第17話『既視感』
荒々しい擦過音をならしながら力無く地面へ崩れ落ちるリザードマンの亡骸。
短刀はリザードマンの体に思いのほか深く突き刺さっていた様で、力任せに引き抜いた際に体も一緒に持ち上げてしまったのだ。
俺は亡骸から引き抜いた短刀を右手で強く握り閉めて、その感触を確かめつつも辺りをザッと見渡した。
さて、自身の命を脅かす存在を排除し終え、リザードマンの下敷きになっていた心強い得物も己の手元に戻ってきた。
現在までに倒したモンスターの数は五匹。
対して残るモンスターの数は四匹。
その内訳はリザードマンが二体、ブルーマンティスが一体、そしてアクアスライムが一体となっており、戦闘開始時の数の差が2対9だった頃と比べるとかなり戦い易い環境へと変わっていた。
「おらおらおらァ! かかってこいよ蜥蜴野郎にスライム野郎!」
「グググググググ……ググガァ!」
「なんの──『エンチャント・エンハンス』!!」
「グガィ!?」
とはいえ、敵の数が少なくなったお陰で戦闘が楽になったと言っても、依然として彼我の差では2対4と負けているのが現状だった。
数の差こそが勝利の全てとまでは言わないが、時に数の力は質の高い個々の能力すら軽く凌駕することもある。
また現在レベルがダンジョン踏破可能の適正レベルぎりぎりの俺達にとって、集団戦での数的不利は決して無視は出来ない問題であった。
そして今、アクアスライムとリザードマンの2体を少し余裕無さげに相手取りながら、俺が狙われないようにと器用にヘイト管理をこなすアネハの様子からもそれは窺えた。
「なあクロ、あと何体だ?」
と、スライムによる飛散させた己の肉片を用いた酸攻撃を盾で防ぎきったアネハが声を張り上げる。
俺は悠長に話を続けられそうではなかったので手短に答えた。
「残ってるのはあと4体だ」
「……という事は俺が引き付けてるコイツ等を除けば後2体か、じゃあそっちは頼んだぞ!」
いつ他の縦穴から敵が来るかも分からないからな、と付け加えられたアネハの言葉には、言外に「さっさと殲滅してくれ」との意味が込められていた。
ふとパーティーメンバーであるアネハのHP/MPバーを確認すると、俺の数十倍はあるはずのMPがもう底をつきかけており、これ以上スキル発動を前提とした戦闘を持続させることが難しいのは明白だった。
──だが。
「任された! って言いたい所だけど──」
……ちょっとこれは厳しいな。
アネハに聞こえないような小声で情けない泣き言を溢す。
如何ともし難いことに、またアネハの期待とは裏腹に、俺は残る2体のモンスターを倒すことへ躊躇いを抱いてしまっていた。
その理由は、眼前にいるモンスター、リザードマンとブルーマンティスの2体が、これまでに見た事も無いとても奇怪な行動をしていたのだ。
奇怪な行動といっても、同じ行動を繰り返し行ったり、体のパーツや形が異常になったりする様な、それこそ一般的なゲームで希によく起こる見た目や動作の不良などの面白可笑しい部類のものではない。
むしろ、あまりの奇怪さに堪えられず薄気味悪さすら抱いてしまいそうになるほどの、まさに奇々怪々とした異様な行動を彼らはとっていたのである。
仲間割れ。
そう、それを簡潔に表すならば“仲間割れ”だ。
それも、血肉が飛び絶叫が漏れる様な──そんな仲間割れという名の殺し合いだった。
俺はわざと気付かれるよう仰々しく近づいたり、武器を構え睨み付けてみたものの、二匹の眼中に入ることななかった。
リザードマンの岩剣がブルーマンティスの右中足を切り飛ばしたかと思えば、ブルーマンティスの青い鎌がリザードマンの左眼を貫き。
ブルーマンティスの青鎌がリザードマンの左手首を撫切りにしたかと思えば、リザードマンの牙がブルーマンティスの首元を噛み千切らんと迫る。
互いの武器が壊れ落ち、どちらの体も創痍に呻いているというのに、彼らの目に宿る闘心の輝きは決して潰えていなかった。
一目見るだけで異常とわかる二匹のモンスターの行動。
そんな彼らの行動を何とかして止めようと、俺はわざと気付かれるよう仰々しく近づいてみたり、また武器を構え睨み付けてみたりしたものの、そんな努力はむなしく二匹の眼中に入ることは無かった。
やがて、そうした試みを試すのにも疲れた俺は、いつの間にか好奇心と警戒心でない交ぜになった感覚を胸に抱きながらも、二匹の動きを食い入るように見つめていた。
気になる……いや何か引っ掛かるのだ。
何時・何処でかはわからないが、この時の俺は眼前に流れる景色に酷く既視感を覚えていたのである。
まだ少し話を追加するかもしれません。