第9話『タンクとヘイト』
大変遅れてしまい申しわけありません!
RPGというゲールジャンルにおいて『タンク』と呼ばれる役職がある。
これは複数の人がパーティーが組んだ時にのみ生まれる概念であり、前にも語ったがRPGのR、“Role”の内の一つに該当するものだ。
前衛の中でも自身の高い耐久力を以て味方を敵の攻撃から守り、そして時には職業スキルや攻撃により常に敵からの注目を集めることで、パーティー全体の攻撃や援助がより円滑に進むようにサポートする。
それがRPG等で俗にタンク職と呼ばれる職業群の代表的な役割である。
無論、ゲームのシステムによっては多少の差違があるかもしれないが、それらに総じて言えることはやはり“役割を完璧に果たすことの難しさ”だろう。
モンスターの少ない挙動からパーティーメンバーの誰が狙われているのかを素早く見極めなければらない上に、適切な判断を下した後には迅速な対処と行動を行わなければならぬ必要性に迫られる。
これ等はあくまでも俺の私見だが、特にオンラインゲームでは前衛のタンク職は後衛の回復役や支援役と同列の重要さと、役割を全うする事に対しての高い難易度がある筈だ。
──では。
パーティーの中で時と場合によれば絶対に無くてはならないと言われるほど大切であるタンクが、きちんと機能しなければどうなるのか。
その答えは単純だ。
「卓人! 後ろから二匹きてるぞォ!」
「ッ分ってる!」
その忠告に従い目の前で対峙していた三匹のフォレストゴブリンからなるべく目をそらさずに、後方から此方に向かっていた二匹のゴブリンの内一匹を右足で蹴り飛ばす。
そして、間髪いれずに俺の背中に向けて錆びついた長剣を不器用にも刺そうとしていたもう一匹のゴブリンの攻撃を避けると、お返しとばかりにカウンター気味に短刀をその小さな体躯に突き返した。
完全な奇襲とでも思っていたのか、油断し愉悦の笑みを汚く浮かべていた通常種のゴブリンは側頭部を強く蹴られたために茂みの中に吹き飛んでいき、もう一匹のゴブリンは胸部に刺さった短刀が致命傷だったようで黒い霧となって消えていく。
二匹のゴブリンを片付け、再び三匹のフォレストゴブリンと対峙し直した俺に対し、自分の周りを群がるフォレストゴブリンから目を話した翔大が声を張り上げた。
「ナイスぅ!」
「馬鹿!幾ら耐久力があるからって油断するな! 横から更に三匹きてるぞ翔大!」
「うえっマジかよ!?」
そう叫びつつも身の丈の半分以上もある大きな盾を何度も多方向に構え直し、敵からの攻撃をなるべく盾で弾こうと目論む翔大。
しかし、その目論みは彼の回りを取り囲むフォレストゴブリンにも、そして今現在彼に向けて得物を振り上げながら走り寄るゴブリンにも筒抜けだったようで、揃って下卑た笑いを顔に張り付けた5匹以上のゴブリン達が示し合わせたタイミングで翔大に攻撃を加えようとしているを俺の目は捉えていた。
(おいおいおい!)
ゴブリン達の様子に気付いていないのか、あるいは気付いていても反応できていないのか。
そのどちらであれ、俺には翔大がゴブリン達に対して何らかの対処を講じる気配を一向に感じとれなかった。
幾ら防御力や体力が高いといっても限度があるのだ。それこそ多勢に無勢でダメージを負い続け許容量を越えてしまえば簡単に死んでしまうだろう。
今ここでパーティーの片割れである翔大に死なれてしまったら、その後の俺の展開がどうなるかなど容易に想像できるものだった。
二日も連続でこんな奴等に殺されるなんて、まっぴら後免である。
「ふざ……けろッ!」
咄嗟に足元に落ちていた錆びた長剣──恐らく先ほど胸部を短刀で指して倒したゴブリンのドロップ品だろう──に手を伸ばし、翔大に向けて思いっきり投げつける。
攻撃力と素早さによって大幅に強化された臂力は、剣身が少なくとも己の身長の3分の1以上もある長剣を軽々と投げ飛ばすことを可能とさせ、錆びた長剣は刃に付着した錆と派手な風切り音を辺りに飛び散らせながら一匹のゴブリンの足先に突き刺さった。
「ギィャアァァアアアァァァァ!!」
瞬間、響き渡る悲鳴。
気がついたら人間もゴブリンも関係なく、その場にいた全員がすわ何事かと悲鳴が聞こえた方へと顔を向けていた。
どうやら悲鳴を発生源となっていたのは先ほど俺が投げた長剣が足元に刺さった一匹らしく、見れば、そのゴブリンの右足の爪先が全て地面に深々と突き刺さった長剣によって切断されていた。
「うげっ」
その言葉を溢したのは俺か翔大か、或いはゴブリンか。
目の前で起きた痛ましい惨状に思わず何かを連想してしまったのだろう。
一時的ではあったが、その場にいる全員の動きが止まったことで辺り一帯は静寂に包まれていた。
「ギギギアアアアアアアァァァッッ!!!」
しかし、静寂は僅か数秒で破かれてしまう。
その発端は己の足の現状を確認したゴブリンの発した叫び声だった。
地面にさしこまれたランタンの光が心細く点滅する暗い森の中、一匹のゴブリンの悲痛な叫びによって中断された戦闘は、再び一匹のゴブリンの憤怒の叫びによって再開することとなる。
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予期せぬ事態が起きてしまったものの、戦況は二対多の状態から何一つ好転はしていないのが現状だった。
そもそも、どうして俺達が10匹以上のゴブリンとフォレストゴブリンの群れに囲まれていたのかというと、タンク職であるアネハがろくすっぽ機能しなかったからであった。
誓って言うが俺にはアネハを責めるつもりも、役割を果たせなかった責任を問いただすつもりも一切ない。
むしろ、タンク職である《ジョブ:盾使い》がその役割を果たす為に必要となる挑発系スキルを初めて取得するのは、職業レベルが最低でも8に達しなければならないという事態の前に、逃げたり諦めるのではなく、俺のために必死になって自分の鎧と盾を敢えてぶつけ、また時には大声を上げることで敵の注意を惹こうと尽力をつくしてくれたアネハには感謝してもしきれないだろう。
森に入り、初めて戦闘が開始された時点でのアネハのレベルは“1”であった。
今現在は経験値倍増薬による取得経験値の強化と,高いレベル差があるモンスターの間接的な撃破によってアネハが得た経験値はかなり多くなっているだろう。
だがそれでもまだレベル8に至るには足りないようだった。
「───隙ありッ!」
足元を僅かに照らすランタンの光は頼りなく、俺達にとって万全な状態で戦闘を維持はできないのは明白だ。
しかし暗闇の中で異様に響く光と音は、森の中をさ迷う非戦闘状態のゴブリンを誘う原因となる。
そして、倒せども倒せども何処からともかく湧いてくるゴブリン達は、俺達にとって決して好ましくないこの戦況に更なる拍車をかける大きな要因ともなっていた。
──故に、今は先ず敵の数を減らすことを第一の目標にするべきである。
俺はその判断を基に躊躇うことなく目の前で未だに固まっている3匹のフォレストゴブリンに向けて飛びかかった。
「───」
「─キィ──」
「ギギャッ!?」
半ば奇襲めいた攻撃だったのが功を奏したのだろう。
俺の大降りな短刀の一撃によって3体いたフォレストゴブリンの内2体が無抵抗でほふられ、残るもう一匹も俺が続けざまに放った回し蹴りで遠くの茂みまで吹き飛ばされてしまう。
「ギ、ギギィ……」
「ギギギギ……」
目の前で対峙していた3匹のフォレストゴブリンが消えたことにより、今現在、俺の周りを囲んでいるゴブリンの数はつい数分前と比べて7匹から2匹へと大きく数を減らしていた。
そして更に、俺の周りにいたゴブリンとフォレストゴブリンが次々と倒されているという異常事態に気がついている者は、仲間であるアネハを除けば残った2匹のゴブリンだけであった。
今の内にこの二体を倒しておけば戦況はより此方側の優位に進むだろう。
俺はそんな確信を抱きながら先ほどと同様に短刀を小さく腰だめに構え、対峙する残った2匹のゴブリンの一匹に向かって切りかかろうてして──足が止まってしまう。
足が止まったのは、何か不足の事態が起きて萎縮した訳でも、ましてや足が消えて走れなくなった訳でもない。
ただ単純に二歩目を踏み出そうとした左足が思うように動かなかったのだ。
「…………なっ!」
何事かと自分の足元を見下ろして、驚愕する。
俺が履いていた近代では見られない雑な作りの革製ブーツの爪先が、地面の中から覗く焦げ茶色の根っこに引っ掛かっていたのだ。
昼夜問わず光が遮られ湿った腐葉土が堆積した地面はやわらかく、そんな脆く柔らかい土が偶然にも多くたまっていた場所に偶然にも足を突っ込んでしまったらしい。
敵の目の前で躓かなったことを幸と捉えるか、敵の目の前で呆けた顔を見せたことを不幸と捉えるか。
何れにせよ、今の俺は2匹のゴブリンに無防備な隙を晒してしまっているのであり──そして、状況は更に悪化する。
「ギャギ?」「ギィ?」「ギギヒャ!」
「「ゲギギギャ!」」「ギャ?」
「ガギィ」「ギ?」「ギヒ!」
「ギッギィ!」「ギャギャギャ!」
此方を下卑た目で睨み付ける十数対の目。
その目は自らと然程変わらぬ丈を持ち情けなく体勢をくずした俺に向けられており、視線の主は今この場にいるほぼ全てのゴブリン達だった。
弱い者、諦めた者、弱った者、隙を見せた者、戦いにおいて自分を優位に進めるなら先ずは比較的能力が低い者から倒していくのが定石である。
その判断がゴブリン達の本能からはじき出されたのか、あるいは彼らなりに身につけた経験から導き出されたのかは定かではないが、幾度も囲んでタコ殴りにしても倒れない敵よりも、いかにも倒せ易そうな敵を率先して選ぶのは獣じみた頭脳を持つ彼らとて白明の理であった。
「ギッギー!!」「ギャギャギャ!」
「ギヒギギヒギ!!」「ギーー!」
似たような叫声をあげながら、何の連携も取らずしかし塊となって押し寄せるゴブリンとフォレストゴブリン達。
その目に恐怖心は宿っておらず、映るのはただ己が狙う獲物のみ。
1匹か2匹ならともかく10匹程の束になって襲わてしまえば、幾ら此方の攻撃が一撃必殺とは言えどかわしきれないだろう。
極端に低い防御力と体力は高火力の代償として手にいれたのだがら仕方がない。
諦め、達観し、短刀を握る右手の握力が徐々に弱まっていくのを微かに感じつつ───
「──こっちを向けぇ!!『ハウンド』!!!」
その一言で戦況が激変する瞬間を、俺の目は確かに捉えていた。
次回の更新は5月13日(土)です。