第7話『屍屍族と亜人族』
ー5月19日 6時18分 メイラード南西街にてー
拳ほどの大きさから、成人男性の顔よりも一回りほどの大きさまで。それこそ大小様々な大きさの平べったい石が敷き詰められた路の上を、ばらばらと統一感なく疎らに通っていく数十の人影。
そろそろ日が暮れ始めた頃だからなのか、メイラードの南西に位置するメインストリートから一本それたこの道は、昼夜と比べて人通りがやや多くなっていた。
地平線付近に浮かぶ平常よりも更に赤い太陽によって赤く染められた街並みはどこか哀愁を感じられる。
俺はそんな薄赤い光に照らされた簡素な住宅郡や、ぞんざいに施工され扱われる石畳を、そしてその上を歩く様々な種族の者や獣達を、特にこれといった目的もなく呆けた顔で眺めていた
。
と、一際眩しくなった太陽の光に顔をあげながら目を細めていると──唐突に眼を刺激していた光が途絶えて大きな影に体が包まれる。
視界の端に見える赤い空に浮かぶ太陽から察するに、どうやらこの影は太陽が建物や地平線の後ろに隠れた事で生じた訳ではないようだ。
影が落ちたその理由は──俺の目の前にいつの間にか一人の人影が佇んでいたからだった。
「よお、クロ」
「アネハ──やっと来たのか」
逆光になって顔は上手く視認できなかったが、それが翔大が操作するアバターである“アネハ”という事実に直ぐに気がついた。
そもそもどうして俺がこの場所にいるのかと言えば、翔大に助力を請われたレベリングの手助けをする上で一先ず此所を集合場所にしていたからなのだ。
そのうえ道端の手頃な段差に座り込んだ俺に名指しで声をかける者といえば、翔大が操作するアバターであるアネハしか思い当たらなかった。
そして事実、視界の隅に表示された相手のプレイヤー情報には、声をかけてきた人物がアネハという名前であることを示していたのだった。
俺の何気ない返答にアネハはやや不服そうな顔を浮かべる。
「やっと来たって言われてもなあ……お前と比べてかなり遠いんだからな、俺の家」
「家と逆方向の俺がわざわざ途中までお前に付き合って一緒に帰ってるのに何言ってんだ」
「それそれ、これはこれ、だ」
「はいはい、そうですか……っと」
アネハの適当な誤魔化しに、此方も同様に適当な相槌をうちながら、手と足に軽く力を入れて立ち上がる。
立ち上がって互いに顔を付き合わせてみて分かるのは、やはり俺の身長はアネハと比べて非常に低い事だった。
現実では俺の方が高い身長だというのに、このゲームでは3,40cm以上も離されている事実を久し振りに再確認したためか、俺はアネハに対して悔しいような苦々しい気持ちを抱きながら口を開く。
「──で?それがお前の新しいアバターなのか?」
「おう、名前は前のから変えてないから解り辛いかもしれんが、確かにこれが俺の新しいアバターだ」
その言葉と共に、白く濁った眼球をギョロギョロと忙しなく動かしていた屍屍族の特徴を持った男は───ニヤリと口笑った。
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NAVASIU社発のVRMMORPG《Real World》という名前のゲームにおいて、β版から製品版へバージョンアップをした際に、β版テストプレイヤー全員に用意された二種類の特典を覚えているだろうか?
一、アバターリセットを行わず【初期白隊の指輪】【赤魔術の指輪[破裂]】【生命力回復薬】を受け取り、そのままゲームを開始する。
一、アバターリセットを行い【初期白隊の指輪】のみを特典として受け取り、ver1.00から始める新規プレイヤーと同じアイテム【経験値倍増薬】を所持した状態でゲームを開始する。
以上二つの選択肢からどちらか一つの特典を選ぶ権利が、運営からβテストプレイヤーに用意されたものであった。
俺が選んだ選択肢は今朝に翔大と交わした『赤魔術の指輪の力を試そうとしてゴブリンに倒された』という話からもわかる通り、前者の特典を選択したのだが……どうやら翔大が選んだのは後者の特典のようだった。
その理由を聞けば、所属しているパーティーメンバーの中にタンク職が居らず不自由をしていたため、自分から率先してジョブチェンジをする為にアバターリセットを行ったらしい。
屍屍族の盾使い。
それが新しくなったアネハの種族と主職業の名前であった。
「それにしても……」
集合場所だった南西街のサブストリートから離れ、街から出るために南門へ足を運んでいる最中。
俺はつい今しがた思い当たった“あること”を聞くために翔大へ質問を投げかけた。
「今から俺達が向かうのは『吊魔の森』と『滴水の洞穴』って名前のエリアとダンジョンだったよな?」
「そうだけど、それがどうしたよ」
「確か二つとも適正レベルが12以上の筈なんだが……俺はともかくアネハは大丈夫なのか?」
俺の心配の言葉に始めは虚をつかれたような顔を浮かべていた翔大だったが、やがて合点がいったかのように「大丈夫って……ああそういうことか」と呟いた。
「まだレベル1の俺じゃあ死ぬんじゃないかって心配してくれてるのか。ははは!そういうことなら大丈夫だと断言するよ」
大袈裟なリアクションをとりつつ笑う翔大。
俺はどうしてそんなに死なない事に自信満々なのか聞いてみようとするが、その寸前で翔大の言葉に塞がれてしまう。
「クロは屍屍族の体力の初期値が幾らか知ってるか?」
「いや、屍屍族の初期ステータスは知らないな……というか、そういや亜人族以外のステータスは調べてなかったな」
若干だが独り言も混じってしまっていた俺の返答に、翔大はやや自慢げな表情を浮かべていた。
「屍屍族の体力はなんと! 初期値で“300”もあるんだ!」
「はあ!? 300ぅ!?」
驚きのあまりすっとんきょうな声をあげてしまう。
往来の人が此方を胡乱げな目で見ていることから、知らずの内に自分が道の真ん中で立ち上まっているのに気がついた俺は、数歩先に立っているアネハの元まで小走りで駆け寄った。
「なに? つまりアネハの体力って現時点で俺の10倍はあるのか!?」
「いや、むしろ俺はクロの体力の低さの方が驚きなんだが……まあそれは置いてといて。体力が300で防御力が初心者の盾とスキルとこの初期装備の鎧で16もあるから、そんな簡単には死なないだろうって判断したんだよ。な、大丈夫だろ?」
「……」
ぐうのねも出なかった。
レベル差が10以上もあいているからか翔大に対して優位性を僅かながらに感じていたのだが、むしろこと死にやすさに関しては自分の方が大丈夫かと問われる程の低さだったのだ。
「いやぁ、種族選択の時に特殊種族を選んだんだけど、亜人族以外だったら正直なんでもいいやと思ってたら、まさかの高体力が特徴の屍屍族になれてさ。ほんと運が良かった」
「ソウダネ、ヨカッタネ」
それから南門につくまでの間。
俺は、大きさも形も高さも全てがバラバラで端から見れば凸凹が異様に目立つ不格好な石畳が、その不統一で歪な形を以て往来する人や獣の足を度々躓かせているのを横目に見つつ、
内心で必死に「い、いや……攻撃力と素早さなら翔大の5倍位はあるから!」という意味不明な言い訳をしながら翔大との会話に適当な相槌をうつのだった。
感想で指摘された『設定等をまとめたモノを出してほしい』という提案についてなのですが、現在筆者が使っている種族・職業・スキルをメモしているものを流用して設定資料集として投稿することにしました。
まだどのような形式で纏めて投稿するのかについては決めていませんが、なるべく分り易いようにするつもりですので宜しくお願いします。