第11話『やっと一息』
遅れてしまい、本当に申し訳ありません!
「はっ……はっ………はあっ………はっ……」
「はあ………んっ…はあ………はは、はあ……」
膝に手をつき荒く浅い呼吸をくりかえしながら、俺とアネハの二人は自分達の背後にある吊魔の森の入口を一瞥する。
真夜中と言っても差し違えないほどの時間帯になっているためか、暗い闇の中に佇む森の入口は不気味な雰囲気を醸し出していた。
森の入口に締魔族の姿は見受けられない。
どうやら、走れども走れどもしつこく──それこそ森の出口(入口)まで──追いかけてきた吊魔族の大群も流石に森の外まではやって来ないようだった。
「はあっ……はあっ………は、ははは………」
「ふっ、……はあ………くく、あははは………」
激しく上下する胸を片手でおさえつけると共に、微かに痛む喉を唾で湿らして深呼吸を繰り返す。
リアリティを追及する上で現実世界になるべく即した感覚を取り入れられているこのアバターには、味覚と嗅覚はもちろんのこと肺や足の痛みから激しい動悸に息切れまで限りなく再現しているのだから驚きである。
もしここで敢えて現実との相違点を挙げるとすれば、せいぜい十数分間も走れる高いスタミナと体を被う倦怠感の回復速度の早さ位だろうか。
ともあれ予期せぬ急激な運動に悲鳴をあげていた俺の体も、ようやく落ち着いてきたようであった。
「は……はは、はは…………はははははははは!」
「くくく、………あはははははははははっ!」
息切れや倦怠感がおさまり、やっとこさ呂律がちゃんと回るようになった俺とアネハは ふと何の気なしにお互いに相手の顔を見て──思わず大きな声をあげて笑いだしてしまう。
極度とまではいかずとも高い緊張状態から解放され、また先ほどの戦闘から森外へ逃走までの一連の流れを思い返し無性に笑いたくなったのだ。
「なんだあれ! あいつらの大群、幾らなんでも数が多すぎんだろ!」
「いや数もそうだけど問題は長さだよ長さ。何百m……いや何㎞も全力疾走したのにずっと追い縋ってこれる長さってどうよ!?」
ハイになってしまったテンションに従い、まだ完全な安全地帯(プレイヤーがダメージを負わない場所、ここではメイラードの街)に辿りついていないというのに、俺達はその場にしゃがみこんで談笑を始めてしまう。
「いやいやいや、それならこの体と並走できている締魔族の速度の方こそ───」
「だったら───」
「というか滴水の洞穴の入り口って何処にあるんだ?こんだけ探したのに一向に───」
「だから、やっぱりお金はかかるけど他の人から情報を貰った方が───」
「俺がゴブリンに襲われそうになった時にさ、『卓人!』ってリアルネームで叫んでたけど」
「あーやっぱ口走っちゃってたか……。いやな、ちょいと焦りすぎて口が滑っちゃって───」
「別にいいよ。周りに人が居なかったんだからさ。それに俺も口では言ってなくても頭の中でアネハのことをリアルネームで呼んじゃってたし───」
「というかさ、体育の中村って絶対に───」
「いやお前流石にそれはデマじゃ───」
俺とアネハは、魔力切れによって うんともすんとも言わなくなった魔法のランタンの上に顎をのせながら、周りに人が居ないことを良いことにゲームの話から日常生活の話まで、それこそ色々な話題で盛り上がっていた。
そうして、地面にへたりこみ雑談を始めてから20分ほど後のこと。
高くなっていた俺達のテンションもほぼほぼ落ち着き、身体の状態も平時と変わらないほどに調子を取り戻していた。
「…………」
「…………」
テンションの低下と共に減少していった口数や、矢継ぎ早に続いていた内容の薄い会話の応酬も今は止み、辺りは静寂につつまれていた。
二人の間に沈黙がおりてはいるが、決して場の空気が悪くなってしまった訳ではない。
ただ単純に、互いに相手のことを信用しているからこそ、自分自身への不安や心配といった感情を一時的に忘れてボーっとしていたのだ。
「……なあ、クロ」
「ん、なんだ?」
と、特にこれといった意味もなく呆けた顔をしながら夜空の星(驚くべき事にこの世界には地球と同様に数多の星が夜空を飾っていた)を眺めていた俺に向けてアネハが口を開いた。
「俺の見間違いや勘違いかもしれないけれど、さっきの森の中でゴブリンと戦ってた時にさ」
「うん」
「お前、諦めてたよな?」
「…………」
改めて畏まったかのような雰囲気のアネハから発せられたその言葉に対する俺の返答は、完全な沈黙。
“諦めていた”
一体何を?──決まっている。生き残ろうとする事をだ。
一体何時?──それは俺がアネハのスキル『ハウンド』に救われる直前の時だろう。
恐らくアネハは……否、翔大は俺にこう言いたいのだ。
「勝手に死んでくれるな」と。
さて、ここで少し長くなってしまうが話さなくてはならないことがある。
まだ互いに知り合って三年も経っておらずとも、親友とも呼べる間柄であるほどに馬が合う俺と翔大だが、唯一どうしても反りが合わない箇所があった。
それはそれぞれがゲームに対して抱いている姿勢と考え方の違いだ。
前にも一部語ったが、俺の好きなゲームのジャンルは理不尽や高難易度を謳い文句にしている所謂『死に戻り前提のゲーム』『オワタ式の鬼畜ゲー』であるのに対して、 翔大の好きなゲームはSRPGやシューティングを始めとするレトロゲームやアーケードゲームであるのだ。
ゲームには遊んだゲームによってその人の人格形成を大きく変化させる力がある……とまでは流石に言わないが、やはり性格や考え方の一片を僅かばかりか変えることは十二分にあり得るのだろう。
故にそれは、死に易くまた死が前提であり当たり前であるゲームを主に遊ぶ俺にとって、自分が危機的状況に陥らないように努力を重ねることはしても、何らかの不具合が生じてしろまった場合にはさっさと見切りをつけて諦める癖が染み付く原因となり、
更にはゲームにおいて『何としても生き残る事が大切である』という考えを持つ翔大との対立をつくってしまう要因となってしまっていた。
長々と語ったたが、別に何て事はない。
端的にまとめて言ってしまえば『俺が生き残る事を早々に諦めゴブリンに殺されようとしていた事に対し、翔大からまた何時もの諦めの早さが(悪い意味で)出ていたぞ』と指摘されたのだ。
「……ごめん」
「別にそんなに怒ってはいないぞ。そもそも俺が今ここで死に戻りせずに座っていられるのも、敵を倒してくれたクロのお陰だし」
価値観が違うからと言えども、パーティーを組んだ仲間である翔大のことを考えずに、自分だけ死のうとしたことには変わりない。
そんな申し訳なさの気持ちから謝りをいれた俺に対し、翔大は返答の最後に「ただ……」と付け加えた。
「俺がハウンドを発動した時、偶然にもお前の顔が見えたんだが……俺には不貞腐れてる様にしか見えなかったぜ」
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「そういえばさ。今アネハのレベルってどれくらいなんだ?」
俺達は魔力切れのため光がつかないランタンの代用品として松明をかざしながら、吊魔の森から白の街メイラードに向けての帰路についていた。
「ああ、今はえっ……と、8から変わってはいないみたいだな」
「でもたった1日《数時間》でレベル7つ上昇かあ、確かに経験値倍増薬 様々だ」
「だな」
今日1日の振り返りつつ、暗闇の中ぼんやりと浮かぶメイラードの街のシルエットを目視しながら荒く舗装された野道をゆっくりと歩いていく。
時刻はもう夜中の10時にさしかかり、早くゲームを終わらして風呂なり明日の学校の準備なりをする為にもやや急いでログアウトしなければならなくなってきていた。
「そういうクロはどうなんだ?確か今12、だったっけ?」
「俺は……いや、まだレベルは上がってないみたいだ」
「あんなに敵を倒したのに上がらなかったのか!?」
「もう後3つでクラスアップなんだから、きっと必要経験値が多いんだろな……」
「それ何て言うPS◯2だよ」
「おい隠せてないぞ」
と、そうこうしている間にもメイラードの南門に辿り着いたようだ。
昼間とは大きく違い、人が二,三人通れるか通れるかどうか分からないほどにしか開いていない南門をくぐり抜けて街の中に入る。
そして日のことを互いに労った後に、それぞれの宿屋に行くために別れ、俺は宿屋に入ると直ぐにログアウトを選択した。
こうして俺と翔大による《吊魔の森》と《滴水の洞穴》の攻略1日目が終わったのだった。
本編には描写しきれませんでしたが、メイラードの街は夜中になると夜間警備の強化として北門と東門を完全に閉ざし、西門と南門も数mほど間を残して閉じかける事が決まりとなっています。
これは後々にまた本編で語ることにはなると思いますが、メイラードが大陸の西端に位置している事が大きな原因となっています。
次回の更新は6月11日(日)、掲示板回の予定です。