第2話 『Ver 1.00』
等間隔に並ぶ電柱に設置された道路照明灯のLEDの光に照らされながら、霧山卓人は帰路を歩く。
翔大とは家の方向が違うのでついさっき別れた所だ。
大通りからやや外れた小道を進んでいるので、辺りはひっそりとしていた。
卓人は微かに何処からともなく聞こえてくる家族団欒の音や笑い声に耳を傾け、はたまた激しい言い争いや怒声と喧嘩の騒音に顔をしかめながら歩みを進める。
そして、赤色の煉瓦で造られた玄関に黒色の表札(『霧山』とい姓が彫られその下に六つの名が続いている)がよく目立つ一軒家の前に着いた卓人は、
「ただいまー」
特に意識をしていなくても自然と口から出たその言葉と共に、玄関の重い扉を開けて中に入った。
ラッチボルトが戻る大きな音と一緒に扉が閉まるのを背後で感じつつ、革靴を脱いで家に上がる。
振り替えって屈み、革靴をきちんと揃えて並べた後に靴下を脱いでいると、
ドタドタドタドタッ!!
と何やら二階から誰かが猛スピードで階段を降りる音が響き始めた。
音はスピードを落とすことなく一気に階段をかけ降りて、こんどは廊下を足早に進み始める。
そして、まだ玄関の扉に向いて屈んだ状態でいる卓人の背後で止まり、
「お帰り、兄ちゃん!」
そんな快活な口調で帰宅した卓人に向けて挨拶を言った。
音の発生源であったその人物は、やや長めのショートカットにした黒髪を揺らし、満面の笑みを浮かべた少女だった。
年齢はその声の若さからして十代半ばといったところだろうか。
「ただいま。……なんか凄く気分が良さそうだけど、何かあったのか?」
ドタドタと騒がしく現れた目の前の少女に対して特に驚きもせずに返事を返す卓人。
その語調は親友である翔大と話す時よりも自然で砕けたものだった。
それもそうだろう。
今卓人の目の前に立っている少女は、霧山家の長女であり、また霧山卓人の妹でもある霧山拓美であったのだから。
「ふふ~ん。ジャーン!! 見て見て、これ!」
その言葉と共に唐突に目の前に並ぶ白色の光景。
立ち上がろうと中腰になっていた卓人の顔に、拓美が二枚の紙を付きだしたのだ。
卓人は「これじゃあ見れないだろに」と言いながら中腰の状態から立ち上がると、ドヤッ、と言わんばかりに胸を張りながら拓美が付き出していた紙を受け取った。
受け取って直ぐにそれがただのプリント紙やざら半紙といった、日常的に使っている紙ではない事がわかった。
その紙はやや厚く、表面に金色の綺麗な模様(雲龍や鳳凰)が施されており、見るかに表彰状や賞状といったモノであると思しき紙だった。
両手に持っていた紙を兄である卓人に渡した事で両手がフリーになっている拓美が、「へっへ~ん!」と言いながら両手を左右の腰にそれぞれ当てて更に胸を張るのを横目に見つつ、卓人は言われた通りにその内容を見ていった。
中学2年生である拓美が手にする表彰状や賞状といえば、大方、学業の成績が優秀であった事の証書か、或いはグラブ活動や何らかの大会で得た賞状位だろう。と予想をたてていた卓人は、紙の内容にざっと目を通して驚愕する。
「拓美……お前、全教科総合点で学年2位をとって、更に大会で1位もとったのか! 凄いな!」
そこには、太い達筆な文字で優秀な成績を修めた~といった文言が書かれており、なんと卓人の予想が二つとも当たっていたのである。
「えへへへ……それほどでもないよー」
嬉しそうに口角を緩ませてニヤニヤと笑う拓美。
この少女、実の兄である卓人と違い、文武両断をじで行くが如く、学業もグラブの成績も素晴らしい娘なのだ。
因みに、卓人の成績は学年で中の上と下を行ったり来たりするという何とも言えない成績であり、グラブ活動などは特に参加していないという、妹と比べられたら実に不肖な兄であった。
「学校の成績とグラブの成績がどっちもトップ3に入ったってことは、拓美は父さんにヘッドギアを買ってもらえるのか」
「私はまだお兄ちゃんと違ってバイトをする許可がおりてないし、何より水泳で忙しいからねー。うーん楽しみ!」
勉学とグラブを両立して励み、まさに文武両断を地でいく、兄ながら誇らしく優等生である拓美だが、決して遊ばない訳ではない。
むしろ、遊ぶ時と遊ばない時とのけじめをしっかりと付けるぶん、人よりも多く また気持ちよく遊んでいるのが、霧山拓美という少女だった。
そして、だからこそ、不肖の兄こと霧山卓人が高校生になってから始めたバイトで貯めたお金とお年玉で十万は軽く超えるだろう、フルダイブ型VRヘッドギアを買ったのを見た彼女は、両親に「学校のテストとグラブで良い成績をとるから、私にもあれが欲しい」と打診した。
それは霧山家の方針として、アルバイトといった責任やお金が伴うものは、高校生(15歳以上)になってからしかやってはいけないという方針があり、まだ中学年である拓美には高額な機器など到底買うことが出来なかったからだった。
当時そこそこな優等生であり、特にこれといった無駄使いがない拓美からの度重なる頼みに折れた両親は、『どちらとも上位3位に入れば買ってあげる』と約束しのだが……。どうやらあれからまだ半年もしない内に拓美は見事達成したらしい。
まだ結果が出たばかりで興奮が冷めていないのか、尚もピョンピョンと跳ね始めんとばかりに喜んでいる拓美に対して「お疲れさん。あとおめでとう」と労いの言葉をかけた卓人は、取り敢えず私服に着替えようかと自室へ向おうとするが、
「そうそう、ちょっと待ってお兄ちゃん」
拓美に呼びかけられて足を止める。
「さっきお母さんが言ってたんだけどね、お兄ちゃんの部屋にアレが出たんだって」
「あれ?」
「あいつだよ、あいつ」
そう言って心底気持ち悪いとばかりに、左右の肩を手前で交差した両手でさする拓美。
始めはその『あれ』とか『あいつ』という言葉の意味が分からなかった卓人であったが、少しして拓美の『黒いやつ……』という言葉で合点がいく。
一般家庭でそんな名称が付く生物等ほぼ一つしかない。
頭文字G………“やつ”だ。
と、そこまで思考が行き着いた所で、卓人は はっとあることに気づく。
それは当然の帰結ではあるのだろうが、しかし卓人にとっては洒落にはならない事態である。
「母さん、見つけてどうしたって言ってた?」
「えーと、直ぐに逃げたんだって。勿論、扉はきちんと閉めて」
「……マジかぁ」
ゴキ○リが自室にいる可能性、大。
その大事を理解した卓人は片手で顔を覆って天井を仰ぐ。
ただでさえ色々とナイーブになっているところに、この仕打ち。
自分自身の運の悪さを呪う卓人であった。
ーー◇ーー◆ーー◇ーー◆ーー◇ーー
「……よしっ!」
時刻は午後10過ぎ。
家族と共に夕御飯を食べ終えた俺は、自室でかの黒いやつを探しまわっていた。
そして、探し始めてから約5分後に俺はついに探し求めていた“それ”の姿をとらえ、無事処分を完了させていた。
整理整頓が嫌いではなく、また特にこれといったスペースを取る趣味を持ち合わせていない俺の部屋はこざっぱりとしていていた為、簡単に見つける事が出来たのだ。
ビニール袋とティッシュペーパーとアルコールで武装していた俺は、口を硬く縛ったビニール袋の上らへんを持って立ち上がる。
そして階段を降り一階の裏口から裏庭に出ると、持っていた袋(言わずもがなであるが“やつ”の死骸入りである)を叩きつけるようにごみ箱に入れて、直ぐに自室へと戻ると───
「さあ! やろう!」
という高いテンションの独り言を言った後に、VRをやる準備を始めた。
明日も早く、またもう夜も遅いので遊べる時間はろくに無いだろう。
だがらそれでも、今すぐに遊びたいという願望には勝てず、俺はヘッドギアの電源をいれて、ベットに寝転がる。
そして、素早くパスワードを解除し、帰宅後自室に戻って即行っていたアップデートファイルのダウンロードを確認して、意気揚々とrealworldにログインしたのだった。
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《Real World (以降当ゲーム)を購入して頂き誠に有難うございます。》
《当ゲームは5月19日午後二時よりアップデートを終え製品版(Ver1.00)の運営を開始しました。》
《アップデートにより前バージョンと比べゲームシステムの大幅な変更がありました。》
《新たなフィールドを追加、配置しました。》
《一部モンスターの戦闘時のAIを修正しました。》
《一部モンスターの非戦闘時のAIを修正しました。》
《新たなモンスターを追加、配置しました。》
《一部アイテムの形状を変更しました。》
《一部アイテムのテキストメッセージを訂正しました。》
《一部アイテムの性能を上方修正しました。》
《一部アイテムの性能を下方修正しました。》
《新たなアイテムを追加、配置しました。》
《一部NPCの存在を修正しました。》
《ロード時間が短くなるように改善しました。》
《種族【人類種】の名称を変更しました。以降は【半・人類種】と表記します。》
《種族【屍喰族】の食糧アイテムによるステータス上昇率を変更しました。》
《種族【獣人族】のランダム族種の種類を増加しました。》
《種族【亜人族】のステータス割合設定を大幅に変更しました。》
《初期アバター制作時において、選択することができる文字形体及び言語が追加されました。》
《初期アバター制作時において、選択することができる職業が追加されました。》
《初期アバター制作時において、選択することができる Passive Skill が追加されました。》
《初期アバター制作時において、選択することができる Active Skill が追加されました。》
《全プレイヤー共通である特殊アイテム【白ノ教典】を追加、配置しました。》
《白の教典により、種族【半・人類種】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【半・鉱夫族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【半・耳長族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【半・炎蜥族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【半・短身族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【屍屍族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【屍喰族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【骸骨族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【獣人族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《白の教典により、種族【亜人族】のテキストを表示・閲覧することができる様になりました。》
《 【 ※ 重要 ※ 】 新たなステータスとして MPを実装しました!》
《MPの追加により、魔法技能のRTと影響力を調整しました。》
《MPの追加により、格闘技能のRTと影響力を調整しました。》
《ステータス欄等で表示されている“生命力”の表記を今バージョンから“体力”へと変更しました。》
《ステータス欄等で表示されている基礎ステータスの表記に魔力を追加しました。》
《今バージョン以降の“生命力”は、体力と魔力の両ステータスを併合して求めた値のことを指すものとします。》
《…………………………》
《……………………》
《………………》
《…………》
《……》
《以下アップデートの詳しい内容、及び緒注意は当ゲームの公式ホームページにて記載していますのでご確認下さい。》
《データの準備中です……暫くお待ち下さい……。》
《…………お待たせしました。これよりゲームを開始します。》
長いアップデート内容とロード時間を経て、バージョン1.00へと上がった Real World が始まった。