第0話『唾棄すべき行為』
遅くなりました。
黒の暗殺者『第2章 死二抗ウ者』の始まりです。
「レイジくぅーん、大丈夫ー? 意識あるー?」
うずくまる僕の事を案じる声。
だが言葉の抑揚からその発言は、僕の事を本心から心配していないのがバレバレだった。
「何? 回線落ちでもしたの? それとも気絶した?」
ここは滴水の洞穴。
適性レベルは12以上で、メイラード南東にある小さな洞穴だ。
ダンジョンの特性は水属性のモンスターが主にボップすること、またダンジョンボスが存在しないこと。
そんな特にこれといった特徴がなく、かつ入り口が目立たないダンジョンの為に、ここは他のプレイヤーは殆ど寄り付かない場所だった。
そして、僕はそんな場所で十人位の悪質なPKグループに一方的にいたぶられていた。
「なあ……無視してないで何か言えよオイ!」
返事を返さなかった為か、PKグループの中から人間種の男が苛立ちの声とともに、僕の頬をぶん殴った。
僕は頭を殴られた衝撃に耐えきれず、もんどり打って地面に倒れてしまう。
「あー駄目ですよ先輩、頭殴っちゃー」
と、僕を殴った人間種の隣にいた金髪の獣人種がニタニタと笑いながら口を開いた。
「幾ら痛覚の設定を最大値の80%にさせてても、このゲーム頭とか股間とかの急所は痛みを感じない様になってるんですから──やるなら手足か腹ですよ……っと!」
「が、あ゛ッ」
地面に倒れたままの僕の腹に金髪の獣人種の踵がめり込む。
僕は痛みに耐えきれず、思わず肺の中にある空気を苦痛で濁った声と一緒に吐き出した
「うわ、きんもー」
「なあお前聞いたか? 今の『があ゛ッ』って声」
「聞いた聞いた蛙みたいだったよな!」
「なにこれ、普通にきしょいんだけど」
「ちょっとー、何か唾かなんかが飛んできたんだけど……最悪ー」
「ぎゃははは! 蛙みたいな汚い声だしてんじゃねぇぞ!」
口々に自分の思い思いの言葉を発する他のPKプレイヤー達。
彼等は僕を殴った人間種を筆頭にしたPKグループの配下であり、有り体に言えばリーダーの言動に同調しておこぼれを貰うハイエナの様な奴等だった。
「さっさと殺そうよー……きもい」
「まあまあ、もっと遊ぼうよ」
「殺っちゃお殺っちゃお、どうせコイツもう失うアイテムが無いから良い反応しないんだし」
「どうします? もう殺りません?」
「あー、いいや。もう飽きたし殺せ」
リーダーの人間族の言葉に反応して、ニヤニヤと汚く笑う取り巻き達。
そのうち一人が「じゃあ今度は俺が」と言って腰にぶら下げていた小斧を右手に持った。
そして大きな振り上げの後に──高速で振り下ろされる小斧。
僕が自分の目で捉えれた光景はそれが最後であり、何か固い物が潰れた様な鈍い音が頭に直接響くのを感じつつ、
「じゃあな、また神殿の前で……この前みたいに逃げんじゃねえぞ?」
その言葉を最期に、僕の視界は黒く染まった。
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暗転した視界に光が漏れたのはそれから直ぐの事だった。
気がつくと僕はうつ伏せになった状態で固い大理石の台の上で寝転がっていた。
場所は視界の端に浮かぶ表記を見なくても分かる、メイラードにある白の神殿だ 。
このゲーム──Real World──における復活地点の一つであり、全プレイヤーがプレイ開始時に必ず見ることになる場所でもある。
ふと、妙に神殿の外が騒がしいのに気がついた。
一瞬、もうあいつ等が来たのかと見紛えたが、おそらく違うだろう。
あいつ等は群れはするけど騒ぎが起きてしまうのを過敏に嫌がるのだから。
僕は寝転がった姿勢のままだった体を起こし、ふらふらと神殿の入り口まで歩いてその騒ぎを野次馬として見物し始めた。
騒ぎの中心に居たのはやはりあいつ等ではなく、酷く焦った様子で周囲に何やら質問を投げ掛ける男女二人のペアだった。
有り得ないとは思っていても、やはりあいつ等がまだ居ないという事実に僕は心から喜んだ。
──どうせまた後で絶対に会わなければならないと分かっていても。
悲しくなりそうではあるが、そんなどうしようもない(本当にどうしようもない)事に思考を巡らせていると、ふと気づく。
どうやら騒ぎの中心にいる二人をよく見ると、彼らはプレイヤーではなくNPCのようだった。
必死になって何かを叫んでいる二人のNPCを見た僕は、
(やっぱり、このゲームのAIは凄いな……)
そんな大した感情も益体もない感想を抱いていた。
例えこれがイベントであったのだとしても、僕と同様に野次馬として彼らを見るNPCやこの場を通りかかったNPCの反応が、どうにも人間臭くて現実的だったからだ。
(まあ……僕には関係ない話だよね)
視線を騒ぎから離し、そそくさと逃げるように神殿の中へ戻る。
万が一の確率でもあの騒ぎに巻き込まれるのは御免だったし、何より野次馬として何時までも人(まあNPCだけれども)の必死な姿を見ていられなかったのだ。
なんと言い表したら良いのだろうか、気まずい? いや、どちらかと言えば 恥ずかしい、と勝手に思ってしまっていた。
我なからに思うけれど、中々酷い理由だ。
しかも、神殿に入った所で『この騒ぎを見てアイツ等の気が削がれてくれないかなー』なんて思考を巡らせているのだからたちが悪い。
なんと自己中心的かつ自分勝手な考えであり、自分可愛さに他人の不幸を放っておく鬼畜ぶりだ。
こんな奴だから虐められるんだよ。
……自暴自棄というか自分を卑下するのはここらへんで止そう。
余計に悲しくなるし辛くなる。
(あーあ、何やってんだろ……ほんと)
幾度もアイツ等に殺された事で所持金は0。
装備も初期状態から持ってた譲渡不可能のモノを除き全部なくなった。
アイテムも同様だ。
これだけ聞けばまるで僕がこのゲームを全然プレイしていない初心者の様にしか見えないかもしれないが、ところがどっこい、これでも僕は全プレイヤーの中でトップ50に入る程の強さは持っていた。
いやマジで。
自惚れ抜きで確かに僕は強かった。
そしてその強さに身合う努力もした。
強敵に倒されても何度でもめげずに立ち上がり、睡眠時間を削ってでもログインし続けた。
それこそ、私生活がやや崩れてしまう程に。
しかし、その努力も直ぐに水泡に帰す事になってしまう。
さっき僕を殺したアイツによって全て奪われたのだ。
金も、防具も、アイテムも、全部奪われた。
僕にとって最も大切な“あれ”も……。
そんなネガティブな事を再び戻ってきた神殿の中で考えていると、神殿の奥にある大きな台座が白く光り始めているのが視界に入る。
そして幅が軽く3mはある乳白色の大理石の台座の発光は、台座の中心に光が集まって人の形をとった所で停止し消失した。
リスポーン。
僕と同じように死んで此処に帰ってきたのだろう。
死んでも再生し復活する。
それはこの世界で白の神の眷族にのみ許された能力らしい。
ぶっちゃけ、意味はよく分からないんだけれどもね。
台座に現れた(というより帰ってきた?)のは、まだ幼い子供のような体型をした人間族だった。
え?人間族だと断定した根拠は何かって?
そんなものはない、なんとなくだ。
強いて言えば基本種族と獣人族の特徴的な姿ではなかったから……だろうか。
体が全体的に小さく、体つきもまだ幼さを感じるので、もしかしたら亜人族なのかもしれない。
パーティメンバーでもあるまいし、ましてやフレンドや友人でもないのだから、種族や職業の同定が適当になってしまうのは仕方がない事だった。
その子(女の子なのか男の子なのか分からないので呼び方は適当だ)は暫くの間仰向けで右手を天井に伸ばした状態でぼうっとしていたが、やがて何か諦めたような、或いは釈然としないものを無理矢理自分に納得させたような表情で立ち上がった。
立ち上がったことで認識距離内に入ったのか、僕の視界にその子の簡易ステータスが表示された。
このゲームは近づくだけで互いの簡易ステータス(名前・種族レベル・残存体力・所属のみ)を勝手に閲覧することができるようになっている。
運営の言葉によるとこの機能はプレイヤー間での円滑な情報伝達をする為に設定されているようで、これも僕達白の眷族、つまりはプレイヤーにのみ許されている能力らしい。
どうでもいい事だけれども、こんな言い方したら何か厨二臭いよね。
(へー、レベル7か)
アバター情報に目を通しているとレベルの所で目が留まる。
ソロプレイかパーティかでやや差は表れるかもしれないが、現時点でこのレベルなら結構このゲームをやっている方ではないだろうか。
(事実、現状わかっている最前線のプレイヤーの最高レベルは、レベル15でクラスチェンジをはたし上位種族なった者で、そのレベル現在3である。)
他の項目を見てみよう。
残存体力は死に戻った直後なのだから当たり前にMAX。
所属は無し、これは現バージョンではクランやレギオンといったシステムがまだ存在していないので当然だ。
項目にのってないけれど、装備は見たところかなり良いものなのだろう。
そして名前は……ってあれ?
その子の名前に聞き覚えがあった。
より正確に言えばつい2,3分前に神殿前で聞いた名前だ。
そう、それは神殿前で騒ぎとなっていた二人組のNPCが発していた名前だった。
(えーっと……何か関係があるのかな?)
偶然同名であった可能性もある。
だがらもしそうだとしたらなかなか厄介な事になってしまう。
これが何も知ら無かったのならば後腐れなく「へーこの人はこんなアバターなんだ」で終わり軽く流せるが、残念ながら僕はついさっきこの子と同じ名前の人物を探してる人がいる事を知ってしまっていた。
話すことで自分に不利益にならず、かつ困った人を助けれるという利益を持つ事ができるのならば、断然話した方が良いのだろう。
それに自分にとっては何の意味もない塵芥の様な情報あろうと、先程のNPCや今目の前にいる子供にとっては非常に重要なものであるのかもしれない。
情けは人のためならず なんて言葉を心奉している訳ではないが、ここは一つ人違いでもお節介でもいいから教えておいた方が良いのでは?
短い時間の間にそう考えた僕は、早速その通りに行動しようとして、ふとあることを思い出した。
ハッキリに言うけれども、僕は友達が少ない。(居ない訳じゃない、ただ少ないだけだ)
そしてその理由は自他ともに認めている。
僕は初対面の人と話すのが苦手だ、いや……嫌いだ。
上がり症とはまた違うのだけれども、知り合以外と話すことが難しいのだ。
ましてや、これは僕があいつ等に虐められる原因にもなったものである。
まあ何が言いたいのかと言うと……。
僕は極度の人見知りなのだ。
だが何時までもぐちぐちと思考していてもしょうがない。
一期一会とは言うものの所詮はゲーム。
現実と密接に関係する人間関係など築けないのだから、何も案ずることはないんだ。
そう勇気づけ、僕は思いきってその子に話しかけた。
「ね、ねぇ? ちょ、ちょっと……いいかな?」
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「教えてくれてありがとう」
僕が話しかけたその子は、感謝の言葉とともに神殿の入り口へ小走りに向かっていった。
どうやら僕の予感は的中していたようで、あの子には神殿の前で起きていた騒ぎに心当たりがあったらしい。
僕は視界の端で遠ざかっていく小さな影の後を目で追いかけつつ、人助けをしたという実感をじっくりと噛みしめていた。
クロ……か。
僕はまだ知らない。
この出会いとも呼べない言葉を交わしただけの邂逅が、後にこのゲームの中で誕生する小さな伝説の一片を作る原因の一つとなり、ひいては僕の人生を少なからず変える要因になるという事を。