろうとしたところで頭上から声をかけられる。


「隣の席の人ですね。おはようございます!」


 聴こえてきた声へ視線を向ける。


 陽の光に反射して輝いているように見える銀髪、白い肌、そして血のように赤く染まっている瞳。


「私、転校生で隣の席の水崎姫香といいます。はじめまして」


「宮本夜明だ」


 短く挨拶をする。


 俺からは二度目の再会。


 彼女からすればはじめての出会い。


 水崎姫香は俺と出会ってから魔物に狙われた時までの記憶を失っている。


 鮫の女王を倒した日、俺は水崎姫香にMDを使用した。


 MD、メモリーデリーター。は文字通り記憶を消去するシステムだ。加えて偽物の記憶を相手へ植え付けることができる。


 魔物との戦いにおいてみられては困るもの、心に深い傷を負って生活が困難になる者に対して使用されることが多い。


 今回、水崎姫香は俺がホルダーであるということを知ってしまった。


 後々、俺に恨みを抱く人間へ狙われる危険と枷になる可能性を考慮して記憶を削除したのだ。


 目の前にいる彼女は転校して数日後に事故で数日眠っていたという設定で今日学校へやってきたのだ。


 俺は彼女の記憶を消し去り別のものを植え付けた。


 その方が楽だと思った。


「あの?」


「すまない、少し休みたいんだ」


 けれど、俺の考えに反してどこか気落ちしたものになっていた。


 水崎姫香に覚えられていないことがきついと感じているのか?


 ありえない。


 今まで一人で生きてきた俺がこんな感情を抱くなど。


 それを否定するために彼女との会話をそうそうに打ち切りたかった。


「そうですか…無理はしないでくださいね。夜明君」


 水崎は自分の手で口を触る。


 驚いて彼女を見てしまう。


 無意識だったのだろう驚いた表情で彼女はこちらを見ている。


「あの、ごめんなさい。いきなり馴れ馴れしく」


「夜明でいい」


「え、あの…」


「これからよろしく、水崎さん」


 俺と彼女の関係は空白に戻った。


 けれど、後悔はない…ないのだ。


 水崎姫香という少女は魔物に狙われていた運命から解放されて新しい人生を歩みだしている。


 彼女が再び魔物から狙われることがあるのなら。


 もし、俺から奪おうとする奴がいるのなら。


「夜明君、これからいろいろなことを教えてくれますか?」


「あぁ、俺でできることならなんでもやろう」


 少女へ一度死んだ俺は微笑む。


 奪うものが現れたら容赦しない。


 そいつの全てを奪い尽くして絶望させてやる。


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