第8話『吊魔の森』
エイプリルフール?なんですかそれ?(すっとぼけ)
吊魔の森。
メイラードの街の南西部に位置している、比較的街から近い場所に群生した小高木で構成された森林の名称である。
名前の由来は森林全体が小型の締魔族に寄生されてしまったことにより、森林の至る場所で簾状や紐状の植物型魔族が蔓延っている現状から名付けられたらしい。
寄生された木は幹から誘引ならぬ誘魔性のある甘い蜜を出すことにより昆虫を始めゴブリンやコボルトといった低級の魔物を呼び寄せ、寄生した締魔族は呼び寄せられた獲物から魔力を搾り取る。
そして魔力を奪われ、また魔力を搾り取られる過程で体を弱めた獲物の死体はそのまま寄生された木の養分となっていく。
締魔族と木が一種の共存関係を築いているのかもしれないこの森林は、生えている木が木材とした時に他の木と比べて比較的頑丈かつ軽量で扱いやすく、また幹から採取できる蜜は薬の材料として使えるために、メイラードに住む住人からは有難い存在として認知されているんだとか。
「それにしても………へー、それほど使わないと思ってたけど、案外便利なんだなこれって」
「ああ確かにこれは便利───というより有難いな。こういうゲームの設定やテキストって見てて飽きないし、なにより自分の好きなタイミングで自由に見れるのが地味に嬉しい」
ちなみに、何故先ほどから俺が使う言葉が『らしい』とか『だとか』といった曖昧な伝聞の言葉になっているのかというと……これら情報や豆知識は全て、今俺とアネハの二人の手元にそれぞれ存在している一冊の白い本から知り得たモノだったからである。
“ 白ノ教典 ”
正規版から追加された、各プレイヤーが自力で収集したゲーム内の情報を、何時でも何処でも自由に閲覧することができる便利アイテムである。
閲覧が可能な情報はそれこそ多岐に渡っており、自分が倒したモンスターの設定、スキルの説明、訪れたことがあるダンジョンの製造された理由や現在状況、各種族や各職業のテキスト、所持している地図から基づいたエリアマップ、フレンドや所属パーティーの有無、武器や防具のフレーバーテキスト、等々。
冒険をすればするほどページと表記が増える、これはまさに運営が用意した各プレイヤーの事務的なプレイヤー日記とも言えるだろう。
ともあれ、いつまでもこの様に長々とアイテムやマップの理解を深めても、肝心の冒険や探検をしなければ意味がない。
俺は吊魔の森の入り口付近で情報収集のために開いていた白の教典をパタリと閉じると、隣に立っているアネハと頷きあった。
「ちょっと緊張はするが──じゃあ入るか」
「おう! もう7時前で辺りはかなり暗くなってきたし、さっさと滴水の洞穴までの道を見つけるか!」
左手に照明器具を持ちながら、俺は鼓舞するように抜刀した小さな短刀を頭上に振り上げ、対してアネハは1mほどの大きな盾を頭上に掲げる。
こうして日が暮れた薄い暗闇の中ではあるが、俺とアネハの暫定的なパーティーによる約2週間に渡る長い攻略が始まったのだった。
──この冒険の行く末に“あんなもの”が立ち塞がることになるとはつゆとも知らずに。
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一寸先はおろか足元も手元ですら朧気にしか見えないほどの深い暗闇に覆われた木々の間をゆらゆらと揺れ動く2つの小さな光。
それは俺とアネハのそれぞれが左手に持っているランタンのような照明器具が放つ光だった。
照明器具の名前は、光の小魔石を使った魔法のランタンと言い、詳しい説明は割愛するが所有者の魔力を微弱に消費して周囲を照らすアイテムだ。
学生故に夕方からしか遊べない俺達にとって暗いマップを探索するのはありふれたことである。だが、だからといってログインする度に新しい松明(店で買える松明は一回こっきりの消耗品なのだ)を買うのも面倒だしお金が勿体無い。
そういった理由から多少高い買い物ではあったが、片手に持てて比較的扱いやすいこのアイテムを今日街から出る直前に買ってきたのだ。
現在の時刻は森の探索を開始してから一時間ほど経過し午後8過ぎとなる。
陽はとうに地平線の向こう側に隠れ、その代わりとばかりに白い光を放つ月が夜空に浮かんでいた。
しかし、うっそうと生い茂った木の枝や葉によって月の光は遮られてしまっており、深い闇が満たすこの森の中で光源として機能するのは、唯一俺達が左手にある照明器具のみであった。
光が大きく動く度に、何処からともなく湿った土を踏みしめるような音が微かに辺りに響き渡る。
どうやら生い茂った枝葉は月の光はおろか風すらも防いでいるようで、物音一つないこの空間には俺達が動く音のみが大きく響き渡っていた。
「それにしても、暗い。」
左手にあるランタンを特に何の意味もなく大きめに振り回し始めた翔大が、もうこの森に入ってから何度目かわからないほどに繰り返し発していた言葉をまた呟いた。
翔大の浮かべている表情と顔の向きから、それが自分に向けた発言では無くただの独り言であるのは直ぐに理解できた。
だが、俺はいつまでもこんな暗い場所で無言で歩く必要はないと思い直し、敢えて相槌と質問の言葉を翔大へ投げかけた。
「確かに暗い。というか暗すぎて道がよく見えない……本当にこの道であってんのかな?」
「さあ? 店で買った地図でマップを確認しても、ダンジョンの具体的な入り口や森の出口は書いてないからなあ……。あとさっきも言ったけど──」
「結局は自分の足でプレイヤーマッピングをして目的地を見つけろってことだろ?」
「そうそう。運営が何を思ったかは知らないけど、多分そんな所だろうな」
余りの暗さ故に視認できず、時折急に暗闇から姿をみせる木を二人で小さく横に避けながらも続いていく他愛もない会話。
特に会話の目的もなく理由もない、ただ互いに気の向くままに──もしかしたらこの森に来た理由すらも忘れて──歩みを進め言葉を発し続ける。
そして、唐突に訪れる違和感。
「…………」
「…………」
数秒ほどの沈黙の後に翔大が口を開いた。
「……なあ、クロ」
「……どうしたアネハ」
「俺の気のせいじゃなければさ、今一瞬だけど目の前に小さな光が見えたんだわ……」
「……奇遇だなアネハ、俺も同じようなものが見えたよ……それも複数──少なくとも5つ以上」
光と一概にいっても、俺達が見た光はランプのような常に明るく周囲を照らす光ではなく、自転車や鞄に取り付けられた射光板が自動車のライトに一瞬だけピカリと反射したような瞬間的な鋭い反射光だった。
まるで、暗い夜に猫や犬といった野生生物が懐中電灯の光を浴びた際に目で光を反射したような、そんな光。
それはつまり…………。
「………」
「………」
「……スティール・センテンス」
暗闇の中に潜む何かを刺激しないように小さい声でw職業:盗賊の固有スキルを発動する。
過敏となった聴覚はそれまで聞こえなかった周囲の小さな音を拾い集め──その結果“それら”が確かにそこに存在している事実を決定付ける。
間隔が短くかつ浅く荒い息。
ゲヒゲヒと下卑た声。
小学生もかくやといわんばかりの低い身長と体躯。
身体は人形の形をしており、胴体や両腕を中心とした身体中には緑色の苔や蔦を巻き付けてた。
フォレストゴブリン Lv.3 エネミー
状態 :【敵対】 ??? ???
レベルが低いと侮るなかれ。
フォレストゴブリンはゴブリンの変異種であり、特定エリアにしかポップしない地域適応型の形態進化を遂げた種である。
通常種と比べ高い生命力とやや高い攻撃力が種族的特徴だ。
暗闇の中から徐々に姿を現し始めた緑色の特徴的な体色がランタンの光に照らされる。
前方に現れたフォレストゴブリンの数は約5体、そして横ある いは後ろから此方に近づく音が少なくとも5体以上。
つまり俺達はこの暗闇で身動き取りにくい森の中、まだ姿を見たことがない締魔続に対して警戒を抱きながら、自分達を取り囲んでいるこれらゴブリンと戦わなければならないのだ。
「数は10体以上。……多分囲まれてる」
「おいおい……確かにさっきから静かとも言ってたけど……こんな煩さ要らないし、流石に唐突すぎるだろ……」
俺とアネハは互いに頷きあった後に左手に持っていたランタンを静かに地面に置き、そしてランタンの下部に取り付けられている出っ張りが地面に深く刺さるように上から少し強く押し込んだ。
地面に突き刺さり、ちょっとやそっとの振動じゃ倒れないであろうランタンを下目に見ながら口を開く。
「役割、どうするよ」
「決まってんだろ? 俺はディフィンダー、お前はフォワードだ」
「……はっ!余裕あんな、おい。それだけ余裕なんだったらアネハ、敵が10人ほどそっちにいっても失点するなよ?」
「何を今更。そっちこそちゃんと殺って点を奪えよな!」
平常時では恐らく言わないであろう支離滅裂な無駄口を互いにたたきあいながらも、武器を構えて体勢を整える。
───かくして暗く深い森の中、小さなランプに照らされた影達は大小問わずに踊り始めた。
次回の更新は4月29日(土)です。