第45話『生ヲ穿ツ者』
「もしかして──クロちゃん起きたの!?」
中途半端に閉まっていた扉を開け放ち、部屋の入り口に立つミシェル。
ミシェルの肩が小さく上下しているところを見るに、階段を急いで上がってきたのだろう。
部屋に入ってきたミシェルは現状把握の為か2,3秒程固まると、直ぐにベットの上で体を起こしていた俺に気がいたらしい。
「くろちゃーーん!」
そう俺の名前を呼びなからまるで猫の様に跳躍してきて──
「こら!」
「フギャ!?」
後もう少しでベットに届くという位置でドクさんに取り押さえられた。
「ついさっきまで意識を失って寝ていた人に飛び付く奴がいるか!」
「うー、だって……」
「だって、じゃない。ほら、クロの安否はわかったんだからさっさと下に戻るぞ」
しぶしぶといった感じでドクの後に続いて部屋から出ていこうとするミシェル。
俺がそんなミシェルの後を追おうとベットから降りようとすると……、
「ダメぇー!」
「え!? なんで?」
どういうわけかミシェルに遮られてしまう。
突然の事に混乱する俺に、ミシェルが理由を口にする。
「クロちゃんはまだ具合が悪いでしょ? だからまだ起き上がっちゃ駄目なの!」
「いや、そんなに具合悪くは無いんだけど……」
確かに精神的な面でいえばまだどうかはわからないが、この体はあくまで現実ではなくゲームの世界の体なのだから、体についての不具合は無いに等しいと言えるものだった。
何しろ俺はプレイヤーだ。街や村といった安全圏に居るだけで体力が回復する都合が良い存在なのだ。
まあしかしそんな言葉を言った所でミシェルが引く等とは到底考えられず……、頼みの綱としてドクさんを仰ぎ見るのものの、ドクさんは首を左右に数回振ると部屋から退出していった。
その動きが何を意味するかは一先ず置いといて、俺はミシェルに阻まれて結局起きることが出来なくなってしまっていた。
無理矢理ならできるのだろうが、そんな事はしたくなかったのだ。
「今下でドクと一緒に夕御飯作ってるの。できたら呼びに来るから……それまでクロちゃんは待っててね!」
そんな台詞を言ってドクさんの後に続き部屋から出ていくミシェル。
俺はあまりの事態に訳もわからず暫く呆然とするしかなかった。
ーー◇ーー◇ーー
ドクさんとミシェルの二人が居なくなると、部屋は急に静かになった。
時計の様に音を発する機器や置物が一つも置かれていないこの部屋は、現在自分の呼吸音と木製ベットの軋む音しか存在せず、先程の騒がしさと比べたら少し寂しいとも思えてしまうのだった。
(ああ、そういえば……)
改めて部屋の中をぐるりと見渡し、律儀にもミシェルから言われた事を守る為に、何かベットの上で暇を潰せれる物はないのだろうかと探すのだが、結局何も見つからなかった。
今から「やっばり大丈夫です!」なんて言いながら彼らの前に顔を出すのも、やや小心者である俺には遠慮したい行動である。
さて、どうしたものか……と途方にくれていた俺は、ふとある事を思い出した。
(ステータス、見てなかったな)
昨日、ゲイツを殺してパニックを起こしてしまった時のこと。
ばくばくと激しく耳をうつ心拍音と、徐々に薄れていく意識の中で、軽快な電子音を聞いた気がするのだ。
色々と極限状態になっていた俺の聞き間違いではないのなら、恐らくだがあの音はプレイヤーのレベルアップ音、つまり俺がレベルアップをした為に流れた俺なのだろう。
例え悪人であっても、人を殺してレベルアップしたという事実には、後ろめたい気持ちがあった。
が、俺は『そんなもの今悩んでも仕方がないだろう』と自分に言い聞かせると、メニュー画面を開いてステータスを確認した。
・name : 【 クロ 】 Lv.10 (3↑)
・race : 【 亜人族 】
・職業 : main 【 短剣使い Lv.12 (3↑) 】 sub 【 盗賊 Lv.9 (4↑) 】
・ステータス
生命力【 30 】
攻撃力【 30 】
防御力【 3 】
魔法力【 3 】
魔防力【 3 】
器用値【 5 】
素早さ【 29 】
・weapon : 初心者の短刀(STR+2 SPD1)
・Passive Skill
【気配遮断[微]Lv4 (2↑)】 【亜劣】 【短刀の心得】 【盗人の心得】
・Active Skill
【ステップ Lv3 (1↑)】 【スラッシュ Lv7 (2↑)】 ( 盗み Lv2 ) ( 盗み聞き Lv2 ) 【 生殺 】new! 【 与奪 】new!
・称号 :【 生ヲ穿ツ者 】new!
残存ステータスポイント【 6 】
残存スキルポイント【 27 】
……お、おお!
なんとレベルが一気に3も上がってる!
しかもジョブレベルは盗賊と短剣使いがともに3,4づつ上昇しているし、各スキルのレベルも皆一様に少しづつ上がってた。
後は……ステータスポイントは全てそれぞれ攻撃力と素早さに振るとして、スキルポイントは……うん、まぁ仕方がないよね。
何かに振った方が良いのかもしれないが、現在のレベルで取得出来るノーマルスキルにはそれほど良いものがない事と、如何せん俺の面倒臭がりな性格も合間って、使うのは勿体無いと結論をだしてポイントを使わずに出し渋ってしまうのだ。
とまあ、数日前とはかなり変化したステータスやスキルポイントをまじまじと見るうちに、(なんで気づかなかったのかわからないが) 新しいスキルと称号が追加されているのに気がついた。
(生殺……与奪?)
二字熟語である2つのスキルは、合わせると四字熟語の生殺与奪になるのは見た瞬間に理解できた。
だが、それがわかった所で肝心の2つのスキルの内容がどんなモノなのかは解らなかった。
(……?)
新しいスキルと称号に高揚する気分を抑えきれず、ワクワクとドキドキが入り交じった変な感情が芽生え始めたのを感じる。
俺は早速2つのスキルと称号を3連続でタップし、それぞれの説明欄を確認しようとした。
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称号『生ヲ穿ツ者』
ー説明ー
生キルベキ者ヲ生カシ、
殺サレルベキ者ヲ殺ス。
与エラレルベキ物ヲ与エ、
奪ワレルベキ物ヲ奪ウ。
此、正義ニ非ズ。
然レド悪ニモ非ズ。
此、即チ “ 義 ” 也。
生ヲ穿ツ者ニシテ、
暗ヲ殺ス者デアル。
故ニ、ソノ名ハ 【暗殺者】 也。
⚫権能 [ 生殺/与奪 ]
⚫固有職業[暗殺者]へ派生可能
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スキル『 生殺 』
⚫スキル区分 : Divine Fragment Skill。
⚫ RT : 発動成功時 5分/発動失敗時 20分
⚫効果範囲:5m
ー説明ー
殺す為に生き延び、生きる為に殺す権能。
⚫発動する為には殺傷を目的に作られた特定の武器を持たなければならない。
⚫スキル発動から一分間、自身の殺気を限り無く抑える事により、対象から向けられる注意を遮断する。また攻撃を受けたとしても9割の確立で完全回避が発動する。
⚫更に、スキル発動から一分間が経過すると、それまで抑えていた殺気を解き放つ事で、一時的に自身に向かう注目を飛躍的に上昇させる。
⚫尚、殺気を解放してから暫くの間は、このスキルの効果範囲内に居るもの全てに[死闘]の特殊状態異常が付与される。
⚫但しスキル発動開始から一分間の間に敵から攻撃を受ける、或いは敵に攻撃を加えるとスキルは強制中断され、RTは4倍に延長される。
⚫特殊状態異常「死闘」の効果: 対象のSTR・INT・SPDの値が2倍となり、HP・DEF・RES・DEXの値が半減となる。
⚫壱ノ神の権能の欠片の一つ。
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スキル『 与奪 』
⚫スキル区分 : Divine Fragment Skill。
⚫ RT : 発動成功時 20分/発動失敗時 7日
ー説明ー
生を奪い、死を与える権能。
⚫発動する為には殺傷を目的に作られた特定の武器を持たなければならない。
⚫対象の生命力が大きく減少している状態(残存HPが一割以下)である時のみその効果を発揮する。
⚫上記の発動条件を満たしていれば、如何なる状態であろうとも強制的に対象から生を奪い死を与える
⚫但し、上記の発動条件を満たさない状態でスキルを発動しようとした場合スキルは発動せず、RTは504倍に延長される。
⚫この権能の効果が及ぶ対象は零ノ神が創った系列の存在だけに限られる。
⚫壱ノ神の権能の欠片の一つ。
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次々と視界に表示されていくスキル説明と称号説明のホロウィンドウ。
2つのスキルは両方とも他のスキルと比べて雰囲気がちょっとおかしく、称号に至っては説明文が全てカタカナと漢字だけしか使われていない奇怪な文となっていた。
(…なんだよ、これ……)
ざっと見たただけでその異様さに圧倒された俺は、一回ホロウィンドウから目を離して深呼吸をすると今度はじっくりと確認していく。
しかし、スキルの条件説明がなにやらがごちゃごちゃとしている事と、称号の説明がやや複雑な事により、各々の意味を把握するのが難しく……。
結局ミシェルに夕御飯ができたと呼ばれるまでその作業は続くのであった。
ーー◇ーー◆ーー◇ーー◆ーー◇ーー
さて、まだ色々と語り足りない所は有るが、ここで後日談といこう。
あれから、結局その日は危ないからという理由でベットから出させてもらえなかった俺は、ドクさんとミシェルの家で夕御飯を御相伴にあずかることになった。
それは彼らから俺への感謝と謝罪の意を込めたお礼であり、同時に自分達が数年に渡って続いた悪夢からの逃れれた事への祝いだと云う。
机に並ぶ何時もより奮発したであろう色とりどりの食事は全てドクさんが調理し用意したものらしい。
どれも美味しく、素晴らしい出来だった。
……ただ一品目だけ他とは違い到底料理とは見られない黒々とした異様な料理があり、口に入れた感想はお世話にも味は良いとは言えない代物であった。
口に入れる時にミシェルが此方をまじまじとみてきていたが、まぁ、顔や態度には出していなかったので大丈夫だろう。
この味はVRの表現の限界なのか、それともこの世界独特の味付けの所為なのか、はたまたミシェルの……いや何でもない。
とはいえそういった些細な出来事はあったものの、俺を含んだ三人全員は互いに笑い合い、酒を飲んだらしいドクさんとミシェルからは何度もありがとうと言われ、食卓の雰囲気は終始明るいものだった。
彼らの表情は、この二週間位で一度も見たことがない、まさしく心から浮かべたという言葉がしっくりくる程の、輝かしい笑顔だった。
そして翌日。
ゲームのログアウトとともにそのまま眠ってしまった俺の目覚めは、ゲイツを殺した時とはうって変わって清々しいものだった。
体を蝕んでいた倦怠感は感じられず、頭痛や吐き気の予兆もない。
そんな軽い体で学生のほんぎょうである学校で半日を過ごし、夕方の8時(日も沈んだので夜の8時と表現した方がいいかもしれない)に俺はrealworldへログインをした。
普段使っている宿屋ではなく、ドクさんとミシェルの家で目を覚ました俺を待っていたのは、彼らからの謝罪だった。
曰く、この街に来ていた理由であるミシェーラの奪還ができたので、もう故郷に帰らねばならないとの事。
本当は後数日は滞在して俺と行動を共にしていたかったのだが、何やら彼らの育ての親であるミミ様という方の体調が、少し前からおかしいとの連絡が村から来たので早急に帰らねばならなくなったのだそうだ。
涙ぐみながら謝るミシェルと、無言で深々と頭を下げるドクさんを前に我が儘など言える筈もなく、俺は彼らをメイラードの門から見送る事しかできなかった。
──こうしてrealworldを始めてから約二週間の間に築いた絆は途切れる事なく遠くへ離れ、俺はこれから暫くの間ソロになってしまう。
それが終わるのは、様々な事が起きた後の、大体今から一ヶ月先の事になるのだった。
第一章 『生ヲ穿ツ者』 終
これにて『 黒の暗殺者 第一章 生ヲ穿ツ者 』は終わりとなります。
御精読ありがとうございました。
第二章の前に掲示板回を一つ入れたいと思っているのですが、何分話のストックがろくに溜まっていない状態での見切り発車な投稿であった為、第二章はまだ大まかな流れでしか決まっていません。
なるべく来月一杯までには第二章を始めたいとは思っていますので、これからもこの稚拙な作品を宜しくお願いします。
(※)誤字・脱字があれば遠慮なく指摘してください。