第5話『言い訳は良いわ(ry』
「──それで? 結局昨日のお前は高レベルのゴブリンの群れに辛くも勝利して、意気揚々と街まで帰ろうとしていた所を、また別のゴブリンと群れに遭遇してしまい、結果ゴブリン達にフルボッコにされた上にあえなくおっちんだ。と』
RWが正規運営を開始した日の翌日である、5月20日の午前7時50分頃。
その日、普段の登校時間よりもやや遅めに登校した俺は、既に登校していた翔太と共に昨日自分達がプレイした正規版のRWについて語り合っていた。
語り合っていたと言っても、クラスメイト達との挨拶を交わしてから自分の席に着き、それから暫くして手に着いいた水滴をぶらぶらと飛ばす翔太(恐らくトイレに行っていたのだろう)に、
「RWのアップデートの事だけどさ、卓人のことだし俺みたいに遊んでみただろ? どうだった?」
と挨拶の後に話しかけられたのが、今から約6分前となる7時44分なので、実際には昨日の俺がRW内で行ったプレイングの説明を一方的にさせられただけなんだけどね。
「……ああ、そうだよ」
肩を少し落としながら呻き声とも捉えれるほど低い相槌の声を返す。
俺が溢したその言葉に、椅子の背もたれによたれかかった状態で両足をぶらぶらと動かしていた翔太は朗らかな笑みを浮かべた。
「まあまあ不機嫌になるなよ卓人。ドンマイドンマイ、そういうこともあるさ」
「いや、そんな月並みな言葉を使われてもなあ」
「ははははは、お前人が慰めようとしてんのにそれはないだろ。……まあ」
「まあ?」
「やっとRWができる事にはしゃぐのも分かるし、自分より強い敵を簡単に屠れる事に楽しみを見出だのも理解できる。でも、幾らレベル差があるからとはいえゴブリンにやられるとか……お前………」
うわー、マジないわー、と言わんばかりに小馬鹿にしたような半眼を此方に向けてくる翔太。
そんな視線とは裏腹に口元には邪気のない笑みを浮かべていることからも、翔太の態度が冗談であるのは分かっていたので、俺は短く「うるせいやい」と軽口を返した。
「そもそも、さっきから何度も言ってるけどゴブリンにやられたのは油断してたからじゃなくて、群れの中にホブゴブリンとコボルトがいたせいだからな? あと指輪が思ったより使えなかったってのもあるけど」
「ホブゴブリンとコボルトねえ……。ああ、そう言えば卓人」
「うん?」
「引き継ぎ特典の、えーと……なんだっけ? その、魔術の指輪……だったけ?」
「赤魔術の指輪、な」
「そうそう、確かその指輪って火属性魔法の系統の一つの爆破魔法が僅かだけど誰でも使えれるようになるんだろ? 今何か文句も言ってた気がするけど、ぶっちゃけ使ってみてどうだったんだ?」
「どうって言われてもなぁ……」
興味津々とばかりに少し前のめりになった態勢で質問の答えを待つ翔太。
一端のゲーマーとして、というよりプレイヤーとして興味があるのだろう。
……ってあれ、まてよ? そういえばついさっき翔太自身も昨日はRWをプレイしたとか言っていたのに、どうして指輪の能力を知らないんだ?
俺も同じ気概は持っているから余り人の事についてとやかくは言えないけれど、翔太の性格的に新しい装備や武器は手に入れたら即その使い心地を確かめるだろうに……。
ふと頭の中で浮かんできた些細な疑問。
しかしその疑問が解消されるのはもう少し先のこととなる。
十秒程経ってもまだ俺の返答を待ってくれていた翔太に申し訳なく感じ、その疑問についての質問は後回しにすることにしたのだ。
「まず第一印象は『綺麗』だったな」
「綺麗?」
「ああ。ルビーっぽい赤い宝石がついた指輪なんだけどな、陽の光にあてると、宝石の中で火の粉のような小さな火の玉がくるくると踊ってるのが見えるんだよ」
β版のデータを正規版にそのまま引き継いた特典の一つとして貰った、赤魔術の指輪[破裂]。
その見た目は金属特有の鈍い銀色の丸い輪っかの上に金色の宝石を嵌める台座がついており、また台座には凡そ3cm四方に丸みを帯びた状態で綺麗にカットされた薄赤色の宝石が嵌められていて、とても綺麗なものだった。
──少なくともまだ男子高校生であり指輪に対して然したる知識も興味も持たない俺ですら、暫くの間しげしげと眺めたくなる位には。
そして肝心の指輪の性能についてだが、
「なんというか凄く残念……というか惜しい性能だった」
「指輪の効果がか?」
「うん。けど『あくまでも俺にとっては』っていう注釈はつくけどね」
「つまり弱いってことか?」
「いや弱いかって言われたらまた違うんだ。ゴブリン一匹を即死させることはできたんだから、決して低い効果ではないんだよ」
赤魔術の指輪[破裂]の効果は、名前の通り対象を破裂させることだった。
その威力のほどは、敵対していたゴブリンの首を一発で吹き飛ばすことが可能な程に強かった。
指輪のステータス欄には、『破裂させる対象との距離が近ければ近いほど威力が上昇する』『敵の弱点部位への攻撃(俗に言うクリティカル・アタック)に成功した場合、弱点攻撃による生命力損傷倍率が上昇する』といった効果が書かれていたので、恐らくはそれら要因も絡んでいたのだろう。
「ただ……」
「ただ?」
「指輪を使うにはMPが必要になってて、更に再使用にはスキルと同じようにリキャスト・タイムを挟まないといけなかったんだよ」
「あー……、なるほど。向かってきたゴブリンに、もう一度剣じゃなくて指輪で向かい打とうとしたら、まさかの指輪は使えないというハプニング。──つまりはそういうことか」
「そういうこと。こちとら一発でもかすったら逝きそうだったのに、むざむざ大きな隙をさらす事態になったら……そら死ぬわ!」
納得した顔でうんうんと首を縦に何回か振る翔太を見て、俺は今朝登校する前に自宅のパソコンで調べたRWのおかしな設定について愚痴り出したのだった。
Ver,1.00から追加されたMPという新たなステータス。
魔力、という言葉に置き換えれば、RPGを知っている者なら絶対に一度は耳にしたことがあると言える程には有名な単語ではないだろうか。
MPすなわち魔力とは、魔法を始めとする超常的な技を発揮する際に、その源として使われる力をいわば数値化したものである。
やや分かり難い言葉になってしまったが、例えるなら石油ストーブを使うには石油がないといけないように、或いは車が走るにはガソリンが必要なように、MPがないと魔法は発動することが出来ないのである。
まだ実装されて1日も建っていない状態ではあるが、廃人……もとい有志の者によって、RW内のMP保有量はプレイヤーの生命力・魔攻力・魔防力の3つのステータスで決まることがもう既に発見されている。
つまり、上に挙げた何れのステータスも、恐らく全プレイヤー中で最下位かそれに近い順位に位置しているだろう俺のステ振りは、指輪の魔法を一発撃つだけで魔力切れを起こしてしまうのだ。
因みに、どうでもいい豆知識だがRW内においてMPや魔力という言葉は、実装こそされてはいなかったものの実はβ版から存在していたようで、魔力回復薬といったMPが関係するアイテム等では回服薬と銘をうちながら、服用しても何も起こらない不可思議な薬として一時RWプレイヤーの間で話題になっていたんだとか。
「うわ、その魔力の算出式って要は魔法職か体力特化の高体力耐久型のビルドじゃないと魔法の連発は出来ないってことじゃん」
「だろ?魔法職が魔法を使い放題なのは、まあ当たり前ではあるし妥当だから構わないけれど、ちょっとくらい前衛職に使わしてくれたっていいのにな」
「いや、それはただお前のビルド振りが悪いだけだろ。……でもまあ? 話が少し戻るけれど、案外殺されてもよかったんじゃないか?」
「は?それって昨日の俺がだよな?なんでだよ」
「そらあお前、どうせ卓人のことだから地図もマジックコンパスも帰還砂も持っていってないだろうと思ってな。……──あれ、もしかして知ってた?」
「いや……翔太が言ってる言葉の意味が全っ然理解できないんだが……」
俺の怪訝な顔を確認して「ほらな、やっ張り!」と言って楽しげに笑いだす翔太。
その笑いに馬鹿にするような響きは含まれていなかったため、俺は翔太の言動に怒りよりもむしろ戸惑いを抱いていたのだが、翔太にはどうやら違ったように見えたらしい。
笑い終えるや否や「いや、決して馬鹿にした訳じゃないんだ。ただちょっとやっぱり引っ掛かりかけてたんだなあ、と思ってさ」と更に意味不明な弁明を始めだしたので、俺は話はともかく翔太が言わんとする言葉の意味を説明するように要求したのだった。
「実はだな、アップデートによってプレイヤーのマッピングの設定がβ版と比べて結構大幅に変わったんだよ」
「大幅にって、具体的に言えばどれくらいになるんだ? というか変わったのって良い意味でなのか? それとも悪い意味で?」
「どちらかと言えば悪い意味で。あと具体的にどれくらい変わったかと言うと……そうだなぁ、通常版のドラ◯もんが映画版の肝心なシーンのドラえも◯になった位の変わりようだな」
「何だその微妙な例え方!?」
こうして俺と翔太のRWの情報交換は、朝のHRの開始を告げるチャイムの音が鳴るまで続くのだった。
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以下 アイテム説明
※とある情報交換サイトより抜粋
アイテム名:【 赤魔術の指輪 [破裂] 】
品質 : ( A )
希少性 : ( - )
重量 : ( 0+ )
分類 : 装備品
装備補正 : <HP+10>
発動魔法 : 赤魔術の第三階梯 爆裂系[破裂]
RT : 弾数4発、一発につき約10分
ー説明ー
低純度の銀の輪と台座の上に火の粉を彷彿とさせる薄赤い宝石が嵌められた魔術の指輪。
宝石には、かつてに栄えた魔術師達の謳歌の地 魔術の古都ラウベル が崇めていた 魔術ノ神ラーベウグル が造ったとされる魔術術式がこめられている。
『忘我の渦に埋もれ、我誓い汝に命ず』
『邪神の法に服さず我神の術に報いよ』
ラウベルに囚われた何も知らぬ哀れな歳若い魔術師は口々にそう叫び散らした。
彼等は皆その真実を知らないのだ。
それが全て一人の男の詭弁から始まったものだという事を。
※破裂させる対象との距離が近距離であるほど威力上昇。
※敵の弱点部位への攻撃に成功した場合、弱点攻撃による生命力損傷倍率の上昇。
〈備考〉
NAVASIU社が開発したフルダイブ型VRMMORPG“Real World”において、抽選先行テストプレイヤーになった者達の中でも、Ver0.98 から正規版となる Ver1.00 へアップデートをした際に、アバターリセットをしなかったプレイヤーにのみ配られた記念品であり装飾品。
小さい重量ながら生命力を僅かにを上昇させる効果を持っており、そのうえ序盤では魔法職であってもまだ使えない爆裂系魔法が発動可能になることから、指輪を所持しているプレイヤー達の大半は身に着けている。
アイテム名:【 地図[メイラード近辺] 】
品質 : ( 保存・製作環境によって変動 )
希少性 : ( 繊細な情報であるほど高くなる )
重量 : ( なし )
分類 : 貴重品
ー説明ー
先人の知恵と努力により製作された、その土地の地形や外形的特徴を描き記したもの。地図。
この地図はアルギニア大陸の最西端に位置し、白ノ神の信徒と農民が人口の大部分を占めているメイラードとその周辺について詳しく描かれたものである。
〈備考〉
Ver0.98 から正規版となる Ver1.00 へアップデートをした際に大きく変更された点の一部として挙げられる、プレイヤーマッピングの設定変更。
その具体的な変更点として『最寄りのセーフエリアや拠点を自動的に表示し帰還を補助する機能の撤廃』『地図を所持しない限り自動マッピング機能の停止』『所持している地図に書かれた注釈や追記情報はプレイヤーマップより確認可能となる』等がある。
これら機能が追加・撤廃されたことにより、各プレイヤーは地図を持った状態でしかプレイヤーマップを使えなくなった(より正確にはマップを持っていないと本来の性能を発揮できなくなってしまった)。
なお、システムメニューにある《マップ》という欄から確認する事ができるプレイヤーマップは、アップデート前までは『全プレイヤー共通の表示である』といった文言が公式サイトのデジタル説明書に記載されていたが、アップデート後には『元となる地図により変化し追記情報により各プレイヤー独自の地図となる』という内容に変更されている。なんとも仕事が速いものである。
※作中内で翔太が卓人に向けてと言った理由は、地図を持っておらずメイラードの街を始めとしたログオフが可能なセーフエリアを探す事ができない卓人には、どうやっても森から脱け出すことは不可能だっただろうと推測した為である。
次回の更新は3月7日です。