表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の暗殺者  作者: 平平平平
第二章 死二抗ウ者
59/67

第10話『締魔族』



 「──こっちを向けぇ!!『ハウンド』!!!」


 怒鳴り声ともとれるスキルの発動詠唱により、ゴブリンとフォレストゴブリン達の動きがピタリと静止する。

 彼らは皆一様に体を固まらせ、ある一点をひたすらに凝視する。否、凝視せざるをえなかった。

 


 スキル:『ハウンド』

 スキル系統:【威圧・挑発】に分類されるスキルの一つで、『盾使い』や『戦士』といった一部の前衛職のみが取得できる職業スキルである。


 自分に敵対する存在に対し生命力を上乗せした吠え声を浴びせるこのスキルの効果は、対象とのレベル差が大きかったり、また対象がスキル系統:【威圧・挑発】の耐性が強かったりする場合を除けば、攻撃対象の注意を引きかつ強制的に一時的な行動不能(スタン)状態にするというもの。

 原理も仕様目的も単純で、それ故に周囲に大きな影響力のあるスキルだ。



「やれクロ!」


 だが今はそんな事(スキルの説明)はどうでもいい。

 大切なのは俺がスキルによって危機一髪で救われたという事であり、そして、戦況は先程までとは打って変わり俺達に有利な状況になっているという事である。

 

 俺は翔大の声に弾かれるように顔を上げ右手から滑り落ちそうになっていた短刀を強く握りしめると、眼前まで迫った状態のまま固まっているフォレストゴブリンの左肩先と首をそれで強引に引き裂いた。

 

(ーーーーーーッ!?!)


 ()が切られたために断末魔の叫びをあげることなく崩れ霧となって宙に消えていくフォレストゴブリンを横目に見ながら、更に近くにいた他のゴブリンに向かって切りかかっていく。 


 スキル系統:【威嚇・挑発】の効果は高い反面、効果時間は極めて短く、また効果時間が終わればスキル使用者が被挑発対象の全員から狙われる危険性が飛躍的に上昇する諸刃の剣ともいえるスキルだ。

 スキルの習得から察するにレベル8となった翔大の固さ(防御力な高さ)はレベル1の頃と比べ一段と増したのかもしれないが、十を越える数のゴブリン達に囲まれてもなお生き残れるかと言えばそれはまた事情は異なってくるだろう。



 ──故に一匹でも多く、殺す。


 殺される事を受け入(零匹で死ぬのではなく)れずに、一匹目を。

 一匹で執心するのではなく、二匹目を。

 二匹で会心するのではなく、三匹目を。

 三匹で安心するのではなく、四匹目を。

 四匹で慢心するのではなく、五匹目を。



 瞬く間に血の代わりとして辺りに充満していく黒い霧。

 結局、スキル『ハウンド』の効果が切れ、フォレストゴブリン達が口々に意味不明な叫び声をあげ始めた頃には六~七匹位のゴブリンが黒い霧として宙に霧散することになっていた。


「ギギギ……」

「ギィギ……ギ?」

「ギギャヒ……」


 目の前で立て続けに仲間が死んだことに驚き萎縮したのか、残るとこ数匹となってしまったゴブリン達は苦渋の顔を浮かべつつ俺達から後ずさる。

 先ほどまで嬉々として歪めていた醜顔は今や焦燥のそれしか映っておらず、また如何にして生き残るかという意地汚さだけがその目に宿っていた。

 

 勿論、手負いで不利だからといって見逃そうなんてほど俺達は甘くない。

 まだ森の中にいる仲間や援軍を呼ばれてしまえばたまったものではないのだし、弱っているなら弱っている所を徹底的にぶちのめすだけである。


「やっと、片付きそうだな」

「ああ……」


 俺が溢した独り言に遠巻きで相槌をうつアネハ。


「もう夜中になっちゃったし、何よりランタンの光も乏しくなってきたからな……さっさと倒して帰ろうぜ」

「だな。そうしよう」


 短い言葉を交わしつつ、互いに武器を構え直して何時でも攻撃が可能になるよう体勢を整える。

 アネハは盾を自分の体の前に突き出すような状態で大盾を構え、対して俺はいつも通り馬鹿の一つ覚えとばかりに短刀を小さく腰だめに構え前方のゴブリンを睨み付け──そして、



「じゃあ。いっちょやってやりましょ─────」




───



──────



─────────




「「────────はぁ?」」




 アネハが軽口を叩き、戦闘の火蓋が切られようとしたその矢先。

 眼前にいたフォレストゴブリンが()()()()()()()()。 




「「…………へ?」」




 あまりにも非現実的かつ唐突な出来事に、文字通り目を白黒させてしまう俺とアネハ。

 緊張感を高め戦闘準備を整えた体勢の上に間抜けな顔をしている今の俺達を知り合いが見たら、そのシュールさと可笑しさに盛大に笑い転げていただろう。

 そう断言できる程に俺達は虚を突かれ、言葉と冷静さを失ってしまっていた。


「え……えぇ………」

「は、いや、は?」


 訳もわからず、ただ呆けた顔で地面とフォレストゴブリンが消えていった樹木の枝で出来た天井を交互に見ていると、しばらくして先ほど消えたフォレストゴブリンが居た場所に『ドサッ』という音をたてて何かが落ちてくるのが分かった。

 冷静な判断を失っていた俺達は周囲にまだ敵が居ることも忘れてしまったままその落下物に近づいていき……。


 やがて、それがフォレストゴブリンの亡骸であると理解する。

 フォレストゴブリンの死骸は身体中の骨という骨が折れ、また身体は雑巾が水を絞られた後の様に捻れており、しわくちゃになってしまった皮膚からは黄ばんだ白色の骨が頭を覗かせていた。


(───────ッ!)


 予想だにしなかった悲惨な光景が突然目の前に現れたために、思わず声にならない悲鳴をあげながら左手で目を覆ってしまう。

  

 亡骸を中心として流れる赤黒い液体は地面を鈍色に濡れそぼらせ、また地面に設置されたランタンの薄い光がその光景を目に焼き付けろとばかりに()()()()と照らしていた。





「これってもしかして……締魔族、なのか?」

「……ああ。そういえばこの森って───」 





  ───吊魔の森。だったな。



 その名の通り魔が吊るされる森であり、また魔を吊るす森でもある吊魔の森。

 この森がそう云われ現地の人達に恐れ有り難がられている最たる所以としてあげられるのが、ずばり締魔族という魔物の存在だろう。

 前にも語ったが締魔族というのは簾状や紐状の植物型魔族達の事を指す総称であり、そしてその生態の一つとして光合成色素による光エネルギーを化学エネルギーに変換し生命活動を行うのではなく、空気中または他生物の体内にある魔力を吸収して生命活動を維持しているという中々にファンタジーチックなものもあり、まさに“魔”族という区分にぴったり当てはまる生き物なのである。


 しかし白の教典にはそういった締魔族についての簡単な説明はあっても姿形については一切記載されていなかったため、前々から気になっていたのだが……。いざ対面(少し衝撃的過ぎたが)してみて俺達が抱いた感想は至極単純で原始的なものだった。

 


「「 …………きもっ!! 」」



 ずはり、締魔族は此方の生理的嫌悪感を激しく誘発させるグロテスクな見た目をしていたのだ。


 確かに締魔族は蔦植物のような見た目をしてはいる。

 だが、平均して人間の腕ほどもある蔦の太さに、黒緑色の体色、視認できるだけでも数十mはありそうな長さと、数えきれないほどの大量の数。

 その一つ一つが意思を持つかのように()()()()と蠢きまた縦横無尽に頭上を動かれている姿見てしまえば、ただの植物として捉えきれないのも嫌悪感を抱いてしまうのも仕方の無いことだと思いたい。



「いやいやいや、何あの気持ち悪い空飛ぶミミズの群れみたいな奴ら!?」

「俺に聞かれても知らんがなそんなもん! とりあえず分かることはキモいってことだ!」



 と右側から襲いかかってくる蔦の一本を短刀で切り捨てる。

 先端が切られた蔦は初めビクビクと動いていたが、暫くすると徐々に動きが弱くなりやがて静止する。 



「……一体一体の体力はそんなに高くはない、のか? でも数は多いいし、何よりキモい!」



 切断された蔦が蜥蜴の尻尾切りを彷彿とさせる動きをしたために俺は再度嫌悪感を示す。


 大多数の締魔族達は抵抗すら出来ずに捕まえられたフォレストゴブリンの体を隙間なく覆い少しでも魔力を取ろうとしているのだが、一部の締魔族はそこからやや離れた俺達を狙おうとしている事実に対して、()()俺はあることに気がついた。


 白の教典曰く、締魔族は基本的に自分よりも下位に位置する魔物や動物の魔力を補食することが通常だが、上位に位置する魔物や魔獣を狙うことも多々あるらしい。

 例えば過去の事例では全長10mを越えるトロール(巨鬼族)さえも補食したと云われているようなのだが……



「もしかして───俺達も標的に入ってるのか?」



 つまり2mにも満たない俺達は十分にその補食対象の範囲内に含まれるという訳だ。


 そしてその言葉に呼応するかのごとく、ひしゃげたフォレストゴブリンを無造作に地面に投げ捨てた締魔族の大群が此方に向かって襲いかかってきたのであった。 



「あばばばばばば!」

「馬鹿ッ! アホみたいな事やってないで、さっさと逃げるぞ!」



 地面に突き刺していたランタンを力まかせに掘り起して、残った魔物を全て注ぎ込んでランタンの光を通常以上に強く発光させる。

 強い光によって魔物を呼び寄せてしまうことを警戒して敢えて使っていなかった発光量を最大にしたことにより、思わず目を細めてしまうほどに強い光を発っし始めるランタンを左手でつかんで走り出した。


 向かうは今日森に入ってきた時と同じ場所。

 がむしゃらに逃げた所でセーフエリアに逃げ込めるとは限らないのだから、メイラードから比較的近く、またここまでの道がマッピングされている道を時間はかかるが選択したのである。




「あばばばばばばばーーーーーーー!!」

「ひっひっひっひぃーーーーーーー!!」



 目的地に向けて無我夢中で走り突き進む森の中、視覚は断続的に入ってくる光と木々に遮られ、聴覚は背後から追いかけてくる蔦によって枝葉が激しくと揺れる音で満たされ、触覚は柔らかい地面を蹴る感覚と頬を撫でる風にのみ支配される。



 行きはよいよい、帰りはこわい。

 全力疾走をする最中、行き道はゆっくりと歩いた道を走っていく現状に対して俺の頭にはそんな童歌の一説が過っていたのだった。






次回の更新は6月3日(土)です。


現在私生活か忙しかったため、思うように執筆時間がとれずに投稿速度が落ちてしまっています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ