第4話『ゴブリン』
「ギャギャギャ!」
「ギャギギギャギャ」
「ギギャギャ」
「ギギギギギャァ!」
「ギャギィギャ」
1mにも満たない小さな体を奮い立たせ、口々に何やら喚き散らすモンスター達。
彼らは皆一様に特徴的な緑色の肌を持ち、尖った耳と鼻を小さく震わせながら、愉悦にも似た目と口を三日月状に大きく曲げた表情を浮かべていた。
ゴブリン。
RWでも代表的な不特定エリアに生息する──つまり雪山や火山、沼地や森林といったあらゆる地域や悪質な地形環境でも、条件さえ揃えば大量に出現する──モンスターだ。
種族的な特徴として挙げられるのは、複数匹で徒党を組む事が多く、また小柄でも人型なので他のモンスターよりも少しだけ繊細な動きをするといった事位だろう。
ただし、低次な知識によって造られた自然武器(打製石器や木の槍等)を武装することがしばしばあり、その場合はやや倒し難くなってしまう。
そう、今まさに俺の置かれた状況の様に。
「ギャギギ!」
「ギィギィギャ」
「よっと!」
「ギ、ギィィーー!?」
短刀を短く振るい、七匹も群がるゴブリン達の内で武器を持たない一匹の胴体を切り飛ばす。
なるべく大振りにならないよう気を付けながらの攻撃ではあったものの、狙い通りの剣撃により群れの左端に居たゴブリンのHPゲージが急速に減り、少しして空っぽとなった。
群れの内の一匹が死んだ事に理解が追いつかず、鳴くこともせずにただ茫然としているゴブリン達。
やがて仲間が死んだというその現実に思考が追い付いたのか、彼らは先程よりも更に激しく喚き始める。
そして、ついさっき仲間であった〝それ〟を次々に(文字通り)踏みしめて此方へ向かって走りだした。
「「ギャッギャッギャッ!!」」
「ギィギィギャ!」
「「ギィギャギャァ!」」
「ギギギギギ!」
奇襲まがいの攻撃により七匹から一匹減ったゴブリン達の群れ。
その残った六匹の内、武器を持った個体の数は三体。
一匹は小柄なゴブリンの小さな掌にすっぽりと収まる大きさの石ナイフを左手に持ち、
もう一匹は木の棒の先を鋭く尖らせただけの木槍を両手に、
そして最後の一匹は自然武器ではなく明らかな人工物である、鈍い赤銅色に錆び付いた刃渡り凡そ50cm程の諸刃の片手剣だった。
基本的にゴブリンのステータスは総じて低い。
数は多いものの、腕力や団結力といった攻撃力、頑丈度や耐久力といった防御力、学術知識や魔法知識といった魔法力とそれに対応した魔法防御力、それら全てが他の種族よりも低いのだ。
だから現時点において殆どのプレイヤーは自身と同レベルのゴブリンの群れに大した警戒は抱かない。
それこそ十、二十匹対一人といった数の暴力とも呼べる状況に晒されていないのならば、心の底からの集中も警戒もしないのだろう。
だが────
ゴブリン Lv.24 エネミー
状態:【敵対】 ???
ゴブリン Lv.19 エネミー
状態:【敵対】 戦闘可能域:【地上】
ゴブリン Lv.23 エネミー
状態:【敵対】 ???
ゴブリン Lv.22 エネミー
状態:【敵対】 ???
ゴブリン Lv.25 エネミー
状態:【敵対】 ???
ゴブリン Lv.24 エネミー
状態:【敵対】 ???
ゴブリン達の全体的なレベルは20を少し越えている高レベル。
それに対して今現在の俺のレベルは12。
最小で7、最大で13もレベル差があり、かつ俺のステ振りは高火力紙装甲の特化型である。
一番始めに撃破したゴブリン(なおレベルは22だった)のように、攻撃を外すことなくちゃんした一撃を入れれさえすれば、文字通り一撃必殺となるだろう。
しかしゴブリンに対して俺の場合は、例えかすり傷であっても一度でも敵であるゴブリンの攻撃を受ければ、それがそのまま致命傷となってしまうことは容易に想像できる…………というかそうなる事はもう分かりきった事実であった。
「ギャギギャギ!」
「「ギギャーギャギャ!!」」
「ギィギャギギィ!」
「ギャギャギャ────
「ギャギ────
此方へ向かって走ってくる六匹のゴブリン。
そのうち武器を持ってなおらず身軽でありかつ距離が近かった二匹が、群れの中から一足先に飛び出して襲いかかってくる。
策を講じることなく偶然に起きた数の分断。それは個別に狙い打つには持ってこいの状況だった。
此方へ噛みつこうと頭を前につきだした一匹と、爪で引っ掻こうと右手を構える一匹。
目前まで迫りくる二匹に対して、俺は焦ることなく慎重にその一挙一動に目を凝らし、短刀を大きく横に振りかぶった。
軽快な空気を切り裂く音と共に二匹のゴブリンの首が切断される。
首を切断された二匹のゴブリンは血を流すことも頭を何処かへ飛ばすこともなく、HPゲージが砕け散るのと同時に黒い砂となって宙へ舞っていった。
(よしっ!)
狙い通りに一編に二匹を倒せた事に心の中でガッツポーズを決め、宙へ舞った黒い砂の霧から離れようとした───その矢先、突如として霧の中から突き出される赤銅色の剣先に目を見張ってしまう。
仲間が死んだ事を厭わず一心不乱になって突撃してきたゴブリンのがむしゃらに振り回した剣が、間一髪で目の前を通りすぎたのだ。
二匹のゴブリンを倒す際に大振りな攻撃を行った為にやや崩れた姿勢になってしまっていた俺は戦々恐々と胆を冷やすこととなる。
「ギッキィー!!」
「ギヒヒッ!」
「ギャギャッギ」
「ギィギャギャ!」
俺の様子に加虐心がくすぐられた為か、それとも自分達を脅かしていた存在が予想外に弱かった事実に低知能故の早合点した為か。
尻餅をついてしまっている俺を見て、まだ生き残っていた4匹が嬉々として騒ぎ立てる。
(やっぱ……適正レベルが10も上は、きつかったかなぁ……)
こうなった原因はなんだったのか。
ギヒャギヒャと綺麗にハモった笑い声を上げるゴブリンとじりじりと対峙しながら、俺は今から一時間程前の過去に思いを馳せた。
~~~~~少年回想中~~~~~
「ん、ん…………ここ……は?」
目が覚める。
一徹や二徹をした後の日の授業中に、ふとした拍子に夢の世界へ旅立っていたかの様な、ふわふわとした不思議な感覚。
意識が妙に朦朧とする自分の状態から鑑みるに、どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
「えぇ……と?、何処だここ……」
確か夜の10時過ぎに黒いアレを退治した後で、入浴と就寝の前にゲームをしようとヘッドギアを起動してRWを始めたのだ。
そしてこのゲームのオープニングムービーを見て…………その後は何故か記憶がなくなっている。
眠ってしまったから曖昧なのかもしれない。
あれ?そういえば、今何時だ?
慌てて起き上がり、現在時刻を確認する
10時31分。
視界の右端に浮かぶ半透明のデジタル時計にはそう表示されていた。
このことから分かったのは、まだゲームを開始してからそう時間は経っていないという事。そして、ここはヘッドギアを使用してダイブした仮想空間であるとい事。
その事実は直ぐに確認することができた。
《体験版から引き続き Real World を遊んで頂き有り難うございます。》
《体験版からプレイした頂いたプレイヤー方々には、感謝を兼ねた特典があります。》
《選択肢は二つあります。》
《一.現在のステータス・スキルを全て引き継いだ状態でゲームを開始する。特異として【赤魔術の指輪[破裂]】【初期白隊の指輪】【生命力回復薬×3】》
《二.現在のステータス・スキルを全てリセットし、新なアバターを製作してゲームを開始する。特典として【初期白隊の指輪】【経験値倍増薬×5】(※経験値倍増薬はVer1.00新規プレイヤーも同様に取得します)》
《以上のどちらかを選択して下さい》
それはここ最近で聞きなれたRWのガイドインフォメーションだった。
目の前に表示される2つの選択肢。
俺は勿論──前者の一番を即断速攻で選択する。
別段、現状の特異的なステ振りになったことに不都合も後悔もしていないからだ。
《一番が選択されたことを確認しました。》
《本当に構いませんか?》
《 [ YES ] [ NO ] 》
無論、YESで。
《最終確認を終了。》
《それでは引き継ぎ Real World を楽しんでプレイしてください。》
視界が切り替わり、ゲームが開始する。
~~~~回想終了~~~~
この後、無事何事もなく通常通り開始したこのゲームで、俺は引き継ぎ特典として受け取った【赤魔術の指輪[破裂]】を早速試してみようと街の外へ出掛けたのだ。
──久しぶりであるというのに、「どうせならちょっと強めな場所に行こっかな」という軽い気持ちを持って。
「ギギギギギギャ!」
「ギアギギャ!」
「ギャギギャギギギィ!」
「ギャギャギャギャ!」
何度も騒ぎ立て、鳴き喚く四匹のゴブリン。
俺とゴブリン達、火蓋を切るのはどちらになるだろうか。
分からない…………だが。
所持金を失うのは嫌だし、経験値を得られないのも嫌だ。
そして、例え10以上の激しいレベル差があるのだとしても他のプレイヤーから雑魚と舐められていて、かつこれだけ此方を苛つかせる言動を繰り返すゴブリンに倒されるのは嫌だった。
「はっ! やってやんよ!」
右手に持った短刀を小さく胸の前に掲げて構え、その右手に添える形で薬指に件の指輪を装着した左手を持ち上げる。
それから暫くして。
俺とゴブリンの戦いは直ぐに決着がつくこととなるのだった。